2
お見合い相手の多川は端正な容姿をした男だった。顔の良い男性に免疫がないせいか、初実は多川と向かい合っていると落ち着かない気分になった。緊張してしまい、受け答えも満足にできない。
「初実さんのご趣味は。」
「えっと、読書です。」
「お仕事と趣味が一致していらっしゃるんですね。」
「ええ、まあ。多川さんのご趣味は?」
「乗馬です。」
「ははあ。」
(白馬が似合いそうだもんなあ)
素直に感心していると突然多川が笑い出した。笑うと眉尻が下がるせいか柔らかい印象になった。おかげで初実は肩の力を抜くことができた。
(それにしたっていつまで笑っているつもりだろう)
「あの、多川さん?」
困惑した初実はゲラゲラ笑う男におずおずと声を掛けた。
「失敬。僕、笑い上戸なんですよ。」
多川は悪びれなく言ってから紅茶を口に含んだ。
(変な人)
あまりのマイペースぶりに呆れてしまう。
「何がそんなに面白いんですか。」
「僕らの会話とあなたの反応。」
からかいを含んだ返答に初実は首を傾げた。人を食ったような態度が初実のよく知る人種を思わせる。
「多川さんて、なんだか小説家の先生方に似てます。」
「物書きの端くれですから。」
ああ、と初実は納得した。
そういえば、多川は写真家兼エッセイストだと聞いた。それなりに活躍しているようだが、仕事を言い訳にいつまでも結婚するそぶりを見せない息子に業を煮やした両親が初実との見合いをセッティングしたらしい。
「多川さんのペンネームは何とおっしゃるんですか。」
「本名を使っています。」
「下のお名前はたしかオサムさんでしたよね。」
「ええ。倫理の倫と書いてオサムと読みます。」
多川がリンという言葉を発した時、初実の心臓が大きな音を立てた。泣きたくなるような切なさが押し寄せ、胸がじくじくと痛んだ。
「・・・みさん・・・初実さん?」
原因不明の胸の痛みに耐えていた初実は何度も名前を呼ばれようやく我に返った。
「顔色が優れないようですが、大丈夫ですか」
「エアコンの冷風が強くて頭痛がするんです」
痛むのは頭ではなく胸だったが、胸の痛みをどう説明すればいいのか分からず、咄嗟にそう答えた。
「外に出ましょうか。中庭で抹茶のサービスがあるそうですよ」
初実はその提案に賛成した。
外に出ると予想以上に日差しが強かったので、多川は初実を木陰のベンチに座らせ、抹茶を取りに行ってくれた。
五月の半ばだというのに日陰にいなければ日射病になりそうなくらい暑い日だ。
池の水面が輝き、初実は眩しそうに目を細めた。悠々と泳ぐ鯉を眺めていたら、視界の端に奇妙なものを捉えた。
巨大な穴が池の上に浮かんでいる。
(ブラックホール!?)
あり得ない光景に目を擦ったが、巨大な穴は幻覚ではないようだった。
穴の中に人影が浮かび、初実はぎょっとした。
(多川さん?)
多川に似た男が馬に乗って全速力駆けていく。よく見れば、顔立ちこそ似ているが、穴の中に見える男は茶髪で瞳の色は黄緑だ。
男が姿勢を変えた。長い剣のようなものを振りかざした時、男の背後で何かが鈍く光った。
(矢だ!)
そう思った瞬間、躊躇いもなく穴の中に飛び込んでいた。
「危ない!!」
初実は叫び声に振り返った男を渾身の力で突き飛ばした。




