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After episode 今は失われし太古の神話

After episode 今は失われし太古の神話


 天が何度も地を焼き払おうとすると、樹となった地が何度もそれを阻んだ。

 人々は天と地の存在など認識できていなかった。ただ、いつも傍に居て見守っていてくれる高次の存在を無意識のうちに感じ取っていた。人はその数々の要素に名を与え、それを神として崇めたてた。

 天には地の考えていることが分からなかった。だから、分かりたいと思った。

 天は地上に降りることにした。天は役割を人々の作り出した新たな神に委ねて。そして、自分は七つの存在として、地上に姿あるものとして生まれ変わった。

 天は地の考えがよく分かった。人という存在は愚かにも他人を傷付け、同じ創造物である動物たちを虐げる。だが、動物にはない素晴らしい心を持っていた。種の保存という天と地が与えた本能以上の産物。思いやりだった。

「あなた、独りぼっちなの?」

 天に降り立った後、一人の少女が天の一つに話しかけた。

「いいや。私は七つある。一つではない。」

 天は少女が何故自分に語りかけてくるのか、まるで理解していなかった。

「でも、あなた、寂しそう。」

 少女は自分よりもはるかに大きな、異形の存在である天の化身に物怖じせず言ってくる。それは滑稽すぎて、そして、天の中に何かが芽を出すような、そんな感覚を天は覚えていた。

「寂しいとはどういうものだ。」

「うーん、ずっと一人だと、なんだか心細くならない?」

 それこそ愚問だった。天はずっと一人だった。一人で十分なのだった。

 人とは集団で生きなければならない脆く儚い存在。そんな存在だからこそ、危険を寂しさという概念に置き換えているのだと天は理解した。

「いいや。私はずっと一人だった。」

「やっぱり寂しいんじゃない。寂しい時には寂しいって素直に言うことも大切なのよ。」

 天は理解しようと努めた。感情という人間固有の能力が故だと天は理解した。それはただ、少女の中だけで、勝手に天の異形を見て判断しただけなのだと。

「あなた、名前はなんて言うの?」

 天は名前を決めていなかった。七つに別れ、それぞれ七つの姿、人、獣、虫、鳥、魚、ヘビ、そして異形となり、七つの大陸に渡った彼らはもう、天という呼称は似合わない。

「そうだな。『リュウ』と名乗ることにしよう。」

 特に意味はなかった。ただ、耳に入った風音がリュウと語っているように聞こえたのだ。

 それそれ、地上を理解するために送り込んだリュウのうち、もっとも異形で、もっとも理解から遠い存在であることを想定して形作った彼が、一番に名前を得ることは滑稽を通り越して、不気味にさえ思える。

「そうなの。私はミコ。」

「どうしてミコはこんなところにいるのだ?」

 リュウの降り立った場所は、木々も何もない、荒れはてた土地。かつて、天が焼き払った傷跡であった。

「私、村には戻れないの。親が死んで、育ててくれる人がいないから。アシデマトイなんだって。」

 人間は残酷だった。

「では、村の人々を焼き払ってやろう。」

「止めて!」

 ミコはリュウが驚くほどの声で叫んだ。

「そんなことしちゃダメ。誰も傷つけちゃだめなの。私にされたことを誰かにするなんて、そんなの、見たくないもの。」

 リュウはその時理解した。人間とはすでに神をも超える何かを獲得しているのだと。自我の欲望を押しとどめるほどの自制心。いいや、そんな言葉では言い表せないほどの、理解不能な力。一日二日で理解できないことをリュウは理解した。

「ごめんなさい。私のことを思って言ってくれたのよね。」

 またも難しい感情だった。

「私はここから遠くに行くの。アシデマトイにならないように。私はあなたのアシデマトイにもなりたくないから。」

「待ってくれ。」

 去りゆく少女をリュウは呼び止めていた。何故自分が少女を呼び止めたのか、リュウは自分でも分かっていなかった。

「出来れば傍にいてほしい。リュウのミコとなって、傍にいてほしい。」

 ミコは頬から涙を垂らし、笑顔で頷いた。

 涙とは、悲しい時に出るものではないのか。だが、目の前の少女は悲しんでいるようには見えない。

「嬉しい。ありがとう。」

 その言葉はリュウの体を揺さぶった。リュウは自分に起きた変化さえ、理解不能だった。

 リュウはこの時、人になりたいと願った。だが、異形の形を得たリュウは姿を変えることができない。なら、と、自身に死を植え付けた。だが、それは無意味なのだとリュウは知っている。死しても再び今と同じ姿で甦ることは分かっていた。ただ、人間と同じように幼くして生まれ、ともに育ち、ともに死ぬことを心から望んだのだ。

 時がたつにつれ、この神話を知るものは少なくなった。

 リュウは『竜』と呼ばれ、大陸を守る中立な守り神として扱われることになった。そして、ミコは『巫女』と呼ばれ、天と人とをつなぐ重要な役職となった。


空飛ぶ小鳥の夢を見た

 歌を届ける歌いどり

 あなたの元へと飛んでいく

 遠いあなたの元へと

 小夜鳴鳥は朝早く

 あなたの元へと飛んでいく

 眠るあなたの傍へと

 ずっと歌声を奏でる

 私はあなたの歌いどり

 ずっとあなたを見守って

 形を変えて姿替え

 喜ぶ顔が見たいから

 私は墓場の小夜鳴鳥

 安らぎの歌を奏でてる


 ミコの歌い続けた歌は、今なお大陸に残り続けている。


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