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二人目 エルフさん2

「ここが仕事場です。中にどうぞ」

 職場に着いた私は玄関で靴からスリッパに履き替える。同様にアクアさんにも客用のスリッパに履き替えてもらい事務所に向かった。

「おはようございます」

 事務所のお姉さんは私の挨拶に反応してこちらを見たが、私の後ろにいる人物に気がつき目を見開く。うん。朝からこんな場違いな美貌の人がいたら、瞳孔が開くぐらい見てしまうのも分かる。

「あっ……」

「すみません。今日一日、この方が見学したいので、入館者名簿に名前を書きたいんですけど。それと、昨日お借りした魔法陣の返却をお願いします」

 アクアさんから荷物を受け取ると、クルクルと巻いてあった魔法陣を差し出す。お姉さんはチラチラと私とアクアさんを見ながらも魔方陣を受け取って確認してくれた。その間にカウンター横に置いてある名簿に、私の名前とアクアさんの名前とかっこで種族名を書く。理由の部分は、迷った末に観光と書いておいた。護衛なんて書いたら、きっと次の日は様々な憶測の噂が飛び交うだろう。底辺な平民に護衛がつくなんて、当事者である私ですら意味が分からないのだから。

でも、そもそもこの顔が隣にあるだけで噂の的か……。


「お金はいつも通り給料からの天引きでいいかしら?」

「はい。お願いします。では失礼します」

 アクアさんの事を聞きたそうにチラチラとみてきたが、手続きはいつも通り行ってくれた。流石事務のプロである。

「さっき渡したのは何ですか?」

事務所を離れるとアクアさんがたずねてきた。

「ああ。魔石を作る為の魔法陣です。私達魔石職人の給料はあまり高くないので、ああやって自分の魔石を作る時は貸してくれるんです。そして魔法陣にはどれだけ作ったかが記憶される仕組みになっているので、魔術師の方へお金が回ります」

因みに盗難にあわないよう、魔術師は魔方陣の現在地がわかるよう細工しているそうだ。流石である。

「何故わざわざそんな事を? 魔石など使わず直接魔法を使った方が早いのではないですか?」

 アクアさんはとても呆れたような顔をした。……まあ、魔力が有り余っているような種族からしたら、変な二度手間をしている様に感じるだろう。


「それはエルフ族だから言えるんです。人間の能力では、二つの事を同時に魔法展開するのは絶対無理なんです。これは魔術師でも言えます。部屋の光を灯し、料理の為の火を起こし、蛇口から水を出す。普段使っている生活でも一緒に魔法を使う場面は普通にでてきます。だから魔石で維持させながら別の魔法を展開するんです」

「そんな風に魔石を使っていては、キリがなくないですか?」

「はい。だから魔石職人の仕事はなくならないんです。国が値を設定してしまうので、かなり給料は安いですけど……。でも余れば国が買い取ってくれるので、魔石が飽和状態になって仕事が途切れることはありません」

 おかげで、仕事がなくなる心配だけはしなくていい。仕事さえあればその日の食事にはありつける。


 仕事をする為の部屋に着くと、早速私は部屋の一番前へ石を取りに行き、黒板を確認する。黒板には現在の魔石数と、今日の目標魔石数が各属性ごとに書かれている。これは出来上がったものを籠に入れると、自動的に書きなおされる仕組みになっていた。

 籠から腕輪を取り出して右手につけると、私は石と魔法陣を手に取る。

「その腕輪は何ですか?」

「ああ。これは私が作った魔石がいくつなのかをカウントしてくれる魔道具です。自己申告だと色々間違った数の報告になってしまう事があるので」

 出来上がり数と各自が作った数が合わないという問題を解決するために作られたものだ。こうする事で不正はなく平等になる。


「席は何処でもいいので、ここに座って下さい」

 私は持ってきた荷物を机に置くと、隣の席を勧めた。そして時間が惜しいので、早速魔法陣を広げ、中に石を置く。

「……無属性の魔石ですか?」

 魔法陣を通して石に魔力を流し始めると、アクアさんは簡単に出来上がりを当てた。流石エルフだ。目がいい。

 魔石になれば石の色で判別できるが、作っている途中は魔力の流れを視覚で確認するのが難しい。もしかしたら魔法陣を見て判断できたのかもしれないが、この複雑な魔法陣を理解できるだけでも凄すぎる。

「そうです。無属性の魔石が一番作られていないようなので。とりあえず作ろうかと」

 属性持ちの人は一度その属性を外して、魔力を込めなければならないので、基本的に自分の属性の石を作りたがるのだ。なので私は朝一は無属性を作るようにしている。そしてその後、人数が少ない属性の魔石を作ることにしていた。他属性の魔石を作るのは、属性持ちの人には更に手間がかかるので、私がやった方が効率が良いのだ。

 おかげで魔石職人としては、結構重宝がられている。


「しゃべりながらでも、大丈夫ですか?」

「はい。慣れているのでこの程度なら。数種類の属性を一度に作るとなると、流石にしゃべってはできないんですけど」

 魔力を流す作業はずっと昔からやっているので、寝ながらでもできると思う。ただし属性変換を加えるにはちょっとしたコツがいる為、一種類なら問題ないが、数種類同時にとなればそれなりに集中しないといけない。

「一度にって、そんな事可能なんですか?」

「ああ。魔法を使うのとは違うので、コツさえつかめば魔力を流す程度ならできますよ」

 人間は一度に数種類の魔法を使えないけれど、その手前の魔力を流す程度なら、訓練すれば何とかなる。伊達に毎日石と向き合っているわけじゃない。

「……石の出来上がりは、人それぞれ違うはずです。それなのに同じ値段で買い取られていくのは問題ないんですか?」

「世間が求めてるのは、一定の質がある魔石で、納品ができるのはその基準を満たしたものなんです。ちょっと魔力効率が悪いなと思っても、皆気にせず使ってしまいます」

 魔石に質があるのは、魔石を作っている立場だからこそ私も知っている。質が良ければそれだけ長持ちするし、魔法を使うまでの時間も短い。でも世間はそこまで気にしていないのだ。一秒を争って魔法を使うわけでもないし、長持ちしなくても値段が安いからすぐに新しいものを買い求められる。


 私が説明すると、アクアさんは黙り込んでしまった。

 きっとエルフの暮らしと人間の暮らしが違うので、思う所があるのだろう。グノーさんも魔石の価値感覚が私とは違う様子だった。でもこれは仕方がない。

 アクアさんが黙ってしまったので、私も魔石づくりに集中する。喋りながらだってできるが、集中すれば短時間で魔石を仕上げることができるのだ。


「少しいいでしょうか?」

 黙々と作っては納品するを繰り返していると、アクアさんが再び話しかけてきた。

「はい。何でしょうか?」

「……ここではずっと魔力を込めるだけなのですか?」

「そうですよ? 魔法陣を作るのは魔術師の仕事ですし、石を採掘するのはまた別の人の仕事です。販売するのも別で、私達魔石職人は魔力を込めるだけです」

 私の言葉に、何故かアクアさんは眉をひそめた。

「これでは、まるで家畜のようだ」

 小さな声でつぶやいた言葉は、多分私にぶつける為のものではないだろう。でもアクアさんが感じた、素の感想だ。

 確かにただ座って、ずっと魔力を流すだけの単純作業。自分の魔力を売っているという所も、家畜のようにみえる原因かもしれない。でも――。

「家畜で悪いでしょうか?」

「は?」

「確かに乳を搾られる乳牛や卵を取られる鶏と同じように見えるのも分かります。でもこの仕事があるおかげで、ここに居る人達は犯罪者になることなく、仕事ができるんです。あまりジロジロ見てもらっては困るのですが、私の右斜め前に座っている方を見て下さい」

 私はアクアさんにだけ聞こえるぐらいの小声で伝える。右斜め前には、私よりも年配の男性が座っている。

「彼がどうしたというのですか?」

「……彼は戦傷者です。右足と右手を失っています。あれでは力仕事はまずできません。ですがこの仕事なら問題なくできます。その隣の子は、私より幼い。あの年齢ではここ以外で働き先を見つけるのが困難です。もしも見つけられたのなら、それはとても運がいい」

 魔石職人は底辺の仕事だけれど、それでも仕事だ。

 仕事があれば食べていける。


「将来魔石職人になることを見据えて、孤児も生活する場を与えられます。勿論もっと楽して稼ぎたい、大金が必要という人が犯罪を犯してしまう事は多々ありますが、それでも仕事があるから最小限に抑えられていると私は思います」

「……すみません。軽率な発言でした。貴方のプライドを傷つける発言でしたね」

「大丈夫です。正直魔石職人のプライドがあるかと言われればないです。でもこの仕事があってよかったとは思っています」

 この仕事がなければ孤児の私はスラム街で野垂れ死にだっただろう。


「そろそろお腹も空きましたし、お昼ご飯を食べに行きましょう」

 私は微妙な空気を換える為、アクアさんにそう提案した。

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