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二人目 エルフさん3

「アクアさんはお昼に何か食べられますか?」

「いえ。私は今は要りません」

 一人で外食する時は大抵弁当を買うが、今日はアクアさんがいる。その為食堂に入るべきだろうかと尋ねたが、必要ないと言われてしまった。

 そういえば、エルフは人間ほどは食べたりしないような事を朝に言っていたなと思い出す。

「それなら、スーパーでお弁当を買って公園で食べようと思うのですが、いいですか?」

「ええ。構いません」

 否定されなかったことに私はほっとして移動する。

 食堂は美味しいが懐具合を考えると弁当の方がいい。いつもなら自炊して適当なおかずの残りを持っていっているが、一昨日に夜更かしをして魔石を作り、されに昨日衝撃的な事がありすぎて、今日は寝坊してしまったのだ。


 スーパーに入ると私は野菜コーナーなどを素通りし、真っ直ぐに総菜コーナーへ向かった。コンビニで買った方が時間の短縮はできるが、日々節約の身としてはスーパーの安い弁当が懐に優しいのだ。アクアさんが物珍しそうに見渡しているが、休憩時間が限られているので、今は無視させてもらう。

 惣菜コーナーで迷わず最安値のから揚げ弁当を手に取ると私は真っ直ぐにレジへ向かいお会計を済ませた。

「すみません。スーパーは時間がある時にまた来ましょう」

 アクアさんの目がもう出るのかと言っていたので、とりあえずそう伝えると、私は足早に公園へ向かう。


 公園のベンチで空いている場所に座ると、その隣にアクアさんも座った。

「すみません、急がせてしまって。休憩時間内に戻らなくてはいけないもので」

「構いませんが……今持っているそれは食べ物ですか? 気色の悪い色をしていますが」

 アクアさんは微妙に眉間にシワを寄せながら、黒い海苔で巻かれたおにぎりを指さした。アクアさんの住む地域では食べないものなのかもしれない。

「海苔でご飯を巻いたものです。海苔は海藻の一種ですが、エルフ族は食べませんか?」

「私の住んでいる地域では食べないですね。海藻はマーメイド族やセイレーン族など海で生きる種族が食べるだけだと思っていました」

 人間は食べなければ死んでしまうので、色々なものを口にして食べられるものを増やしてきたが、あまり食べなくていいエルフ族はわざわざ海藻などは食べようとは思わなかったのだろう。

「結構おいしいんですよ。この辺りは海も近いので海藻とか魚が安く手に入りやすいんです」

「そっちの茶色いのは魚ですか?」

「これは鶏肉を揚げたものです。下ごしらえまで終わったものを魔石で凍らせて、必要分だけ油で揚げているので手間があまりかからず、安く手に入るんです」

 貧乏人にとっては安いは正義だ。夕方に値段が安くなるのはなお良い。


「そうなんですか。ただ他の弁当の方が色どりも良く美味しそうに思いましたが、コハルはそれが好きなのですか?」

「貧乏人に大切なのは腹が膨れるか膨れないかなんです。勿論、唐揚げは好きですよ」

 女子力の高そうな野菜たっぷり彩弁当では、仕事中にお腹が空いてしまう。仕事前には揚げ物などのがっつりしたものが食べたくなるのだ。

「貧乏? グノーにあれだけ支払ってもらったのに、まだお金が足りないのですか?」

 呆れたように言われたが、こっちにも事情があるのだ。言われた通り確かに懐具合はかつてないほど潤ってはいる。潤ってはいるが……。

「宝石を売るには、信用できる相手を通さないといけないもので、中々お金に変えられなくて……はい」

 売る相手は決めているのでそこへ行けばいいが、休みの日でなければ行くだけの余裕がでない。それまでは魔法陣のリース料がいつも以上の負担となっているので、贅沢はできないのだ。


「なるほど。グノーに伝えておきましょう」

「へ?」

「このままではこの先もグノーからの支払いは宝石や金塊、もしくは装飾品でしょう。竜は細かいことは気にしない性質なので、言わなければ伝わりません。人間の国の金で支払えと言っておけば、どうにかこうにか用意するはずです」

「いや、でも。ご迷惑では? 休みの日なら換金できますし」

 あまり人間ごときが我が儘を言ったら、竜であるグノーさんの気分を損ねるのではないだろうか。そして損ねた場合の報復の方が怖い。

 しかしアクアさんは深いため息をついた。

「迷惑をかけているのはグノーです。気にする必要はありません。そもそも、グノーの性格からいって、そういうものなのかとあっさり納得するはずです」

「そ、そうですか。なら……お願いします」

 お金でもらえる方がありがたいのは間違いないのだ。


「えっと、ご飯を食べてもいいですか?」

「どうぞ」

 アクアさんも食べるなら別に気にしないが、私だけ食べるので、とりあえず声をかけておく。いただきますと小さく挨拶をすると、私は大口を開けておにぎりを齧った。

 パリッとした海苔が好きだが、べっちょりくっついた海苔もこれはこれで美味しい。しかし一人もぐもぐと食べていると、隣からの視線が気になる。食べますかと一つぐらい渡してもいいが、おにぎりが気にはなっても食べたいとは思っていなさそうだ。

 そもそも、エルフ族の好きな料理とはどういったものなのか。顔からするとお洒落なものが似合うが、ベジタリアンだったりするのだろうか? それとも実は油ギトギトな肉が好きだったりするのだろうか?

 それ以前に、この顔が大口を開けて食事をしている姿が想像できそうにない。


「えーっと……あっ。そういえば、アクアさんも魔石は食べるんですか?」

「ええ。魔石を道具として使う発想は人間独自のもので、竜やエルフ族以外でも大抵は嗜好品扱いです。なので私も食べます。魔力量が多い者ほどそういった傾向が高いと思います。主食として食べる者は流石に居ませんし、そもそもそこまで魔石が確保できませんが。それにしても、さきほどの人間が作った魔石を作る為の魔法陣の魔力転換効率は凄いですね。必要なかったからでもありますが、エルフ族にはあんなものは存在しません」

 そういえば、魔石を作るのに丸一日かかるような事を言っていた。

 人間ほど必要としないからこそ、短時間でどれだけ多くの魔石を作る事ができるかなんて考える事もないのだろう。

「えっと、嗜好品ならお腹が空かなくても食べたりする感じですか?」

「そうですね」

「なら、良ければどうぞ」

「は?」

 私は鞄の中に入れてある、無属性の魔石を取り出し差し出した。それを見たアクアさんが目を大きく見開く。

 そんなに驚く事だろうか。


「色々付き合ってもらってますし、一人でご飯を食べるのもなんだか微妙な気分なので」

「私は既にグノーから貰っていますから、気づかいは必要ありません」

「いや、色々食事を一人だけしているというのは、私が気にするといいますか。ですので、こっちこそ気にしないで食べて下さい」

 ……でも、竜と違って、エルフの歯は人間とあまり変わらずそこまで丈夫そうには見えない。

 もしかしてすりつぶしたり、焼いたり、何か加工して食べたりするのだろうか? 魔石をてんぷらにして食べると言われたら、流石にここではどうしようもない。

「あっ、もしもそのまま食べるわけではないのでしたら、すみません。人間は魔石を食べるという文化がないもので、良く分からないんです」

「いえ、そのまま食べますが……。本当にいいのですか?」

「はい」

 そういえば、恐る恐るといった様子でアクアさんは魔石を手に取った。そして顔に近づけてジッとそれを見る。


「えっと、一応それほど汚れてはいないと思いますが、お弁当箱に入っているわけではないので……すみません」

 食べる目的ではないので、紙に包んであるという事もない。

「そうではなくて、本当に何の癖もない美しい魔石ですね……。ではいただきます」

 不安になって尋ねたが、アクアさんはキラキラとした目で魔石を見つめると、そのまま口の中に入れた。……歯は大丈夫だろうか。それとも、他の種族は歯すら人間よりも頑丈なのだろうか。


「えっと、美味しいですか?」

「はい」

 言葉は少なかったが、その破壊力抜群の笑みを見ただけでお世辞ではなくそう思っているは伝わった。アクアさんの頬が、大きな飴玉を舐める子供のようにぷっくり膨らんでいる。

 ……可愛いけれど、眩しすぎて目がつぶれそうだ。

 あまりに絵になる光景に、きっと周りから見たら私は異物感溢れていそうだ。この光景を目にした人は私をトリミング出来るものならしたい状態だろう。できれば隣にいたくないが、膝の上にあるお弁当を食べなければ立ち上がることができない。この隣で大口あけておにぎりを食べるのかと思うと、先ほどとは違う意味で食べにくい。

 しかし慣れるしかないと思い、できるだけ隣の破壊兵器を目に入れないようにしながらおにぎりを食べる。アクアさんを見ないようにしたため、必然的に周りが見えたが、公園にいた人達が熱に浮かされたような顔でこちらを見ていて、失敗したかもしれないと今更ながらに気が付く。

 興奮して鼻血を出すなんて漫画などの比喩表現だと思っていたが、実際にいるんだなぁとどこか他人事な気分で鼻を押さえている人を眺めた。


「なんて品のよい甘さなんでしょう」

 しばらく無言で食べていたが、私が食べ終わる頃にアクアさんは、恍惚とした表情でため息をついた。隣からゴリゴリといった咀嚼音は聞こえてこなかったが、一体魔石はどうなったのか。丸のみではないと思うが良く分からない。

 今分かるのは、アクアさんの恍惚とした表情が微妙に卑猥な感じに見えるという事だけだ。暴力的な美貌に合わさると、何もしていないのに十八禁扱いしたくなる。なので私は出来るだけ視界に入れないようにした。

 おかげで公園にいる人達が真っ赤な顔で足から崩れていっているのが確認できて、微妙に申し訳ない気分になる。次は食べる場所をもう少し考えよう。

「美味しかったなら良かったです。えっと、お粗末様でした」

 料理を作ったわけではないので微妙な気分だが、喜んでもらえたなら良かった。色々周りの犠牲は大きかった気がするけれど、そういう事にしておこう。


「こんな素晴らしい魔石を作るコハルを守り抜く相手が、もしも見つからないときは私がその役目を――」

「あーっ。それは結構です」

 恍惚とした表情で、とんでも発言をしようとしたアクアさんの言葉を、私は全て言い終わる前にバッサリとお断りさせてもらった。

 もしかしたら魔石はお酒みたいに酔わせる作用があるのかもいれない。そうでなければ、あのアクアさんがこんな世迷い事を言い出すはずがない。そして酔っているならなおさら今の発言は後々アクアさん自身がショックを受けるはずだ。悩まれた末に本気で責任を取るとか言い出されたら困る。

 

「何故ですか?!」

「いや。色々エルフ族と人間って相いれないと思うんです。アクアさんも人間が嫌いだと言ってみえたじゃないですか」

 ただ魔石を食べただけで周りを阿鼻叫喚の渦に巻き込むようなお色気エルフの妻とか、色々辛い。そもそもこの美貌の隣に私とか、神への冒涜を感じる。

 それにエルフと人間の寿命は違う。いっそアクアさんが年を取って皺だらけのおじいちゃんになったら隣にいる事を許される気がするが、皺だらけになるのは私の方だ。きっと周りから滅せよと呪われるに違いない。

「それは……」

「人間の一生はエルフ族の人生の中では一瞬に近いかもしれないですが、無意味に嫌な事をやって過ごすには長いと思うんです。だからそういう気づかいはいりません。魔石が気に入っていただけたなら、いつでも売りますから」

「そうだ、そうだ。魔石一個で掌を返すとは嘆かわしい。ただ、魔石の買い取り順位は私が優先だからな」

 ん?

 私の隣から、私の言葉に援護射撃する声が聞こえて慌てて横を見た。


「うわっ」

「娘。嫌なものは嫌という姿勢、私は好きだぞ。そういう気が強い部分は、私の番によく似ている」

 隣にはいつの間にか手のひらサイズのトカゲが飛んでいた。そしてただのトカゲではないと分かりやすく訴えるように、人間の言葉を話している。

「アクアはちゃんと護衛をして、娘を守ればいいんだ」

「……ええ。そうさせてもらいますよ。きっちり、守らせてもらいますよ。それが何か?」

 トカゲに向かってアクアさんが半分キレたような強い口調で話しかける。トカゲと話す美の化身……なんだか頭が痛くなってきた。何だろう。こういう美人の隣に居るのって、犬とか猫とか小鳥とかもっと可愛らしいものとかの方がいいのではないだろうか。それとも美女と野獣的な感じで逆にいいとか?

 いやいや、違う。今はそういう事を考えている場合じゃない。


 普段は絶対見る事のない光景に、私の脳みそは色々混乱した。

「おい。娘」

「は、はい。何でしょうか?」

「早速見合い相手を見つけてきてやったぞ」

 羽の生えた小さなトカゲは偉そうに腕を組むと、唐突に爆弾を落とした。

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