十二人目 エルフさんと2
コハルと生活して気が付いたのは、彼女が働き過ぎだという事だった。
元々、エルフ族と人間の生活リズムは違う。生きる年月が違うのだから当たり前だ。エルフ族の生活はとてもゆったりした時間の中で進み、一分一秒を争う事などまずない。しかし人間は短い生の中、一分一秒を惜しみながら生きている。
エルフ族からすると、日も沈んだのにまだ働くというのはよく意味が分からない行動の一つだ。食事などの時間が取れないぐらい働くなんて、もっと良く分からない。休憩時間トイレ休憩だけで5分とか、休日が10日に1日程度とか、その休日すら仕事を持って帰るとか、どうしてそこまで働くのかさっぱりだ。何のために生きているのかと問いただしたくなるが、それだけ働かないと優秀な魔石職人なのに食べていけないとか、そもそもおかしすぎる。
「コハル、洗濯畳みますね」
「えっ。すみません。ありがとうございます」
だから自然と彼女との生活の中で、彼女の家事を一部手伝うようになった。
一人忙しく動いている中で、私だけがのんびりとしているのはどうにも落ち着かない。エルフ族流の洗濯は、基本着たまま魔法で汚れのみ取り除く方法だ。同様の事をしようかと申し出てみたが、コハルは拒否し今まで通りの不便にも思える生活を続けていた。国や種族が違えば考え方も変わる。無理強いするのもあれなので、私もそれに合わせるようにした。それにコハルの生活に合わせた手伝いならば、彼女も素直に手伝わせてくれた。
申し訳なさそうに、それでもはにかみながらお礼を言う姿は、庇護欲をとても感じる。そしてこの頼られている感は、何だか癖になりそうだ。
「魔石職人はコハル以外にも居るでしょうに。また仕事を持ち帰らせるなんて……」
「ははは。今日は休みの人も多かったですし仕方がないですよ。私も残業が一時間しかやれなかったので。それに片手さえ魔法陣につけておけば、ご飯を食べながらでも魔力流せますから」
一緒に洗濯物を畳みながらコハルに対する理不尽さを愚痴れば、コハルの方がまあまあと私をなだめる。これは普通逆なのだろうが、彼女はこの理不尽を全く理不尽だと思っていない。せめて私の愚痴で少しでも考え方を変えてくれればいいが、期待は薄そうだ。
コハルは今日もノルマが終わらないと職場で嘆かれ、一時間延長で働いた後、数十個の石を持ち帰ってきた。私が居なかったら、泊まり込みで魔石を作っていたのではないだろうかと思わせる働きっぷりだ。
まさか一日中魔石を作っていたなんて事ないですよね? と聞いた時、たまにしかないですよと目をそらしていた。本当に『たまに』なのか怪しいものだ。
人間は働きすぎて過労死するというジョークを聞いたことがあったが、実はそれはジョークではないのではないのかとコハルの生活を見ていると思えてくる。
「それに私はいくら魔石を作っても体調を崩したりしないので、丁度いいんですよ。働いた分だけお金も入ってくるわけですし」
「当たり前です。魔石づくりのタダ働きなんて、絶対ダメですからね」
コハルは自分の価値が分かっていない。分かっていないから、こうやっていいように利用されるのだ。ただし魔石を作っても体調を崩さないのは本当の様で、コハルの魔力は普通の人間よりもかなり大きいようだ。豊潤な魔力と無属性の魔力、それと人間特有の魔力調整の細やかさが、彼女の魔石を素晴らしいものにしているのだろう。
「アクアさんは優しいですね」
「護衛対象が倒れられたら困りますから」
「心配して下さってありがとうございます」
護衛対象が倒れたら困る。それは本当の事だ。でもそれだけではない。コハルが倒れたらと思うと心配なのだ。しかしそれを口にせずとも、コハルは私の想いに気が付いてお礼を言ってくる。
そしてこんな何気ない、まるで家族のような時間が凄く暖かい。
「そうだ。仕事のついでに、明日のお昼の魔石も作りますね。何がお好きですか?」
「ちゃんと給料はグノーから貰ってますよ?」
「そうかもしれないですけど、一緒にご飯を食べてもらった方が、私も食事しやすいんです。それに、アクアさんはこうやって家事まで手伝って下さってますし、お礼がしたくて……。馬鹿の一つ覚えで魔石しか用意できなくて申し訳ないんですけど」
コハルの作る魔石は申し訳なく思うような代物ではない。
しかし彼女は本気でそう思っているのだろう。自分の価値が分かっていない上に、お人よしな部分を見ると、この先悪い奴に騙されはしないかと心配になる。
「……私はコハルの無属性の魔石が好きです」
「分かりました! 美味しいの作りますね」
嬉しそうに笑う姿に、胸がキュンとする。小動物的だからだろうか。こう、私の為に全力で頑張る姿が、可愛くて仕方がなくなる。
……小動物を愛でる趣味はなかったつもりだったが、もしかしたら自分は動物が好きだったのかもしれない。これまでフラフラと国を跨いで仕事をしていたので、犬などを飼うこともなかった。
コハルをペット扱いするわけではないが、一人ではない生活というのは思ったよりも悪くはない。グノーが嫁をとれという気持ちも少しだけ分かった。
◇◆◇◆◇◆
護衛をしているはずなのに、平和で穏やかな日々が続いていたが、それが一転したのは丁度コハルの仕事が休みの日だった。コハルはグノーの鱗を持ち、更にこれ見よがしに護衛を隣につけているので、よっぽど攫う者などいないだろうと私も油断していた。
先輩の宝石店に向かうコハルの隣にいたが、一瞬の隙をついて彼女は空高く舞った。相手が肉体強化の魔法を使った上に、元々俊敏性の高いフェンリル族だったからだろう。私が止める間もなく、コハルは咥えられてしまった。
もしもフェンリル族がコハルに危害を加えようとしていたなら攫われる前に、殺気に気が付けただろうが、あのフェンリル族は攫うことだけを目的としているようで反応が遅れた。
「コハルッ?!」
フェンリルを魔法で撃ち落とす事は容易い。しかし今狙えばコハルにあたるかもしれない。当たらなかったとしても、フェンリルが口から放して高いところから落ちたら酷い怪我をしてしまう。水を使ったクッションで受け止めれば大丈夫だとは思う。しかし人間は脆弱な生き物なのだという知識が、私に魔法を使わせるのを躊躇わせた。
そしてその躊躇いは、フェンリル族を逃がすのに十分な隙となってしまった。
徐々に遠ざかるコハルを追って、私も跳躍する。肉体強化の魔法は得意というほどではないが、使う事ができる。しかし元々俊敏性が高いフェンリル族よりも速く走るのは無理だ。徐々にその間は広がっていく。
「チッ」
このまま追いかけたところで、見失うのが関の山だ。きっと山に逃げ込み、追いかけにくい状態にするに違いない。
私は早々に追いかけるのを止めると、魔法で水を作り出し、フェンリル族めがけてぶつける。フェンリル族は水を気にするそぶりもなくそのままかけていったが、勿論ぶつけたのは攻撃するためのものではない。先ほどの水は、少々特殊で風の魔法で指先に少しだけ傷を作り自分自身の血を混ぜたものだ。
今居る場所は、人様の家の屋根の上だったが私はその場で目を閉じると、自分から伸びていく魔力を追う。
血には魔力が宿る。一気に国外まで移動するような事がなければ、自分から分けられた魔力を見失う事はない。フェンリル族も転移魔法は使えるが、私達エルフ族ほどは使いこなせないので、もしもそれを使うなら必ず動きを止めるはずだ。
なので魔力が動きを止めるのをひたすら待つ。
たぶん時間にしたら数十分の事だと思う。
しかしその数十分が、今までの人生の中でも、とりわけ長く感じた。きっと、突然フェンリル族にくわえられたコハルは、とても怖い思いをしているだろう。そう思うと、さっさと止まれ駄犬と罵りたくなる。
一体あのフェンリル族は何が目的なのか。
一番あり得るのはコハルを闇オークションの商品にするというものだ。裏家業をやっている者特有の匂いは感じなかったが、それと繋がっていないという保証はどこにもない。次点でコハルを孕ませて自分の子を産ませるというものだが、もしもそんな事をしようものなら切り刻ざもうと思う。愛の言葉をささやかず、好きになってもらう努力もせずに、攫ってどうにかしようなど万死に値する。
コハルはとても優しい子なのだ。そんな子を怖がらせただけでも、殺すには十分な理由だ。心の中に今までにないほどのドロドロとした感情が湧き出てくる。怒りで目の前が真っ赤に染まりそうだ。
想像だけで何度もあの駄犬を殺した所で、ようやく魔力の動きが止まった。
私はその魔力から数メートルはなれた場所に急いで転移を行う。転移した場所は、思った通り山だった。そしてコハルを見つけた瞬間、私はためらう事なく、肉体強化魔法を使ったままの足で駄犬に飛び蹴りを食らわせた。
◇◆◇◆◇◆
結局コハルの優しさによりフェンリル族の小僧は、犬鍋になる事なく、故郷へと帰って行った。……とりあえず、後でグノーを絞めておこう。今回の騒動は、どう考えても、グノーが考えなしで動いたからだ。反省の色がないなら奥方にチクってもいい。
しばらくコハルを家から出したくない気分だったが、それはそれだ。コハルが行きたい場所があるのなら、護衛の身としてはその意志を尊重した上で守る必要がある。その為今回の様な悪意なく一瞬の隙をついてくるような相手への対策も考えておくべきだ。
殺意や害意を向けられれば瞬時に反応して防ぐことができるし、ただの魔法が向けられたなら全て妨害できると思う。ただしそういった類でない場合、物理的な距離がネックだ。いっそコハルとどこかが接触していさえすれば今回の事でも遅れはとらなかったと思うが……。
コハルは当初の予定通り先輩の宝石店へとやって来た。こんな騒動が起これば、今日は挨拶だけで帰ろうと思ってもおかしくないが、彼女は意外にも図太いらしく、普通に先輩とやらと会話している。
そんな先輩は、私の方を見ると眼鏡越しに内面を見透かすかのように見てきた。……眼鏡で分かりにくいが、感情に合わせて瞳の色が多少の変色しているような気がする。どうやら、純粋な人間というわけではなさそうだ。
人間とそれ以外の婚姻で生まれた子供は、大抵が相手の特徴のみを持って生まれるが、稀に人間の姿で生まれることもある。その場合ほとんど人間と変わらないが、少しだけ異種族の能力を受け継いでいたりするのだ。この男もたぶんその類だとは思うが、何の種族かまでは分からない。
「――俺が心配しているのは、アクアさんとグノーとかいう竜は本当に信頼していいのかということだよ。そもそもそのグノーという竜の所為で、小春は危険な目に合ってるんだろ?」
コハルがこれまでの事を先輩に説明していると、彼は私の方を一瞥した。確かにコハルが危険な目に合っているのはグノーの所為だ。それは間違いないが、こちらもその償いの為に動いている。決してコハルに何かしようとしているわけではない。
それを伝えようとしたが、その前にコハルが口を開いた。
「少なくとも、アクアさんはいい人です。さっき、フェンリル族に攫われた時もいち早く助けてくれたし、普段も色々手を貸して下さっているんです。グノーさんの所為で不自由な生活になってしまったのは間違いないですが、グノーさんも悪気はなかったと思います。私も無属性が、人外ではそんな立場だなんて知らなくて……」
コハルが私の前に立って、私たちの弁護をした。こんなにあっさりと人を信じていいのかと心配にもなるが、この全面的な信頼が心を温かくする。
その後も先輩とやらは凄くコハルを心配している様子だった。人外との結婚にもいい反応を示してないのは、多分この男もそういった関係者だからだろう。
「コハルが一方的に不利になるような結婚はさせませんから安心して下さい」
コハルに色々忠告するのは分かるが、でもこのお見合いをコハルはやめるわけにはいかない。コハルが言い負かされて困っているのを見て、私も口出しした。
現状コハルには誰かの庇護が必要なのは明らかだ。確かに異種族との結婚はリスクが高いのも分かる。しかしだったら納得できる条件が出てくるまで待てばいい。その間に、他の代案も思いつくかもしれない。
今、頭ごなしに見合いを止めさせた所で、コハルの危険はなくならない。
「そんな事、どうして言えるんですか?」
「私がさせる気がないからです。グノーもコハルが望まない結婚は無理強いしない事を約束しています。そして竜は約束は必ず守りますから、絶対この点は大丈夫です」
「でもそんな小春に都合のいい相手がすぐに見つかるとは思えませんが? 見つからなかったら妥協しなければいけないでしょう?」
「すぐに見つからないならば、ゆっくり見つければいいんですよ。そして結婚しない限り、私はその間コハルを護衛する約束になっています。竜ほどエルフ族は約束に縛られませんが、幸いエルフ族は人間よりも長生きです。人間としてコハルが寿命を全うする程度なら、護衛を続けることは苦ではありません」
元々そういう契約なのだ。
先ほどの駄犬のような相手がコハルの相手だったら、速攻でお断りすればいいだけだ。私にとってコハルは簡単に上げられるような安い娘ではない。
「そんな。私の一生って結構な長さですよ?! 怪我も病気もなかったら後50年近くありますよ」
「大丈夫です。私はコハルと一緒の生活を苦には感じません。もしも気になるなら時折魔石を下さい」
本当は魔石なんていらない。
勿論くれるというならば貰うけれど、それはコハルが上げたいと思ってくれた時だけでいい。私にとって、コハルとの生活は苦痛より楽しさが勝るものなのだ。
今までなら特に何も感じなかった一瞬一瞬が、コハルが居るだけで楽しいと感じる。コハルに信頼され、頼られると胸が温かい。
そしてコハルに何かあったかと思うと、心が死んでしまうかと思うぐらい苦しくなり、負の感情があふれ出る。こんなことは初めてだ。
「――ぶっ?!」
突然先輩が吹き出した。
今の内容の何処に笑いどころがあるのか分からず困惑するが、それはコハルも同じだったようだ。コハルも訝し気な表情をしている。
「先輩? どうしたんです?」
「……いや、思い出し笑いだよ。うん。分かった。とりあえずは、小春の意志を尊重しようかな。じゃあ、ちょっと宝石見せてくれる?」
「はい」
先輩はこの話は終わりとばかりに、話を変えてしまった。それにしても、真面目な話をしていたのに、思い出し笑いって、一体何を考えていたのか。
しばらくすると、コハルは持ってきた宝石の一部を魔石に変える作業に入った。魔石づくりが得意なコハルでも宝石を魔石にするには集中が必要らしく話しかけることはできない。その為その作業を見ていたが、しばらくしてコハルに異変が起こった。
「えっ」
「しー。小春は今集中しているからね。これ、彼女にとっては普通だから大丈夫」
とっさにコハルに声をかけようと思った私を止めるように、先輩が話しかけてきた。……これは、普通なのだろうか?
コハルの髪が銀に輝いている。瞳も同じだ。黒かったはずなのに、今はほのかに光る月のような輝きを纏っている。
「たぶん小春の体は人間そのものだから、髪や瞳の色は黒なんだ。でも、内にある魔力を多量に使うと、エルフ族のように髪や瞳から魔力の色が透けるみたいなんだよね。もしも彼女が人間ではなかったら、きっとあの無属性特有の彩色を纏って生まれたんだと思うよ」
「……優しい色ですね」
「そう思うのは、小春を優しいと思ってくれているからだね。人によってはとても冷たい色に感じる色だよ。誰とも違う、小春だけの色だからね」
確かに銀色というのは冷たさを感じる色だろう。でも私はあの光がとても暖かな優しいものだと知っている。
「凄く……綺麗ですね」
「だろう? だから、宝石を作らせるときは、ここだけにするように口酸っぱく言い聞かせていたんだよ。こんなの見たら、ろくでもない奴が小春を欲しがりにきてしまう」
ぽろりとこぼれた感想に、先輩はうんうんと同意する。そういえば、この先輩とやらはコハルの属性の危険性も十分に知っている様だった。
「あの子は俺の大切な宝物のような子なんだよ。だからついつい過保護になってしまうんだよねぇ。でもまあ、ちゃんと小春の良さを分かって、能力だけじゃなくて全てを愛すっていうなら、結婚も認めてやらなくもないかなぁ」
「……反対しているわけじゃないんですか? もしくは自分がという事は――」
そう口にして、嫌な気分になる。
コハルはこの先輩を信頼しきっている。それこそ私よりもずっと。だからこの男がコハルを望めば、彼女は結婚を選ぶのではないだろうか。
でもこの男ではコハルは守れない。彼はただの人間ではなさそうだけれど、魔力は多分普通の人間同等だ。
「今君が考えた通り、俺ではあの子を守り切れないよ。やれたとしても頭使って金を稼いで、せいぜい檻に閉じ込める程度さ。彼女らしくは生きさせてあげられない。それは俺の望む形ではないね。それに兄的立ち位置は、結構自尊心をくすぐるものでね。悪くはないんだよ。さて、そんな俺からのささやかなるプレゼントだ」
「は?」
「君は、小春にとってのどの立場に収まりたいのかな?」
この男は、たぶん私よりずっと年下だ。それなのに、何もかもを知り尽くしたかのような、こちらを見透かした目をしている。
「ただ小春と仲良くしたいだけなら、このままの関係もいいと思うよ。もう少し踏み入って、友人でもいいね。君は信頼できそうだ。でもあえて俺を牽制したりしたいと思ったなら、多分君が欲しがっている場所は、誰よりも小春に一番近い場所となる」
さてそこは何処かな?
その答えはすぐに分かった。分かったけれど、分かったからこそ動揺する。
「何を……」
「俺としては、友人、もしくは親友程度で収まってくれても構わないんだけどね。エルフ族って、感情の起伏が乏しいから、案外気が付かずにずるずるなんて事あり得そうなんだよね。それでいて、小春の結婚を邪魔するとか、うちの可愛い子にそういう事するのは止めてもらわないと。まあ、小春も小春でかなり複雑奇怪な思考回路してるから、誰が相手でも中々ゴールインは難しいだろうけど。でもお見合いを繰り返せば、君以上に気が合う相手も出てくるかもしれないよね?」
私以上に、気の合う相手?
今回の駄犬は論外だ。もしも本当にコハルに迫っていたら、コハルが何を言っても犬鍋にしていた。でも、もしかしたら絵にかいたような理想の相手が、彼女の見合い相手として出てくるかもしれない。そしてコハルがその男に心惹かれるかもしれない。
その時私はどうする?
コハルの幸せを祝福して、コハルの護衛を辞めて、彼女から離れて、また別の仕事をする? こんなに楽しい日常を手放す?
「……貴方は、人の心が読める種族なんですね」
「うーん、読むというか一部同化させるに近いかな。だからあんまり強い感情ぶんぶん振り回されると、半分人間でも結構きついんだよね。楽しい感情は全然かまわないけど、暗いドロドロしたものはあまり出さないでくれるとありがたいかな」
「それは失礼しました」
たぶん、先ほどの駄犬に対する感情が、彼にはきつく感じたのだろう。精神を一部同化する種族は思い浮かぶが、まさかその混血に会うとは思いもしなかった。彼らは一応は生きもののくくりで良かったのか。
「ありがとうございます。おかげで自分の気持ちが分かりました」
私は目の前の男に礼を言う。
確かにいつかは私もこの感情と向き合っただろうが、その前にコハルが掻っ攫われる未来もあったかもしれない。でももうその未来は来ない。
何故なら私は、コハルが好きだと気が付いたのだから。




