第一章 看板=少女の役目
GardenにNPCは存在しない。全てが操作キャラだ。
住民と呼ばれる、Garden唯一の都市《エデン》で生活をする者は九万人にも及び、Garden参加テスターは総勢十万人を越える。
住民は俺達冒険者より一週間程先にGardenにログインし、エデンで農作業や漁業、接客、調理など現実と変わりない生活を行うテストをしていた。
Gardenのセールスポイントその2、『現実と変わらない生活が行える』だ。
完璧な仮想現実は、もう一つの現実だ。こちらで体験した事を現実で、現実で体験した事をこちらで行える、という相互間の経験伝達を可能にしている。
Gardenに存在する特殊能力[スキル]は、設定された動きに従って使用者の身体を勝手に動かす。
用は、素人でも匠のような技術を発揮出来ると言うものだ。
それをゲームで身体に染み込ませて現実に戻れば、現実でも使えるようになるのでは? という技術。この技術は、次世代の技術伝達手段として期待されているとか。
GardenはRPGではない。
冒険者のようにRPGとして楽しむ事も出来れば、シュミレーションゲームのように現実とは別の生活も出来る、何でもありなゲームだ。
教育も行えるとして、このテストには子供も参加していると聞いている。さすがは政府公認と驚いた物であったが、実際こうしてGardenの世界に来てみると、むしろ全国民が参加しても良かったのではと思えるクオリティだ。
本当、何の意味があって耳とか眉毛も動かせるのだろうか。
「……ちょっと、話聞いてる?」
「ん、ああ、聞いてる」
腰に手を当てて頬を膨らませる少女に、俺は適当に相槌を打った。一応、話は聞いている。
今日一日、このゲームのチュートリアルや必要ならばエデンの街の案内をしてくれるという話だ。フィールド開放までの一週間をエデンで過ごすにあたって、嬉しいサービスである。
フィールド、すなわちエデンの外だが、ひとまず全参加者のGardenへのログインが成功した後、売りである特殊能力を全員が体験して、問題や異常が無かった場合、初めてRPGとしてのGardenが始まるのだ。安全管理も徹底してますよアピールか。
「っと、そう言えば自己紹介がまだだったね。私はサラ。あなたの名前は?」
セミロングの茶髪を耳にかけ、小さく笑みを浮かべて少女、サラは俺に尋ねて来た。
接客としては言葉遣いが砕け過ぎだろうが、フレンドリーで非常に話し易い。人と話した経験があまりない俺には、非常に嬉しい限りだ。
これも女神様の采配だろうか? だとすれば、その些細な気遣いに感謝。
本当、人の裸を見てもちゃんとこっちを見て話してくれるなんて、なんて出来た娘さんだろう。現実だったら通報されている。
一応、パンツは履いていたことを述べてみるが、それでもほぼ全裸で体操していたのだ。間違いなく不審者、酌量の余地無く通報である。ノックも無しに勝手に入って来たサラにも問題があると思うが。
だが今後の戒めのためにあえて言おう。シンガポールならアウトだったと。
「ナインだ。名前はナイン。勘違いするなよ、名前が無いって言ってるんじゃないぞ」
「当たり前でしょ。何言ってるのよ」
くすくす笑うサラに、だよな〜と相槌を打つが、実はそんな勘違いが元となったとは言えなかった。
「それじゃ、チュートリアルを始めます。『机の中は調べたか?』」
「……どこのRPG? いや、調べてないけど」
人差し指で空を指して諳んじるサラに従い、俺は机の引き出しを開けた。
ちなみに木製のタンスの中には、村人Aの安っぽい服が入っており、現在俺はそれを着ている。別に村人Aを馬鹿にしている訳ではないので悪しからず。
机の中には小さな袋があった。安っぽい巾着袋のようだが、すぐにその正体に感づく。
「これ、道具袋か」
公式ホームページで見たままの、ぼろっちい袋だ。RPGに付き物の見た目以上の収納力かつ重量を感じないあれだ。
他のRPG同様、Gardenでもそのシステムは採用されており、同名アイテムは20個まで収納可という仕様で、冒険者が最初に与えられるアイテムの一つだ。
「そう。で、中を確認してみて」
言われるままに紐を緩めて袋の口を広げた。袋の入り口はそこそこ広くなり、武器や防具なんかも入れられそうだ。
袋の中を覗けば、底が見えない闇が広がっていた。小宇宙。
手を入れてみるが、肩まで入れても底に手が届かない。袋の口が広ければ監禁事件が起こりそうだ。内部がどうような判定なのか知らないが、食べ物が腐らない設定だったから、魔物という生物を入れても生きたまま保存するのではないだろうか。
そんな闇の中に、一枚の羽根だけが漂っている。さっき手が触れなかった事から、どうやら取り出したい物を意識しなければ取り出せないようだ。
取り出してみれば、それは十五センチ程の純白の羽根だった。ほのかに光を放っており、手を離せばその場に滞空する。ミステリー&ファンタジー。
語意力が無いので、やはりこれは《魔法》のアイテムとしか表現しようがない。
「これは《転移の羽根》よ。『一度行った事がある場所に移動出来るアイテム。使い捨てで天井がある場所では使えないので注意してください』だって。あと、ショップでも売ってないから、一度きりの固有アイテムだね」
「了解。ダンジョンは層構造だから使えないのか。まあ、そのダンジョンに到達するまでなら一つあれば十分だろ」
転移と言いつつも、高速で空を移動するような設定なのだろう。それなら、天井があれば激しく頭を打つ。そりゃ使えない設定にもする。
転移の羽根を再び道具袋に入れて、腰に吊るす。が、なんだか犬のお召し物入れっぽかったので、引き出しに戻した。
そういえばこのゲーム、残念ながら見た目を大きく変化させる事は出来ない。髪や瞳、皮膚の色などは変更可能だが、骨格などの変化は不可能なのだ。
ゲームなのに身体を自由に変えられないというのはマイナスポイントだろうが、拡張現実だと思えばいいのだ。というか、実際の所それを狙った節がある。
Gardenのセールスポイントその3、『プレイヤーの自由度の高さ』。
Gardenにおいてはプレイヤーの思考はほぼ全て再現される。身体を自由に動かせるのは勿論、自分の考えた物を作る事が当然のように可能となっているが、従来のゲームに置いては考えられない事だ。
ゲーム内にて、完全なオリジナルの作成が可能なゲームは、恐らくこのGardenを置いて他に無いだろう。
「そう言えば、診察の時になんかMRIみたいな装置で全身スキャンしたな。その時に、俺の身体のデータが取られて、アバターが作成されていたのかな」
「難しい事はよく分かんないけど、そうじゃないかな。じゃあ次、外に出てみようか!」
サラに手を引かれて、俺は部屋から連れ出される。
今まで気付かなかったが、どうやら宿屋の二階の部屋だったようだ。広い木製の廊下の先には階段があり、壁には交互に扉が七つ設置されている。俺の部屋は、木製のドアに1359と番号が振られていた。
「ここがナイン君の部屋。どれだけ騒いでも暴れても外に音は漏れないから、安心してね」
「そりゃまあ、データの世界だし」
人知れず安堵の溜息をつく。
結構部屋では動き回ったり独り言を呟いたりするタイプなので、五月蝿い奴だとか不審者扱いされたらどうしようという、昨今あるご近所付き合いの難しさの一例だったが、よく考えればゲームである以上あり得ない。というか、サラに見られた以上もう手遅れだ。
「私みたいな[インテリアデザイン]のスキル持ちにお金を払ってくれれば、プログラム的に模様替え出来るから頼んでね」
「プログラム的?」
聞き慣れない単語に首を傾げると、サラがどことなく威張った感じで胸を張り、またも人差し指を立てて説明を始めた。
「例えばこの部屋を、ふわふわモコモコの部屋にしたいとナイン君が思います」
「思いません」
そんな暑苦しい部屋嫌だ、と速攻で否定する。いや、現実じゃないんだから暑苦しくないのか。ゲームでそこまで再現する必要性を感じないが、しかし完璧なリアルを謳うこのゲームの事だ。なんだかあり得そうで怖い。
可愛いくて良いと思うのにとサラが呟く。彼女に部屋の内装を任せるのに危機感を覚えた。だが、いざ内装を変えようとしたら、きっと俺の選択肢は『おまかせ』なんだろうな。
「そういう部屋にするには、ふかふかの絨毯やベッド、モコモコの壁紙などが必要です」
「何そのキャットバス空間……」
モコモコの壁紙に突っ込みたくなるが、例え話だと割り切る。壁に体当たりしたら、低反発で跳ね返されたりするのだろうか。
それはそれで面白い部屋かも、と思ったとか思ってないとか、真意は俺がいつか内装を変える時に語られるだろう。
「絨毯を敷くのも、壁紙を張り替えるのも、ベッドを取り替えるのも、リアルなこのゲームではとても大変です。やれない事はないですが、やりたいですか?」
「それは、面倒だし嫌だな」
廊下の広さから一応運び込んでリアルのリフォームよろしく出来なくはなさそうだが、大変そうだ。もしかして、宿の廊下の広さはそのためなのだろうか。
「そこで[インテリアデザイン]のスキルです。これは、模様替えを部屋の中に入らずに行えます。部屋の全景が頭に入っていれば、移動させたい物に触れて移動させたい場所を考えるだけでオッケー。現実的じゃないでしょ? だから、プログラム的」
「なるほど……」
[スキル]とは、Gardenのシステムにあらかじめ存在している特殊能力で、住民は必ず一つはこれを使える。[鍛冶]や[調理]など使用者の身体を勝手に動かすアシストタイプ、[インテリアデザイン]や[転送]など物体に対して影響を与えるサイコタイプとあるのは知っていた。
便利な力だ。羨ましい。冒険者には自分だけの異能を与えられるため、普通なら羨む事は無いだろう。だが、俺はちょっと事情が違うので、他人の芝は蒼く見える精神全開だ。
「なあ、そのスキルで模様替えしているとき部屋に人が居たらどうなるんだ?」
「基本的に物体の座標移動みたいなものだから、部屋が魔法に掛かったみたいにポンポン様変わりしてく様子が中の人には見られると思うけど。どうして?」
「いや、タンス人間でも出来上がるのかと思ってな」
「うわっ、あり得そうで怖い。でも大丈夫、中に人がいたら使えないから!」
物体の座標移動には、やはりそういった制御はされているのか。いや、試したとは言っていないので、もしかすると……。これは使えそうだ。
能力関係で絶望する自分が見えつつあるので、情報収集には念を入れる。
「……しかし、なんかここって宿屋と言うよりはアパートに近いよな」
「そんな雰囲気壊す名前付けられる訳ないじゃない」
「ごもっともで」
冒険者に与えられた無料の居住スペースを、ゲームの雰囲気を壊さないために宿屋と名付けたのだろう。アパートだのマンションだの、リアルな名前はこの世界観にそぐわない。
大体、機能は同じでも見た目が全然違う。
「じゃあ街に繰り出しますか! 驚くなよ、少年」
「子供扱いするなよ……」
妙にテンションの高いサラに背中を押されて、俺は階段を下りた。
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Gardenに存在する唯一の都市、エデン。
円形の都市は見上げる程巨大な白い壁に囲われ、絶対安全という設定をビジュアルの面でも実際の強度の面でも強調していた。
エデンの建築物や住民はシステムで保護されており、いかなる衝撃もキャンセルされる。そのため、保護されていない冒険者が街中でバトルを勃発しても、住民は仲介に入る、無視すると言う選択肢を取れるようになっていた。
街並は石畳の道路やれんが造りの建物が多く、中世のヨーロッパを意識したのだろう。幅広い道路の両端には水路が通っており、世界観的に車の通らない道を、等間隔で植えられた木々が中央分離帯のように二車線にしている。
これが十万人の暮らすエデンという都市だ。
「うわ……」
エデンの街でまず目に入ったのは、人。群衆と呼んでも過言ではない程の人の数だった。
目がいくのは、彼らの髪。Gardenのテスターはほとんどが日本人、にも関わらず街を行き交う人々の髪は、黒は勿論のこと金髪や茶髪、フィクションらしくよく栄える緑や青なども混ざっていた。それらの色彩豊かな髪の色は、染めたような違和感がまるでないというのも驚きだ。
そして、街行く人達の服装。
フィールド開放まで七日間もあると言うのに、既に冒険者然とした鎧やローブに身を包んだ者達が多く歩いている。見れば、剣や杖などを持っている者も少なからずいる。
やる気満々、というか完全な勇み足だ。鎧連中の所為で道が混んで見える。
驚いてぼうっとしていた俺に、サラは少しだけ唇を尖らせて言う。
「ナイン君は結構寝坊助さんなんだよ? 他の皆が起き始めたのが六時間前。だからもう案内無しで気ままに歩いている人もいるわけ」
言われてみれば、鎧を着ていると言う事はもう既にチュートリアルから、街の案内まで終わったと言う事か。
「いや、え? 俺だけ出遅れてるのか?」
「正直、接続ミスでも起こったのかと思っちゃったのよ? 案内するこっちの身にもなってよ! ちょっと不安になったじゃない」
いや、俺も不安なんだが。
確かに俺は、他のテスターとは違う。他のテスターがGarden特有の、超能力者や魔術師といったオリジナルの力を手に入れたのに対して、俺はゲーム既存の力しか使えない、恐らくこのエデンに十人といない希少種、魔法使いだ。
俺は本当に大丈夫なんだろうか。凄く不安だ。既に地雷と解っている事だし。
「心配してくれたのはありがたいけど、改善の余地無しだよな」
そうだけどさ、とサラは呟き、何故か俺の顔を覗き込んでくる。
「……何?」
「すっかり忘れてた。けど、きっと今のタイミングで良いと思うの」
首を傾げる俺に、何故かサラくすりと笑みを浮かべた。何がおかしいのだろう。俺の顔はそんなに笑えるのか?
サラは宿屋から石畳の道に躍り出て、くるりと半回転。エプロンがふわりと舞った。
鼻を女性特有の甘い香りがくすぐる。久々に、どくんと心臓が鼓動を打った。
サラは俺と向かい合い、手を後ろで組み、明るい笑顔を浮かべその台詞を言った。
「始まりの街エデンへようこそ、冒険者さん」