ゴリラの赤ちゃん
得体の知れない老女から逃れるため走り出す。
「ほらお待ちよ」
息を切らし追いつく。信じられない。老女では有り得ない体力と根性。
「勘弁してください。急いでるんです」
もちろん急いでなどいない。行くとこも住むとこもない。
言い訳しないと地の果てまで追い駆けてきそうな気がする。
はっきり言って迷惑だ。
だが老女に言ったところで理解してはくれないだろう。
もちろん今は暇だ。忙しい毎日を夢見てるに過ぎない。
そう時間だけはたっぷりある。
「ほら意地を張らないで話を聞いたらどうだい? 」
まあここまでしつこければいいセールスマンになれる。
占い師を辞めて飛び込みの営業マンをやらせたほうが良い。
押しも強いし人生経験も豊富。占い師をやらせておくのはもったいない。
勝手に占い師と決めつけているが実際はどうだろう。
それにしてもこの洞察力。ただ者ではないな。
それが分かる自分ももちろんただ者ではない。
探偵だ。それも名探偵の素質を持った素人探偵だ。と勝手に思っている。
「お婆さん困ります」
「何に困るって言うんだい? 」
そうそこが一番の悩みどころ。何に困ってのるか考えるのに困っている。
と言うよりもどう断わるかを考えている。それで頭が一杯。
「おいで」
お婆さんの魔力に引き寄せられてしまう。
仕方なく後について行くことに。
「ほらここ。ここが私のビル。好きなところ使っていいよ」
金持ちのお婆さんの道楽に付き合う。
「ではこれで」
最低限の礼儀は尽くしたはずだ。中にまで入る必要はない。
「いいのかい? あんた行くところが無いんだろ? 意地を張らずにさ」
「はあ確かにそうですが。なぜ私に? 」
「いや、ほっとけなくてね」
「まさか本気? 」
「あんた探偵だろ? しかも成り立ての新米さんだ」
うげえ。すべてお見通しだ。
「なぜ私が探偵だと? 」
「いや何となく。見た目がそんな感じだからさ」
さすがは占い師のお婆さん。しかもベテランと見た。
世話好きなのかただの気まぐれか。
このチャンスを逃す訳にはいかない。
「それで私は本当にここでお世話になってもよろしいのですか? 」
「ああここで好きにするといい。ただし条件がある」
やはりそうだ。油断させ何かさせようとしている。
「条件? まさか体を差し出せとか? 」
「冗談はいいさ。助手にしてくれないか」
「探偵の助手? 」
「他にあったかい? 頼むよ」
これはもはや夢だな。
夢なら夢でいい。できたらもう少し若くて美人ならいいんだけどな。
夢のくせに融通が利かない。
「どうだい? 昔かじったことがあるんだよ。今はもう引退したけどね」
破格の条件。この機を逃すわけにはいかない。
「分かりました。お願いします」
金持ちの道楽に付き合うことにした。
さっそく翌日から押し掛ける。
どうやら自分の都合のいい夢ではなかったらしい。
こうして大家さん(助手)の力を借りて何でも屋のようなことを始める。
これもまた大家さんによる助言だ。
探偵になる前の訓練だとか言っていたっけ。
一年が経ち二年が経ったある冬の日。
ついに関係を解消することになった。
こうして新たに探偵業を始めたわけだが。
この偶然の出会いが無ければ今の私は存在していなかった。
感謝しても感謝しきれない。
前身の頃も随分大家さんに助けられたものだ。
大家さんが辞め助手を新たに雇うことに。
それが今月のこと。
若く生意気な助手が代わりを務めている。
そうして今がある。
うん。感慨深いものだ。ああ懐かしい。
結局大家さんは何がしたかったのだろう?
まさかただの助手? そんな馬鹿な。元探偵ならいくらだって一人でやれたはず。
まったく金持ちの思考は理解できない。ただの道楽でしかない。
「先生。先生」
ボーっとしていたようで大家さんの呼びかけにも気付かなかった。
これはいけない。さあ集中集中。
まさかサライちゃんから人が出てくる訳ないよね。
目の錯覚。ただの幻さ。
いや疲れからくるものかもしれない。まあ今回の旅は大変だったものな。
「もういいよ。ほら出ておいで」
サライちゃんから人が見えた。
成人した男性だ。産声を発しなかった。
しかし間違えなくサライちゃんが産み落としたものだ。
聖なる赤子は中年男性。
こちらを睨む男性に見覚えがある。
ああ何だゴリラの赤ちゃんか。かわいくない。
「ゴ…… ゴリラの赤ちゃん? 」
「誰がゴリラだ? 誰が赤ん坊だ? ああん? 」
睨みつけるゴリラのような男。
この事件の責任者。肩書は忘れたので刑事さんとしておこう。
「おい婆さん。実験はこれで完了だな」
「ご苦労さん」
「まったくよう何でこんな事俺がやるんだ? 部下にやらせればいいじゃないか」
「こんな重要な役はあんたにしか任せられないよ」
「そうか。そうかな…… 」
単細胞の刑事はおだてれば何でもやってくれる。
コントロールさえ誤らなければいい。
「後は任せたよ」
「ああ婆さんにも協力してもらうからな」
そう言うとブツブツ文句を言いながら退場。
元の穴へ戻る。
サライちゃんの胎内へ?
続く




