入学式前夜
あれから十年の月日が流れ、エドワードも入学式を迎えることとなった。
その経緯の場面です。
あれから十年の月日が流れていた。
人間の十年は長いようだ。ラインザック男爵に拾われたオスカルも十二歳になりかなり体も大きくなっていた。
しかし、骸骨たち、竜族たち、そして周囲の人畜以外の部族達にとっては劇的に変わるほどの長さではない。ほんの少し戦況が変化する程度の時間の流れだ。
それでも骸骨たちは確実に戦力を増大していた。なにしろ倒して食った竜族も、骸骨だけとなれば彼らの仲間になるのだから、食っては強くなり、生気を吸っては強くなり、そして仲間に加えて強くなると言う三重の戦力増大になっていった。
もっともな話なのだが、骸骨たちは成長しない、し、竜族にとっても十年足らずではさして強くなるような変化もない。
だが、人間にとってはかなりの変化があった。
男爵家の館でマリアの声が聞こえていた。
「エドワード!? エドワードはどこ? もう行く時刻でしょ!」
そこにヨセフの家にいてこの家にもらわれたラーラが、
「お母様、ごめんなさい。私が目を離した隙に行ってしまわれました」
後ろを振り返ったマリアは、
「ラーラ、私が何時、あなたにエドワードの世話役を頼みましたか? あなたはあなたでこの家の娘としてやるべきことをやっていれば良いんです」
「しかし、お母様、エドワードはこの家の嫡男ですし!」
そう言って困った顔のラーラに、マリアは顔を近づけ内緒話をするように、
『私だってラインザック家の血を受け継いでいないのよ』
と、さらりと言ってのけ、
『この意味はあなたなら分かるわよね? あなただってもう十四になったんだし』
そう言ってから顔を離したマリアは、
「あなただって嫡女なんだからエドワードのことを庇わなくても良いのよ。それより、どこに行ったんだか?」
少し嬉しそうなラーラは、
「多分、アンソニー・ホプキンス先生のところだと思います」
「アンソニー先生!? しかし、困ったわね。今日は説明会だって言うのに。それじゃ私だけでも行くとして、どうしましょうか? そうだわ、それなら今夜、先生を招待しましょうか。そこで私からお話しすれば良いのよ。そこで悪いんだけどラーラ、先生にことづてをお願いできるかしら?」
「はい、お母様、大丈夫です」
と、ラーラはマリアの用事が出来ることが嬉しそうだった。
それでマリアは机に向かい羊皮紙に綺麗な文字でサラサラと書き家紋で封印した。それをラーラ持たせ、
「それじゃ、お願いね」
「はい、お母様。それでエドワードを見つけたら連れて来ましょうか?」
「いえ、良いのよ。先生にお話しした方が良いようだから」
その頃、正式名称をエドワード、二つ名にはオスカルを名乗っている彼は、アンソニーと一緒に城壁に登っていた。
「ねぇ、先生。そろそろ僕にもエレメントを教えてください」
金色の髪が午後の西日を受け軽やかな装いをアンソニーに与えている。
それを見ると黒髪のオスカルは綺麗だなと思った。自分で、無い物ねだりなのかとも思ったが、年上の彼女を見る目に、それ以上のなにものかが含まれている気がし、少しばかり頬を染めている。
それに気が付いたアンソニーは、
「どうした? 顔が赤いぞ? 熱でもあるんじゃ無いのか? だったら今は無理だぞ」
「いえ、夕日の所為です。体は何ともありません」
「そうか? だったら城壁を降りよう。できるか?」
十階建てのビルほどもあるところから、アンソニーは飛び降りようとしている。
「これくらい出来ますよ。雷撃の応用をすれば良いんですよね。それくらいは簡単です」
「そうだ、自分を帯電させ、大地も同じ電極に帯電させる。こうだ!」
そう言ってアンソニーは帯電した体を、大地の反発で宙に浮かせている。
「僕だって!」
と言ってオスカルは自分を帯電させた瞬間に、ちょこっと要領が悪く大地に電流が流れ感電してしまった。
「アッチ!」
それにもめげずオスカルは、「えい!」と言って飛び出し、帯電した体と、大地の帯電でバランスを取り宙に浮くことに成功した。
「先生、やりましたよ!」
こうオスカルは鼻息を荒くして喜んでいる。
アンソニーは懐かしそうに笑いながら、
「そこで周囲の状況を変化させ移動してみろ。こうだ!」
そう言っては彼女は自在に空中を飛び回り始めた。
「先生、すげぇな!」
「これくらいは電気使いなら出来て当たり前だぞ」
「えぇ、でも、難しいな!」
それでアンソニーは高笑いし、
「それなら先にエレメントの練習をしてみるか。それが出来るようになれば、浮遊も簡単に習得できるだろう」
そんな会話をしているところにラーラが乗った馬が駆け寄ってくる。
城内の内側から、空を飛んでいるアンソニーに、
「アンソニー・ホプキンス先生! アンソニー・ホプキンス先生! 少しご用があります。申し訳ないのですが、降りてきてもらえないでしょうか?」
オスカルはラーラの声を聞いて慌てたように、
「仕舞った! ラーラが来た」
それを聞いたアンソニーは呆れたように、
「なにかしでかしてきたのか? 少しはラーラ殿の身になってやりなさい。彼女はお前のことで気を病みそうだぞ」
「そんな……、今日は入学前の説明会ってだけですよ」
と言ったオスカルだが、先ほどより元気が無くなった。
「説明会だって重要だぞ。とりあえず、ラーラ殿のところに行くか」
「はい!」
城内に降りたった二人を前に、ラーラはまず最初に、
「これを母から言付かって参りました」
そう言っては羊皮紙を手渡した。
アンソニーは家紋の刻印を見て、『大層ご丁寧な』と思いながら読んでいくと、
「分かり申したと、マリア殿にお伝えください」
これでラーラの用向きは終わったのだが、まだ、その場に立っている。
それに気が付いたアンソニーが、
「エドワードに用事ですか?」
「いえ!?」
そう言ったラーラは、それでも動かなかった。
それでアンソニーは、
「では、エドワード、ヒントをやろう。エレメントの手始めとして、こぶし大ほどの石を空間に固定し、その石を素子にまで分解してみろ。それが出来れば、ファイヤーエレメント!も、サンダーボルトエレメントも、それはそれは恐ろしい技が出来るぞ。では、私は一足先に切り上げさせてもらう」
そう言ってアンソニーは馬に乗って立ち去ってしまった。
後に残されたエドワードは、『石は、石はと』と、探し出した。
それでカチンときたラーラが、
「明日は入学式だって知っているよね? 知ってるよね!? 知っているよね?!」
と、しつこく聞くものだからエドワードも仕方なく、
「知っているし、行くから大丈夫だっての!」
「その態度からして分かってないみたいね! あなたが行く学院ってのはお偉い貴族様が行くところなのよ。国中の……」
エドワードは手を振って遮り、
「しかし、ここの学院って言ったってさ、分校じゃないの。それにラーラだって行ってるし、あそこのヨハンソンだって行くんだろ。たかが知れているって!」
それを聞いてやっぱりと言った顔で、
「バッカね! 本当にあんたって馬鹿ね。良いこと、そのヨハンソン様って、ここの伯爵家なのよ! 絶対に粗相の無いようにして頂戴ね。お会いしたら必ず会釈するのよ。間違っても素通りなんてあり得ないからね。絶対よ絶対!」
「へいへい、分かりましたよ。ヨハンソンには手出ししませんよ!」
「そうじゃなくって、伯爵家を怒らせないでってことなの! 分かった?」
「しかし、そのヨハンソンってさ、末っ子の穀潰しなんだろ? 俺、聞いちゃったんだよな。皆が話していることを」
「エドワードには分からないかも知れないけど、末っ子ってのはご両親にとって可愛いものなのよ。それも出来が悪ければ悪いほど、可愛がられるんだよ。だから……」
と、言いかけたラーラを急に抱き上げ、エドワードは馬に飛び乗った。
(多分、このまま喋らせていると、ラーラのお小言がいつ終わるか分からないとふんだのだろう。所謂、強制終了という手を打ったのだ)
「では、我が家に帰りますか!」
「もう、エドワードったら」
と言ったラーラだが、それ以後は小言を言わなかった。
その日の夕食時にはアンソニーが婦人服を着て訪問してきた。
エドワードがそれを珍しがってからかったものだから、アンソニーが怒り出し、
「もう魔法なんて教えてやらない!」
とまで言い出した。
それには困ったエドワードが、
「嘘嘘、良家のお嬢様みたいだよ」
と、彼なりにフォローしたつもりでいた。
が、ラーラは顔を伏せ痛い子認定していただけだったが、母親はすかさず、
「これエドワード、アンソニー先生はね、軍人だからアンソニー少佐と呼ばれているけれど、本当は、ミス・アンソニーと呼ばれる淑女中の淑女なのよ。それにホプキンス家は子爵なんだからうちより格が上なの。そこのところを忘れたらいけないわ」
食卓の雰囲気が急にかしこ張ったため、フォークやナイフが皿を擦ることが耳障りなほど聞こえだした。
それで気分を変えようとアンソニーが、
「家は兄が継いでますし、私はホラいつもがさつで嫁のもらい手もいないから、軍にいるしかないのよね」
しかし、それに真っ先に反応したのがエドワードで、
「アンソニー先生はそんなことありません。先生はとっても……」
とそこまで喋らせた後は、母親が遮り、
「はいはい、そこまでにしてエドワードは明日のことに集中していなさいね。明日は貴族学院でのデビューなんですから、ね!」
この国家には学院が三つに分かれていた。一番目が貴族学院、二番目が魔法学院、三番目が騎士学院だ。この二番と三番は軍編成では欠かせない存在なのだが、貴族学院は現実的に言って無用、或いは弊害だ。
(貴族学院を卒業すると自動的に指揮官に任命され、魔法使いと騎士たちより上の身分となるから、一層厳しく見られ、或いは揶揄されてもいた)
それだけ貴族の立場が重要なのだが、それに相応しい貴族が輩出されてこなかったことが根底にあり、世間の無責任な噂話で無能とか無用とか弊害とかと、不満のはけ口にされてもいた。そしてその標的となるのは貴族学院の生徒だ。
そんな貴族学院に入学させらされるエドワードにしてみたら、魔法学院に入りたかったと愚痴をこぼしたくもなるのだ。
しかし、父親の手前、我が儘も言えないエドワードだ。
「母上、僕は大丈夫ですよ。必ず主席で卒業して見せますって!」
「あらあら、頼もしい発言ね。それならご褒美をあげなければなりませんね」
その瞬間、エドワードの目が輝いた。
「それならお願いがあります」
その言い方に彼の本気度を察知したラーラが止めに入った。
「エドワード、その話はお父様が帰ってきたときにしなさいよ。それにそう言うのを取らぬ狸の皮算用って言うのよ」
「ラーラは黙ってて、良いでしょ? 母上!?」
ラーラには母親が彼に甘いことを重々知っているから、父親を持ち出したのだが、このままでは押し切られると判断し、
「私の方が卒業が先なんですけど!」
「だからさ、飛び級で来年卒業できたらで良いから!」
そこまで言われたら引き受けるしかないと悟った母親は、
「分かりました!」
と、簡単に請け合う母親なのだが、それでも何とか思い止まらせようと画策し、
「お母様、エドワードのお願いって知っているのですか? 旅行なんですよ! それも王都へ。そんな危険なこと許可できませんよね?」
と、ラーラは最終兵器を持ち出した、つもりだったのだが、事実は彼女とは違っていたようだ。彼女にしてみたら、彼がこの地を離れることなど考えられない事だったのだが、母親は違った認識を持っていた。
母親の脳裏にはエドワードが王都での生活を楽しんでいる姿が思い描かれていた。
「エドワードも男の子ですものね。それにここの学院を卒業すれば次は王都での上級貴族学院が待っているのですから、遅かれ早かれ王都なのよね」
と、自分の夢のような語り口だ。
が、そこに男爵が帰ってきた。
「なんだ、かなり賑やかだな」
「お帰りなさい。今、エドワードの夢の話をしていたのよ」
そこで男爵がアンソニーに気が付き、
「これはミス・アンソニー様、ようこそおいでくださった」
「お邪魔しております」
そこで食卓を見てから、
「おぉ、これはおいしそうな夕食だな、では、私もご一緒しますか」
それからは食後ティーまでは何事もなかったのだが、終わり際に、
「でね父上」
と、エドワードが蒸し返した。
「僕が一年の飛び級で主席の卒業を果たしたら、……との卒業旅行に行っても良いですよね?」
どういうわけか誰それという部分が聞き取れなかった男爵だったが、
「卒業旅行か、良いんじゃないか。私も行ったものだ」
と、軽々しくも許可してしまった。
ラーラにしてみたら絶望的な展開だった。




