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ただ純粋な、  作者: 横山裕奈
チェス編 第三章
22/262

21 スラムの隅で

「旦那様……」

 イアの……いや、花売り(娼婦)のカサンドラはか細い声で呼びかける。旦那様ことベルモントは、しばらく品定めをするように視線を這わせて笑った。

 ……リィ、顔が怖いぞ。やめてくれ。ここには俺とお前しかいないんだからな、八つ当たりなんかすんなよ。

 お眼鏡にかなわないわけがない。か細いながら凹凸のある身体に、長く艶めく亜麻色の髪、同じ色の瞳。顔立ちは少女と女性が混ざったような、揺らめく美しさ。普段のイアとは方向性が全く違うが、ものすごく綺麗だ。


「買ってやろう。5000ポッドでどうだ」

 はい、とイアはうなずいて、ベルモントの前を歩く。すぐ隣の家……操り人形の倉庫だ。今日だけ貸してもらった……に入っていく。

 その建物は、俺たちがいる場所のすぐ隣で、窓から部屋が見える。向こうからは見えないようになっている。

 条件に合う家を探すの、苦労したんだぜ? イアが。


 部屋に入った瞬間だった。いきなり、ベルモントはカサンドライアを殴った。

 ……なにしやがる、あいつ!

「けほっ……! え……?」

「買ってやったんだ。お前は私の私物だ。当たり前のことだろう?」

 腹を押さえてうずくまるイアを、さらに蹴る。……あいつ、素人だな……! 手加減を知らねぇのかよ!


 でもまだ、ダメだ。イアがほとんど接近できていない。攻撃の絶え間もない。俺たちが狙うにも、激しく動くから外しそうだ。くっそ!

 このままじゃ、イアが殺される……!

「おい、リィ!?」

 リィが立ち上がって、窓を開ける。1枚程度なら貫通できる、ライフルを取り出して……。

 っておい、

「狙いを外すだろ!」

「……このまま見てろって言うのか」


 低く怒気を孕んだ声に、俺は身動きができなくなる。……ここまでキレたリィを見るのは、初めてかもしれない。

「……ガッ」

 口から空気とともに血を吐いて、ベルモントは倒れる。イアは上手く避けたらしい。ただ、普段と違って返り血を浴びていた。血は、避けられなかったか。

「イア」

 手を差し出すリィに、イアは笑った。口の端に、少しだけ血が見える。

「大丈夫。自分で立てるから」


 ……リィ、やっぱ顔が怖いぞ。

「バカか」

 一言だけそう言って、イアを抱き上げる。世に言うお姫様抱っこ、だ。

「ちょっ、リィ! 大丈夫だって、下ろしてよ!」

「騒ぐな。じっとしてろ」

 リィに命令口調で言われると、それに従うのがイアだ。俺たちが孤児院に来る前に理由がありそうだが……まだ、聞けてない。リィの言うことだけは絶対に聞く、ってことの理由はな。

通貨はポッドです。5000ポッドは、5000円くらいです。

100万ポッド、って最初のほうに出てきましたが、あれは100万円。日本円と同じ価値って設定です。

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