大丈夫だから。
ジュリアン様に顔中に口づけられる。キスの雨にうっとりしかけた私ははっとする。
「あ、でも、ダメなんです!」
すっかり甘い雰囲気になり、また押し倒されそうになって、このままではいけないことを思い出した。
「……まだなにかあるの?」
ジュリアン様はため息をついた。今日は本当に余裕がない。
「はい、重要な話があるんです。私がセシルのところに行ってと言った理由です」
「それは聞かなきゃダメだね……」
残念そうにキスを止めて、代わりにジュリアン様は私の頬をなでる。
「実は……」
私は、転生したこと、ここが前世のゲームの世界にそっくりなこと、そして、ゲームのストーリーを語った。
ジュリアン様は真剣に聞いてくれた。ストーリーを聞くうちに、だんだん表情が険しくなっていく。
この国が危機的状況にあることをご理解いただけたんだわ。
「君が悪役令嬢で、僕が君を断罪したなんて、たとえ別世界のことでも許しがたいな」
ジュリアン様の瞳がまた爛々と輝き、真夏の光になってきた。
ダメよ。ジュリアン様は春の陽だまりでいてください。っていうか、気になるのはそっち?
私はなだめるように、ジュリアン様の手を握ると、光が和らいで甘い瞳が戻ってきた。
「……だから、セシルがジュリアン様と恋人にならないと、この国が滅びてしまうかもしれないんです」
そんなことを言ったら、また怒るかなと思っていたら、意外にもジュリアン様はおかしそうに笑った。
「セシルが好きなのは僕じゃないよ? 本人に聞いたの?」
「え? でも、いつもジュリアン様を見て、赤くなったり、ため息をついたりしているんです。それは間違いないんです」
「彼女がいつも見ているのはフランだよ」
「えっ……フラン?」
思いがけない名前が出てきて、私はパチパチ瞬いた。
フランってなんでまた。攻略対象者でさえもないわ。
「こないだ紹介してくれって頼まれたんだ。一目惚れなんだって」
ジュリアン様はくすくす笑った。
その綺麗な顔を呆けたように眺める。
私の勘違いだったの?
確かに初めて会った時、セシルはフランのことを気にしていた。ジュリアン様を見て、頬を染めていたと思ったら、その後ろのフランを見ていたの? 本当に?
ということは、私はジュリアン様をあきらめなくていいの?
ジュリアン様は笑みを湛えたまま、ちらりとこちらを見る。その流し目にドキッと心臓が跳ねた。
「だから、君が懸念することはなにもないんだよ?」
私はその透き通った瞳に囚われる。
気がつくと温かいものが頬を伝っていた。
「泣かないで。大丈夫だから」
優しい指先が涙を拭ってくれる。
大事そうに腕で囲われて、ジュリアン様を見上げると、唇が下りてきた。目を閉じて、それを受け取る。
チュッチュッとキスする合間に「好きだよ」と囁かれると、幸福感でいっぱいになって、頭がパンクしそうになった。
キスが止んだと思ったら、抱きあげられた。
突然の浮遊感に、慌ててジュリアン様の首元にしがみつく。
ジュリアン様は、私を続き部屋のベッドへと運んだ。
「ジ、ジュリアン様!」
私は咎めるように、彼の名前を呼んだ。
抱いてって言ったのは私だけど、誤解が解けた今、こんなにも性急になる必要はない。
私をベッドに下ろしたジュリアン様は、その綺麗な瞳に欲望の炎を宿して壮絶に色っぽい笑みを浮かべた。
「ルビー、もう耐えられるはずがないよ。君が抱いてと言うから、僕は君が欲しくてたまらないんだ。それに、もう二度と君が変な考えに囚われないように僕のものにしておきたい」
「僕だって不安なんだよ?」と悲しげな顔をされると、キュンとなって、なんでも許したくなる。ずっとジュリアン様の気持ちを疑っていた私に変わらぬ愛を注いでくれていた彼だけど、迷いはあったのだろう。
ごめんなさい……そして、ありがとう。
私はジュリアン様にぎゅっと抱きついた。
彼が息を呑む。
私の顔を上げさせて、目を見つめられた。私の意志を確かめるように。水色の瞳に幸せそうに微笑む私が映っている。
「ルビー、愛してる」
耐えきれずというように、激しく口づけられた。
ジュリアン様の腕の中で朝を迎えた。
私が寝ている間に、ジュリアン様が私の家に連絡を入れてくれたみたいなんだけど、私がジュリアン様の部屋に泊まったのが周知の事実になってしまった。
恥ずかしくて、家族にどんな顔を見せていいのか、わからなかった。
でも、そんな心配も杞憂だった。
そもそも、家に帰してもらえなかった。帰ろうとすると、ジュリアン様が悲しそうな顔をするから帰れなかったのだ。
仕方なく、その週末は、ずっとジュリアン様とイチャイチャと過ごした。
驚いたことに、ジュリアン様の寝室に繋がる部屋に、私の部屋が用意されていて、ドレスやアクセサリー、下着まで完備されていた。
「どうせ、君はまもなくここに住むのだから、用意は早い方がいいでしょ?」とジュリアン様は微笑む。
「あ、僕の趣味で揃えてしまったから、ルビーの好みにどんどん変えていいからね」
ジュリアン様はそう言ってくれるけど、その部屋は完全に私好みに設えられていて、変えたいところなんてなかった。
週明けは王宮から一緒に通学する。
周りの生温かい目が居たたまれない。
そして、今日も地震があった。
「早急に手を打たないとね」
ジュリアン様は、よろめいた私を支えながらつぶやいた。
「ジュリアン様、ルビアナ様、おはようございます」
「おはよう」
「おはよう、セシル」
背後から声がして、振り返るとにこやかなセシルだった。
昨日まで後ろめたかったけど、今日は憂いなく微笑める。
あとでセシルに直接話を聞いてみようと思っていたら、彼女がススッと寄ってきて、ささやいた。
「いつもに増して、お二人の仲がよろしいんじゃないですか? あとで聞かせてくださいね」
からかい混じりの言葉に、かあっと頬が熱くなった。
セシルがくすくす笑った。
大事な友達の邪魔になっていなくて、本当によかった。
その笑顔を見て、心から思った。
さすがに、家に帰してもらえた平日。
授業が終わって、ようやく週末だとほっとしていると、ジュリアン様が来た。一緒にいたセシルに目を向ける。
「セシル、週末の買い出しはルビーとじゃなくてフランと行ってくれる?」
この週末は文化祭の買い出しにセシルと行く約束をしていたのだ。
セシルは頷くと、極上の笑みを浮かべてフランを見た。
「し、しかし……」
セシルの満面の笑みを向けられて赤くなりながらも、なにも聞かされていなかったらしいフランは難色を示す。
「僕はルビーと部屋に籠っているから護衛は必要ないよ。ルビーの代わりに行ってくれる?」
「そういうことであれば……」
フランが了承した。
へ、部屋に籠る?
嫌な予感しかしないんですけど。
顔を引き攣らせた私に、ジュリアン様が囁く。
「セシルの恋を応援しないといけないでしょ?」
「……そうですね」
陽だまりのような笑顔でジュリアン様が私を見た。アクアマリンの瞳が私を囚える。こんなジュリアン様に勝てるはずがない。
その週末、私がジュリアン様とイチャイチャしている間に、セシルは押して押して押しまくって、見事恋を成就させた。
愛を得たセシルは強力で、祈りを捧げると、それ以降、地震が起きることもなくなり、冷夏も解消して、いつもの暑い夏がやってきた。
さすが聖女だわ……。
ゲームの世界のように、セシルは国を救って、甘いトゥルーエンドを迎える。
スチルのように微笑み合う相手は、もちろんフランだった。
長年悩んでいたことがあっという間に解決して、私は唖然とした。
私の恋人も親友もいろんな意味ですごい……。
「ルビー」
まばゆい人が私を呼ぶ。
振り向くとジュリアン様が私を見ていた。
春のような穏やかな人かと思ったら、真夏のギラギラ太陽にもなって、そして、誰よりも私を愛してくれている人。
その彼が自分の意志で私を見つめる。
「ジュリアン様」
私はもうあなたをあきらめなくていいのね?
ずっと二人でいられるのね?
もう、あの力はいらない。
私は愛しい恋人に微笑んだ。
―fin―
最後まで、お読みいただき、ありがとうございました!
流行りの悪役令嬢と異世界転生を書いてみたくて、チャレンジしてみました。
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