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第一章 中途半端にどっちかが

 足下に広がるのは草原。剣を腰に帯び鎧を纏った、騎士の姿をする赤髪の美青年が、一人ぽつんと立っていた。風に草原が波打ち、青年の赤い髪を揺らす。


「始めよう」


 不意に青年は胸の前に手を掲げた。次の瞬間、熱した油に水を注いだような勢いの炎が手の平に現れる。


 炎は青年の意志に従うように辺りを飛び回り、剣や盾などと形を変え、やがて龍となり天へと向かった。天に達しようかと言う頃、龍が炎球を吐き出す。炎が視界を埋め尽くし、決して伝わるはずの無い熱を意識してしまう。

 その直後、バケツをひっくり返したような水の弾ける音に、炎が消えて視界が滲む。それもすぐ、龍が地を這うように青年の元に降り立ち、潤いを飛ばした。


 視界に、黒いローブに拳サイズの宝石を付けた杖といった、如何にも魔術師な少女が姿を見せた。


「……させない」


 青年と少女が対峙する。びりびりと空気が震えるが、二人は睨み合ったまま動かない。


 一陣の風をきっかけに、二人が同時に動き出した。


 少女の杖を中心とし、空中に水で描かれた奇妙な幾何学文様が刻まれた円陣が出現。直後、リンと鈴の音が響き円陣から水の龍が現れ、青年の龍と激しくぶつかり合い、二匹の龍は霧散した。


 少女が杖を振れば、今度は稲妻が描く円陣が青年の足下に現れる。慌てて転がるように逃げる青年の一拍後に、先ほどまでいた場所には激しい落雷。


 青年が少女を睨みつけ、剣を抜き、少女へと投げつける。瞬間、剣は火の鳥となり、羽ばたきながら疾風のように少女へと向かった。少女は息を飲み、そして——。


 紅蓮の炎が文字を刻む。




 『The real world “Garden” is coming soon!!』




 そんなPVに魅せられた一人の少年は、自身の指に灯ったライターを思わせる火に、嘘だろと呟いた。本当、冗談であってほしい。


「……これが俺の力?」


 体内から何かが消える感覚の直後、指先で小さな火が灯った。それは間違いなく第六感。今までに無かった感覚に間違いない。


 Gardenのセールスポイント4、『現実に存在しない物の体感』。


 身体の底から沸き上がり血のように身体を循環する何か、『超感覚的知覚』がこのGardenには備わっている。それは能力の発動時に感じられ、力を使用する実感が得られると言う物だ。


『体感する異能の力、超能力、魔術、魔法を駆使してダンジョンを攻略せよ!』というのがGarden謳い文句で、公式ホームページにて公開されたPVは、映画も真っ青な出来で大反響を呼んでいた。


 炎を操る超能力者の青年に、激しい水と雷を使用した魔術師の少女。こんな戦いが出来るのかと、ゲーマー達の間では話題となっていたのだ。

 けれど、俺も含めた彼らは首を傾げた。魔法使い? 魔術があるなら、魔法って何?


 その真実は、ホームページのシステム欄にて知らされた。


 Gardenで冒険者は皆、能力者となりダンジョン攻略に当たる、とバトルシステムのトップページに書かれている。そして、三つのリンク。


 想像を具現化する《超能力者》。そのページには、PVにも登場した赤髪の青年が、炎を手足というよりは妄想とも呼んだ方が良いくらい、自由自在に操る動画があった。


 記述した事象を起こす《魔術師》。そこには、PVに登場したローブ姿の少女と、炎や水、電気や草などが文字を形取った円陣、魔術式とその発動結果が紹介された動画だ。


 そして、説明文のみ、『従来のRPGの要素をたっぷりと詰め込んだ《魔法使い》』。


 この時点で、何やらおかしい。


 そして各能力の説明だが、そこで確定となった。『魔法使いは地雷だ』と。

 二つの説明文は非常にまともだ。


 超能力は思考するだけで発動可能、三種類随一の発動速度を持っている。『炎』や『電気』などを生み出し操作出来るが、属性や操作出来る対象が決まっているという欠点を持つ。だがその範囲内であれば、発想次第で変幻自在の力だ。


 魔術は魔術式という、どのような魔術を引き起こすか記した文字式が発動に必須だが、記述出来ればいかなる現象でも引き起こす事が出来る。そのため、三種類で尤も多岐に渡った戦闘を行える利点を持つが、魔術式の記述を杖などで簡略しようと、術の威力に比例して発動までの時間が増加し、発動速度が三種類で一番遅い。


 この二つの能力については、どちらも甲乙付け難い。専門と万能、といった違いだろう。

 だがライターと遜色ない、指先に小さな火を灯す魔法使いだけは別。


「冗談じゃないぞ……」


 魔法。魔術より速い発動速度、超能力より多彩な技を利点に持つ力だ。なにより他の二つと違い、術は自ら練り上げる必要はなく既に完成されている。

 発動には呪文の詠唱などの予備動作が必須。これは、魔術師と対して違いは無い。


 問題は、MPなどによる使用回数の制限が掛かっている事だ。


 俺が今使用した魔法は[火の玉]。MP消費5の初歩的な呪文で、指先に灯した炎は対象を指定すればそこまで飛び、接触後炎上するというものだ。


 ちなみに、現在最大MP12のため、これが後一回しか使えない。

 これが。アルコールランプの炎より小さいコレが。ライター使った方がマシと言う物だ。


「これでどうやって戦って行くんだっての……」


 思わずそう呟いて、少しばかり羨ましげに周囲を見渡した。

 現在俺がいるのは、エデンを東西に分割した大通りに面する巨大な施設だ。


 『超魔力開発センター』と名付けられたドーム型の建物で、内部は三千を越える部屋と八つのバトルフィールドからなる。

 センターの部屋はどれだけ高威力な力を使おうと周りに被害が及ぶ事は無く、思う存分に自らの異能を練習出来る、修行にもってこいの場だ。また、部屋はガラスのように透明にすることもでき、他の人の能力を見る事も出来る。

 俺は壁を透明として周りを見ていたが……。


 右隣りの部屋の赤髪の少女が、PVで見たような炎を鳥の形にする事をやってのけていた。

 嬉しそうな少女の顔。俺は神妙な顔をして何度も頷く。


「超能力者なんだからソレくらい出来るだろうよ。まあ、俺は炎以外も出来るし、問題ない」


 超能力者は、思考をそのまま具現化出来る。普段から妄想ばかりしているなら、ゲーム開始から僅かな時間であれくらい出来るだろう。想像豊かな人は羨ましいなぁ。

 俺は想像力が乏しいから、魔法使いが丁度良い。


「……虚しいな」


 能力は変えられないので、事実を前向きに捕えるしか無い。


 気を取り直して、別の魔法を使う。

 俺の魔法発動条件はMPがある事と、魔法に対応する指に身体を巡る何か、恐らくMPだろう物を集中させる事だ。

 後者の発動条件は自由に選択出来、呪文を叫んだりしても発動するが、恥ずかしいので慎ませてもらっている。

 集中させる、と言っても指を折り曲げるくらいの気持ちで良い。実際、今は指を曲げて実践中。コマンド入力みたいな物だ。

 先ほどより少し多めのMPが身体から離れて行く。


 瞬間、空中に槍を思わせる氷柱が現れた。


「おぉ!」


 消費MP7の[氷槍]だ。俺の手の方向に先端が向き、振れば勢い良く飛ぶ。


 ちなみに、覚えた魔法とその説明は審察眼を使用するとステータスとは別に見える。また、魔法使いはアビリティを習得出来るらしく、これも別枠。


 これは使えるじゃないか! と俺が喜んでいると、不意に歓声が沸き起こった。

 見れば、左隣の部屋の入り口に人だかりが出来ている。


 左隣りの金髪の少女の周りにいくつもの奇妙な円陣が浮かんでいた。一つは炎で描かれたように揺れ動く赤い円陣。一つは水で描かれたような揺れ動く水色の円陣。魔術陣を完成させたのだ。


 やめて……、と俺は思わず小さく呻いていた。


 彼女の魔術陣は、PVで見たような複雑怪奇な文字で描かれている。もうそのクオリティは解ってる。見せなくていいから。能ある鷹は爪を隠しておけと言いたい。


 リン、と鈴の音に似た音が響いた。


 瞬間、赤の魔術陣から何十ものサッカーボール程度の火球が飛び出し、少女の周りを回転。続いて水の魔術陣からは鉄砲水が出て、俺の部屋の壁に直撃。壁に接触すると同時に魔術は消えるようで振動は来なかったが、壁一面に水の膜が広がったように見えた。


 俺の氷槍? ぶつかった瞬間砕けたけどなにか。


 成功したと小さくガッツポーズしている少女を尻目に、俺は部屋から出る。周りの歓声が耳障りだ。

 練習しないのかって? MPがもう無いから、ちょっと無理だな。


「やってられるか」


 魔法使いは、MPがなくなれば凡人だ。大体、練習しても意味が無い。何せ魔法は既に完成しているのだから。


 超能力者の赤髪の少女が、今度は炎をドレスのように纏って楽しげにしていた。リアルじゃないから当たり前だが、熱くないようだ。


 魔術師の金髪の少女が、再び魔術陣の構築を開始していた。その顔には隠しきれない笑み。


 手に入れた自分だけの特別な力に満足して喜んでいるのだ。使えば使うだけ、超能力も魔術も発動速度が速くなる。超能力なら感覚になれて、魔術なら術式の構築速度が上がって。


 RPGの要素を詰め込まれた存在、魔法使いはLevel制。

 レベルを上げなければ、新しい魔法を覚えられない。倒さなければ強くなれないシステム。

 超能力者と魔術師は、自己の研鑽で能力が磨かれる。


「……レベル、ねえ」


 魔法使いの俺は、フィールド開放まで何をしていれば良いのだろう。腹筋とかでもレベルは上がるのだろうか?

 物は試し、今日から筋トレをしよう。



ーーーーーーーーーーーーー



 エデンは四つの地区に分かれており、街の中央を走る十字の大通りが東西、南北と分割している。その中央にある公園にて、俺は腕立て伏せをしていた。

 何が悲しくて、異能が売りのゲームで筋トレせなならんのだ。


「げ、元気出して? 魔法使いだって、良い所一杯あるはず」


 センターから出て来た後、サラが慰めてくれているが、どちらかというと魔法の事よりも今後の事で俺は悩んでいる。

 一週間があっという間に暇になった俺は、他の冒険者がセンターで強くなっている間、エデンの街をのんびり観光?


 弱かった以前の自分からの脱却、なんて目指してみたけれども、結局無理だったのか。諦めてこそいないが、スタートダッシュは切れそうにない。


「大丈夫。戦う事だけが、このゲームの楽しみじゃない」

「そうだよ。……でも魔法使いって、本当に地雷だったんだね」


 今の俺は、それに笑顔で頷ける。頷かないがな。

 魔術に劣るが一応便利な魔法は、MPがなくなれば使えない。魔法の習得もステータスアップもLevel。魔物を倒せない現状では、レベルアップは不可能だ。

 あと残された魔法使い唯一の利点は……。


「武器……か」


 魔法使いは、道具の取り出しが一瞬で可能だ。

 触れるだけで道具を別空間、アイテムボックスに格納。手品よろしくアイテムの召還が可能だ。

 戦闘モーション中に武器を変更出来るというRPGの要素だ。


 ぶっちゃけ、道具袋があるんだからその機能要らないんじゃ? である。大体、武器なんぞ使わずとも能力があるのだ。どう考えても武器<能力のこのゲームだぞ。これじゃ俺達は、歩く道具袋だ。


 と、俺の呟きにサラが反応してポンと手を打った。


「そうだ! 私のお父さんが武器屋だから、武器を見に行こう? 特殊がダメなら、物理を極めれば良いんだよ!」


 レベルを上げて物理で殴るタイプの魔法使い?

 恰好良く言えば、魔法戦士か。

 どうせMPが無くなったらただの戦士だし、俺が冒険者をやって行くにはもうそれしか手は無いか。


「よし、案内頼んだぞサラ!」

「了解! これから一ヶ月、大変だと思うけど頑張って!」


 その言葉にぐらりと来る。


 一ヶ月。

 このGardenのβテストの期間は一ヶ月だ。よく考えれば、能力なんて現実に引き継げない物を鍛錬するより、技術を上げた方が良い気がして来た。

 それを負け惜しみと言ってはいけない。



ーーーーーーーーーーーーー



 サラの父親の店は、商店などが立ち並ぶ南北線の大通りの北にあったが、何故かその店の前だけ人気がなかった。露骨に人が避けて行く。


「本当にここなのか? 勘違いしてないか?」

「大丈夫、私記憶力は良いから!」


 そういうサラだが、その店の雰囲気に気圧されたのか俺の背中を押してくる。ちょっとちょっと押さないで。俺、まだ『絶対押すなよ』なんて振りもしないんだから。

 ショーウインドウに展示された武器や防具などからは、いかにもRPGの店で特におかしな点はない。だが、ドアに填められたガラスから店内を覗くと、薄暗く僅かな光で輝く武器達の所為でかなり入りづらい。一見、店内を外から見た様子は、もう潰れた店だ。

 まあ、魔法使いと言う地雷を踏んだ俺に怖い物など無い。

 俺はごくりと息を飲み、ドアノブに手をかけて引き、俺は店内に声を響かせる。


「いらっしゃいませ! ——あ」

「……え?」


 盛大に言葉を間違えた。

 柄にも無く緊張していたようだ。後ろのサラが笑いもせず、キョトンとしているのがじわじわ来る。

 笑われるのは慣れているんだ。笑われるのは。


 店内は入ると同時に電気が付き、ゲーム内だと言うのに節電を意識している所に好印象。

 しかし、客商売としては致命的な気もする。


 店内はコンビニ程度の広さがあり、三つ程ある棚が店内を仕切っている。壁には機能より見た目重視の宝石付きの剣が飾られており、結構上等な店である事が窺えた。

 だが、店の端にはワゴンセールよろしく防具が売られていたり、樽に槍だの剣だのが無造作に纏められていたりと結構雑である。


 と、店の奥から明るい男の声が聞こえてきた。


「おう、いらっしゃいませ……ん?」


 そして、何かがおかしいと首を傾げながら俺達の前に現れる。

 いや、何も変じゃない。店員は『いらっしゃいませ』であってるんだ。


「おおっ、サラ! どうしたんだ!?」

「お父さん、店の宣伝しに来たよ」


 ニコリと男に笑いかけるサラ。破顔するサラの父親。

 サラの父親は、筋骨隆々に厳つい顔。短い茶髪のナイスガイだ。

 俺はちらりと後ろのサラを見る。細い体つきに柔らかな顔立ち。可愛い少女だ。

 俺はぽつりと呟いた。



「……似てなくて良かった」



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