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初めての夜


アスラン様、感想を頂きありがとうございます。

この場で改めて感謝させていただきます。もしお名前を出してほしくなかったら、お手数ですが刻芦に連絡くださいませ。

 

「どういうことですか!?父上!庵様は勝ったではありませんか!」


 相当ショックだったのだろう。取り乱したように雪が食ってかかった。普段大人しい雪がこうして感情を露わにしたことを雷堂は好ましく思う。しかし石動家当主として言わなければならない。


「雪。お前は仮にも御佩刀家重臣である石動の姫だ。名の知れない男の元へと嫁がせることはできない」


「でも!」


「まぁ待て。話を最後まで聞かんか。庵よ。お主石動家に仕える気はないか?」


 庵に向き直って提案する。突然のことに困惑する庵に雷堂が訳を説明してくれた。


「言った通りなんの武功もない男に雪は嫁がせられない。だがお主が石動に仕えて武士となれば、武功の機会も巡ってくるであろう。そして出世し雪に見合う男になれば、その時は二人の祝言を許す」


「本当ですか!それならば仕えて武功を挙げさせていただきます」


 どうやら庵のことを雷堂は認めてくれたようだ。


「でも父上、随分あっさりと許可を出しましたね?私はてっきり駄目だと言って叩き出す気がしていたのですが。まぁその時は私の弓は父上に向けられていましたけど」


 にっこりと笑顔で弓を構える風貴に雷堂は表情を青ざめさせた。仕方がないとはいえ自分が悪者になっている気がしてならない。


「お主は平然と怖いことを言うな。そもそも二人の仲は最初から認めておった。雪にあれだけ幸せそうな顔を見せられたら反対する気など起きん」


「それならどうして戦いを?」


「娘を奪われるのだ。父として一発殴ってもバチは当たるまい?とはいえ想像以上に強かった。まさか当たらないだけではなく、負けることになるとは思わなかったわ。これなら祝言も遠くはないだろう」


「祝言。私が庵様と祝言」


 幸せな未来を想像したのか、雪は蕩けるような笑顔で宙を見ていた。そんな娘の顔を見せられた雷堂は複雑そうな顔をする。


「……娘をここまで垂らし込んだのだ。最後まで責任を取らねば絶対に許さん。途中で逃げ出そうものなら、黒鬼として地獄まで追って首を取るからな」


「はい!雪さんは絶対に幸せにしてみせます!」


「ならよい。庵よ。お主には雪の護衛を申し付ける。雪を傷付けようとする物全てから守ってみせよ」


 庵が石動の家臣として最初に命じられた仕事は雪の護衛だった。雷堂も気を利かせてくれたのだろう。庵はそのことに感謝して頭を下げる。


「畏まりました。謹んで拝命いたします」


「うむ。今日はもう遅いから泊まっていけ。ただし!雪にはまだ手を出すなよ?」


「もちろんです」


 それを聞いて満足そうに頷いた雷堂は屋敷へと戻っていく。その途中に思い出したように振り返ると、少し茶目っ気のある表情をした。


「そうそう。雪は屋敷を抜け出す困った癖がある。その時はしっかりと庵も着いて行け」


 今度こそ言いたいことは全て伝えたと屋敷へと戻って行った。今まで黙って成り行きを見ていた桜だったが、どうやら雷堂の気遣いが二人には伝わっていないようなので説明をする。


「当主様は二人で外に出る許可をくれたみたいよ。どうやら想像以上に庵さんを気に入ったのね」


 つまり雷堂は庵と雪にデートをしても良いとお墨付きをくれたということだ。


「どうなるかと思いましたがなんとかなりましたね」


 喜ぶ二人を見て風貴と桜が笑う。昨日まで重苦しかった石動の家は、庵が来たことで明るくなった。


 日も暮れて夕焼けが広がった頃に庵は夕飯へと招かれる。案内されるまま向かうと既に全員が待っていた。


「お待たせしました」


「いや、儂らも今きた所だ。それでは食べるとしよう」


 食事は個々の膳に置かれていて、味噌汁に青菜のおひたし、猪肉の焼き物と山盛りの玄米が盛られていた。この時代の人は肉を食べないと思っていた庵は猪肉があることに驚いた。


「肉があるのが意外か?肉を忌避するのは、都におわす尊き方達を始めとした身分ある者だけよ。石動家は元々は農民の出だ。そんな身分など持ち合わせていない。それに肉を食らうと力が湧く」


「良いと思います。肉を食べると体が大きくなると聞いたことがあるので」


「それは良いことを聞いた。だから儂はこんなに大きくなったのかもしれぬな!おっとすまぬ。食事を始めてくれ」


 意外かもしれないが初めて食べた戦国時代の食事は美味しいものだった。それも石動家がこうして肉を食べるからだろう。もし猪肉の焼き物がなければ、味気ない食事となっていたはずだ。ただそれがこの時代としては普通だった。


「そういえば庵よ。お主の苗字は片穂野だといったな」


「はい。それがどうかしましたか?」


「片穂野夜鷹という名に聞き覚えはないか?」


 唐突に雷堂の口から祖父の名前が出てきたことに庵は耳を疑った。しかしここに庵を送ったのは他ならぬ夜鷹だ。それならば夜鷹を知っている人がいてもおかしくない。


「片穂野夜鷹は私の祖父です」


「そうか。まさかあの『刀神(とうしん)』に孫がいたとは」


 その大層な二つ名に庵はもう一度耳を疑うことになる。どこの厨二病だと言いたくなるが、雷堂にも黒鬼という二つ名が付いていた。思えば史実にも第六天魔王や軍神といった二つ名があったので、この時代では普通のことかもしれない。


「祖父はそんなに凄い人だったんですか?」


「知らないのか!?儂も夜鷹公の物語には憧れたものだ。特に百鬼夜行(ひゃっきやこう)を一人で壊滅させた『刀神の百鬼総崩れ』は日の本の民なら誰でも知っておろう」


 何やってんだよ爺ちゃん!庵は心の中でそう叫んだ。


「祖父も昔の話をあまり聞かせてくれなくて」


「夜鷹公はここより東にある(あかつき)家が治める国の武士だ。武道が盛んな暁家にして、並び立つ者おらずとまで言われた伝説の刀の使い手だった。最後は暁家の息女であられた梓姫と姿を消したといわれていたが無事だったのだな」


 まさかの梓は暁家のお姫様だった。知らない情報という名の鈍器で頭を殴られている気分だ。庵にとっては優しい祖父母が戦国時代では伝説とまでいわれている。戻った時にどんな顔で二人を見たら良いか分からなかった。


「お二方はまだご存命なのか?」


「元気に暮らしてますよ。その件も関わるのですが私の秘密を教えたいと思います」


 もうここまできたらどうにでもなれ。庵は自分が未来から来たことを雷堂と風貴に話すことを決意した。最初は庵の話を半信半疑で聞いていた二人だったが、許可を得た庵が白那で裂け目を作ったところで信じてくれた。


「まさかお二方が未来で。ところで庵よ。これはこのままなのか?さすがにずっとあるのは邪魔なのだが」


「あと数十秒ほどで消えますので」


 廃村で試した時は一分ほどで裂け目は閉じたのだが、今回も同じだった。無事裂け目が消えたことに雷堂はホッと息を吐く。


「それにしても庵が夜鷹公の孫だとはな。強いわけだ」


「私はまだ祖父の足元にも及びませんよ」


「若いのだ。これなら強くなって行けばよい。風貴と庵がおれば石動家は安泰だな」


 こうして異世界で迎えた初めての夜は更けていった。その後客間に敷かれた寝むしろの上で、庵は雷堂と戦った時のことを考えていた。自分を上から見るような感覚に、突然の破壊衝動。それを止めてくれた謎の声はなんだったのだろうかと。


「考えても仕方ないか。戻ったら爺ちゃんに聞いてみよう」


 寝むしろに夜着を掛けるだけの戦国時代の布団はとても固い。それでも今日一日、様々なことがあった疲れから睡魔が襲ってくる。それに抗えずに庵は目を閉じると意識を手放した。


お読みいただきありがとうございました!

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