十二人目 エルフさんと1
この話は、リクエスト11.本編アクアさんサイド。スルーに耐えるアクアさんと見守るグノーさんです。
アクアさん視点で進みます。
「凄い美味い魔石を作る少女を見つけたぞ!」
妖精の王女のパーティーで久々に会ったグノーがそう自慢してきたのが全ての始まりだった。
その時の私はパーティー会場での警備の仕事する警護人の一人で、パーティー参加者ではない。それでも有名人でも著名人でもない私に、グノーは話しかけてきた。元々竜というのは、自由奔放な生き物なので、使用人に親し気に話しかけようが、誰もグノーの行動を咎めることはない。しかし凄い魔石と言う言葉に、多くの者が聞き耳を立てているのを感じた。
魔石は絶対食べなければ生きていけないものではないが、魔力が高い種族ほど美味しく感じる嗜好品だ。特にドラゴン族はグルメなので、そんな彼が美味いというならば、さぞかし上質な魔力を込められた魔石なのだろう。
「貰ったのは無属性の魔石だったんだがな。これが癖が全くないものなのだ。人間は器用だと聞いていたが、あれほどのものと出会えたのは久々だ。精霊の占いを信じて人間の国に遊びに行って正解だった」
「それは良かったですね」
精霊の占いとは、また眉唾なものを信じているが、その遊びは功を奏したらしい。どちらにせよ、彼がご機嫌なのは結構な事だ。機嫌が悪い竜族がやけ酒でも飲んだ日は、警護の任務も骨が折れる。
「なあ、アクアは明日は暇じゃないか?」
「このパーティが終わったら一度契約は途切れますが、何かありましたか?」
「だったら、魔石を作る少女が夜道で襲われないように護衛してくれないか? 勿論お金は言い値で払う。あの少女に万が一の事があっては世界の損失だ」
「馴染みの貴方の依頼なら、受けますけど。人間なんですよね……」
人間が悪いわけではないが、人間にあまりいい印象がない。過去に幼馴染が人間と結婚した事で、それを周りから人間の男に負けてフラれたとからかわれ続けた結果なので八つ当たりに近いが、それでも苦手意識がある。
「何だ。まだ根に持っているのか」
「持ってません」
「ムキになるな。人間の国で動くとなると、人型の種族が都合が良いというだけだ。嫌なら別の奴を探すぞ? 古傷をあえて――」
「根に持ってないと言ってるでしょうが! やりますよ。とりあえず、明日だけの事でしょう?」
この時の私は、この魔石職人の少女と、これから長い人生を共にする事になるなんて考えてもいなかった。
◇◆◇◆◇◆
グノーに言われて会った少女は、黒髪黒目の特徴の薄い外見だった。体格が小柄なのと、終始ビクビクしているので、小動物のようだ。かといって、それほど動物好きというわけでもないので、下手に横柄な態度の護衛対象よりは守りやすいかなと思っただけだった。
あとは、あれだけグノーが魔石を絶賛していたわりに、少々物の価値を知らないのだなというぐらいの印象だ。人間は人間の国で籠っているので、世界とは違う価値観で生きていると聞く。だからその時は、そういうものなのかと流した。
しかし事態は急展開を迎えた。
「「無属性?!」」
少女は自分の魔力の価値すら知らない様子で、あっけらかんと自分が無属性の魔力を持つ人間だと言い放った。……人間はここ数百年保護される立場になって、危機管理能力が著しく低下したらしい。無属性の人間なんて、ものすごい価値の存在だ。
魔力の性質は親から子に引き継がれる上に、彼女は人間。人間は子を宿しやすく、さらに生まれた子は大抵が相手の特徴のみを持つ。元々人間は結婚相手として人気だが、魔力を知られたらさらに多くの種族が喉から手が出るほど欲しがるだろう。場合によっては、人間売買を闇で行っている組織が多少リスクを負っても、捕えに行くはずだ。
人間の国の中で多くの人間に埋もれている間は、そこまで危険はなかっただろう。しかしグノーは、最悪な事に多くの金持ちが集うパーティーで、この少女の存在をほのめかしてしまった。きっとまだ無属性の持ち主とまでは結び付けていないが、魔石に興味がある者は、それが誰なのか調べ始めているに違いない。
浮かれたグノーのミスで、この少女の未来は一気に暗いものとなってしまった。
流石に自由奔放な竜族と言えど、責任は感じたようだ。
少女が身の安全を確保するまで、私に護衛を続けて欲しいと頼んできた。
「この魔石を食べてみろ。彼女はそれだけする価値がある」
見ただけで上質だとわかる魔石を、グノーは私に渡した。よっぽどこの魔石に入れ込んでいるらしい。
「仕方ないですね。上手く結婚相手が見つからなくても、五十年程度の事ですし、引き受けますよ」
エルフ族にとって、人間の寿命などほんの一瞬だ。最悪結婚相手が見つからなくても、その程度の期間なら護衛をしたって構わない。
そろそろ妖精の国に居るのも飽きたところだ。彼らの悪意のない悪戯は、護衛をする上では面倒だったし、数年過ごしたが特に思い入れのある相手もできなかった。
「五十年ってなぁ。軽く言うが、お前もいい年だろ。そろそろ嫁を探さなくていいのか? 何なら、お前の見合い相手も探してやるぞ?」
「ご遠慮します。私は好きでもない相手と結婚する気はありませんから」
「まだ幼馴染の事を引きずっているのか? その丁寧語も、幼馴染の結婚相手がそういう口調だったからだ――」
「引きずってません」
「――っ、殴る必要ないだろ。しかもわざわざ殴る為だけににハンマーを召喚するな」
私はいらない事をべらべら喋るグノーの口をふさぐために、ハンマーで頭を殴った。竜を私が殴ったり蹴ったりしたところで全く効果がないのだから、ハンマーぐらい召喚する。そもそもハンマー程度で傷がつくほど竜の鱗は柔らかくない。
大体、幼馴染を引きずっているというグノーの解釈は間違っているのだ。二百年ほど前の事をいつまでもそうやってからかわれるので、いい加減腹が立つ。私が幼馴染が結婚した後に結婚を考えなくなったのは、彼女のように誰かを強く愛していない自分に気が付いたからだ。彼女を好きだからとか、そういう話ではない。
彼女にフラれるまでは、私は漠然とこのまま生まれ育った場所で生きて彼女と結婚し子供を一人か二人作って、死んでいくのだと思っていた。周りの誰もがそんな感じだったからでもある。エルフ族は子供の頃こそ感情の起伏が大きいが、時が経つにつれ平坦になっていく。何かに強く惹かれたり、怒ったり、笑ったりという気持ちが薄れる。感情がなくなったわけではないが、何に対してもあまり心が動かないのだ。そうなるのは強すぎる魔力の所為なのだろうとは思う。魔力の制御は心の制御だ。起伏が大きくなれば、魔力暴走を起こし周りを傷つける。だから段々感情が鈍くなる。
そして平穏に生きる為に私達はエルフ族同士で番う。エルフ族同士なら魔法でどうにかなることもないし、お互い恋をしていなくてもそういうものだと分かっているから楽なのだ。でも幼馴染は違った。苛烈で短い人生を送る人間に恋をした。人間はよっぽど魔力が強くない限り短命だ。だから考え方や生活がエルフ族とは違う。
それでも彼女は彼が良いのだと言った。例え一緒に居られる期間が短くても、彼だから選ぶのだと。
それを聞いた瞬間、自分の中の虚無を知った。自分にはそれだけの熱を向けるものが何もないのだ。それはほとんどのエルフ族に言えるだろう。
でも気が付いた瞬間、知りたくなった。この知ってしまった、虚無と付き合い続けるには、私の残りの人生は長すぎる。だからエルフ族の国を出て、様々な相手と会う事にした。同じエルフ族では、きっと強い気持ちを持つ事はないだろうから。
護衛を仕事としたのは偶々だ。母親が武に長けていて元々趣味のように鍛えられた為、それなりに私は強いと思う。口調に関しては、様々な国を回るうちに、丁寧な喋りの方が波風が立たなかったために定着してしまっただけだ。断じて、あの男を真似ているわけではない。
「それで、私はあの人間の家で生活すればいいのですね」
「頼む。給料は必要な分だけだすし、必要なものがあるなら、なんでも言ってくれ」
土竜は財宝などを好んでため込む為、支払いはいい。だから私も深くは考えず、頷いた。
◇◆◇◆◇◆
護衛をする事になったコハルは、私が思っていた生活と全く違った。
初めて来た時も狭い家だなと思ってはいたが、実際に住むと、やはり狭い。人間はこういう家を好むのだろうかと思ったが、ただ単に彼女が貧乏だったからというので驚きだ。魔石職人なのにである。
そもそも、魔石の取り扱いが、今まで見てきたどの国とも違う。
人間以外の国のほとんどが、魔石を食べ物として扱う。そして魔石は高級な嗜好品扱いになる。しかし人間の国では魔石は食べられることはない。魔石は魔法を使うための道具で、湯水のように使われていた。あまり人間の国に足を踏み入れてはいなかった事のもあり、魔石を使うことによって発展した魔道具は、初めて見る物も多かった。
そしてそれだけ多量の魔石を使うからこそ、魔石の値は他国では想像でなきないほど抑えられている。更に魔石を作る職人はそのわずかなお金から、色々差っ引かれ、手元に残るのは雀の涙ほどというのだから驚きだ。エルフ族の国だけではなく、どこの国でも考えられない事だろう。エルフ族の国の魔石職人なら、その技術に誰もが敬意を見せるし、貧乏なんてことはあり得ない。
しかし人間の国には魔石職人に対する尊敬の念も何もない。彼らは、私の目からはまるで奴隷のように見えた。
しかも質のいい魔石も質の悪い魔石も同等の値で取引されているのだから、もうむちゃくちゃだ。意味が分からない。
そして人間の国では一つの部屋に魔石職人は集められ、魔石を大量生産していく。その姿はプライドもへったくれもあるようには見えなかった。質が良かろうが、悪かろうが、同じ値の取引だからある意味当たり前なのかもしれない。そもそも、エルフの国にはこれほどの数の魔石職人がいない。魔力が大きいからなのか分からないが、エルフ族は魔石に魔力を入れる事が苦手なのだ。だからもう、前提が間違っているのだろう。
「これでは、まるで家畜のようだ」
だからつい、ポロリと本音が漏れてしまった。
悪く言う気はなかった。国が違えば生活習慣は一気に変わる。そもそも住んでいる種族が違うのだから当たり前だ。それをエルフ族の普通と比べても仕方がないことは、ずっと前から知っていた。それでも、本当にこれで彼らは幸せなのかと言いたくなる。
私から言わせるなら、もっと魔石職人は大切にされるべき存在で、さらに質を追い求めるべき立場なのだ。ただ魔力を入れるだけの誰でもできる仕事とは違うはずだ。
しかしそんな言葉に返って来たのは怒りではなかった。
「家畜で悪いでしょうか?」
コハルから出たのは純粋な疑問だった。
彼女はこの歪んだシステムを嫌がってはいなかった。むしろ仕事がある事で犯罪をせずにいられるのだと、例え大金を手に入れられなくても、幸せなのだと前向きにとらえていた。
それは彼女が自分の世界的な価値を知らないからこそ言える言葉かもしれない。コハルのように一度に数種類の魔石を作り出せる職人など、私は初めて見た。しかも出来上がりはどれも上質な魔石だ。人間の国でなければ、彼女は億万長者にだってなれただろう。
でも彼女はこの環境を嘆く事はしていなかった。
日々の生活もやっとなのに、彼女の心は歪みなく綺麗で、前向きだった。そしてプライドもある。彼女は尊厳を誰かの評価では失ったりしない、心の強い女性だ。
その後昼食の時間にコハルから魔石を頂き食べたが、グノーの気持ちが良く分かった。確かにこれほどまでに美味しい魔石は中々お目にかかれないだろう。魔力の質が段違いに良い。
「こんな素晴らしい魔石を作るコハルを守り抜く相手が、もしも見つからないときは私がその役目を――」
「あーっ。それは結構です」
この時の言い回しは少々勘違いを呼ぶものだった。
私が結婚相手になるという意味ではなく、コハルが死ぬまで護衛を続けるという意味で発した言葉だ。しかし間髪入れずに否定されて、私は間違った意味に捉えられてしまったのだと気が付く。
本当なら、ここでちゃんと誤解を解くべきだったと思う。しかし私は否定されたと感じた瞬間、ショックを受けた。
「何故ですか?!」
「いや。色々エルフ族と人間って相いれないと思うんです。アクアさんも人間が嫌いだと言ってみえたじゃないですか」
「それは……」
人間が嫌いというか、あまりいい感情がないのは、幼馴染が人間と結婚して自分の想像していた未来が変わってしまったからだ。
嫌いというわけではない。そう。ただ寂しかったのを上手く表現できなかったのだ。
そして幼馴染が羨ましくもあった。ただそれだけの話だ。
「人間の一生はエルフ族の人生の中では一瞬に近いかもしれないですが、無意味に嫌な事をやって過ごすには長いと思うんです。だからそういう気づかいはいりません。魔石が気に入っていただけたなら、いつでも売りますから」
もちろん売ってもらいたい。
でも、違う。そうではない。否定されて、自分が初めて、彼女に好意を抱き始めているのだと気が付いた。自分の中に強い感情などないと思ったのに、否定されたことにこんなにショックを受けるなんて思ってもみなかった。
「そうだ、そうだ。魔石一個で掌を返すとは嘆かわしい。ただ、魔石の買い取り順位は私が優先だからな」
この気持ちをどう伝えようかと思った所で、グノーの邪魔が入った。
確かに傍目には魔石一つで掌を返したといわれてもおかしくない状況だ。でも違うのだ。私は彼女の考え方に好意を抱き始めている。
「アクアはちゃんと護衛をして、娘を守ればいいんだ」
「……ええ。そうさせてもらいますよ。きっちり、守らせてもらいますよ。それが何か?」
私がやることは変わらない。
例え結婚相手は無理だと人生二度目の否定を受けても、仕事は仕事だしちゃんと守る。私を見透かすような、またフラれたのかと小馬鹿にするようなグノーに正直イラッとするが、私はまだ告白をしたわけではない。
その後コハルの見合い話がトントン拍子で決まったが、強引なところがあるグノーとコハルとの間に私が入る事になった。
グノーは悪い竜ではないが、自分が他種族にとって威圧的だという事をよく忘れる。さらに細やかな気配りもできなかった。これは竜だから仕方のないことだが、だからこそ言わなければ伝われない。かといって人間でかつ、グノーとの付き合いの短いコハルでは上手く伝えられないと思ったのだ。
「貴方の存在自体がコハルには威圧的に感じてしまうんですよ。グノーもこういっていますし、嫌な相手ははっきり嫌と言って断りなさい。いいですか? 絶対妥協してはいけません。違う種族どうしのものですからね。エルフ族よりも、ずっと、生活や文化が違うんですからね」
「お前……」
ついついコハルにまで説教じみたことを言うと、グノーが何故だか微妙な顔をしてきた。
少々口出しをし過ぎただろうか。しかしコハルが小さい事もあってか、ついつい庇護欲が出てきてしまう。コハルはたぶん人間でいうところの成人といってもいい年齢だが、エルフ族からするとやはり幼く感じるのだ。
「なにか? 私はコハルが幸せになれるよう、サポートするだけですよ?」
「ええっ。アクアさん。あの、護衛だけでも申し訳ないのに……本当にすみません」
「いえいえ。安心して下さい。私も貴方の結婚相手探しを全力でサポートすると決めましたから。コハルの隣に似合わない相手は弾き飛ばします……物理的に」
そうだ。
護衛なのだから、結婚相手でもコハルに危害を加えそうなら、排除する必要がある。何と言っても、コハルは人間なのだ。グノーだって多少は考えて見合い相手を決めてくるだろうが、コハルが嫌がっても力づくでなんていう、ふざけた男が居ないとも限らない。
うん。問題ありな相手は、物理的に切り刻むのは、護衛の範疇だろう。
自分の行動は間違っていないと頷いていた私だったが、その様子をグノーは凄く微妙な目で見ていた。




