困った主人(たち)
ようやくあと一年になったわ、と笑う主人を墨染はとても悲しげな瞳で見つめた。
「いやですわ、墨染。どうしてそんな顔をいたしますの? 私はずうっと楽しみに待っておりますのに!」
まだ年明けの浮つき立った空気の残る二条文室邸、その東の対の主である冬子は梅重の装束を無難に着こなす平凡な娘であった。
(否)
本来は見目も美しく、教養も十分過ぎるほどにある立派な姫君なのだ。中務卿宮を父に持ち、母親は前の大納言の娘。血筋も悪くは無い。のに。
(紅よりも縹の方が絶対にお似合いなのに。明日は白に縹の桜にしましょう)
ぼんやりと関係ないことを考えていた墨染の名を鋭く冬子が呼ぶ。
「もう、墨染はすぐにひとの話を聞き流すのだから!」
怒った顔すらも。
(あと五……いえ、三年若ければ)
今だってその美しさが損なわれているわけではないが、それでも十七という年齢はもう未婚の姫としては致命的だ。それだというのに冬子本人は全く気にした様子もなく、明日からの初瀬詣でのことを浮き浮きとした様子で楽しみに語るばかりなのだから、女房としてはどうにもじれったくて仕方がないのだ。
(今年こそは冬子様に結婚していただかなくては!)
墨染も今年で十五。冬子の子供の乳母となる夢はまだまだ諦めては、いない。
「成友様あ! どこへ! 行かれるのですかあ!」
乳兄弟である満実の声を背中に、振り返ることなく成友は朗々とした大きな声で応える。
「いつものことだ、慣れろ!」
仕事は、と息もたえだえに追撃するも、あっという間に駿馬の背に乗って姿を消してしまった。……どうせお情けでお飾りで、一族にとっての体裁の為に与えられた官位と仕事だと成友はいつも言っている。そもそも本人が仕事にも政にもやる気を出さないのだからそれで一向に構わないようだが。
(けれどさすがに、もうそんな子供みたいなことを言い続けられるわけがないんだよ)
成友も年が明けて二十四になった。充分にいい歳だ。だというのに妻のひとりもいないどころか恋人すらもいた試しがない。いや、妻ならいた。元服をして間もない頃、父親に言われるがままに当時の中宮大夫の娘の元へ通うこともなく結婚をさせられていた。が、相手が年上だったとか他に男がいたとかいろんな言い訳をしながらすぐに離縁をしたし、成友曰く指のひとつも触れさせてもらえなかったというのだから笑い話にもできず(本人は大笑いして自ら吹聴しているけれど)満実はやきもきするばかりだった。
それを知ってか知らずか、成友は自分のことより嫁さんのことを心配しろよとやはり豪快に笑い飛ばそうとするのだが、かえってそれが乳兄弟の胃を痛めているだなんてことには考えが及ばないらしい。それでもひとまずは成友の言う通り妻の心配をしよう。産み月も間近な満実の妻は健康だけが取り柄だと、今日も周りをはらはらさせながら働き回っていることだろう。
そんなわけで徒花オマケエピソードは本編主役の高良清明の友人、藤原成友の恋物語!です!