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息も出来ない  作者: 月丘 翠
沙樹side
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第1話 さよなら、黒ぶち眼鏡


白馬に乗った王子様が迎えに来る―


沙樹(さき)もそんな夢を幼稚園くらいまでは持っていたこともある。


しかし、小学1年生のある日、沙樹は理解した、男子はゴリラか野良犬か何かなのだと。


沙樹が校庭で友達と遊ぼうと外に出たら、突然泥団子が顔に直撃し眼鏡がぶっ飛んでいった。

男子は「わりぃ」と言いながら、全く反省する様子もなく、再び友達同士で投げ合っていた。


ある時は、先生が急な用事で席を外し、少しの間自習になった途端に、「暇だし、野球しようぜ」と言い出した時には呆れた。

その後は野球ボールに見立てたぞうきんが頭の上に乗った時、男子と関わるのはやめようと沙樹は強く心に誓った。


年々男子の中でも大人しくなっていく奴も多かったが、今度は思春期の女子に対してセクハラまがいの発言をするバカが増えた。


沙樹も全員ではないことを理解していたが、大体の男がそうなのではないかと思えて、小学校を卒業しても、中学を卒業しても、初恋は訪れなかった。

男子(ごりら)を好きだという女子のことも理解できなかった。

結局、男子との関りは最低限といった感じで、クラスメイトであっても一言も話したことがない奴もいた。


初恋が来ないせいで、他の思春期の女子とは違うところがあった。

まず、男子にどう見られるかなど意識しないので、とにかく地味な恰好をしていた。

平日は制服、休日になれば事前にセットした地味な恰好の上下をルーティング着ていくだけだ。

何よりも黒ぶち眼鏡はもはやトレードマークになっているが、レンズは瓶の底のように分厚い。

周りにどう見られるかを気にしない、そんな生活だった。

大事なのは自分が快適であることだ。

それに友達はいたし、それなりに楽しく中学も過ごしてきたので、高校に入っても変わらぬ生活が続くと沙樹は思っていた。


「沙樹!」

振り返ると、幼馴染の真理(まり)が真新しい制服を着て立っている。


「高校もよろしくね」


真理の雰囲気がなんだかいつもと違う。


「何?気づいちゃった?」


真理が目元を指で指しながら、照れくさそうに笑っている。

沙樹は改めて真理の顔をみて、眼鏡がないことに気づいた。


真理とは小学校の時から仲が良く、一緒に行動することが多かった。

二人とも分厚いレンズの眼鏡をしていたので、男子に影で地味メガネコンビと呼ばれていた。

それでも二人だったから気にならなかったし、そんなこという男子を馬鹿だと思っていた。

でも今日からはどうやらピンになるようだ。


「眼鏡だと体育とかずれたりしたら面倒だからさ」


真理はそれっぽい理由を言いながら、恥ずかしそうにして沙樹から目をそらした。

これがいわゆる高校デビューかと沙樹はそう思いながら、二人で並んで入学式が行われる体育館へ向かった。


クラスごとに順番に並んでいく。

男子も半分程度いる。共学だから当たり前だ。

高校生ともなれば男子もゴリラから原人くらいまでは成長しているだろうから、上手く付き合えるかもしれない。

沙樹はそんなことを考えながら、ぼんやりと校長の話などを聞き流していた。


「新入生代表、早乙女(さおとめ)(しょう)


そう言われて、同じクラスで一番前に座っていた男の子が立ち上がった。

スラっとしていて身長180㎝はありそうだ。

こちらに背を向けたまま、壇上へあがり、校長と向き合っている。


「春の息吹が感じられる今日、私たちは入学いたします」


凛とした声で体育館中に響き渡る。

持っている紙を一度も広げることなく言い終わると、くるっとこちらを向いた。

端正な甘い顔立ちをしている。

まるで少女漫画から飛び出した王子様のようだ。

女子から「かっこいい」と小さく声が漏れている。


(自分には関係ないな)


見た目がかっこいいゴリラも何度も見たことがある。

沙樹は自分とは違う世界の人だとすぐに割り切ると、再び面白くもない教師の話に耳を傾けた。


翌日から早乙女はもちろん大人気だった。

クールなタイプで一人で過ごしていることが多いが、それがまたミステリアスだと女子に人気があるらしい。

隣のクラスからもたまに女子が見に来ていることもある。

そんなこと気に留めるようすもなく、早乙女は本を読んでいる。


「ねぇ、早乙女くん、人気だね」

「確かに。私たちとは違う世界の住人だよ」

真理も同じクラスになったおかげで、瓶底メガネも高校生活も浮かずにスタートできている。

イケメンは一人でも気にしないとは優雅なものだ。

自分もあれくらい強い心を持ちたいものだ。


初日の授業が無事に終わった。

「じゃあ、また明日」

真理は急いで教室を出て行った。

中学の時の先輩に誘われて、早速ソフトテニス部の練習にいくそうだ。


(さすが、運動部)


沙樹も荷物をまとめると、図書室へ向かった。

足取りは軽い。

地味な眼鏡姿のイメージ通り、文学少女だった。

中学校の図書室の気になる本は、全て読み切ってしまった。

新しい図書室で新しい本に出会えると思うと、楽しみでならない。

どんなジャンルにしようかと考えながら歩いていると、教室から走って出てきた男の子に思いっきりぶつけられた。

その勢いでメガネがぶっ飛んでいく。


「あ、わりぃ」


そういうと男子は他の友達と笑いながら去っていく。


(くそやろう)


沙樹はそう心の中で悪態をつきながら、手探りで眼鏡を探す。


「嘘でしょ…」


これまでどれだけぶっ飛ばされても壊れることのない眼鏡だったが、とうとうフレームがゆがんでしまったようだ。

子供の時から気に入っていて、レンズを交換することで使い続けていたのに、こんな呆気なく別れがくるなんて。

沙樹は、なんだか悔しくて無理やり眼鏡をかけると、歩き出した。

ゆがんでいるし、レンズにひびが入っているせいで、前がよく見えない。


(構うものか)


半ばやけくそで歩き、階段を降りようとした瞬間に見事に踏み外した。


「あ」

沙樹の世界は全てがスローに見えた。

子供の頃の自分、小学生の自分、中学生の自分、全て眼鏡をかけた自分が走馬灯のように思いだされる。


(これ、死ぬな)


ほんの数秒なのにそんなことを思った。

ドンと音がして、目をつぶっていた。

痛みはない。

沙樹は目を開けて起き上がると、男の子に受け止められている。


トクトクトク…


男の子の心臓の音が聞こえる。


「うへぇあ」さっと距離をとると、「助けたのにそれはねぇんじゃねぇの」と不服そうな男の子の声が聞こえた。


「ごめんなさい、助けてくれてありがとうございます」


慌てて沙樹が頭を下げた。

「まぁそれだけ元気なら大丈夫だな」

男の子が去っていく足跡が聞こえる。

再びぶっ飛んだ眼鏡を手探りで探していると、生徒証を見つけた。

助けてくれた男子のものだろうか、沙樹はそっと生徒証を開くと、ギリギリまで目を近づけて読んでみる。


「さ、早乙女・・・翔!」


驚いて後ずさりすると、パキっと音がして足元を見ると、眼鏡(あいぼう)が粉々になっていた。



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