鍬と魔法のスペースオペラ 第九章 その13
13・再会、父よ
分厚いディフレクター・シールドの層を抜けたというのに、艇内はほとんど揺れなかった。だが、俺達にとっての本番はこれからだ。
ポーン、と気の抜けたようなコール音が鳴ると、ハーネス着用のサインが出た。
隠語だ。こんな関係者しかいないような場所で隠語とはこれ如何に。
意味は、パワードスーツの起動準備という意味。
胸部装甲が閉まり、各機能がオンラインになる。
『こちらはオスカー1艇長のアスタロット大尉です。
現在高度ツーエンジェル(2万メートル)。
間もなく大気圏に突入します』
ふむ。いよいよだ。
『軍事機密のため、今まで言えませんでしたが、本艇には大気圏内航行能力はもちろんのこと、大気圏突入能力もありません。
本艇にはサー式推進のみ搭載されており、スラスター類は装備されておりませんし、電磁シールドもありません。
巨大重力圏のため、ディフレクター・シールドの重力子も消失しました』
「ちょっと待て!」
『ですので、大気圏に突入して間もなく、本艇は文字通り分解します。
ご乗船の皆様にはご不便、ご迷惑をおかけしますが、何卒ご理解とご協力をお願いします』
――無視かよ。
タルシュカットの連中は、本当にイカレていやがる。
そりゃあ、嫌な予感はしていたさ。
なにしろこのオスカー1なるデコイには、中身がほとんどない。
中心部に中型艦のジェネレーターがあるくらいで空っぽ。
空っぽだから、俺達の強襲用降下ポッドを詰め込む事ができたわけだが。
というか、普通に欺瞞用デコイに大気圏突入機能なんか付けないわな。
うん、分かっていたさ。考えないようにしていただけで。
部下達の怨嗟の声が通信器越しに聞こえてきたが、気にしない事にした。
所詮、軍隊は不条理な組織なのだ。
操艦は本来母艦からのリモートだそうだが、今回はブリッジが後付けされたらしい。
今ふざけた事を抜かした艇長とやらはそこから通信してきやがった。
なんでも、母艦のリモートコントロールを担当する科学士官が忙しいらしく、デコイを操作する暇がないんだと。
つまりあのふざけた艇長は、そんな理由で大気圏突入能力のない艦を操縦し、[ニューブリテン]に突入しなけりゃならないわけだ。
そりゃあ、俺達に当たりたくもなるわな。
まぁ、サーの事だから、対策はあるんだろうさ。でないとあたら優秀なパイロットを失う事になる。
突然激しい揺れに襲われた。
どうやら宣言通り、デコイが分解したらしい。
[ニューブリテン]から上空を見たら、激しく光る物体と、そこから飛び出す小さな光の群れが見える筈だ。
『――ハヤブサ、お帰りなさい――』
やはり艇長は無事だったな。隼だからオスカーか。それだけは分かったが、妙な符丁だ。きっと何かのネタなのだろう。
それより今は、俺達自身だ。
宇大が有する強襲降下ポッドは二種類ある。
大気圏再脱出機能を持つ甲種と、片道切符の乙種。
甲種は数も少なく高価であり、多機能にした分、大きくなって敵のマトになりやすいという、致命的な欠点を持つ。
ゆえに甲種を用いる事は少ない。いや、かなり使用できるシチューションを限定されると言った方が正しい。
従って俺達が乗っているのは乙種。片道切符乙、というヤツだ。
まったく笑えない。
視界に映し出されているデータを読む。
間もなくワンエンジェル。更なる地獄へようこそ。
「タリホー!」
ポッドが分解し、俺達は空中に放り出された。
大気圏突入に耐えきれなかったのではなく、予定通りの動き。
パワードスーツの周囲に、ポッドを構成していたパーツの破片が散らばる。
それらは熱を持ち、敵のレーダーを攪乱する。
中にはパワードスーツそっくりの塊もある。デコイだ。
どこもデコイが大好きだな。
俺と部下達は大量の破片やデコイと一緒に、現在絶賛自由落下中というわけだ。
降下予定地はセントラル大陸A(表側)の中央にある巨大な湖の畔にある施設。
正確にはそこから南東2km地点。
サーの設計では、その施設には[ニューブリテン]の火器管制室の一つがあるらしい。
その部屋を奪取すれば、作戦成功。
重力子コントロールで落下速度を調整。
パワードスーツ程度のサイズだからできる芸当だ。それ以上に大きくなると、重力子は惑星レベルの巨大質量に引かれ、ほとんどコントロールが利かなくなる。
かつて惑星上で重力子を発見できなかったのは、それが理由だ。
タルシュカットの艦は基本的に慣性誘導で動くが、大気圏内ではしっかりスラスターを使っている。
俺は腰と背中に外付けされた降下用ブースターを起動させる。
降下速度がさらに減速。
部下達もほぼ同速になり、破片群が俺達を追い抜いていく。
これで安全に地表に降り立つ事ができるようになった。
だが別の危険が俺達に迫ってくる。
『地表の対空レーザー群が起動しました。5秒後に砲撃がきます』
パワードスーツの戦術コンピューターが警告してきた。
そりゃあるよな。対空装備。
「散開!」
地表はすでにスキャン済み。対空レーザー砲の砲身の向きから、射線を予測して回避行動に移る。
機体が空中にいるとコンピューターが判断すると、重心を傾けるだけで機体各所にある姿勢制御スラスターが働き、戦闘機動を助けてくれる。
何しろパワードスーツには操縦桿はない。両手は武器で塞がっている。
操縦にはかなりの慣れが必要だ。でないとただの馬鹿力の着ぐるみでしかなくなる。
だが、生憎俺達はパワードスーツの扱いには慣れまくっている。
俺自身の専門は艦隊運動なんだけどな。
てな事を考えている暇は、正直ない筈だが、慣れって怖い。
コンマ数秒前に俺がいた位置を、金色の線が貫いていく。
タルシュカットのレーザーは金色か。派手だな。
戦術コンピューターがレーザーの威力を分析し、報告してくる。
「……なん、だと?」
一瞬俺の脳がパンクした。その隙を見逃してくれる殲滅伯(正確にはその部下)ではなかったようだ。
戦術コンピューターの自動回避システムの動きを予測したのだろう。
正確な射撃が俺のパワードスーツに直撃する。
レーザーは光速だ。目視した時には着弾している。
『直撃。シールド及び装甲消失。撃破判定。あなたは戦死しました』
ああ、そうかよ。
『死亡判定のため、15秒操作不能になります』
はいはい。
俺はまだ生きている。実際には。
15秒の自由落下は危険だが、生命及び装備に危険な場合は、スラスターが何とかしてくれるらしい。
そういうルールは国際軍事演習条約で決められている。
俺は両手のブラスターに視線を落とした。
訓練用、と書かれている。一目で分かるよう、黄色い塗装。かなりダサい。
正直、こんな装備でどう勝つんだ、と思っていた。
これでは丸腰の兵士すら倒せない。
だが、まさかタルシュカットまで演習用兵器を使ってくるとは。
金色のレーザーは、演習用という事か。
周囲を見ると、部下達も次々と撃墜されてしまう。
タルシュカットのいい訓練になっているようだ。不甲斐ない。
そうだ。これは演習なのだ。つまり、事故以外では人は死ぬ事はない。
通信器は『だったら最初から教えろ』といった怨嗟の声で満ちている。
うん、普通演習は演習だと、最初に教えられる。
確かにサーは、父親が宇大を攻撃するなんて、あり得ないと何度も繰り返していた。
それを信じていなかったのは、俺達だ。
何となく空気が弛緩するのを感じる。しかしそれは危険な兆候だ。
俺達の本来の目的を忘れてはならない。
「気合いを入れろお前ら!このままやられっぱなしだと、本当にサーを取られちまうぞ!」
『『『!』』』
そうだ。この戦いは、生きるか死ぬか、勝つか負けるかじゃない。
サーを宇大に引き留められるか、みすみす帰してしまうかの戦いだ。
実は既に俺は一度死んでから、とっくに15秒過ぎている。
タルシュカットの連中は、復活直後に再び仕留めてくる、いわゆる『死体蹴り』はしない主義らしい。実に紳士的だ。
それと同時に、俺達を脅威と思っていない事も分かる。分かってしまう。
「舐めやがって。辺境の紳士方に、俺達エリートの、実は泥臭い根性を見せてやれ!」
『『『『『おう!!!!』』』』』
再びスラスターを吹かしながら、回避降下を再開する。
あ。また3機撃墜されてしまった。
締まらねぇなぁ。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
電離層と名付けられた弱いシールドを突き抜けると、艦体が大気層に触れ、コーン状の衝撃波が包み込んで――こない。
[レパルス]各所に配されたスラスターがいい仕事をしている。
なにしろこの艦には艦尾メインスラスターなるものがないのに、普通に大気圏離脱ができる。予備スラスターとはいえ、馬鹿にできない出力なのだ。
ウィル式推進のようなトリッキーな動きは苦手だけど、まったくできないわけでもない。
まぁ、慣性誘導が効きにくい分、中の乗員はたまったものではないけれど(経験済み)。
だいたい、航宙艦が大気圏突入の時、電磁シールドや第一装甲が赤熱するのは、圧縮抵抗のためだけど、大気を減速に使うため、わざとそうしている側面もある。
だからスラスターで充分減速できれば、別に赤熱化する程じゃなくなる道理。
コンピューターのアシストとプーニィの腕があれば、安定翼すら必要としない。
クリプトマンさん達のアクティブ・ステルス隊とは既に別れ、[レパルス]と駆逐艦隊は[ニューブリテン]を周回しながら、徐々に高度を下げていく。
マイモンさんは仲間の動静を知りたいのだろう。自分のパーソナルモニターで演習の経過を観察している。時折ブツブツ言っているのは、撃墜判定の多さに不満なのだろう。
うん。今回の演習は特に気合いが入っているようだ。
タルシュカットのみんなもかなり容赦がなくなっている。
大兵力による大規模降下作戦に対抗。攻め手に復活ルールがあるのは、それだけ大兵力である事を想定しての事。
演習用光学兵器を食らった戦術コンピューターは、即座に演習内容を理解し、国際ルールに従うようになっている。操縦者が理解するかしないか問わず。
演習中の事故の多くは、興奮しすぎた兵士による人的要因がほとんどだ。
それはそうと、父様が宇大相手に演習を計画しているのに気付いたのは、父様が[ニューブリテン]を作るのに、30年もかけたという大嘘をついたからだ。
いくらアンチエイジング技術が進んだとしても、30年ひたすら人工惑星を作るというのは人生ハードモードすぎる。
しかも僕をタルシュカットに連れ戻すというアホな理由でときた。
そもそも、僕を宇大に入れたがっていたのは父様だ。一族の悲願と言ってたけど、結局は辺境貴族は野蛮な戦闘種族と中央から馬鹿にされるのが悔しかったんだろうね。代々。
僕が高家貴族として独立したからには、もうタルシュカットを馬鹿にする王国貴族はいないだろうし、帝国にしても同様だろうけれど、それはあくまで武功を認められたからに過ぎない。
やはり宇大生を輩出したという、文化的実績も欲しい筈だ。
だから、僕が自分の判断で中退するならともかく、入学前に父様が僕を連れ戻すなんて、無理筋もいいところだろう。
だからアホな理由であれ、30年も執念を燃やしたという、演出が欲しかった。
では何の為に?
一番に考えられるのは、やはり[ニューブリテン]のテストだろう。
僕が高家になってから、半ば冗談でスタートした建造計画だけに、テストも場当たり的になるのも、ある意味仕方がないところ。
存在自体が冗談みたいなものだし。
なにしろ、『大型艦設計、建造』と『惑星開発』が許されたという事で、その両方を同時にやってしまおう、という洒落から生まれた企画だ。
父様と冗談で語り、冗談で設計した。してしまった。
そしたら、父様が冗談で本当に作っちゃった、というのが真相だろう。
HD空間で作ったからには、耐HD空間テストは実証済み。
後は戦闘テストと長距離航宙耐久テストだけど、後者はともかく、前者は戦う相手が必要だ。
戦略レベルでの威圧効果は実証済み。
惑星級航宙艦が惑星付近に出現した時、どういう反応を相手がするのか。
こういうデータはなかなか得られないから今回得られたのは貴重だ。
戦術レベル。
今回は惑星単独での襲来になったわけだけど、宇大はさすがに冷静だった。
むやみに艦隊を動かすことなく、事態の悪化を防ごうとした事は高く評価できるだろう。
圧倒的な戦力差、という訳じゃない。
宇大は惑星を二つも持っているし、コロニーだっていっぱいある。
たとえ攻略するにせよ、時間が経てば王国と帝国だって黙ってはいない。
なにしろ宇大には両国出身の学生や教諭が大勢いるんだから。
そして戦闘レベル。
対艦隊戦はタルシュカットでもデータは取れる。むしろそのテストはこれからやるんだろうな。
問題は、それ以外の戦闘。
例えば今回は対人白兵戦。
なんらかの方法でディフレクター・シールドを突破した歩兵集団による強襲。
これもやろうと思えばタルシュカットでもできるけれど、宇大側も自軍の白兵能力を確かめたかったんだろうな。少なくとも、宇大上層部はそう考えたに違いない。
だから父様の計画に乗った。
そう。
今回の騒動は、父様単独では実現しない。
宇大の上層部。少なくとも学長は父様とグルに違いない。
そして、上層部はその事を下部組織には教えていない。
こうして、このドッキリ騒動が起こったんだ。
なんて迷惑な話なんだ、とは言わない。
だって僕自身は、それほど迷惑していないし、そもそも宇大は他人を試すのが何より大好きな組織なんだ。
だって、何かというと試験、試験でしょ?大学って。
他人にやるのが好きなら、自分だって同じ事をやられても文句は言えないでしょう。
もっとも、僕はそんな種明かしをするつもりは、今のところはない。
「もう遅い。マイモンはウィルの話を全部聞いた。気絶するほどショックだったようだ。
今、医務室に運び出したところ」
……え。
慌ててマイモンさんの席を見ると、たしかに空席になっており、先生がやや呆れたような表情をしている。
「私達もウィルとは基本的には同意見。
でも、学長に対する認識は若干異なる」
先生が無表情のまま言うと、ティナがコクコクと頷く。
「わたくしもリルと同意見ですわ。ここの学長先生は、どうにも怪しすぎます。
此度のお義父様の騒動しかり、ウィリアム様にそっと魔法を伝授した事しかりですわ。
わたくしには、学長先生が一番試したかったのは、お義父様でもなければ、宇大の方々でもなく、ウィリアム様ご自身と考えております」
「僕がターゲット?」
「はい」
ティナが断言した。とても自信ありげに。
「学長先生は、ウィリアム様が、アルス様の生まれ変わりではないかと疑っていて、確信に至ったと思われます」
いやいやいや。それはティナ自身の事でしょうに。
「問題は、学長先生が、ウィリアム様の敵か味方か、ですわ」
っておいおい。学長先生が、敵?
「ふむ。その可能性はある。ヘンリー卿に企みの共犯顔で近づき、ウィルにも魔法をちらつかせて味方顔をし、安心している背中を突く、か。
謀の多い知識人なら、やりそうな事だ」
先生まで、何を言い出すんだ。ちょっぴり、そういう事もあるかな?なんて思っちゃったよ。
「あら、ウィリアム様は、わたくしより、リルの方を信じるのですか?」
ティナが頬を膨らませる。そんなちょっと拗ねた顔も可愛いなんて、反則か。
「年季の違い。越えられない壁。
でもウィルは安心して。私はウィルの絶対的な味方。
全宇宙を敵に回しても、これは変わらない。
学長が敵なら、倒すだけの事だから」
「味方というなら、それは永遠の妻たるわたくしだって同様ですわ!学長など、けちょんけちょんにしてご覧に入れますわ!」
「ちょっ、まだ敵と決まった訳じゃないんでしょ?」
それに絶対的な味方とか、永遠の妻とか、愛が重すぎる。
あと、けちょんけちょんに、という表現をリアルで聞いたのは初めてだ。
「ふむ。ウィルの言い分にも理がある。確かにまだ敵と決まった訳ではない、か」
「でも、お味方の可能性は、かなり低いですわ。転生者だとすると、相当な実力者でもないと……そう、転生ポイントが足りませんわ」
「容疑者……もとい、候補者はかなり限られる、と」
「ええ」
……凄い。
先生がティナの電波に付いていってるよ。
まさか先生も前世とか信じるタイプなのかな?って、それこそ『まさか』だ。
先生は、多少変人だが、立派な科学者だ。
検証もできなければ、再現性もなく、ましてや客観化もできない電波話をそのまま受け入れるなんてできない筈。
僕?
僕は科学者じゃないからね。
電波話をそのまま受け入れる事はさすがにできないけれど、暗喩や深層心理の反映という形なら理解できると思っている。
父親に代表される理想像を自分なりにアレンジした勇者『アルス』もその一つ。
王族は孤独だ。
己の欲を隠しつつ、味方顔をする連中に常に囲まれているんだろう。
だから理想の男性像を求めるのは分かる。
僕は偶然、条件のいくつかが合致しただけだ。
そしてティナの目には、学長は疑わしいのだろう。
まぁ、胡散臭い、というのは僕も認めるところだしね。
いずれにせよ、データが揃わないうちに結論を出すのは間違っている。
それに今は正直、それどころじゃないし。
なにしろ今、僕らの眼下には、どこの星間国家でも見られない、移動式人工惑星、それもダイソン球殻が広がっているのだから。
ふむ。
大陸A。つまり表面側に僕の設計と異なっている点は見られない。
白茶けた大地と蒼い海。白い雲。所々に点在しているHDジェネレーターのプラント。
川も流れているし、湖も各所にある。砂漠化しそうな土地はなし。
でも、不毛の大地だ。
緑、すなわち植物は欠片もなし。
つまり、水分は潤沢だけど、荒野だ。
大昔のテラフォーミングには、藻類など、植物のチカラを大いに利用したそうだ。
光合成で酸素を得て、人類が生存できる環境に近づけたという。
でも、今のテラフォーミングにおいては、酸素は化学的合成によって得るのが当たり前だ。その方が効率が良いし、植物と違って病気もない。
そう。
テラフォーミングに植物やバクテリアを使わなくなったのは、変異による病気を恐れたかららしい。
それに、それらによって多少環境が変わっても、そこに人類が快適に暮らせるようになるまで、数百年、計算上は数千年かかる事もザラで、そこまで待てるほど、人類は気長ではなかった。
そしてリアルな動植物に代わる食料、その他生活素材、建材などを遙かに安価に手に入れられるチカラを得た人類が、テラフォーミング済みの惑星に、わざわざ遠距離から植物の種を大量に持ち込み、繁殖させる事は、非効率極まりないとされ、いわゆる自然保護団体すら躊躇した。
だって保護も何も、その惑星にはそもそも植物なんかなかったんだから。
それどころか、迂闊に他の星から動植物を持ち込む事は、検疫に無用な苦労を強いる事となり、悪とされた。
未開惑星から植物を迂闊に持ち込んだコロニーが、新病により壊滅した、なんて噂はある。いわゆる都市伝説の類だけどね。
多分、その話は嘘だ。
だってそんな事をわざわざするヤツなんかいないから。
惑星開発は、それだけ大金が動く話だし、リスクも大きい。
たった一粒の種が原因で崩壊するリスクを容認する住人などいない。
でもなぁ。
この[ニューブリテン]は、名目上だろうけど、僕のものであるには違いない。
だって、タルシュカットが独自に駆逐艦以上の大型艦を開発する事は、今でも許されてはいないんだから。
既存の惑星を開発するにも、許可は必要だ。
だからオゥンドール家において、勝手に惑星を、それも人工惑星を開発製造する権利は、高家たる僕にしかない。
って事は、もし僕がこの[ニューブリテン]にリアルな植物を植えたいと思ったとき、反対する者はいるだろうか?
原始人に戻るつもりか、と馬鹿にするだろうか?
病気を恐れぬ蛮勇か、と罵られるだろうか?
そんな事を言う人は、タルシュカットに、王家に、宇大に、いるだろうか?
……
…………
………………いるかも、しれないね。
「いいえ、いませんとも。この、妻たるわたくしがいる限り、そんな事を絶対に言わせません!言わせませんとも!」
「ん。同意。どうせなら植物だけじゃなく、動物も放そう。海には魚も要る。複合的な環境を整えた方が、結局は強い惑星になる」
うわ。また心の声を聞かれた、というか、僕が喋ってたのか。
「そうですねぇ。今更、サーの無茶振りを避けようとするヤツなんか、我らタルシュカットにはいない事は断言できますな。
これでも『サー被害者の会』初代会長ですからね。本当に今更です」
プーニィまで話に乗ってきた。
「ですが間もなく着水です。話はご領主様とお会いしてから、皆様で相談すると良ろしいかと。
どこかの魔女と違って、サーは大きな事をなさる前に、必ず周囲の者に相談なさるでしょう?」
艦長が締め、取りあえずこの話題は持ち越しとなった。
艦長が言った通り、艦隊はそのまま[ニューブリテン]の海に着水。そのまま潜行する。
海とはいえ、氷小惑星の水由来のため、塩分はまだない。母なる地球と違って、塩化化合物があるわけじゃないからね。透明度はひたすら高く、第二の太陽たるソル2から光を感じる程だ。
ちなみにソル2も24時間サイクルで一日があり、夜にする事も可能だ。
今はテスト期間のためにずっと明るいけどね。
計画上では、表面側のセントラルAの中心部『エリア・ニューグリニッジ』の時間に合わせ、光度を調整する事になっている。
そして『エリア・ニューグリニッジ』の標準時間を、どこに合わせるかは、まだ未定。
タルシュカット3にある領都に合わせるか、王都星の王城に合わせるか、はたまた銀河連邦標準時にするか。
もし銀河連邦標準時にしたら、世界初で、リアルに銀河連邦標準時に基づく星ができる事になるかも……いやいや、宇大のコロニーがとっくに実現してるから、所詮人工惑星はその拡大版に過ぎないとして、初にはならないか。
そんな事をぼんやり考えているうちに、艦隊は海面に達し、そのまま再び空中へ飛び出す。
もう内側。頭上にはソル2。
そしてソル2の傍には、もう一つ衛星が。
「シャド1がこんな所にいたんだね」
[ニューブリテン]の防衛力の要たる戦闘衛星シャド1。
外観は表面に無数のクレーターを有する、岩石型衛星。
クレーターの大半は、実は砲口をカモフラージュしたものだけど、格納式HDジェネレーターのハッチもあるし、小型艦の発着場もある。
つまり単独でのHD航行機能も一応有しているわけだ。大型艦用ドックはないから、機動要塞としての役割はないけれど。
あくまでシャド1は、[ニューブリテン]を守る騎士というわけだね。
計画では、機動要塞シャド2というものもあるけれど、まだ建造に着手すらされていないようだ。
建材もないし、まず時間がなかったんだろう。
積み込む艦もないし。
地表、すなわちBサイドに目をやると、やはり不毛の大地が広がっているのが見える。
HDジェネレーターのプラントがない分、人工物が少ない。
いや、この地表全部が人工物だったか。
A面と同様、山も谷も平野も川も湖もある。
大陸や島は、A面と鏡合わせだ。
セントラル大陸の中心、すなわち『エリア・ニューグリニッジ』の真裏を目指す。
そこには大きな湖と、その畔に[ロンディニウム]の成れの果てたる司令センターがある筈だ。
そして、父様が待っている。
「目的地を確認……おや?」
プーニィが奇妙な声をあげた。
「どうしたの?」
「目標地点付近に、計画にない建造物を確認。メイン画面に映します」
メインが切り替わり、確かに見慣れない建物が映し出される。
緩やかな斜面の四角錐……いや、上面が水平に切り取られ、台形状になっており、その水平な頂上には、古代の神殿のような建物がある。
多くの円柱で周囲を囲み、大きな三角屋根を支えている。確か、母なる地球のギリシア地方にあったとされる神殿を模した建造物だ。
それを、緩やかな斜面とはいえ、同じく地球の各所にあるとされた、ピラミッドの上に作るとは……地球のあちこちの文明の集合体のようだ。
そして、その建物のサイズだけど、無駄に大きい。
ピラミッドの底辺、その一辺の長さは、[レパルス]どころか、2000メートルのロイヤルサブリン級一等戦艦[ロンディニウム]より長そうだ。
まったく、領軍全艦艇の3分の1を消費してまでして作った[ニューブリテン]に、あんなものまで作る余裕はなかった筈だ。
どこから資材を調達したのやら。
「あれは、[祭壇]ですわ!」
ティナが興奮して叫ぶ。
「ティナ、知ってるの?」
「知ってるも何も、アレはわたくしが王都星で作った、いえ、父に作ってもらったのですから。それをお義父様がここまで運んでくださったのですわ。
ああ、なんて素晴らしいお義父様なのでしょう!お会いするのが、今から楽しみですわ」
何だか、とても嬉しそうだ。
父様は王都星に行ってから、こっちに来たそうだし、王都星で王様から預かったんだろうな。
輸送には、資源衛星を使ったんだろう。中身をくりぬいたかどうにかして。
ひょっとしたら、専用の資源衛星を王様が用意してくれたとか?
うーん。
[ニューブリテン]の設計時に、流用する艦艇についての指定はしたけれど、資源衛星については、大まかな量しか記載しなかったし、そもそも父様が本気で[ニューブリテン]を作っちゃうなんて思わなかったからなぁ。
父様が、領軍の艦艇を使ったら、どれくらい工期が短縮できるかなんて言うから、その場の勢いで設計しただけだし。
まさか王様まで一枚噛んでくるとはね。
ってことは、ひょっとしたら、細部、とりわけ内部には、僕が知らない要素が一杯詰まってたりして。
第一、アレは[祭壇]なんて呼べる代物じゃないぞ。
立派な神殿だ。立派すぎると言って良い。
やっぱり、星間国家の王族がやる事は、どこかぶっ飛んでいるな。
「いや。宇宙で一番ぶっ飛んでいるのはウィル。その場の勢いとやらで、こんな星まで設計できる人は、そうそういない。さすがは私の教え子。って事は、師たる私が一番凄い?」
『ふふふ。さすがのウィルも驚いてくれたかな?』
突然メイン画面が切り替わり、微妙に懐かしい顔が映し出された。
「父様!」
相変わらず口髭がダンディな美中年ぶりだ。HD空間での10ヶ月はさぞ大変だったろうに、それを感じさせないのは、やはり貴族の矜持か。
『王女殿下の[祭壇]を移築したため、司令センター周辺のレイアウトは多少変わったが、中央宇宙港はほぼ設計通りだ。受験艦隊は一番から順次入港せよ。
[ニューブリテン]は、君達を歓迎する。
そして改めて言おう。
合格おめでとう、ウィル』
「ありがとう、父様」
なんだろう、急に両目が潤んできた。
やっぱり、家族っていいな。
やっと、やっと長かった、ひたすら長かった第九章が終わります。
そしてついにウィルが耕すべき大地を手に入れますw
もちろん、物語はまだまだ続きます。