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セカイよ、無様に滅びよ  作者: 四六二十五
2/2

1-2 王女の誤算

”えっ?”


クライス王国王女、アリシアにとって、この結果は目を疑うものだった。


歴史上、過去三度行われた「召喚」でんだ異世界人の数は

三度目が最大で5人。一度目が1人で、二度目が3人と、

三度全てを合わせても9人しかいない。


しかし、今、現れた召喚者達の数は、

どう見積もっても100人を大きく超えている。

「神託」に従い、今回は王と側近のみが立ち入れる中庭を召喚場所としたが、

過去に使用した「召喚の間」ではとても入りきれなかっただろう。


召喚にあたり「神託」が下ったのも前例にないことである。


また、召喚者たちの年も若すぎる。

少なくとも、顔の判別ができる距離に伺える召喚者の年齢は、

16歳のアリシアとほとんど差がないように見えた。


これまで、男女問わず青年から老人まで幅広くはあったが

10代の記録はない。

召喚の「条件」を満たすことが困難だからだ。

そもそも。数百人が「条件」を満たすことなどあり得るのだろうか?


過去と異なる、異例づくめの召喚にアリシアは戸惑う。


”これは、どういうことなのでしょう”


しかし、アリシアにとってさらに予想外の出来事が起きる。


呆然としていた召喚者たちが、

それでも少しずつ正気を取り戻し、困惑の空気に包まれる中、

一部で異質なざわめきが起きている。

やがて悲鳴が上がり、そこにいる全員が声の方向へ目を向けた。


アリシアや王、家臣たちのいる壇上から見て中ほどに、

小さな人の輪ができている。

戸惑うような表情の、複数の少年たちが囲んでいるのは、

地に伏した、ひとりの少年の姿だった。


ただ伏しているのではない。

遠目でも少年の様子が只事でないことが見て取れた。


両手は後ろ手に縛られ、何故か下半身は何も身に着けていない。

全身は水から上がったばかりのようにぐっしょりと濡れ、

小さく痙攣を繰り返していた。

それに、伏せた顔の下のあれは、血では?


何が起きたの?


アリシアの意識は真っ白になった。


150年ぶりの、それも異例づくめの召喚だ。

どれだけ万全を期している、と言っても予想外のことが起きる可能性はあったが、

()()はあまりに予想外すぎる。


目の前の光景に、アリシアを含む王国の面々が絶句していると、

痙攣をしていた少年の動きが止まった。


アリシアは、はっと我に返る。

いけない、あのままでは死んでしまう!


「道を開けて下さい!」


壇上から階段を駆け下り、アリシアは少年の下へ向かおうとした。

が、道を塞ぐ召喚者たちは動かない。

状況を飲み込めないのか、避けもせず、なおも茫然としている彼らを一喝する。


「道を開けなさい!」


アリシアの勢いに押されたか、あるいは言葉をようやく認識したのか

召喚者たちはのろのろと道を開ける。


「王女!」


背後から声が掛かる。聞きなれた大声は守護騎士団長のカーライルだろう。

他の者もようやく起きている出来事に反応したようだ。

何を言いたいのか見当は付くが、今はそれどころではない。

まず彼を救うことがなにより先決だ。構わず少年の下へ駆けつける。


細手で少年の身を起こし、仰向けにする。

少年の下半身があらわになり、

男性の秘部などこれまで目にしたことのないアリシアはわずかに怯むが、

羞恥心を無理やり押さえつけ、胸に耳を当てた。


心の臓の鼓動が弱まっている、今にも止まりそうなほどに。

呼吸もしていない。急がねば!


対象を少年に指定し、素早くレベル3の回復魔法を発動。

少年の体が薄い光に包まれる。が、


ぱん!


弾けるような音とともに、少年を包む光は消え失せた。


…えっ?


なぜ、弾いたの!?


もう一度、今度は即時使用可能な回復魔法のうち、

自身最大のレベル6を起動。同じく対象は少年へ!


先程より大きな光が少年を包むが、


ばちん!


さらに大きな音を立てて光は弾け飛んだ。


「どうして!?なぜ回復魔法が効かないの!」


思わず声を上げるアリシア。


その言葉に、周囲の召喚者たちが次々に反応した。


「おい、今『魔法』って言ったか?」

「うん、言ったよね。『回復魔法』って…」

「『王女』とか言ってるし」

「なにそれ。もしかして」

「ファンタジー世界キタ?」

「なになに。何起きてんの?」

「ちょっと待て、よく意味が分からん」


アリシアの周りが急速に騒がしくなり始める。


あなたたちは、何を言ってるの?

今ここに、消えそうな命があるのに、なぜ、そんなことを気にしているの?


魔法が通用しない、という事実と、

周囲の反応の異常さに、しばし呆然としてしまうアリシアだが

再び少年に目を向ける。

助けなければ。早く、一刻も早く。

だが、魔法が効かないのならどうすればいいのか。

どうすれば。


「ごめんなさい。ちょっと開けて。」


アリシアの体を横に押す形で、少女が割り込んできた。

茶色めの髪は肩上で切り揃えられ、皆と同じような服を身に着けた少女は

しかし、表情だけは他の召喚者と異なり、真っ青だ。


少女は少年の服を胸元から引き裂いて胸を露出させると、

その中心に両手を重ねて当て、

「ふっ!」と声を掛けて力一杯押した。


手が押し戻されると、また全力で押し込む。

繰り返し。繰り返し。


”これは…、心の臓に外から力を掛けて、動かそうとしているの?”


少女の行動は、医療の知識に(うと)いアリシアにはよく分からない。

ただ、この少女が少年を助けようとしているのだけは分かる。

胸を力の限り押しながら、少女は(つぶや)くように、叱るように少年に話しかける。


「あんた、なんでこんなとこで死んでんのよ。

 なんでここまで我慢してるのよ。やめてよ、かっこ悪いわよ。

 ほんと止めてよ、死なないでよ、お願いだから」


少女の声は震えていた。

思わずアリシアは問いかける。


「何かできることはありませんか?」

「医者を呼んで!すぐに!!」


汗と、涙だろうか。

顔をぐちゃぐちゃに(まみ)れさせながら、少女はきっぱりと答える。


「お父様!医者を!!」


アリシアが叫んだ瞬間、


ごぼ、と嘔吐の音が聞こえた。

続いて、ぜひゅ、という苦しげな呼吸音。


息を、吹き返した!


ただ、呼吸は再び止まりそうなほどに弱い。

すると、胸を押していた少女が手を止め、顔を少年の口元に近づける。

少年の唇に少女の唇が重なり、息を吹き込む音が聞こえてきた。

一度口を離し、また口元へ。


やはりアリシアの知らない方法だ。


再度、少女が口元へ顔を寄せた所で、ふしゅう、と大きく息を吐く少年。

胸が上下に動き、呼吸を始めた。

すばやく少年をうつ伏せにし、後ろから抱え込む。

どちらかというと小柄な女性が、それでもようやく少年の胴へ手を回すと、

一気に腹を押した。


今度はさらに大きな音を立て、少年が嘔吐する。

少年と少女、さらにはアリシアの足下に吐瀉物が広がり、

酸味を含む臭気が漂い始めると、他の召喚者達は臭いを避けるように離れていく。


そこに、王であるアリシアの父タイレルとカーライル、守護騎士たちが

医者と担架を伴いやってきたため、召喚者達はさらに距離を置き、

気が付けば、アリシア達を遠巻きにして10m程の円ができていた。

最初に少年を囲んでいた者達も、いまは紛れてどこにいるか分からない。


「これは…、また…」


医者の言葉もない様子に、


「ともかく、この少年を部屋へ運んでくれ。」


と命じる王。


騎士に促され、少女が少年から身を離す。カーライルは腰の短剣を取り出すと、

少年を拘束している手と指の結束バンドを切り落とした。

代わって騎士たちが、ずぶ濡れの少年の身体をシーツに包むようにして抱え上げる。

布から力なく垂れ下がる手を、少女が強く握り締めた。


少年は担架に乗せられ、少女を伴って去っていく。

少年と少女を見送りながら、安堵の息を吐くアリシア。

そうしてやっと、本来行うべきことがまだ何も始まっていなかったことに気付いた。


ざわざわと喧騒に揺れる、残った召喚者たちに目を向けながら、

何から話すべきかと逡巡(しゅんじゅん)するアリシア。

だが、アリシアより先に父王タイレルが口を開いた。


「私はクライス国王、タイレルである。」


召喚者たちの間に再度動揺が広がる。それを手で制し、


「本来ならば、ここがどこなのか、なぜ諸君らがこの場にいるのか、

 何が起こったのかを、順序立てて話さねばならない所だが…」


王は続ける。


「こちらにとっても予想外のことが起きて、正直、我々も困惑している。

 申し訳ないが、皆には数日だけ待って貰いたい。

 まずは、先程の彼の意識が戻るまで。

 その上で、改めてこちらの事情を説明したい。君たちに代表者はいるか?」


顔を見合わせる高校生たち。

すると、女生徒の一人がす、と王の前に進み出た。


「代表、というのもおこがましいのですが、生徒会長の小早川 凛と申します。」

「セイトカイチョウ?」

「はい。ここにいる者たちの取り纏め役、といった所でしょうか。」

「分かった。こちらの要望は今伝えた通りだ。色々と言い分はあるだろうが

 ここはひとまず引いて貰えまいか?」


小早川は、王と自身を囲む生徒たちをひとしきり見渡して


「そうですね。私たちにも落ち着く時間が必要のようです。」


さらに、やや視線を鋭くして、ある方向へ向ける。

王と小早川、アリシアを中心に人で造られた円。その円の端に隠れ、

気まずそうに視線を逸らす小久保龍磨と、その仲間たちがいた。


「確認したいこともありますし。」


小早川の視線を先を追いながら、応じるタイレル。


「そうだな。私たちも、君たちについて知らねばならぬ事が多いようだ。」

「では、日を改めて。」

「うむ。当面の生活については私が保証しよう。

 ただ、人数が少々多いのでな。世話といっても限度があるので

 君らの(まと)めについて、ある程度任せても良いかね?」

「私だけでは無理ですので、クラス委員…、

 40名程度を纏める役のことですが、彼らに分担させましょう。」

「分かった。具体的な内容については、後ほど使用人を遣わせよう。」

「恐れ入ります。」


先程の出来事にさほど動揺した様子もなく、

澱みなく受け応える小早川に対し、軽い驚きを得るアリシア。


「では、部屋と食事を準備させるので

 とりあえずは休んで、再度の機会に備えて欲しい。」

「ありがとうございます。ご配慮に感謝いたします、タイレル王。」


そうして、最初の接触(ファーストコンタクト)は終わった。


召喚者達へ軽く会釈をし、父と共にその場を辞去するアリシア。

先を歩む父の背を目で追いながら考える。


”流石に、予想外にも程がありますね。”


これまでにない規模の召喚。しかも召喚者は少年少女で、

おまけにうち一人は「こちら」に来た時から瀕死の重体という、

過去の記録に何一つ当て嵌まるもののない出来事だ。


ひとまず状況を整理する必要がある。


あの少年をだしにしたことは申し訳なく思うが、

結果的に謁見が先延べとなり、数日の時間の余裕ができた事は

自分たちにとっても、彼らにとっても僥倖だったかもしれない。

ただ、コバヤカワ嬢を含む数名とは

正式な謁見までに一度、場を持つ必要があるだろうが。


”知らねばならないことが多すぎるようですしね…。お互いに。”


()んだ者。()ばれた者。

多くの者たちの思惑を抱えながら、世界は動き始めた。

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