鍬と魔法のスペースオペラ 第六章 再会と第一関門 その2 人工ワームホールゲートにて
2・人工ワームホールゲートにて
「HD解除カウントダウン。5・4・3・2・1・今」
プーニィの合図で、艦隊は揃ってHDを解除する。
さて。
今度こそ目的地、というか、あくまで中継地ではあるんだけれど、着いた、のかな?
正面モニターに映っているのは、典型的な外宇宙の様子。星が極端に少ない。
「ゲート守備艦隊も、順番待ちの艦もないとはどういう事だ。第一ゲートが見えない」
「座標に間違いはない筈ですが」
艦長の問いに、航海長も首を捻る。確かに分かりにくいかも。
でも僕の【解析】は騙されない。
「いや、前方正面をよく見て。一部だけ星が多いエリアが見えるでしょ?」
「はい。見えますね」
「あれがゲート入り口だよ。あれはゲートの向こう側が見えているんだ。だから星が多く感じるのさ。ちょっと想像とは違っていたけどね」
「おや、サーの予想が外れるとは珍しいですな」
「ゲートの向こう側だから、向こう側の施設が見えると思っていたんだ。それが見えないという事は、ゲートは施設より大分細く形成されるんだろうね。だからこっち側からだと死角になって、施設が見えないんだろう」
そんな事を話していたら、ゲート施設から通信が入った。
メインモニターに3D画像が出る。
……ゴツいおじさんだった。
やたら広そうな司令室に、筋骨隆々で眼光鋭いおじさんが激高している。着ているスペーススーツが筋肉に押し上げられて、今にもはち切れそうだ。
『どこで油を売っていた小僧!提出されたフライトプランより、8時間も遅れよってからに!このオフセットゲートの維持に、いったい幾らかかっていると思う?1時間に30万だぞ?つまり240万余計に出費したわけだ!ちなみに単位はテラワットだ!
こんな無駄遣い、某でも経費で落ちんわ!』
おっと。人口ワームホールのゲートを、宇大ではオフセットゲートというのか。そしてゲート維持に1時間30テラワットの電力が必要、と。
意外に、いや、かなり少ない電力で稼働しているんだな。
とても光年単位の空間を歪められるとは思えない。
やはり、何か裏がありそうだ――って、艦長から脇をつつかれた。あ、そうか。まずは目の前の赤鬼をなんとかしなきゃ。
「すみません。ちょっとしたトラブルがありまして」
赤鬼おじさんにかいつまんで事情を説明する事にした。
『――なるほど。HD中に救難信号をキャッチして、これまたHD中に艦隊ごとコース変更し、現場に急行したところ、戦艦を含む50隻もの宙賊に王国艦隊が襲われており、宙賊を撃滅するのに時間がかかった、と』
「はい。その通りです」
『これほど豪快な嘘をつかれたのは、生まれて初めてだ!もうちょっと、マシな嘘をつくべきだな!3次試験受験資格があるとは思えぬ阿呆だな貴様は!』
これはまったく信じていないな。もっとも、僕も他人から聞かされたら、まずは相手の精神状態を疑う話だから、無理もないか。
いやだからね、ブリッジのみんな。僕が阿呆呼ばわりされたからって、そう殺気立つものじゃない。ガーヴィ砲術長。だからワームホールにトラクタースフィアを打ち込もうとするのは止めろ。というか、アレの有効範囲からみても、まったく効果はないと思うよ。
え?外周に沿って複数ぶち込む?
えっと。そうしたら、どうなるんだろう……え、いやいや、そうじゃなくて。だから僕の知的好奇心ってヤツを刺激するもんじゃないよ。
『あ、いや、確かに初対面の相手に阿呆呼ばわりは失礼だったな。だが、さすがに誰が聞いても信じられぬような話であるのは確かだ』
あれ?おじさんの顔がちょっと引きつっている。
また内心の声が出ちゃった?ま、いいか。
それよりも、だ。話を本題に戻さないと。
「嘘じゃありませんよ。証人も多数いますし、映像記録もあります」
『そもそも、HD中は外部との接触が不可能である事は、常識だろうが!』
「宇大の関係者が、過去の常識に囚われるのは如何なものかと。実はHD中に超空間通信を傍受したり、他の位相の状況を把握をするための、特殊なセンサーを開発しまして。もっとも、まだ試験運用中で、傍受も確実ではないのですが」
『……詳しく話せ』
――――――
「――このような位相間通信の問題点として」
『いや、ちょっと待て!』
「詳しく話せと仰ったのは貴方ではないですか」
『いや、確かにそう言ったが、さすがに暗号化すらされていない一般通信で話すような内容じゃない。これからオゥンドール殿の船に行っても良いか、良いな』
おや。小僧からオゥンドール殿に昇格したようだ。
「いえ、それは構いませんが、貴方は一体どなたなのです?」
『おお、これは重ね重ね失礼した。某はグロリアス・ゴドフリートと申す。宇大工学部正教授で副学部長を兼ねている。
もちろんオゥンドール殿が発明した数々の装備品や、偉大なる発見について、剽窃したり、手柄を盗んだりしない事は、我が命とガイスト帝国ゴドフリート侯爵家の名誉にかけて誓う。それでは暫し待たれよ』
通信が切れた。
なんと相手は現役の正教授で副学部長、そして帝国貴族の一族らしい。
とてもそうは見えなかったけれど。どこぞの世紀末の世界で、バールのような物を振りかざしてヒャッハーって言っている方が似合うと思う。
「それより、サーの発明を外部に公開してしまうのは、宜しいのですか?しかも相手はよりにもよって、帝国貴族ですよ」
艦長が心配そうな顔になる。
「うーん。何となくだけど、あのおじさんは大丈夫のような気がする」
そう言ったら、艦長の表情がパッと明るくなった。
「それなら、大丈夫ですね!これで安心しました」
「ちょっ、それでいいの?」
「いいの、とは?これまでサーの見立てを裏切った者はいません。これはあくまで、実績に基づく信頼です」
「はぁ」
ブリッジのみんなも、にこやかに頷いている。
なんだかなぁ。
ついさっき、本気で殺そうとしていたよね、君達。なんでそう切り替えが早いのかな?
「気持ちの切り替えが早いのは、宇宙で生き残るための必須スキルですからね」
さいですか。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
「それで?これは一体、どういう状況?」
無事に帰還したリルルカは、首を捻る。
早速ウィリアムに報告と相談をしようと思っていた彼女だが、当面それは不可能であった。
艦載機格納庫からほど近い場所にあるブリーフィングルーム。
定員50名のところ、100名ほどがすし詰めになっており、壇に立つウィリアムの話を真剣に聞いていた。ブリーフィングルームだけでなく、廊下や格納デッキのそこかしこにも大勢の人々が座り込んで、己のパーソナルモニターを食いくくるように見て、時折パッドに何やらメモしている。
その誰もが艦のクルーではなかった。年齢は中年から少し年配の者が多く、中にはかなりの高齢の者も見られた。男女比は半々といったところだ。
「いえ、だから見ての通りかと」
休憩中に休息室からちょっと出て、格納庫内をぶらついていたがゆえに、リルルカに捕まってしまったアスタロットは両肩を竦めた。
「……見て分からないから訊いている」
「ごもっとも。最初にあの、ブリーフィングルーム最前列の真ん中にいるでかいオッサン、ああ、宇大の正教授らしいですが、助手――助教だったかな?とにかく二人ほど引き連れてサーに会いに来ました」
「ふんふん」
「サーはご親切にもオッサン達を、ご自分で艦内を案内されまして」
「ウィルらしい」
「そしたらオッサン、大興奮しちまって、お仲間に大慌てで連絡したんです。そしたら、正副助教授、講師、非常勤に至るまで、大挙して押しかけてきましてね。
みんなサーの話を聞きてぇって次第で」
「うん。気持ちは分からなくもない」
「でもさすがにうちのブリーフィングルームでも入りきれないってんで、言い出しっぺのオッサン以外はくじ引きで入室しました。
いやぁ、落ちた連中の落ち込み具合といったら、なかったですね。
仮にも宇大の教授ってぇ、宇宙随一のエリートさんが、床を泣きながら叩いてたりしてました。
それでも諦めきれないってんで、艦内放送をオープンにして、各自のパーソナルモニターとリンクさせたわけです」
「それで、ウィルが授業をしている、と」
「そうなるんでしょうね。私には内容が難しすぎて、よく分からないんですが」
「大尉はパイロット。専門職。別に気にする事はない」
「ええ。というか、この連中、本当に分かってるんでしょうかね」
「彼らは仮にも宇大で教えている側。さすがに内容には付いて行っていると思う。見たところ、ウィルもかなりかみ砕いて説明しているようだし」
「いや、そうじゃなくて」
アスタロットは頭をかいた。
「ブリーフィングルームで授業をしているサーが、実は受験生だって事ですよ。これってあべこべじゃないですか」
「これでウィルが落ちたら、暴動が起こりそうだな」
「ウィリアム様が不合格など、ありえませんわ」
「私もそう思う。今のはジョーク」
アスタロットはピタリと動きを止めた。
「あの……リルルカ科学主任?今、妙な声が聞こえたんですが」
「うん。重力レンズ理論を利用した、最新鋭の光学迷彩。ただ見えないだけじゃなく、触れる事もできなくなる。ちなみにウィルの発明品。理論は古典的だが、このサイズで再現するのと、安全性の確保が肝。音声は透過するため、会話は可能」
「いや、そういう意味じゃなくてですね……お客さんで?」
「すぐに客じゃなくなる」
「はぁ」
アスタロットは答えつつも、リルルカがその存在自体を隠したくなる相手を案内してきた事に、新たな面倒事の匂いを嗅ぎ取っていた。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
リンゴーン リンゴーン リンゴーン
授業は一コマ90分。15分休憩を挟んで、2コマ目の授業が終わった。
これから1時間昼休みで、昼食。今日はその後再び2コマ授業をやる予定――
「って、何でこうなった?」
「もちろん、オゥンドール師が我らの要請に、快く応じてくれたからですな。まったく、弟子思いの師匠を持って、我らは研究者冥利に尽きるというもの」
「頼まれると、それが悪事でない限り、嫌と言えないのがウィル」
「あ。先生、お帰り」
「やっほー」
相変わらず無表情で手を振るのが似合う人だ。ブリーフィングルームの出口で待ち構えていたようだ。
「おお、こちらがオゥンドール師の師匠ですかな。某、宇大工学部正教授の、グロリアス・ゴドフリートと申す未熟者。どうぞ宜しくお願いします」
ゴドフリートさんが先生に挨拶している。強面の満面の笑みが怖すぎる。
「宜しくして良いとは思えない。
ウィルは受験生。大学関係者と必要以上に接するのは、不正を疑われる可能性がある。ウィルの話を聞きたかったら、ウィルが合格してからにして欲しい」
「それでは遅すぎるし、不正の心配は要らないですな。今年の入試問題作成は、王国閥の番ゆえに。
我々は帝国閥であり、今年の入試とは無関係。
それにオゥンドール師もまた王国人ゆえ、入学してからでは、王国閥に引き抜かれる危険がある。だから我々帝国閥が先に接触した次第」
「派閥なんてくだらない」
先生が一言で切って捨てると、ゴドフリートさんは己の額をペシッと叩いた。
「これは手厳しい。それでは飯でも食いながら、派閥について説明したいのですが、師はそれで構わないですよね?」
「いや、構うから。僕らはこれからオーナールームで打ち合わせしながらお昼。悪いけど、オーナールームは部外者立ち入り禁止だからね」
「ううっ、某はオゥンドール師の弟子として、部外者ではない積もりなのですが」
「付いてきたら、午後の授業は休講にします」
「承知しました。然らば御免」
ゴドフリートさんもまた宇宙の民。気持ちの切り替えは早い。どうやら食堂に向かうようだ。艦内を案内した時に見せたからね。
「じゃあ先生、行こう。アスタロットも悪いね。せっかく待ってくれてたのに」
「いや、別に俺はサーを待ってたわけじゃなくって、魔女をここまで案内させられただけっつーか。それよりいいんですか?このままオーナールームに連れ込んだりして」
「うん、二人きりってわけじゃないしね――って、その様子だと知ってるんでしょ?」
アスタロット大尉はニヤリと笑いつつも、首を横に振る。
「詳しい事は何にも。じゃあ、サーもお気を付けて。どうやら厄介事のようですから」
「受験生が教授に授業する異常性に比べれば、大抵の厄介事は大した事ないから」
「ごもっとも」
アスタロット大尉は手をひらひら振ると、人混みの中に消えた。




