鍬と魔法のスペースオペラ 第六章 再会と第一関門 その1 魔女と電波姫
第六章 再会と第一関門
1・魔女と電波姫
実験工作艇[ヘファイストス]のコックピットで、リルルカはHDに入る[レパルス]の姿を恨めしげに見ていたが、すぐに気を取り直したようだ。
「嫌な事は、さっさと済ませるべき。[ファー]……もとい、[ベローナ]に向かって]
「イエス・マム」
艇長兼[レパルス]工房長のヨシミツ・フジワラ大尉はリルルカとは対照的に上機嫌だ。久々に[ヘファイストス]を外に出せたのが嬉しいらしい。
彼は退屈を何より嫌う。若くして[レパルス]の工房長になれたのも、ウィリアムやリルルカに散々付き合い、腕を磨いてきたからだが、それも単に『面白そうだった』からに過ぎない。
実験工作艇『ヘファイストス』。
全長100メートル。HDジェネレーター装備艦としては、最小のクラスになる。乗員は最大15名だが、最低2人いれば操縦できる。[レパルス]の艦載艇だが、普段は[レパルス]の工房として運用している。
もちろん入院中の科学実験船[ホーキング]や工作艦[ホダカ]に比べれば大した事はできないが、それでもウィリアムやリルルカのちょっとした思いつきを、取りあえず形にするだけの設備はあった。
「とはいえ、今回の任務は、例の装備を運んで設置して起動させるだけの、簡単なお仕事だったりするわけですが」
「……何が、言いたい?」
「いやね?いつもサーべったり、もしくは引きこもりの魔女が、珍しく別行動を志願するなんて、こりゃ、宇宙嵐でも起きるかなぁって、艦のみんなが噂してまして。
今回の任務。はっきり言って、自分とミラーナだけで充分でしょう?
なんでリルルカセンセが付いてきたのかなぁって」
「ですです」
副操縦席についたミラーナ・ターナー少尉が頷く。
リルルカは頭を軽く横に振った。
「行きたくはなかった。でもウィルのためなら仕方ない。私にしかできない任務がある」
「へぇ。またサーと何か企んでおいでで?」
「いや。ウィルは何も知らない。あの子には設置の監督に出る事しか言っていないから」
「……大丈夫なんですか?これも噂に聞いたんですが、あの艦、ただの王国軍じゃないんでしょう?」
ヨシミツの語尾が小さく震えたが、リルルカは無表情のまま、小さく頷いただけだ。
「キミ達はウィルの命令通り、例の装置を設置し、調整して欲しい。その作業中に、多分私の用事も終わるから、気にしないで任務に励んでくれたまへ」
「そんな事仰っても、気になりますです」
そんな遣り取りをしている間にも、目的の艦の姿がどんどん大きくなる。
追求の時間は終わり。
ヨシミツは小さく肩をすくめると、通信回線を開いた。
艦隊旗艦には大型の連絡艇デッキが装備されているものだが、[ヘファイストス]は少々大きすぎるので、ドッキングポートを使うしかなかった。
リルルカがドッキングポートのエアロックを潜ると、そこは小さなホールになっており、シュトローク司令官や艦長のワーズワースなど、王国の高級士官達、その数10名ほどが待っていた。
士官全員が揃って敬礼する。
「お初にお目にかかります。この艦隊を預かるシュトローク少将です。こちらは当艦の艦長ワーズワース大佐」
「初めまして。歓迎します助かりました」
「ありがとう。私は[レパルス]の科学主任のリルルカ・イルヴ。こっちは工房主とその助手。この二人を第23番デッキ付近の、重力均衡点に案内願う」
「は?」
ワーズワース艦長が瞬いた。指示が具体的過ぎたからだ。
王女座乗艦の内部構造は当然最高機密。一部のみ公開された事はあるが、それだけだ。
「貴艦の重力子制御装置が失われ、現在予備機が運用中なのは分かっている。ディフレクター・シールドの発生器は重力子制御装置を兼ねているのが普通だから。
だが、爆発の衝撃と、基幹質量の喪失を計算に入れなかったため、現在貴艦の船体に僅かに捻れが生じている」
「捻れ、ですか?」
「うん。[レパルス]からも観測できたから、事態は深刻。ウィルの計算によると、今から3時間以内に捻れが急激に悪化、最悪船体が裂けて大破する可能性が67%もあるらしい」
リルルカがパーソナルモニターの画面を見せると、艦長の顔色が変わった。
「そんな……!うちのセンサーには何も検出されなかったのに!」
「重力子は普通に空間をねじ曲げるからね。船体強化にも使われているから、通常のセンサーだと誤差で済まされてしまうケースが多い。
でも今回は前提条件が違いすぎる。
破壊工作による重心移動など、普通は想定していない。むしろそれを見越した特殊条件下対応センサーを開発したウィルが異常。もはや変態の域」
平然と上司兼教え子をディスる口ぶりだが、誰が聞いてもそれはただの自慢である。
「ああ、あの複合センサーか……開発そのものよりも、テストと改良が地獄だったな」
「ですです」
重力コンテナを操作しているヨシミツとミラーナは遠い目をしていた。
「二人とも急げ。事態は一刻を争う。ウィルはキミ達が義務を果たす事を期待している」
「「イエス・マム」」
「お待ちください!リニアリフトはそっちじゃありませんから!」
「ラッタルは駆け足!」
「サー謹製のパワード・ワークスーツは今日も絶好調!」
表情を一変させた技術屋二人は猛然と駆けだしたので、案内の士官が慌てて後を追っていった。
後に残されたのは、リルルカと幹部士官達。
「あの、あの機材は……?」
「ポータブル・グラビティ・メーカー。移動式重力子制御装置兼ディフレクター・シールド発生器兼慣性誘導装置。あれ一基で、この艦程度の規模なら賄える」
「あのサイズでですか!」
「うん。あれもウィルと私が共同発案し、当家の技術陣の、血と汗と涙と友情と努力の勝利の結果できあがった発明品の一つ。
ウィルの厚意で、貴艦に特別に贈呈するから、伏して感謝するように。えっへん」
薄い胸を反らして威張ってみせるリルルカだが、シュトロークは正直、彼女が巫山戯ているのか、大真面目なのか、よく分からないのだった。
「贈呈、ですか」
「本当なら、献上と言うべき?」
「い、いえ……」
リルルカの言葉に、シュトロークは引きつるしかないが、彼女が続けて言った台詞に、今度こそ絶句した。
「そう。じゃあ、この艦隊で一番偉い立場の人に会わせて。受け取りにサインを貰うから」
「!」
「あの、リルルカさん?この艦隊で一番偉いといえば、当然艦隊司令官のシュトローク少将になるのですが……」
言葉を詰まらせるシュトロークに代わり、艦長が強ばった表情で伝える。
この艦が王国宇宙艦隊の戦艦[ベローナ]などではない事は、もう誰の目にも明らかではある。
しかしリルルカのボスであるウィリアムを初め、関係者全員が艦の正体も、そこに誰がいるのかを知らぬ振りをしてきたというのに、この期に及んで、いきなり空気を読まない者が現れたのだ。
その空気クラッシャーは無表情のまま、首を横に振る。
「別に隠す必要はない。というか、あの娘の事だから、盛大に落ち込んで、部屋に引きこもって、ワンワン泣いているのではないかな?そんな情けない姿を、部外者に見せるわけにはいかないのだろう。
貴官らには同情を禁じ得ない」
「はぁ……」
王女の様子が、まさにリルルカの言った通りだったので、思わずシュトローク達は頷いてしまった。これではこの艦に王女が乗っていると認めた事になる。
思わず焦った彼らだったが、リルルカは僅かに首肯するのみ。
「大丈夫。私は実は部外者ではない。王女に伝えてほしい。『リルが会いにきた』と。それだけで通じる筈。
もし王女が会いたくないと言ったなら、その意思を尊重し、会わずに帰るし、二度と会わないと約束しよう。
もっともその場合、ウィルに会わせるわけにもいかな」
「あーもしもし、はい。シュトロークでございます」
リルルカに最後まで言わせず、シュトロークは王女専用回線を開く。
「いえ。ウィリアム様の艦より、リルルカ様という方が」
「それでは通じないかもしれない。あくまで『リル』と言って」
「いえ、はい。ご当人が仰るには、『リル』だそうで……え?あ、はい。すぐにお連れします。はい、ただちに……お会いになるそうです」
「それは重畳」
こうしてリルルカは王女に面会する事となった。
王女の私室があるのは第32デッキ。技術屋と違い、リルルカはリニアリフトで付近まで移動する。案内するのはシュトロークと赤い制服を着た警備班員2人の合計3人のみだ。
私室の扉は内側からロックされていたが、シュトロークが呼び鈴を鳴らすと、反応があった。
『リルだけ入って』
「だそう。二度目のボディーチェックは必要?」
覚悟を決めたのだろう、リルルカの問いに、シュトロークは肩をすくめてみせた。
部屋の内装は、王族としては質素の部類に入るが、品良く纏められていた。もっとも今は部屋の主のせいで少々荒れていたが。
一人入室したリルルカは、それを気にした様子もなく、ベッドの端に踞っている少女に声をかける。
「ディアナおひさ〜」
少女はびくりと肩をふるわせた後、顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃだった。
「ほ、本当に、リルなの?」
「相変わらず、ディアナは泣き虫。勇者パーティーの一員、というより、アルスの妻としての自覚が足りない。猛省すべき」
「そんな事言って、わたくしを笑いに来たのでしょう?それに、アルス様の船から来たって事は、わたくしをのけ者にして、二人で面白おかしく過ごしているのですね!はっ、まさかもう同棲しているとか!」
「いや、私はアルスの、いや、ウィルの家庭教師だから、毎日面白いのは確かだが、別に同居はしていないぞ」
「同じ惑星で、同じ空気を吸っているのでしょう!それなら同棲と同じようなものではないですか!」
「おいおい。いくら辺境とはいえ、一つの惑星にいったい何人住人がいると思っている」
「タルシュカット3の人口は約20億人。同星系のタルシュカット4は、約5億人といったところでしょうか」
リルルカは目を瞠った。
「……なぜ知っている」
「愚問ですわ。アルス様の、いえ、ウィリアム様の故郷と知れたからには、データを集めるのは、妻として当然ではないですか」
「確かにディアナの言う通りだ。私とした事が、失言だった」
「ふふっ」
「アルスの妻であるディアナなら当然の行為だが、アルスティナ王女としては、単なるストーカーでしかない」
リルルカのツッコミに、王女は再び顔を伏せる。
「くっ、やっぱり笑いに来たのでしょう!愚かな行為により、あたら忠臣を死に追いやった元凶として、ウィリアム様に嫌われてしまったわたくしを、ええ、どうぞ嗤ってくださいまし!もう生きている意味すら分からなくなってしまいました。こうなったらまた修道院に籠もって、今回亡くなった人達の菩提を弔うことくらいしか」
「それこそ愚かというもの。別にウィルはディアナを嫌ってなどいない。というか、そもそも知らないのだから、嫌いようがない」
アルスティナは心底驚いた。
「知らない?わたくしの事を?」
「5年前、ウィルの家庭教師になった時も、ウィルは私の事に気付かなかったし、今もそれは変わらない。どうやらウィルにはアルスの頃の、つまり前世の記憶がないらしい」
「前世の記憶が……ない?
つまり、貴女の事も、わたくしの事も、まったく憶えていない、という事ですか?」
「そうなるな。だが、スキルはいくつか受け継いでいるようだ。【状態異常無効】【黄金の記憶領域】【超理解】【解析】は確認した。
当人はあくまで特異体質だと思っているが、あれらはアルスが開発した独自スキルだから、間違いない」
「スキルは継承したのに、記憶は継承しなかった……何故です?わたくし達の事など、思い出したくもないという事ですか……いや、それは違いますね。あの方は、わたくし達と二度と会えないと思ったからこそ、敢えて継承しなかったのですね」
「うん。きっとそう。アルスはそういうヤツ。過去の思い出に縋る事なく、前を見続ける。私はそんな彼だから好きになった。勇者だからとか、いっぱい稼ぐとかは、割とどうでも良かった。ディアナもそうなのだろう?」
「ええ……って、それはそうと、リル。5年も前にウィリアム様を見つけていたのですね?」
「うん」
「どうして教えて下さらなかったのです?わたくしがアルス様を捜しているのは、この王国では誰もが知っている事。気付かなかったとは言わせませんわ!
教えて下されば、こんな事件も起きなかったでしょうに!」
「確かに起きなかっただろうな」
リルルカは静かに頷く。
「その代わり、ウィルは5年前に殺されていただろうが」
「……え?」
アルスティナはポカンとした。
「ディアナ。いや、アルスティナ王女。しっかりして。
今度の襲撃。あれはただの貴族なんかじゃない。ましてや王家の忠臣などではもっとない。魔王軍四天王の末席『死霊軍団長ゲルボジーグ』本人だ。間違いない」
「……証拠は。証拠はあるのですか?」
「通信の時、ヤツはウィルを『アルス・オースティン』と呼んだ。アルスの家名がオースティンであった期間は短い。魔王討伐戦の間にオースティン家の養子になっていた時だけ。
戦前は平民だったから家名はなく、戦後はディアナのせいで王家に婿入りしたから家名が変わった。
第一、『死霊軍団長ゲルボジーグ』の名を、誰かに喋った事はある?」
アルスティナは固まる。
「……そういえば、様々な敵を倒した話は、お父様に話しましたが、個人名は特に……ええ。話していません、というか、わたくし、魔王軍の者など、味方になった方以外はすぐに忘れてしまいますので」
「憶えていなかった、と」
「はい。ですから、『ゲルボジーグ』も、勝手に名付けたのだろうと思い込んでいましたわ。そう、アルス様を追って転生したのは、わたくし達だけじゃない、という事ですね」
「そう。アルスを追っているのは、味方だけじゃない。敵もまた、復讐のために追う可能性は考えられた。だからまだ幼いウィルを隠す必要があった」
リルルカは無表情のままだったが、アルスティナはそこに意思の強さを感じていた。
その辺りの機微は、長年の付き合いゆえ分かるのだろう。余人にはない繋がりが確かにこの場にはあった。
「分かりますわ。ウィリアム様の安全こそ最優先。
ならば、何故今になって会いに来てくださったのです?」
「ウィルが強くなった。最弱とはいえ、四天王の一角を倒せるほどに。もちろんこの強さは個人の蛮勇ではなく、家族の援助や部下の協力あっての事。私も協力者としてウィルの強さに貢献している。えっへん」
リルルカがない胸を反らし、アルスティナはジト目になる。
「だが、アルスの敵は、ヤツばかりとは限らない。四天王の首座であった魔公爵アゼルバートや、第二席のデルネア女侯爵は味方になったから問題ないが、第三席の暗黒僧正グライカーンや、魔王ポリンはもちろん、貴族の中には魔族、人間族問わず、敵も多かっただろう?」
「ええっと。あの魔王って、そんな愉快な名前でしたの?」
「知らなかったの?」
「ええ。ちっとも。どうでも良い事ですし」
「そうだな……ディアナにとっては、そうだろうな。ディアナは、アルスや、傷ついたり弱ったりした者達を癒やす事や、神聖魔法で敵を吹き飛ばす事しか興味がなかったものな」
「あら。貴女の事も結構気に入っておりますのよ?わざわざ空気を読まず、どこまでもマイペースを貫き、好き勝手やる性格とか、それでいて常にアルス様のために行動している所とか。だからこそ、結構支援したつもりでしたが、お忘れですか?」
「憶えているとも。だからここに来た。
アルスの……いや、ウィルのため、チカラを貸してほしい。いや、これは愚問だな」
リルルカの口角がわずかに、本当にわずかに上がる。
「ええ。最早侮辱に近いほどの愚問ですわ。このわたくしが、ウィリアム様のために全力を尽くすのは、天地開闢以来、当然の事なのですから。
――もっとも、まずはウィリアム様のお許しを得なければなりませんけれど。何しろ、ウィリアム様の中では、ゲルボジーグは命を賭して諫言した忠臣のままなのですから」
リルルカは少し首を傾げる。さっきまでアルスティナがその件で涙していたというのに、やけに自信満々に見えたのだ。
「リルは知らないでしょうが、わたくしとアルス様の出会いもまた、最悪のシチュエーションでしたのよ?もっともそれはお互い、誤解が元だったのですけれど、誤解といえば、今回もまた、思ってみれば似たようなものじゃないですか。
ウィリアム様の誤解を解く必要が、当面ないというだけで。それにもうわたくしは、[アルス様捜し]をする必要が無くなりましてよ?」
「そういえば、そうだった。つまり王女が『改心』するわけだ」
「その通りですわ。そして一から修行をやり直しますの。例えば、そうですわね……宇大に受験すべく、宇大生の個人宇宙船で修行する、とか」
すっかり本調子に戻った王女の姿に、リルルカも表情を綻ばせる。
「うん。それ最高。絶対こき使う」
「過労死は避けてくださいまし。わたくしの命は、あくまでウィリアム様のものなのですから」
「分かっている。それは私も同じだから」
二人は微笑んで握手したのだった。




