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第一章 魔法使いの通る道

 門をくぐり抜けると、森の息吹が俺を歓迎した。

 鬱蒼と茂る木々がエデンを囲っており、門からは先の見えない道が伸びている。

 大地を踏みしめるブーツの先で土が少し削れた。


「……リアルすぎるんだよ」


 俺の呟きは、これから起こるであろう出来事を予想した物だ。

 恐らく、あと一時間もしないうちに、俺より先に攻略に出た奴らも同様に呟くだろう。


「さて、じゃあ俺も行きますか」


 仲間もいない、死にかけても助けてもらえない、MP切れたら無能力者の俺だが、クリアへの道筋と言う物は見えている。

 記念すべきその一歩は、


「うわっ、蜘蛛の巣ひっかかった」


 森の洗礼で台無しになったが。




 方向音痴ではないのだが、今現在俺の視界はぐるりと周囲を見渡しても森しかない。

 一応方向音痴の容疑を避けるため言っておくと、ここから南西の位置にエデンの街はある。

 洞窟に行くには、道を辿って行けば着いただろう。

 俺が蜘蛛の巣突き破って森に突入した理由は、とても単純かつ苦悶を孕んだ行為を行うため。


「…………」


 今俺の目の前には、膝程の高さの背丈を持つ小さな恐竜みたいな奴がいる。


「きゅ〜?」


 瞑らな瞳で俺を見上げ、小首を傾げる——魔物。魔物、このゲームで俺達が倒すべき敵だ。


 フェアリーリザードという、オルニトミムスという歯を持たない雑食性の恐竜をモデルに作られた、温厚な魔物だと図書館で調べている。

 ちょろちょろと俺の周りをうろつくフェアリーリザードは、幼い知性というのか、純粋と言うか、まるで敵愾心が無い。その愛嬌の振りまき方や小さいサイズの体躯はともすれば、ペットにしたい魔物トップかもしれない。少なくとも、図書館で調べた魔物の中ではこいつが一番可愛らしかった。


「きゅきゅ〜」


 愛らしい鳴き声と共に、俺のマントの裾を食む魔物。


 ちなみに、こいつは他のゲームで言うスライムやオオカミなどと言った、プレイヤーが最初に出会うモンスターではない。図書館情報によれば、エデンから伸びていた道を正直に進めばGardenにおけるその類いのモンスター、ドッペルゲンガーとの戦闘が起こる。


 ドッペルゲンガーはその名から連想される通り、不定形であり出現と同時に冒険者に擬態してくる魔物だ。擬態した相手の見せた能力しか使わない、単体で戦えば特に苦戦しない魔物だが、パーティーで挑むとその人数分だけ出て来て、知能を生かした精神攻撃を仕掛けてくると書かれていた。


 どんなものか想像するに、死にそうになると泣きついてくるとか、擬態している事を良い事に成り済ますとかだろう。仲間に対して疑心暗鬼なパーティーであれば、壊滅してもおかしくない相手だ。

 このゲームが俺達を殺しに掛かって来ているように感じるのは、俺だけだろうか?


「きゅきゅ……」


 俺が特に何も反応しないのをつまらないと思ったのか、餌探しの途中だったのか、フェアリーリザードはキョロキョロと首を動かしながら踵を返した。

 離れて行くその姿は子供の探検ごっこのようで、少し微笑ましい。


「…………」


 ごくりと唾を飲み込む。ふーっと息を静かに吐き出し、精神統一を計る。


 解っている。


 俺の進もうとしている道が茨の道だという事は。

 どれだけ努力しようと、どれだけ人のためになろうと、批難は決して消えない行為だと言う事は。倫理観がズレていると言われるだろう。


 だがそれでも、俺は強くなりたい。

 弱いままじゃだめだと、俺は知っているから。弱かったから、俺はハッピーエンドを選べなかった。弱かったから俺は全てを、命を失ったのだ。

 強くなれば、命だって守れるようになる。

 俺は強くなりたい。



 そのために、手段は選ばない。



 何も持っていなかった俺の右手に、魔法使いの能力でスチールソードが現れた。

 視界に見える俺の手の横にHPバーが見える。それが意味する所は、前述の通り。

 ダイスケの店でもらった、刃渡り七十センチの長剣。ぎらりと刃が銀色に光り、殺傷の能力が高い事を物語る。

 現実でこんな物を持ち歩いていれば、銃刀法違反で現行犯逮捕だろう。

 それは何故か。

 簡単だ。それがあれば、簡単だからだ。



 命を奪うのが。



「悪い」


 警戒心も何も無い敵、魔物フェアリーリザードの後頭部に、俺は思い切りその刃を振り下ろした。

 衝撃と同時に、ごりごりと剣が骨を断つ感触が手に伝わる。


「ぴきぃ……」


 弱々しい悲鳴が魔物の口から漏れた。

 一撃で殺せなかったのだ。

 俺はもう一度、なるべく苦しまないよう急いで剣を振り下ろした。剣が魔物の頭蓋骨を砕き、脳漿をぶちまける。


 途端、魂のような粒子が魔物の身体から抜け出て、俺の身体へと入って来た。


 その感覚は、一言で言えば身体が軽くなったとでも言うのか、不思議な感覚だった。気持ちよくもないが、不快でもない。けれど、胸の奥がずきりと痛む。

 それは、ゲームで言う所の経験値。


 魔物を倒したのだ。


 頬につく粘着質の液体が気持ち悪い。手に頭蓋骨を砕いた感覚がこびり付いて離れない。

 懺悔の代わりに、俺は呟いた。



「……魔法使いは、殺さなきゃ強くなれない」



 Levelが上がった。


 身体の至る所が熱くなり、身体が宙に浮いたような感覚。HPバーが僅かに増え、少しだが剣を素早く触れるようになった気がする。視界の端にテキストが現れた。


『魔法[応急回復]、[アクセレーション]を習得しました』


 ほら、言っただろ? 魔法使いは、殺せば強くなるって。

 薄らと笑みを浮かべる俺の視界に、何かが姿を見せる。


「きゅきゅっ!」「きゅきゅきゅきゅ!」


 仲間の死を境に、魔物が次々と現れた。

 

 [Name] フェアリーリザード

 フェリザと呼ばれる恐竜タイプの魔物。生息地は森で、主に木の実や虫などを食べて生活している。好奇心が強く、見た事の無いものに近づく性質を持つ。仲間意識が強く、仲間の死体に集う。

 経験値……100 pt……100


 

ーーーーーーーーーーーーー



 Levelが上がった。


 何匹の魔物を倒したのだろう。

 解らない。けど、素材集めもせずに次々現れてくる魔物を斬っていたら、いつの間にか足下はそいつらの死体だらけになっていた。足を動かせば、粘着質の液体が足の裏で伸びる。


 ああそう言えば、このゲームに素材集めは要らないんだったか? 倒せば倒しただけptが自動で溜められるのだ。勿論、クエストというか依頼として素材集めはあった気がするが、基本的にこのズタボロの死体を街に持ち帰っても金にはならないのだ。


 魔物に突き刺した剣を引き抜くと、噴水のように血が飛び散る。粘り着く魔物の体液が身体を赤く染め、肉を切り裂いた感覚が手に残っている。


「……これをゲームだと思えって? こんなに完璧な世界を?」


 手を開けば魔物の血が糸を引き、どろどろと生暖かい液体が身体にこびりついて離れない。その感触や血の鉄臭さなど、もう何に顔を顰めているのかも解らない。


 胸が苦しい。くじけそうになる。呼吸が荒い。

 笑わなきゃ。俺はムードメーカーだったんだ。泣いちゃダメだ。


 三日月の形をした口に血が入る。

 知ってるか?

 このゲームの世界の血の味に、生臭いって表現が一番適切だってことを。


「無駄になんてしない」


 仲間の死体を必死に引っ張っている魔物の首を斬り飛ばす。

 考えるな。アレはただのプログラム、実在しない存在だ。情を抱くな。

 血飛沫と経験値が俺の身体に注がれる。


 Levelが上がった。

 テキストは表示しない。後でまとめて確認する。


「きゅ……」


 倒れた仲間を心配するように、次々と魔物が湧いてくる。

 それを斬り殺す俺に、奴らは怒りをぶつけもしない。

 ただただ、仲間の死体に寄り添う無駄なルーチンワークを行う。


「これはゲームだ。ゲームなら、レベル上げなんて当たり前だ」


 一心不乱に剣を振るう。スキルを使う必要すらも無い。魔物にHPはない。ただ、倒せば良いだけだ。

 首を切り落とせばクリティカル、一撃で敵を葬れる事が解った。これなら魔物も苦しまずに葬れるし、俺の労力も少なく済む。

 少し装備が汚れて、気持ち悪くなるだけだ。

 幸い、この魔物は小さいからそんなに大量の体液はぶちまけない。あとで、さっき覚えた[水流]で洗い流せば問題ない。


 MPの心配も要らなくなった。レベルアップと同時にHPもMPも完全回復するアビリティ[成長回復]や、ヒットした攻撃に応じてMPを回復する[マジックヒール]を習得した。

 魔物の数が増えれば、アビリティと同時に覚えた全体攻撃魔法で倒せば、それほど労力はかからない。


「やったな、もう魔法使いのデメリット克服したぞ」


 それだけの対価を俺は支払った。

 倒さなければ、殺さなければレベルの上がらない魔法使いは、これが出来なければ絶対に先に進めない。


 この魔物は攻撃してこないから、たまに血の匂いに寄ってくる他の魔物に気をつけていればHPを失う事も無い。

 この森に出てくる魔物なら、全部図書館で調べたから問題ない。

 オオカミの魔物、ウェアウルフは脚の腱を断てば虎ばさみ程度の脅威しか無くなる。

 熊の魔物、ロックベアーは体液でぬかるむ足場、鈍重なのを利用してスッ転ばせば無防備に近い。

 白い怪鳥、レイクバードはそもそも姿を見ない。


 Levelが上がった。


「これは必要な事だ。こいつは魔物だ。殺して何が悪い。俺はこのゲームをクリアしたい。俺が、このゲームをクリアしたい!」


 一切の容赦なく、魔物を切り捨てる。

 もう嘘をつきたくない。

 『助ける』と誓ったのは、その場しのぎじゃなかったんだ。俺の言葉は、常に本心だった。


 俺は何かを殺したくなかったのではない。

 罪になるから、殺人を行わなかったのでもない。

 

 俺はただ、《彼女》と一緒にいるためだけにそれを貫いた。


 それは。

 今となっては、どうでもいい。


 あの時のような結末を繰り返さないなら、どんな手段でもやってみせる。


「もう間違わない。俺は、どんなゲームも一度でクリアしてみせる」


 際限なく湧き出る魔物を倒す行為に、リアルなど感じてたまるか。

 現実に二度目は無い。

 現実では再現出来るはずが無いから、俺はゲームの世界で擬似的にあれを再現し、あの時と同じように物語を進めた。数多のゲームをクリアした俺に、一度でトルーエンドに到達出来ないゲームはあるはずが無い。


 例え、それがデスゲームだろうとだ。


 エンディングこそ解らないが、俺は既にトルーエンドへの道筋を見つけている。

 武者震いが止まらない。

 あの時の俺は、途中で投げ出したに等しいのだから。


 この世界がゲームで良かった。

 現実と違って、明確なクリアがある。強くなる事が出来る。


 俺でも、奇跡を起こせる。


 だから。



「楽しんで悪いかよ」



 魔物の首を斬り飛ばした俺は、きっと笑っている。

 多少気持ち悪くなるだけで強くなれるのだ。弱いままで誰かを失うよりは、何倍もマシ。


 俺はもしかすると、最初からこれを望んでいたのかもしれない。

 


 Levelが上がった。


 [Name] ナイン [Level] 21

 [HP] 1136/1136 [MP] 90/90 [状態] 異常なし

 [攻撃] 280 [防御] 195 [敏捷] 250

 [種族] 人間 [職業] 魔法使い



 魔法使いは、殺せば強くなれる。



基本的にステータスの数値は特に物語に関係ありません

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