御佩刀の若様とカレー
大変お待たせしました。
そして申し訳ございません。少しリアルが立て込んでおりまして毎日投稿が出来るかは分かりません。
なるべく投稿できるように頑張りますので引き続きよろしくお願いします。
「父上!目を開けてください!」
雪の声に雷堂は弱々しく目を開けた。しかしそこに黒鬼と呼ばれる男の覇気はない。自分の現状を理解するようにゆっくりと周りを見渡した雷堂は、満足そうに笑ってもう一度瞳を閉じようとした。
「起きてください。また寝られると話が進みませんので」
雪と雷堂の三文芝居を他所に桜が雷堂を包む布団を引っ剥がした。
「なにをするのだ桜よ!石動家当主として命令だ。今すぐその布団を返せ」
「普段は命令なんて絶対に言わないのに、なんでこんな所で言うのですか」
戦国時代に戻ってきた庵に布団をプレゼントされた雷堂は、夜着とどれだけ違うのか興味を持った。そして物は試しと横になると、そのまま吸い込まれるように眠りについたのが先程のことだ。
庵から送られた布団は普段の固い寝むしろとさほど暖かくない夜着とは全く違う。敷き布団はふかふかで体を優しく受け止めてくれるし、掛け布団は軽く全てを包み込んでくれた。そんな極上の寝心地は黒鬼と呼ばれる雷堂でさえ一瞬で虜にした。
「風貴様も試してみますか?」
「とても魅力的な提案だけど止めておくよ。僕が寝たら朝まで起きれなさそうだ。まさかこんな素敵な物をくれるなんて」
これならよく眠れそうだと風貴は嬉しそうに笑っている。元々は風貴のために買ってきたようなものなので喜んでもらえて何よりだ。
そんな時廊下からドッドッドッと大きな足音を立てて何者かがやってくる。
「おう!遊びに来たぞ!」
襖をスパンッ!と開けて中に入ってきたのは十七くらいの若武者だった。
「若様。先触れを出してから来てほしいといつも申しているではありませぬか。突然だと出迎える用意が出来ません」
「出迎えなど不要だ!俺はここに茶を飲みに来ている訳ではないからな!という訳で今日も手合わせを頼む」
「それなら本日の相手はこの庵でいかがでしょう。たまには別の者と戦った方が鍛えられます。こちらの庵は先日家臣にした者ですが中々腕が立ちます。儂も手合わせしましたが負けましたゆえに」
「なにっ!黒鬼に勝つとはお主やるな!俺は御佩刀光明。是非手合わせ願いたい」
「私は片穂野庵です。雷堂様との手合わせはたまたま勝てただけですから。それでも良いのならお相手願います」
「礼を言うぞ!新たな強者との手合わせとは久々に心が躍るな!」
庭に出ると二人は練習用の木刀を構えた。普段通り正眼に構える庵に対して、光明は脇構えで木刀を体に隠す。脇構えは剣道では使用できない構え方なので、庵が使い手と戦うのはこれが初めてだ。
木刀を低く下ろして右足を引いた姿勢のまま光明は動かない。どうやら自分の木刀を受けた後の反撃狙いのようだと庵は考えるが、このまま待つのも勿体無い。とりあえず軽く交えて様子見だと左肩を狙って木刀を振った。
カンッと木刀が打ち合った音と共に庵の攻撃は弾かれる。どうやら光明の切り上げで弾かれたようだ。様子見で全力ではなかったとはいえ、振り下ろしに対して切り上げで弾くとは光明の力は想像以上に強いのかもしれない。
「まさか切り上げで弾かれるとは思いませんでした」
「まだ様子見であろう?黒鬼に勝った腕を俺に見せてくれ」
脇構えは性質上鍔迫り合いに不利が生じる。だから庵は積極的に距離を詰めて当て合いへと持っていこうとした。しかしそれを光明も理解しているようで、時に大きく下がりながら一定の間合いを保って戦っている。
お互い決め手にかけるまま何度も木刀を交える。しかし戦いの天秤は少しずつ庵へと傾き始めていた。下がれる場所も無限ではなく、光明は徐々に壁際へと追い詰められていたのだ。
「壁まで追い詰めるとは中々底意地が悪いではないか。それでは女子に嫌われるぞ」
「素敵な女性が待ってくれているので大丈夫ですよ」
軽口を叩きながらも光明は隙がないかと目を光らせている。そしてその時はやってきた。庵が一度息を整えようと下がったのだ。その隙を見逃さずに光明は一気に距離を詰めて必殺の切り上げを叩き込んだ。しかしその一撃は拳一つ分動いた庵によって避けられてしまう。そして庵の木刀が光明の首にピタリと当てられた。
「ははっ。そこまで容易く避けるか」
「紙一重ですよ。もう少し私の決断が遅ければ今頃腕を押さえて蹲まっていたことでしょう」
「また一つ課題が見えた。感謝するぞ庵」
「こちらこそ勉強になりました」
二人の手合わせは庵の勝ちで幕を閉じた。そんな時どこからか芳しい匂いが漂ってくるのを光明の鼻が感じとる。
「む?なんじゃこの匂いは。嗅いだことがないが不思議と癖になりそうな良き香りをしておる」
「あぁ。そういえばカレーを作ってもらってたんでした」
「かれー?」
「香辛料が沢山使われた汁を米にかけて食べる料理です。私はこれが好きなんですよ」
庵が持ち込んだカレールーで作られているカレーの匂いに光明はくんくんと鼻を鳴らしてソワソワとしている。戦国時代の人には刺激的すぎて嫌がられるかと思っていたが、見る限りそうでもないようだ。
「良ければ光明様も食べませんか?」
「香辛料とは随分と高価そうな料理だが本当に良いのか!?ならば遠慮なく馳走になるぞ!」
二人が居間へと戻ると既に皿へとカレーが盛り付けられている。雪と桜は未来の食べ物なら間違いないと笑顔だが、雷堂と風貴に光明は顔を引き攣らせている。どうみてもあれにしか見えない。三人の顔はそう物語っていた。
「庵よ。これは本当に食べていいものなのか?」
「見た目はよくないかもしれませんが味は絶品ですよ。今回は皆様が初めてなので辛さを抑えて作りました。まずは私が食べますので、それを見てから御賞味ください」
匙を持ってカレーをすくうとパクリと食べた。普段食べているものより甘口だが、これはこれで美味しい。それに続いて雪と桜も食べ始めた。
「おいひいです庵様!かれーというのは米に合うのですね!」
「確かに姫様の言う通りよく合いますね。少しだけ舌がピリッとしますが癖になる味です」
二人が食べたのを見た雷堂達も意を決してカレーを食べた。複雑そうな顔で咀嚼する三人だったが、カレーの美味しさにすぐに目の色が変わる。
「なんだこれは!見た目の色から勝手に苦いのかと思っておったが随分と美味いではないか!これがあれば米をいくらでも食えそうだわ!」
代表して光明が感想を述べると三人は競うようにカレーを掻き込み始めた。その後におかわりを連発するとパンパンになった腹を抱えて倒れ込んだ。
「げふっ。もう食えぬ。このかれーとは恐ろしい料理だな。こんなに動けそうになくなったのは、戦で足を負傷して以来だわ」
「お粗末さまでした。ただ満腹で動けないのと戦での負傷を一緒にしないでください。というか本当に食べすぎです。あれだけ大きな鍋で作ったのに空じゃないですか」
二十人前くらいはあったであろうカレーは、いつの間にか空になっていた。食べた内訳は庵と雪と桜は一皿で風貴は三皿だ。つまりほとんどのカレーは雷堂と光明の腹の中に収まっている。
「こんなに美味い飯を作るとは庵は何者なのだ。まぁよい。またかれーを食わせてくれ」
光明は腹を抱えながら馬に乗って帰って行った。その日石動家の周りでは匂いを嗅ぎにきた住人達で溢れかえっていたという。
「兄上おかえりなさいませ。また石動へと行っていたのですか?」
城へと着いた光明を妹の綾が出迎えた。
「おう。今日は面白い者と出会った。石動で新しく雇った武士なのだが想像以上に強くて楽しめたわ。料理の心得もあるようで美味いものを鱈腹食わせてもらったしな。次に行くのが楽しみよ。綾はなにをしておるのだ?」
「私は縁談ですよ。もちろんお断りさせていただきましたが」
「またか。お主が納得する者が早く現れると良いのだが」
綾は今まで貰った縁談を全て断り続けてきた。そしてその理由を頑なに語ろうとしない。話を終えてすれ違った光明から漂った香りに綾は驚きの表情で振り返る。
「カレーの香り?いや、まさかね」
その呟きを聞いたのは誰もいない。
最後までお読みいただきありがとうございました!




