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33_オビット

「これで終わり……ってうわ、折れた!?」


 いよいよ最後の翼を砕こうとしたとき、嫌な箇所から鈍い音が鳴ってしまう。

 短剣が先に限界を迎え、刃のほうが壊れてラックの手元から離れていった。


「どうしよう……」


 他に短剣の代わりになるものは持っていない。さすがに素手で殴り倒せるほどの腕力はなく、迷っていると「ラック!」と彼方から声が聴こえる。

 同時に風によって運ばれてきたのは、見覚えのある白くて薄い剣。

 手を伸ばし、叫ぶレトの姿がちらりと見えた。


「それを使え。お前じゃ魔法は出せねえが、斬るだけなら申し分ねえはずだ!」

「レト……ありがとうっ。遠慮なく使わせてもらうよ!」


 とても軽くて馴染みやすい。ラックは早速翼に斬りかかると。


「はっや!?」


 短剣の比にならないほど振りが速く、制御が一瞬効かなかった。

 しかし切れ味は抜群、失敗作の翼をあっさりと両断できている。

 翼を全てもがれた失敗作から、怒号が鳴り響く。そのまま勢いよく落下していき、ラックは振り落とされないよう失敗作の体にしがみついた。


「ああもう、今日だけで何回落ちるんだよ俺はあああああああ!」

「みんな、離れろ!」


 失敗作に巻き込まれないよう、エリーを連れてピネス達はただちに距離をとる。

 失敗作が墜落すると、またもや大地が揺れた。

 だが、今回みんなが感じたのは悪寒ではない。


「……みんな、最優先でラックの援護だ! 失敗作を私達が引きつけ、ラックが自由に動けるよう守るんだ! 彼の働きを無駄にするな、このまま戦い続けるぞ!!」


 ピネスの指示に逆らう者はいるはずもなく、全員が力強く返答して立ち向かう。

 感じたのは、沸き上がったのは、希望。

 エリーが目覚めさせ、ラックが呼んだ紛れもない賜物。


「まだ魔法の効果は切れてないはず、持ちこたえてくれよ俺!!」


 気合い充分のラックだが、本当はとっくに心身ともに疲れ果てている。眠いし痛いし腹は減るわで、少しでも目を閉じれば夢を見てしまいそうだ。

 だとしても、絶対に後ずさりはできない。

 これから先、エリーと旅を続けられるなら、あと何日だって戦える。


「もう少しで……倒せる気がする!」


 ラック達による怒濤の攻撃が続いた。

 ラックはとにかく動きまわって剣を振り、重たい一撃をしっかりと与えていく。

 失敗作の矛先がラックに向かえば、戦士達がすぐに体を張って守ってくれる。おまけに魔法使いの防御魔法つきだ。

 ピネスもラックに続くダメージ貢献者であり、炎の魔法剣でじわじわと追いつめていった。

 失敗作はまだ倒れない。

 だが、動きは完全に鈍くなり攻撃の頻度も減っている。

 あと少し、あと少しで倒せる。

 願いも混じった期待が、みんなの心に灯し始める。

 その直後だった。


「…………あれ?」


 ラックの放つ斬撃から、手応えが一切ない。

 いつものような、傷一つつけない軽い攻撃。

 魔法の効果が切れた証であり、スキル『オビット』が有効になっていた。

 しかし、失敗作の残り体力はすでに。


「ラック、やるんだ!」

「お前でとどめをさしちまえ、ラック!」


 ピネスとレトの応援が届く。周りの声援も、痛いほどに伝わっている。

 失敗作の正面に、ラックが立つ。

 見れば見るほど化け物じみた外見だが、いま思えば少しだけ心が痛くなる。

 勝手に作られ不要とわかれば封印され、誰からも望まれなかった失敗作。元をたどれば失敗作に全面の非があるものではない。同情の余地だって残っているはずだ。

 かといって倒さないわけにはいかないが、これくらいは許してほしいとラックは祈る。


「……もう、ゆっくり休んでくれ」


 ラックは剣を振りかぶり、突き進んだ。


「ラック!!」


 エリーの声とともに、剣が失敗作に触れる。



 ――失敗作に1のダメージ。



「グォオ、オオォォ……ァァァァアア、ァア……」


 失敗作の大きな口からは、弱々しい咆哮だけが発される。おもむろに体を倒し、頭から霧がかかるように消滅していく。

 全てが消えるまで、みんなは静かにその様子を見守っている。

 やがて、完全に姿が消え去ると。


「……倒した…………倒したんだよな……?」

「ラックー! ラック、ラックがやったんだよラック、ラックがラックー!」


 エリーが誰よりも早くラックへ駆け寄った。あまりの興奮っぷりに語彙力がラックで偏りまくっている。


「……やったよエリー。きみがいたから勝てたんだ。ありがとう」

「そんなことないよ、ラックが……ラックがすごくすっごくがんばったから倒せたのよ。わたしは背中を押しただけなんだからっ」

「いやいや背中を押してくれたからがんばれたんだよ。エリーの魔法あっての活躍なんだからさ」

「違うもんそれ以前にラックが戦うって決意してたからわたしも魔法を使おうと思ってて」

「だけどそもそもエリーが」

「とりあえずそのへんにしておいてくれないか」


 終わらなさそうだったため、やはりピネスが仲裁に入るほかなかった。


「とにかく、だ。エリーにラック、きみ達のおかげで失敗作を倒せた。それで充分だろう」


 ピネスが穏やかに笑い、二人は顔を見合わせる。

 いやいやとラックが首を振り、つられて笑った。


「俺達だけじゃない、ピネスやみんなが戦ってくれたから勝てたんだ。だからみんな……ありがとう!!」


 あふれる歓声。苦しい戦いが、ようやく終わりを告げた瞬間だ。

 ラック達は失敗作を倒した!


「さて、帰って体を休めたいところだがその前に……レトといったな。そっちはマーヤか」


 ピネスが魔族二人に詰め寄る。彼らの今後についてを決めなければならない。

 すると、レトから先に降伏のポーズを見せた。


「失敗作まで倒されちまった以上、抵抗するつもりはねえよ。捕らえるなり殺すなり好きにしろ」

「あたしとレトは共犯者だからねー。だからあたしもおとなしく殺されるよ」


 二人の潔さにピネスは面食らうが、彼女の言いたいことは変わらない。

 ピネスが口を開こうとすると、今度はラックが割って入った。


「待ってくれピネス。できれば二人を見逃してくれないかな?」


 ピネスに聞いているはずなのに、まっさきに過剰反応したのはレト。


「……ああ!? お前、どういうつもりだ。オレはお前らの敵なんだぞ!? お前らが許せねえことをたくさんしたのにどうしてた!」

「そりゃ簡単には許せないこともあるけどさ……でも、レトとマーヤならもう二度とやらないだろうなって思うんだ。それに、俺達はもう敵同士じゃないだろ? 違うかな?」


 よどみなく返されてしまい、レトは言葉に詰まる。

 代わりにようやくピネスが声を発した。


「私は別に正義の味方ではないし、きみ達を倒したのはラックとエリーだ。だから彼らの意見を尊重する。ただ、それとは別に提案があるんだが」

「……提案ってなんだよ。くだらねえことだったら」

「レト、マーヤ。もしよければ魔族調査ギルドに入らないか?」

「ああー!?」


 見逃すどころか勧誘され、レトの思考回路はショート寸前であった。


「きみ達が魔族なのは重々承知している。だが私は魔族を嫌っているわけではない。むしろ共存していければと思っているぐらいだ……どちらかといえばきみ達は会話が通じる部類だから、この好機を逃したくない。ギルドといっても半分以上は自由行動だし、どうだろうか? もちろんあの巨大な鳥も大歓迎だ」

「どうもこうもオレ達になんのメリットがあんだよ……」

「いーじゃんレト。殺されるよりずっといいしおもしろそーだよーっ」


 マーヤはノリノリであるうえ、怪鳥ウォルスも快諾するように鳴いている。レトはため息しか出なかった。


「もういいわかった好きにしろ……ただ一つだけ忠告だ」

「なんだ?」

「ラックの言うとおり、人間に危害を加えるのはひとまずやめておく。ただし、ギルドが魔族を理不尽な立場にさらすような活動だったとしたら、容赦なくお前らを殺す。いいな?」


 脅しではなく本気の眼差しに、ピネスは「構わない」と同意する。


「交渉成立だな、これからよろしく頼む。レト、マーヤ、鳥」

「この子はウォルスっていうんだよーピネスっ、よろしくねー」

「よろしくウォルス、焦がしてすまなかった」


 気にしてないよと言わんばかりに羽をばたつかせている。

 昨日の敵は今日の友、ウォルスは懐きやすかった。


「活動内容について詳しいことは後で話すとしてだ……エリー、ちょっといいかな」


 今度はエリーに注目するピネス。

 なにを聞かれるかと不安になるエリーだが、ピネスは開口一番とともに深々と頭を下げた。


「昨夜はあれこれ詮索してしまい本当にすまなかった。きみの気持ちを考えず、一方的に聞いてしまって……エリーはただの心優しい女の子だって、出会ったときからわかっていたのにな。だから、その……本当に、ごめんなさい」


 普段はクールなピネスだが、今回ばかりは相当しょんぼりしている。さっきのギルド勧誘時の振る舞いとは偉い違いだ。


「顔を上げて、ピネスさん」


 見えるピネスのつむじをつんつんとするエリー。

 むずむずしつつピネスが顔を上げると、エリーは右手を差し出した。


「わたしこそ、昨夜は黙ってばかりでごめんなさい。今朝も無視して出ちゃったし……だから、これで仲直りしよっ」

「……そうだな、ありがとうエリー」


 仲直りの握手に緩む頬。

 エリーが何者だろうと、ピネスはもう気にしない。

 エリーはエリーなのだから。

 各々のわだかまりも解消され、いよいよ撤収の流れになりそうなところだが。


「ねえねえラックは……ラック?」


 ラックの様子が静かだと気づき、エリーは振り向くと。

 とうに限界を超えているラックは、眠るように倒れていた。

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