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鍬と魔法のスペースオペラ  作者: 岡本 章
38/58

鍬と魔法のスペースオペラ 第九章 その11

   11・レパルス艦隊出撃


 午前9時。

 通常なら、一コマ目の講義が始まる時間。

 もっとも、今は入試採点期間ゆえ、講義はない。

 もし学期中だとしても、この騒ぎの中、講義をする肝のある教授がどれだけいるかは不明だが。


 まもなく、作戦が開始される。


 俺――クリプトマン主任教授――は上司と別れ、部下達と共に狭い兵員室のベンチに座っている。

 パワードスーツ、しかももっともタフな、全環境対応型(もちろん限度はある)を着込んで。

 もっとも、今は胸から上は大きく跳ね上げられているので、閉塞感は……強襲用降下ポッドの兵員室だから、取りあえず最小限度、としておきたい。

 だいたい、一般兵員の定員30名のところに、パワードスーツ兵が15名――一個小隊――が押し込められているのだ。座れるだけ恩の字といったところだろう。

 本当は艦隊運用が専門なのに、最近は白兵戦ばかりしているような気がしていたのは、それこそ気のせいではなかろう。

 だが前回は受験生に手玉に取られ、屈辱を味わったものだが、今度は同じ人物の指揮下で行動する事となった。

「でも、できれば艦のブリッジ詰めになりたかったものだ。サーの艦隊運用を間近で見るチャンスだというのに」

 小さくぼやくと、右に座っている副官が苦笑いを浮かべた。

「主任。この艦のブリッジ――いや、ブリッジなんて呼べる代物じゃありませんぜ。ありゃただのコクピットでさぁ。ここよりずっと狭いところで、しかも男と二人っきりなんて、妙な世界に目覚めちまいそうで」

 副官の返しに、小隊のみんなが笑った。

 ここで副官が表情を改めた。

 

「でも主任。本当にこの作戦で大丈夫なんで?」

 

 部下達からも笑みが消える。みんな気がかりだったようだ。

 そりゃそうだ。

 俺だって、サーの発案だと知らなきゃ、逃げたくもなる。

「大丈夫だ――と思う」

「「「「「思う?」」」」」

「……少なくとも、我々だけで無謀に突入するよりは、目があるだろう?」

 何の目かは敢えて言わなかった。

 それを勝利の目だと思うのは、部下達の自由だろうから。

 だが、どう考えても、我々に勝ち目はほとんどない。でも指揮官として、それを言うわけにはいかなかった。


   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇

 

 僕は今[レパルス]のブリッジにいる。

 そして[レパルス]がいるのは、僕が講義していたコロニーの第一宇宙港。

 コロニーの宇宙港は、周囲を外壁で囲まれた密閉型と、宇宙空間に剥き出しの開放型があるけれど、第一宇宙港は、密閉型の方だ。

 [レパルス]だけでなく、[アクロポリス][アガメムノン][アイム]の三隻もいるが、他の航宙艦はおらず、第一宇宙港はタルシュカット領軍の艦隊で貸し切り状態だ。

 もっとも、その貸し切りももうすぐ終わる。

 

 ブリッジの要員は、基本的にはタルシュカットを出た時と同じだが、違いもある。

「まもなく出航ですのね!」

「ん」

 ティナと先生がブリッジにいるのは珍しい。普通は魔女の引きこもり部屋――[レパルス]の中央ラボ――にいるのに。

 科学士官席は二つ。

 とくれば、普通はティナと先生が座るべきだろうが、そこはマイさんとメイさんの席であり、ティナと先生は僕のオーナー席の左右に勝手に椅子を増設してしまった。

 

 まぁ?

 ティナは分かるよ?

 先生の助手というのはあくまで建前であって、フェアリーゼ星間王国のお姫様である事は間違いないのだし、僕はそこの貴族なんだからさ。

 王族格、王家とは家族も同然ということは、やはりティナを部下の席に座らせる道理がないだろう。うん。

 

 でも先生はおかしいだろ。

 だって先生は[レパルス]の科学士官なんだから。

 そりゃ先生は先生だし?

 僕が昔から世話になっている、目上の人ではあるね。

 最近は悪巧みの共犯(主犯はあくまで先生のケースがほとんどだと思う。僕はやらかす前に、周囲に許可を取ってるから)の立ち位置が定着している感があるけれど。

 でも、それはあくまで僕個人の問題であって、先生が公的に[レパルス]の科学士官になったからには、艦のオーナーたる僕の間接的な部下になるわけだ。

 

「ウィルが気にする事はない。ブリッジの実務はあの二人に任せた方が効率的というだけ。

 大丈夫。艦長の許可は得ている」

 

 な……なんだと?

 

 艦長席を見ると、そこにあるのは苦笑い。

 そうか。ティナの正体は、ここにいる全員が承知している。

 さてはティナが表向きには助手であり、自身はその上司である事を大義名分にしたな?

 それならホープ艦長も許可を出さざるを得ないか。


 でも驚いた。本気で驚いたよウィル君は。


「ウィル。何をそんなに驚いている?」


 先生がきょとんとして、首をコテンと傾けた。妙にあざと可愛いポーズだ。年齢不詳の外見だけ少女だけど。

 だって驚きだよ。

 先生が、艦長の許可を得て行動したんだから。

 しかも許可を得やすいよう、策まで巡らせて。

 許可を得ないまま行動したのなら、まだ分かるし、許可が得られないと僕に泣きつくのはしょっちゅうだけどね。

 これは先生の成長か、それともこれから大事件が起きる前触れか。


「ウィル、全部口に出ている。そこは成長と思って欲しい。あと私は『ほぼ永遠の少女』だから、忘れないように」

「アイアイ」

 イルヴの民は謎ばかりだ。

 

 それはそうと、あと一人。

 宇大防衛隊宇宙艦隊司令教授のアム・マイモンさんもゲスト席に座っている。

 ゲスト席は壁際にしつらえた補助席で、普段は壁に収納されている。

 相棒のクリプトマン教授はここにはおらず、僚艦に、揚陸艇ごと格納されちゃっている。

 でもまったく寂しそうではない。

 それどころかこれからの展開が楽しみなんだろうな。

 こちらをキラッキラした目で見つめている。

 

 ティナがちょっと居心地悪そうにしている。こんなに間近に、家臣でもない人間にガン見される経験が少ないんだろう。

 僕なんか、講義の時ガン見はしょっちゅうだから、もう慣れちゃったよ。

「(そういう意味ではありません。あの目付きが嫌なだけです。あれは、明らかにウィリアム様を狙っている目)」

 ティナがなにやらブツブツ呟いているが、聞こえない。


 それはそうと、ブリッジ内がざわついてきた。

 規律正しいざわつき。

 いよいよ時間だ。

 

「メインジェネレーター圧力上昇」

「システムオールグリーン。いつでも発進できます」

「コロニーのベイハッチ開放を確認」

「誘導波来ました。コース設定」

「重力アンカー解除」

「重力アンカー解除します」

「管制室より通信。『作戦の成功を祈る』との事です」

「管制室に感謝すると伝えろ」

「了解しました」

「発進せよ」

「[レパルス]発進します」

 

 ちなみに、僕は例によってオーナー席に座ったまま、何もしていない。

 いや、やる事はあった。

 

「レパルス艦隊、発進。僚艦は旗艦に続け」

『『『『『イエッ・サー!』』』』』

 

 艦はゆっくりと解放されたベイハッチに向かい、僚艦達も後に続く。

 惑星上から飛び立つのと違い、コロニーの宇宙港から発進する時は、スラスターは使わない。

 惑星重力下では、艦の重力子制御の精度が荒くなるが、コロニーは基本的に重力子による人工重力だから制御は楽だ。

 ゆえに慣性誘導式で構わない。むしろ反動推進より楽に宇宙港内を移動できる。

 そのままスムーズにベイハッチを[レパルス]はくぐり抜け、宇宙空間に乗り出す。

 

 コロニーは宇大3(第三惑星)の衛星軌道上にあり、目的地である[ニューブリテン]は宇大4(第四惑星)の軌道より外側にいるから、今いる位置から肉眼で見る事は難しいだろう。

 でもブリッジ正面の3D大モニターには、はっきりと[ニューブリテン]が映し出されている。

 船外カメラによる直接映像で[ニューブリテン]を見るのは、実はこれが初めてだったりする。


「綺麗な星、ですわね」

 よし、ティナから好感触。ちょっとうっとりして、声が甘い気がする。


「直径約8000?。大地を海との割合は3対7。大気層は約1万5000メートル」

「ディフレクター・シールドは200層。すべてサーの設計通りです」

 マイさんとメイさんが[ニューブリテン]をスキャンし、報告してきた。

 ちなみにマイモンさんという外部の人がいるから、メイさんは僕を『サー』と呼ぶ。


 僕も改めて[ニューブリテン]の映像を眺めた。

 確かに海が多い、水の惑星だ。

 第一太陽[ソル1]の影にあたる部分も、そこが海なら光っている。

 惑星内部、中心で光っている第二太陽[ソル2]の影響だ。

 おかげで、自然の惑星にない、幻想的な雰囲気を醸し出している。

 

 その一方で、大地は白茶けた荒野が広がるばかりで、変化に乏しい。

 一応山とか湖も作ったし、大陸や島々もあるんだけどね。

 ちなみに大陸は5つ。

 最大の大陸をセントラル大陸と名付け、そこからみた方角で名前を付けている。

 かなり安直なネーミングだけど、その方が利便性があると判断した。


 つまり、北極大陸、南極大陸、セントラル大陸、東大陸、南西大陸だ。

 ほら、安直でしょ?

 そして[ニューブリテン]の売りは、その大陸の裏側がある事。

 内側の大地は、表大陸の鏡映しになっているんだ。

 もちろん、海岸線だけの話で、地形は違うけれどね。

 外側の大地は、[ソル1]に照らされているので、昼夜がある事はすぐに分かるが、内部の大地にも、実は昼夜はある。

 ようは[ソル2]の出力を時間調整する事で、夜を作るようにしているってだけだけどね。やはり内部にも人が住めるようにする以上、昼夜のメリハリは大事だろうから。


 そして、海。

 なんといっても、海。

 表面の七割が海なのだから、[ニューブリテン]は海の星だ。

 だが、沿岸部を除き、この海には底がない。

 海を突き抜ければ、簡単に星の内側に出られるのだから。

 もちろん、星の形状を維持するための重力子プラントは網の目状に配置されているから、まったく障害物がないわけじゃないけど。

 

 同様のプラントは地中にも配されている。

 というか、それらプラントがなければ、[ニューブリテン]は形状を維持する事すらできないわけで。

 うん、我ながら無茶な設計だ。

 プラント群を統括する基幹ステーションは各地に合計400。均等に、互いにカバーしつつ設置されていて、これらは表面に露出している。

 というのも、基幹ステーションは、HDジェネレーターの役目も果たしているからだ。 現状でも問題はないが、基幹ステーションは随時増設する予定だ。

 その方が防御力は上がるし、より過酷なHD空間の利用も可能になるから。


 膨大なエネルギーが常に消費されている。

 その出処は亜空間だ。

 HD空間のような、規則正しいエネルギーの流れはなく、本来利用不可能と言われてきたエネルギーの嵐が吹き荒れる世界。

 そこから亜空間コンデンサーを使って、使える分だけ頂いている。

 そういった亜空間もHD空間と同様、無数にある。

 というか、HD空間だって、無数の亜空間の一部に過ぎないわけで。

 まぁ、そんなわけだから、たかが人工惑星一個分のエネルギーを頂く分には、どうって事はない。

 

 メインの亜空間コンデンサーは、二箇所に設置されている。

 それが、二つの小さな恒星、[ソル1]と[ソル2]だ。

 亜空間コンデンサーは使えるエネルギーが増えるにつれ、必要な規模が巨大になっていく、というのが技術上の欠点だけど、それならいっそ、めっちゃ大きくしたらどうだろう、というコンセプトで設計した。

 というわけで、直径1000?の[ソル1]には直径500?、直径100?の[ソル2]には直径50?の亜空間コンデンサーがある筈だ。僕の設計の通りなら。


 はっきり言って、過剰スペックもいいところだ。

 でも後悔はしていない。単にやってみたかった、というのが本音だけど。

 

 事故の可能性を考えて、簡単にパージできるよう衛星にした。もちろん、予備の亜空間コンデンサーは[ニューブリテン]本体にも複数設置しているし、問題はないだろう。

 そして二つの[ソル]シリーズは、環境保全衛星を兼ねていて、太陽の役割も果たしてくれているわけだ。だって、ただのエネルギー供給衛星というだけじゃ、勿体ないから。


 そして、[ニューブリテン]の攻撃力についてなんだけど――


「あの、サー?

 我々に[ニューブリテン]の詳細を解説していただけるのは光栄なのですが……」

 

 艦長がおずおずといった感じで話しかけてきた。

 え?

 また声に出てた?

 艦長の視線が、もの凄く必死こいて、自分のパーソナルモニターにデータを入力しているマイモンさんに向かっている。

 ああ……またやっちゃった。


   ◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇


 人工惑星[ニューブリテン]。

 セントラル大陸B(内側)中央に、統括センター(仮)がある。

 形状は高さ1000メートルを超えるビル……というか、元戦艦。

 タルシュカット領軍艦隊総旗艦[ロンディニウム]の成れの果て、というのが正しい。

 パーツが抜かれまくって、空いた場所を仮の装甲板で無理矢理補修した、痛々しい姿ではあったが。


 この人工惑星を構成するのは、タルシュカットから持ってきた資源衛星のレア・メタル。

 宇大の隣接星系から拝借した岩石、氷の各種小惑星群。

 そして、戦闘艦100隻、工作艦100隻の各種艦艇だ。

 工作艦は初期工事と、現在工場プラントとして機能し、戦闘艦は各種制御システムや補助的な防衛機構に組み込まれ、総旗艦すら同様の運命を辿った。


 つまり現在、[ニューブリテン]には稼働可能な航宙艦は、一隻も残されていない。

 港宙艦に設置されていた計400(一隻につき二基設置)のHDジェネレーターは、現在[ニューブリテン]の基幹ステーションに生まれ変わっている。


 時間があれば、まだ大量にストックしているレアメタルを使って、艦隊だって作れるだろうが、生憎それがタルシュカット領軍にはなかった。


 なにしろ、彼らが愛するサー・ウィリアム・オゥンドールが[ニューブリテン]建造に必要な工期として設定したのが、わずか10ヶ月だったからだ。

 彼らは愛と誇りにかけて、それをやり遂げた。

 作業を進める上で、発生した新たな問題、判明した課題は、すべて無理矢理解決した。

 

 その中には、ウィリアムがまったく想定していなかったものも多々あったが、そんな事は言ってしまえば『いつもの事』であり、些末な問題だ。

 慣れって、怖い。


 つまり建造、いや、もはや創造と言った方が適切かもしれないが、ロード・ヘンリーが言った『30年』というのは、ただのブラフであり、

「お前らにゃ、30年かけたって無理だろ。

 俺達はそれを10ヶ月で成し遂げてやったぜヒャッハー」

 という、稚気というか、誇りというか……

 いや、過酷な10ヶ月を乗り越えた、ウィリアムの徹夜ハイをずっと凶悪にしたナニカのせいだった。

 勢いで高笑いなどしてしまったが、確かにあれはある種の狂気の産物だったろう。


 そして、通信した後、沈黙を続けていたのは……


「ウィル、怒って、ないよね?」

「それ、何度訊くんですか?サーなら大丈夫ですって」


 広大な司令センターの壁際で体育座りしている主君を、部下達が全力でなぐさめていたからだ。


「きっとサーの事ですから、今頃は[ニューブリテン]を見て、全力でワクワクしている事でしょう」

「我々は成し遂げたのです。マイロードも父親として、ここは胸を張るべきかと」

「[シャド1]もそろそろ最終チェックが終了し、起動できるでしょう。これで[ニューブリテン]の攻撃力も確保できます」

「でも……」

 ロード・ヘンリーは自分のパーソナルモニターを操作し、3D映像を司令センターに投影した。

「ここと、ここ。ここなんかは我らの技術でも再現不可能だった……」

「「「そんな細かい所、製作当事者でもないと気にしませんって!」」」

 

 作り手だからこそ気になる不備があるが、逆にいえば、作り手にしか分からない。

 モデラーあるあるであった。


「それに、よく考えてみたら、我らの行動が、ウィルの足枷になったんじゃないかと思うんだよね……そりゃあ、提供されたデータは必要不可欠ではあったし、その後の協力も得られはした。

 だから依頼通りに行動はした。

 その目的も教えてもらったし、説得力もある。

 だが、改めて考えると、どうにも胡散臭くはないか?

 

 先方が接触してきたのは、ウィルの合格通知の後だ。

 だから不正入学の疑いはないだろう。

 だが、試験の合否に関わらず、ウィルを先方が欲しがっていたとしたら?

 ウィルはほれ、試験前に、教授達に講義していたというじゃないか。

 それだけ有能なら、敢えて試験するまでもなかろうに。

 しかし、彼に推薦はなかった。

 それが意外であり、不可思議な点だ。

 

 ――我らは、『彼』に乗せられたのではないか?」


 話の初めこそ落ち込んでいたロード・ヘンリーだったが、話しているうちに、調子が戻ってきたのだろう、普段の彼に戻っていたので、周囲の家臣達は内心ほっとしていた。

 それと同時に、ロード・ヘンリーが抱いた疑念に困惑する。


 確かに、今度の作戦は、非常に危ういものではあったが、そのほぼ全ての情報を提供してくれた者がいた。

 生じるであろうあらゆる問題を解決してくれると保証もされた。

 そしてそれができるであろう権力と名声が、その人物にはある。


 第28代宇大学長ヤング・A・スタンフォード。


 ロード・ヘンリーがいう『彼』の正体である。

 宇大の学長になって5年のうちに、宇大のすべてを掌握した鬼才――いや、それもまた宇大の伝統。

 鬼才でなければ、宇大の学長は務まらない。

 前任のグレッグ・A・レストレイドも鬼才であったらしい。

 それが高齢を理由に突然引退。後任にスタンフォードを指名した。


 奇妙な伝統だが、スタンフォードは外部の人間。つまり宇大卒業生ではない。

 突然レストレイドに呼ばれたとかで、ふらっと宇大星系にやってきた。

 そしてろくに引き継ぎもないまま、学長に就任。

 肩書きに『元』がついたレストレイドは、そのまま宇大星系を去ってしまう。

 ろくに引き継ぎもやらずに。周囲に何の具体的な説明もないまま。

 

 普通なら、絶対反対されるだろう。

 だが、それが伝統だ。

 レストレイド自身、出身星すら明らかになっておらず、さらに前任者に指名された形で、ふらっと宇大にやってきた男だ。そしてその前任者とやらも同様。


 宇大の教授や学生達の噂では、宇宙のどこかに宇大学長を養成する謎の組織があり、彼らはそこから派遣されてくるらしい。

 そしてその組織が、そもそも宇大を創立したと。


 まったくもって、胡散臭い話だし、歴代学長はおしなべて謎の男女達であった。

 だが、それが宇大の学長であり、そういうものだ、と伝統が納得させてしまう。

そして学長就任から30年。そのカリスマ性は衰える事なく、宇大は繁栄を続けている。


 ロード・ヘンリーが今回の作戦に踏み切ってしまったのも、この胡散臭い学長の、奇妙な説得力に当てられてしまった、というのが大きい。

 しかし愛する息子との再会を前に、その魔法もどうやら解けてしまったようだ。

 まぁ10ヶ月もの間、馬車馬のように働いて、そのハイテンションのまま、豪快な通信をぶちかまし、その後盛大に落ち込んだ、というのが本当のところだろうが。


 そんな彼らに、観測班から報告が入った。


『宇大3に属するコロニーに艦隊反応!味方識別信号確認。[レパルス]です!』


 おおっと司令センターに歓声が沸き起こる。


「どうやら、宇大はサーを差し出す選択をしたようですね」

「うむ……意外とつまらない結論を出したものだ」


 ロード・ヘンリーはやや不機嫌になる。どうやら意に沿わぬ結果らしい。


『いえ、ちょっと待ってください!これは……?』

「観測班どうした?落ち着いて報告せよ」

『それが……[レパルス]の反応が、複数あります!合計4隻の[レパルス]が、領軍の駆逐艦3隻を随伴させ、まっすぐこちらに向かってきます!間違いありません!これじゃあさしずめレパルス艦隊というべきか、いや、誰が上手い事を言えと言ったかと小一時間』

「だから落ち着けと言っているだろうが!」


 副官の怒号が響くなか、ロード・ヘンリーは暫し呆然とした後、真顔になり、最後にニヤリと笑った。


「アクティブ・ステルス、か……どうやら宇大はまだ諦めていないようだぞ、諸君」


 司令センターに、先ほどに倍する勢いの歓声が上がった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 10ヶ月だったかー ロードが老け込んでいたのでまんまと騙されましたが、単純に過労によるものでしたかね 海が内側から光るのは幻想的でしょうね SFは門外漢で恐縮なのですが、海の底を作らない…
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