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徒花に成る実〈こい〉  作者: 里見ヤスタカ
徒花に成る実
13/25

成る、実《こい》

「では、どういうことだ」


 意識せず言葉が鋭くなる。穏やかだった清明の声が、言葉が一転したのを感じ取った雛丸の両手は震え、握りしめておかないとそのまま壊れてしまいそうだった。


「……左府様はわたくしのせいで、病に……そして」


 そのままこの世を去ってしまった、それが雛丸のせいだと言う。


「何を馬鹿な」

「いいえ、嘘ではございません。わたくしが左府様の酒に薬を忍ばせました。あなたに拾われた後、暇を請いに行った日です。橘中将が、はっきりとは申されませんでしたがおそらく右大臣か……右大弁あたりに指示されてわたくしに薬を。……飲ませればもう、こんな風に自分の身を削ることもなくなるだろう、自由に生きられるようになると。でなければ、……わたくしをも怨む公達がそろそろ黙っていないだろう、と……」

「右大弁? 平国勝たいらのくにかつか。なぜ……ああ、そういえば彼の妻が右大臣の妹だったな」


 その上吉野実朝が参議を辞した後、右大臣が平国勝を参議に推挙したとも聞いたような気がする。結局左右派閥の割合を鑑みて今回はそのまま左大臣派の頭中将が参議になったはずだ。


「成程、右大弁に橘中将……そして右大臣。皆左大臣やその一派には何かしら抱えているものがあったか」


 そしてその企てにまんまと引きずり込まれてしまった哀れな白拍子。自由を盾に脅されて、その代償に後ろ盾をも失うことも含めて彼らの左大臣への、そして雛丸への復讐だったのだろう。ただ雛丸に清明がついていたことは予定になかったはずだ。


「……やはり君には罪はない、雛菊。あの時、姿を消して……いや、隠していたのはすぐに覚悟が決まらなかったからだろう。今もこうして逃げてきたのは起きた事故が恐ろしかったからに他ならない。……唯一だと君が思っていた後ろ盾が自分ごと狙われていたのでは寄る辺もないことも想像に容易い。……どうして私を頼ってくれなかったのかと何度でも思わずにはいられないが、済んだことだ」


 清明の手が伸びて雛丸の頬を撫でる。雛丸は両手を固く握りしめたまま、振りほどくこともできずに美しいが節の目立つ清明の指を受け入れるほかなかった。気付かず零れていた涙を拭われ、二つ、瞬く。


「刑部卿を頼ることなんて、考えもしませんでした」

「何故」

「……わたくしはただの、白拍子で……踊ることと、鳴くことしかできない、つまらない……あなた方にはとうてい想像もできないでしょう、貧しく醜い生き方しかできない存在です。高良卿に頼るなんて、……本来はこんな風に、言葉を交わすことも、触れられることも叶わぬはずの存在です」


 身の程をわきまえただけだと雛丸は言う。けれどそれが清明には腹立たしかった。


「元がどんな身分であるかなど関係あるものか。君はそうと認めないだろうが、私は君を恋人だと思っているんだ、自ら進んでこんな(ナリ)にはなったが、恋人の頼みをきかぬような男になった覚えはない」


 一息にそう言うと、雛丸の瞳がぱちくりとひとつ瞬きをして、そうしてまんまるになって清明を見つめる。


「……今、なんて」

「どの言葉をもう一度言って欲しい?」


 挑発的な清明の薄笑いに雛丸は泣きそうになる。


「こい、びと……と。あなたは、わたくしを」

「そうさ、君は私の可愛い恋人だよ。我が屋敷に迎え入れる前から私の恋人だった。知らなかったのかい雛菊の君」


 言葉とは裏腹におそるおそるといった風に清明の腕が雛丸を抱き寄せる。改めての、今更の告白に拒絶をされるか、それとも硬く身を強張らせるか。覚悟をしていた清明だったが、最後のほんの少しの期待通りに、腕の中の小さな少女はそっとその身を清明に任せるように寄りかかってくれた。


「それは、……知りませんでした。ただあなたは、左府様から捨てられたわたくしを憐れんで……それで……だから、……あなたがこんなに、趣味が悪いなんて」

「おやおや、そっくりそのままお返ししよう。数多の男を見てきただろう美しい白拍子が、こんなに醜い男を思い上がらせて。一体何が目的なのだろうね」


 清明の胸元でくぐもった笑いが小さく聞こえる。


「決まっているではありませんか。わたくしの、確固たる後ろ盾ですわ」


 そう言いながらも雛丸の手は清明の背に回り、縋るようにしがみつく。まるでそのものひとつの存在になろうとでも言うように。


「困ったな、主上の覚えもよくない形ばかりの貴族が果たして後見に相応しいかどうか」

「……それなら」


 ようやく雛丸の顔が上げられる。涙の痕と赤くなった目尻がこんな時であるのに美しく、生粋の悪女なのだと清明の胸に警鐘を鳴らすが――もう、手遅れだ。


「刑部卿の妻としての地位はどうかしら」

以上で清明と雛丸、もとい雛菊のお話は一旦おしまいです。

お付き合いありがとうございました。


この後オマケエピソードも少しありますので、よろしければもう少しだけお付き合い下さいませ。

オマケその1の主役は、妙に存在感のあった彼、です。

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