3話
熱を出してから一週間が経った。中々下がらなかった熱のせいで二日間もベッドの上で過ごし、家族の心配そうな視線に負けて五日間をタウンハウスで過ごした。
記憶が戻る気配はなかったが、あれから突然気絶することや赴いた覚えのない場所で目を覚ます、といったことはなかった。
この一週間、私はあの処刑のことについて考えていた。真実こそ分からなかったが、あれが予知夢と呼ばれるものではないかと推測を立てたのだ。
だが、推測を立てたところで、処刑されないために何をすべきかは全く分からない。何せ処刑されるまでの経緯は夢で見なかった上に、記憶喪失なのだ。
しかし、九日間タウンハウス内で過ごして記憶が戻らなかった以上、このままタウンハウスに閉じこもっていても記憶が戻る可能性は低いと思った。だから、まだ休むべきだと主張する両親と兄に頼み込み、学園に行ってみることにしたのだ。
「明日は……リアは四限だけだね」
兄が書いてくれた私の一週間の授業予定を見て、私は首を傾げた。一日に最大五つの授業を受けられるようだが、私は多くても二つまでしか入っていない上に、授業が一つもない曜日もあるのだ。
「……少ない気がするのですが」
「ああ、リアは優秀だったから、ほとんど履修を修了しているんだ」
学園は単位制だ。複数ある授業の中から自分の好きなものを選んで、卒業要件に足りる単位数を六学年までに獲得していれば卒業できる。
王族や高位貴族の子女たちは学園に入学する前に学園で学ぶことをある程度予習しており、入学や進級後すぐに早期修了課題というものをこなして単位をもらうらしい。単位をもらえれば講義は免除となるため、その時間は社交に精を出したり、勉学が好きな者は他の講義を受講したりする。
私も大公家の令嬢ということで入学前の予習は十分であり、ほとんどの講義で早期修了課題を提出していたようだ。
「私は空いた時間に何をしていたのでしょうか?」
令嬢らしく社交でもしていたのかと予想し兄に問いかければ、兄は返答に窮したように表情を曇らせた。
「リアは……講義がない時間は高位貴族用の談話室に籠っていたよ」
「談話室……そこで何をしていたのですか?」
「絵を描いたり、刺繍をしたり、本を読んだり」
「一人でですか?」
「……そうだね」
どうやら私は社交的な性格ではなかったらしい。それでも友人の一人くらいはいるだろうと思い兄に尋ねてみれば微妙な顔をされてしまう。
どうやら、友人はいないらしい。
「……昔は、サロメと仲が良かったんだけどね」
「サロメ様?」
名前を聞いても浮かんでくる顔はなかった。兄に聞けば、フィラカス大公家のご令嬢だという。もう一つの大公家の令嬢であれば身分的にも対等で、よい友人関係を築けているはずだ。
いや、兄は「昔は」仲がよかったと言った。つまり、何かあって今は仲違いをしているということになる。あるいは、家同士の仲が悪い可能性も考えられた。
「今は、仲が良くないのですか?」
「そうだね……ちょっと、色々あって。リアの方がサロメを避けていたんだ」
「……?喧嘩をしたのでしょうか?」
「いいや、そうじゃないよ」
兄の返答はとても歯切れが悪かった。サロメについて尋ねてみれば、彼女は私の一つ年上、つまり兄と同級生であり、王太子の婚約者らしい。呼び捨てにしているあたり、兄とサロメの仲は悪いものではないように思える。
「……サロメ様には、あまり話しかけない方がよろしいですか?」
兄は私の顔を見ながら深刻そうな表情で黙り込み、やがて「好きにしたらいいと思う」と言った。
その言葉に、私は眉根を寄せた。確かに自分自身についての交友関係は兄に指針を仰ぐようなことではないかもしれないが、それならば"色々あって"の部分を教えてほしい。そう思い、思い切って兄に尋ねることにした。
「あの、ずっと思っていたのですが、私に隠していることがありますよね?」
兄は私の言葉と視線を受けてたじろいだ。何か口の中で言い淀み、言葉を探すように視線が空を彷徨う。やがて、深く息を吐くと口を開いた。
「……リアには、人格が二つ存在するんだ」
「……え?」
想像だにしていなかった答えに、私は戸惑うしかなかった。そんな私の様子を注意深く観察しながら、兄は説明を重ねてくれる。
曰く、私には加害性の高い別人格があるのだそうだ。時折表に出ては家族の目が届かないところで何かをしているらしい。家族がそれに気づいたのは、私が学園に入ってすぐ――つまり、四年前のことになるそうだ。入学したばかりの学園でもう一つの人格がトラブルを起こし、そのトラブルについて私に尋ねたが何も覚えていなかった。しかし「娘は何も覚えていません」で済むようなことではなかったようで、詰問を続けたところ突然もう一つの人格に切り替わり、家族を罵倒し始めたのだという。
そしてもう一つの人格は、定期的にトラブルを起こすようになった。そのせいで私は学園で遠巻きにされているのだそうだ。第二学年の時、必要な講義すべてで早期修了課題をこなし、登校しなくてよい状態を作ったらしいが、私の別人格が勝手に登校してしまうことも多々あったようだ。
「ごめん、リアが記憶喪失になってから、もう一つの人格がどうなっているのか分からなくて」
「そう、だったのですか」
混乱しつつ、私は早朝に使用人用の区画に立っていた日のことを思い出した。きっとあれは別人格が使用人区画で何かをしたのだ。兄はもう一つの人格がどうなっているのか分からないと言ったが、少なくとも消えているわけではない。
あの日のことを兄に説明すれば、兄は驚いたような顔をする。
「……リアの別人格が表に出た際は報告をするようにと使用人には命じてある。でも、そんな報告は受けていないね」
「そうなのですか……?」
「ああ。使用人を入れ替えたって話は聞いていないし、一応お父様に報告しておくけど、構わないかな」
「はい。もちろんです」
私が使用人区画で何をしていたのかにもよるが、私の知る限り私が使用人区画にいたことを知っているのは私室まで案内してくれたあの侍女だけだ。彼女が報告しなかった、ということになるが、正直あの侍女の顔はもう覚えていないためどうしようもない。
「お医者様には診ていただいたのでしょうか?」
「うん。ただ、そういうものを治療する薬はないみたいでね。現状は打つ手がないんだ」
「なるほど。あの、私がサロメ様を避けていた……いえ、授業がない時間は談話室に籠っていたというのは、別人格を警戒してのことなのですか?」
「うん、リアはそう言っていたよ。効果があるかは疑問だとも言っていたけどね」
確かに、聞いている限り人格の切り替えは別人格の意思で行われているとしか思えない。それならば、私が人を避けたところで意味があるかは……微妙だと言わざるを得ないだろう。
学園には行かない方がよいのかもしれないと思えてくるが、私が行かなくとも別人格が勝手に登校するという話を思い出し、ため息をついた。
友人がいなかったのであれば記憶を失う前の自分について尋ねても詳しい話を聞くことは難しい気がするが、何かしらを聞けることを祈るしかないだろう。
「分かりました。とりあえず、サロメ様にお会いするのはやめておきます。それと、談話室の場所を教えていただけますか?」
「もちろん。明日少し早く登校して、案内するよ」
「ありがとうございます」
そして明日の朝のスケジュールを確認し、翌日を待つこととなった。




