してないのか素振りか
「それ……。つまりどういうことだ?」
俺の中ではしっかりと処理出来なかったので夏川にレシーブする。
冗談や本気とか以前に具体的にどういうことなのかという点もはっきりと分かっていない。
ただ、仮に真面目な話なのだとしたら茶化しちゃいけない。
正直扱いにめっちゃ困る。
「あれ? 私今そんな難しいこと言いましたっけ? そのままの意味ですよ。私記憶喪失なんですよね」
「マジで言ってるのか?」
「こんな時に冗談言うと思います……。って、そうですよね。今まで先輩のことからかってきましたし、冗談言う可能性はありますよね」
夏川は髪の毛をクルクルっと触る。
「そうですね。えーっと、なんでしたっけ。解離性健忘とかって言ってた気がします」
「なんだそれ」
「病気ですよ。病気。トラウマとかストレスで記憶喪失が引き起こるんだそうです。私の場合は小学校の時の記憶がほとんど抜け落ちてるんですよね」
これだけ真面目な表情で淡々と語られてしまえばこの話が冗談じゃないと捉えるのは容易である。
「なんでまたこのタイミングで……」
「なんでって言われましても。ほら、先輩とはこうやって仲良くなった訳ですし、いずれどこかでバレるなら先に暴露しちゃおうと思いまして」
「良いタイミングだなって思ったと?」
「まぁ、そんな所ですね。私が突然暴露したところで先輩真に受けないですよね。だから結構タイミング探すの難しかったんですよ」
不満たらたらにそんなことを言われる。
「……原因とか聞かないんですか?」
「聞いてどうするんだよ。記憶を失わなきゃいけないぐらいショックなことがあって記憶喪失になったんだろう? そんなやつから何があったのかなんて聞くほど人の感情に鈍くないから」
「はぁ。先輩って変なところで変な正義感見せますよね」
「変な変なってやかましいな」
「良いですか? 女の子がこうやって弱み見せてるタイミングは話を聞いて欲しいって合図なんですよ。これで深堀して怒る女の子はその子が悪いです」
それは流石に人それぞれなんじゃないかなとか思いながらとりあえず頷く。
まぁ、俺は女の子じゃないし心が女って訳でもない。
側も中身も完璧な男性だ。
きっと今までもそしてこれからも、女性の気持ちなんて分からない。
どうせ分からないのだから夏川の言われたことをとりあえず信用しておくことにする。
少なくとも俺よりも近い意見なのだろうし。
「じゃあ……」
本当に聞いて良いのだろうかという不安に駆られその後の言葉が出てこない。
夏川は次の言葉を待つようにジーッとこちらに視線を向ける。
喉に溜まった唾を飲み込み、大きく息を吸い込む。
「なんで記憶喪失になったんだ? どんなことがあったのか知りたいな」
「演技っぽさがあってちょっと嫌ですね……。まぁ、途中で切った私にも原因はありますしそこはスルーします」
「うん。そうしてくれ」
「一応先に言っておきますが、私記憶無くなってますからね。あくまでもこういうことがあったらしいっていう人伝ての物ですから」
夏川は珍しくこれでもかというぐらいにしっかりと保険をかけている。
「小学5年生の時の話なんですけどね、そもそもウチってかなり貧しい家庭だったんですよ。食費を何とかカバーして衣住食の衣と住を半ば捨ててるような感じで……」
「うん」
「小学5年生の時遂にお父さんが病気で倒れちゃって収入が母親の微々たるパート代しか無くなっちゃったんですよ。もちろん、私だって働きたかったですけど法律的に許されないじゃないですか」
「そうだな」
「それで一家無理心中をしようとしたらしいんですね。それでお父さんとお母さんは死んでたまたま私だけ生き残っちゃったんです。記憶が無いので凄い話してても他人事みたいなんですよね。不思議ですよね」
特に悲しそうな表情を見せるわけでもなく、笑みを見せるわけでなくただ物語の語り手のように淡々と話を進めただけである。
「お父さんとお母さんの声とか思い出せないんですよ。顔は写真を見て頭の中に残ってますけど、それぐらいですし。残ってる記憶は全ておばさんとおじさんに引き取られたあとの話ですから」
「そっか」
「そうです。私の記憶が無くなった原因はこれで全部ですよ。あくまで私が知ってる限りですけどね」
夏川は今どんな感情を抱いているのだろうか。
悲しいとか辛いとかそういうネガティブな感情を持っているのだろうか。
「どうです? こんな感じでやればきっと聞き出せますよ。福城先輩だって面接官じゃあるまいし、先輩は福城先輩の彼女なんですからきっと何か隠している過去があれば話さなきゃと思っているはずです。頑張ってください!」
今までの会話の内容が嘘かのような笑顔を見せてくる。
夏川からしてみれば記憶にない人達が一家無理心中をしたぐらいの認識なのだろう。
受け止められずに記憶から抹消した結果がこれ。
正直正解なのか不正解なのかは分からないが俺にとやかく言う資格も考える資格もない。
「あぁ。ありがとうな」
「あ、先輩。このことは秘密ですからね。同情の視線とか結構面倒ですから」
「任せとけ。こう見えて俺は口硬いからな」
「信じてますよー。さぁて、食べましょう!」
夏川は目の前にあるハンバーグに頬張りつく。
何はともあれ今の夏川が気にしてないのなら良いのだろう。
きっと。




