27 初仕事②奴隷と奴隷商
キャシーと別れ、丘の石段を登った。
ホーリーナイトの拝剣殿に入る。
いつもぼんやりと明るいロビーには先客がいた。
「ええい、おまえじゃ話にならん!
代表に取り次いでもらおう!」
「すでにお答えした通りです。
当殿では貴方様とは取引を致しかねます」
居丈高に叫ぶ男に、サリーが切り口上を返した。
叫んでるのは、禿頭の固太りの男だった。
四十代半ばくらいだろう。
脂ぎった顔と、ぎょろりとした目。
唇は、厚ぼったく膨れてる。
太い指には、宝石の嵌った指輪がいくつも並ぶ。
いかにも金満な商人といった風貌だ。
ベルトにはナイフ大の魔剣が差されていた。
その隣には、一人の魔剣士が立っている。
灼けた肌の青年剣士は、見るからに気だるげだ。
(目に光がないな)
絶望と紙一重の、底の抜けた諦めの念。
ある種の立場に置かれた人間に特有の目だ。
俺の大嫌いな目でもある。
嫌いなのは、彼ではなく、彼の主人だけどな。
「悪い話ではないだろうが、え?
適正のある魔剣士を発掘するのは手間がかかる。
その手間が金で買えるんなら安いもんだ。
ここの拝剣殿に金がないわけもなかろう!」
執拗に食い下がる男に、サリーが辟易してる。
「当殿では、奴隷の取り引きは致しません。
いえ、この街の全ての拝剣殿の方針です。
お引き取りください」
「そんな方針は改めれば済むじゃろうが!
自分で決めた方針だ、変えられぬはずがない!」
「……はっきり申し上げましょうか?
奴隷商ごときのために当殿が節を曲げるとでも?
脅せば屈すると思っているのなら大間違いです。
ここはホーリーナイトの拝剣殿。
守護する者たちの聖地です。
これ以上続けるなら力づくで追い出します」
「なっ……小娘がっ!?」
顔を赤くする奴隷商。
サリーが腰に帯びた剣に手を当てる。
それを見て、奴隷商の隣の魔剣士が目を細めた。
(このままじゃ斬り合いになるな)
魔剣士に、俺は強い殺気を飛ばす。
魔剣士がぎょっとした顔で振り返る。
その隙に、サリーが抜いた。
切っ先が、奴隷商の鼻先に突きつけられる。
「うっ、くっ……」
「あなたをこの場で斬り捨てることもできます。
ですが、あなた如き小物を斬っても詮なきこと。
すぐに出て行くなら今回だけは見逃しましょう」
「ぐぅぅっ、おのれ、おのれぇっ……!」
禿頭を赤く染めながら、奴隷商が踵を返す。
奴隷商は青年魔剣士を睨みつけ、
「何をしている! 行くぞ、バフマン!」
奴隷商が、ベルトに差した魔剣に触れる。
青年がびくんと震え、何かを堪える顔をした。
「……かしこまりました」
言って、青年が主人の後を追う。
主人の背中に、憎悪の宿った目を向けている。
入口にいた俺とルディアの脇を、二人が抜けた。
青年が、過ぎ去り際に俺を睨む。
俺は、素知らぬふりをしておいた。
二人が消えてから、ルディアが俺に聞いてくる。
「ナイン。彼らは、ひょっとして……」
「……ああ。奴隷商。紛れもない人間のクズだ」
青年魔剣士は、その奴隷兼護衛だろう。
かなり腕の立つ魔剣士のようだった。
――奴隷。
この世には、そんなものが存在する。
彼らが悪いんじゃない。
人を奴隷にしようと考える奴が悪いのだ。
俺が怒りを噛み殺していると、
「助かりました、ナイン」
サリーがこっちに近づいてきて言った。
「いや、災難だったな」
「まったくです。
この街では奴隷は禁止されています。
知らないわけではないでしょうに」
セブンスソードは、奴隷取引を禁じてる。
ただ、所有奴隷の連れ込みまでは禁じてない。
他国の貴賓には、奴隷を持つ者もいるからだ。
だから、奴隷を連れてるだけでは違法ではない。
だが、セブンスソードは七剣の自治都市だ。
七つの拝剣殿には、さまざまな特権がある。
「侵入者」を「排除」する権利とかな。
あの奴隷商は、立ち退き要求に応じなかった。
その時点で、あいつは立派な侵入者となる。
その場で斬り捨てられても文句は言えない。
「止めない方がよかったか?」
「いえ、あの魔剣士。
かなりの腕のようでした。
有力な商人なので、後始末も面倒です」
「魔剣士の適正持ち奴隷を拝剣殿に高く売る、か」
たしかに儲かる商売だろう。
「魔剣士は独立不羈の存在です。
それを侵す奴隷商との取引などありえません」
嫌悪もあらわに、サリーが言った。




