42 打ち上げ①お誘い
火の拝剣殿が、奴隷の売買に関与していた――
ニュースは、セブンソードを震撼させた。
その始末を巡る顛末も含めてな。
光と闇の拝剣殿が、いち早く事態を把握。
結果として、火の拝剣殿代表ゼナンが死んだ。
いや、処刑されたと言っていい。
ゼナンを速やかに屠ったのは闇の拝剣殿だ。
他の拝剣殿の代表を、幹部ごとあっさりと……
ダークナイトへの畏怖が深まる結果となった。
俺にとっては、不本意な噂も流れてる。
ゼナンをやったのはナインではないか――
そう囁かれてるらしいのだ。
現代表のリィンはAランク。
同じAのゼナンを簡単に始末できるはずがない。
……と言うのだが、
(リィンを舐めすぎだろ)
あいつには、Sランクに匹敵する実力がある。
(まあ、あいつ自身が隠してるんだけどな)
そのとばっちりが俺に飛んできた格好だ。
ナインの伝説に、新たな1ページが刻まれた。
まったく、勘弁してほしい。
俺が本当に始末したのは奴隷商の方だ。
だが、そっちはあまり話題になってない。
市警の捜査は、途中で打ち切られることだろう。
光と闇の拝剣殿から圧力がかかるからな。
「初仕事、お疲れ様でした」
光の拝剣殿のカウンターでサリーが言った。
ルディアと一緒に、依頼の精算をしたところだ。
今回の依頼――すなわち、属性妖退治だな。
亜竜の退治でも、魔剣士との戦いでもなく。
(今となっちゃ馬鹿らしいほど初歩の仕事だが)
そういうことこそ、おろそかにすべきじゃない。
(ルディアに仕事の流れを教える意味もあるしな)
今回の流れが普通だと思われても困るのだが。
見習い用の初仕事としては微妙である。
俺は、ため息をついて言った。
「まったく、疲れたよ」
「そうですね。新人の仕事じゃありません」
「だよなぁ」
もちろん、タダ働きではない。
むしろ、報酬としては美味しかった。
ルドルフの逮捕執行に特別報酬が出たからだ。
バフマンについても一定の報酬をもらってる。
だが、こっちの方は微妙な額だ。
(亜竜が地中に埋まってるからな)
解放した奴隷の証言はあったが、証拠がない。
亜竜を俺たちが倒したとは見なされなかった。
(亜竜を新人が倒した……
そう噂になると困るってのもある)
亜竜を倒せる新人などいない。
バフマンも、新人が倒せるような相手じゃない。
(特許関連は代表が隠してくれるらしいが……)
それ以外の部分は、他の職員の目にも触れる。
規則通りに処理するしかないらしい。
(ま、いいけどな。金には困ってないし)
ルディアも、新人としては結構な額をもらった。
本人はいまいちピンと来てないみたいだけどな。
「ルディア、せっかくの初報酬だが……
何か使うあてはあるか?」
俺はルディアに聞いてみる。
ルディアのエメラルドの瞳が俺を見上げる。
「よく、わかりません。
必要なものはナインが整えてくれましたし……」
「だよなぁ」
稼いだ金を使う。
その楽しみを知ってもらいたかったんだけどな。
(まあ、俺も金はあんま使う方じゃないんだが)
これまで、強さだけを求めてきた。
金を浪費するような趣味はない。
俺たちの会話に、サリーが身を乗り出した。
カウンター越しに、小声でそっと言ってくる。
「あの、よろしければ、なんですが……。
お疲れ様の打ち上げをしませんか?」
「打ち上げ?」
仕事上がりに飲みに行く魔剣士は多い。
それを称して打ち上げという。
(そういえば、そんなものもあったな……)
俺はソロの仕事が多かった。
たまに人と一緒になっても、
(……誘われないんだよな。
誘われても断っただろうからいいけどさ)
だが、いいアイデアかもしれない。
「ええ。
といっても、わたしの発案じゃないんです。
代表が店を手配すると言ってました」
「メリーアン代表が?
何か秘密の話でもあるのか?」
利用するなと脅しをかけたのは先日のことだ。
まだ、恐れられてるかと思ったのだが。
「いえ、本当に打ち上げみたいですよ?
ナインたちは訳ありです。
人目があってはくつろげないでしょう?」
「まあな……」
俺もルディアも秘密が多い。
そのくせ、ルディアにはいまひとつ自覚がない。
ひと目のある店では、会話するのも一苦労だ。
「もちろん、代表の奢りですよ?
わたしもお呼ばれしてます。
ナインが受けてくれると助かります。
わたしも、美味しい料理を食べたいですし」
「代表の金でな」
「ふふっ。そういうことです。
高いお酒も飲み放題ですよ?」
「俺は酒は飲まないんだ」
べつに、酒に弱いわけじゃない。
酒を嫌ってるってこともない。
そういう楽しみがあることはわかってる。
ただ、酔えば判断力がどうしても鈍る。
翌日の訓練に差し障るのも問題だ。
強さを求めるために、取捨選択をしただけだ。
「張り詰めてばかりじゃもちませんよ?
まあ、無理にとは言いませんが」
「サリーはイケる口なのか?」
「ええ、まあ。
代表ほどのうわばみではありませんが」
「代表はいかにも強そうだよな」
「重圧がかかると、お酒に手が伸びるんです。
わたしが見張ってないと、酒に溺れかねません」
「おいおい……」
拝剣殿の代表ともなると大変なんだろうけどな。
「では、六時頃に<黄昏の馬車>亭で。
メリーアン代表の名前で取ってあります」
「黄昏の馬車亭って……
一流どころの料亭じゃないか。
いいのか、そんな贅沢をして?」
「代表ともなると人目を忍ぶ必要もありますから。
味は保証しますよ?」
「楽しみです」
屈託なく、ルディアがうなずいた。