実演とはつまり
「先輩。ずっと気になってたんですけどそれなんですか?」
「それ?」
麗の視線は俺のポケットへと向いている。
「スマホにしては妙に出っ張ってますよね……。というか、先輩今スマホ弄ってますしスマホじゃないですよね」
「別にそんな面白いものじゃねぇーよ」
すっかり忘れてたがゴムの箱入ってるわ。
これを詮索されるとかなり面倒なことになる。
それこそ死ぬまで一生ネタにされてもおかしくない。
ポケットの中にゴムの箱が入っているとか少なくとも俺だったら擦り切れるまで全力でネタにするだろう。
「えー、先輩。面白いか面白くないかは私が客観的に決めてあげますよー。ほら、やっぱり主観的だと結構周りと意見違うことってあったりするじゃないですかー?」
「それはそうだが、面白くないものは面白くないんだよ」
「私の言葉聞いてるようで全く聞いてないですよ……ねっと!」
夏川は俺の油断を誘うなり、俺のポケットへと手を伸ばしてサッとスリのようにゴムの箱を手に取る。
デカデカとミリ数が印刷されている箱がポケットから露になり夏川の視線も柔らかいものから一変して冷たい物へとなった。
「……なんだよ」
「いやぁ……。そのなんですかね。先輩のことバカにしてましたけどやっぱりヤることはしっかりヤってるんですね」
この子本音を隠そうともしなくなっているけれど大丈夫かな。
とはいえ、こちらとしても突っ込めるような冷静さは持っていない。
あくまでもノーダメージですよという雰囲気を醸し出すことだけで精一杯なのだ。
側だけは取り繕えているがそれは外側だけの話で内側になればボロボロである。
「というか、これ未開封じゃないですか。これ、あれですね。先輩日和ましたね。買うだけ買って使わなかったんですね……。生って訳じゃないですもんね。先輩に生でヤる度胸があるとは思えないですし」
「うるせぇな。そうだよ。なんもしてねぇーよ。買うだけ買ってそのままだからな。はい。もうこの話はおしまい」
「逃げるんですかー?」
「自分の都合が悪くなったら逃げる。当然のことだろ?」
「うわぁ……。先輩もう開き直ってますね」
残念な子を見るような視線が痛い。
「それでだ。相手の深いことを聞き出す練習だっけか? それするのか?」
「話逸らすならしっかり逸らしてくださいよー」
「仕方ないだろ。こっちの話だってあまり把握してないんだから」
実際問題、勝手に連れてこられたと表現しても何ら違いのないような状況である。
「福城先輩に直接問うのはやっぱり難しいじゃないですか? それなら、私が一旦相手してあげますよってことです。私の過去だって先輩何も知らないですもんね」
「あー、確かに。夏川のこと俺何も知らないわ」
「なんかそう言われるとそれはそれで癪ですね」
少し不機嫌そうな表情を見せるがどうしろと言うのだろうか。
今肯定して不機嫌になったが多分否定したら否定したで不機嫌になるだろう。
もしかしたらもう俺は喋るなということなのかもしれない。
「それじゃあ……」
とりあえず話を流れに任せていると本当に話が脱線しまくるので無理矢理本題へと突入させておく。
俺と夏川とあと1人誰かが居れば話を元に戻してくれるのだが2人だけだと止めてくれる人が誰も居ないのでどんどんと暴走してしまう。
こればっかりは2人の性格とかもあるのだろうから仕方ない。
夏川は早く話を続けろと言いたげな視線をこちらにぶつけてくる。
「夏川の過去を俺に教えてくれ」
「……」
「……」
俺と夏川は10数秒という短くてでも長い矛盾した時間を過ごす。
お互いに目を合わせ、逸らしたら負けという雰囲気を感じ取り目を逸らさぬよう夏川の瞳孔を見つめる。
「それだけですか?」
夏川は視線を動かすことなくただそう言葉を突き出す。
「それだけってそれ以上になにかあるか?」
「別の質問しますね。先輩ってバカなんですか?」
「はぁ? 何でそうなるんだよ」
突拍子のない質問に思わず呆れたような声を出してしまう。
「ストレートに言葉をぶつけるってのは確かに大事ですよ。ですけど、相手の過去を探ったりする時はもうちょっと遠回りしないとダメですからね。ゆっくりと時間かけて少しずつ本題に突き進んでいくのが大切なんです」
「そんなことしなきゃいけないのか?」
「だって先輩考えてみてください。何も知らない福城先輩に直接『過去を教えてくれ』なんて言えますか?」
確かにご最もだ。
今、夏川とのやり取りは夏川が提案してきたことだから何も考えることなくストレートに言葉をぶつけられたが状況を把握していない福城に対して同じことが出来るとは思えない。
つまり、夏川は実践だと思ってやれと言いたいのだろう。
「無理だな。すまんすまん。ちゃんとやる」
「はぁ。先輩最初からちゃんとやって下さい」
ぐうの音も出ないので素直にコクリと頷いておく。
頷いたのは良いが何を聞けば良いのか分からない。
どの辺から触れ始めてどのタイミングで深い話に突き刺せば良いのか。
最初から最後まで全くもって感覚として理解出来ていない。
夏川はつまらなさそうに烏龍茶を飲む。
視線をこちらに向けたり烏龍茶へ向けたりと忙しない。
「あー、うん。そうだなぁ。最近どうだ?」
「え、なんですかそれ」
夏川は烏龍茶の入ったコップをテーブルに置き、少し驚いた様子を見せる。
どうやら間違えた言葉を選んでしまったようだと後悔し、何か気の利いた言葉はないかと頭をフル回転させるが俺より先に夏川が口を開く。
「そうですね。まぁ、こう見えても私好きな人に振られた訳ですし。時々フラッシュバックするんですよね。あの場面が」
「そりゃそうか」
「そうですよ。あれでもあの時は本気で告白したんですから。今どう思ってようがあの時の思いは変えられないですし」
ここで話が途切れてしまう。
どうやって過去の話に持っていけというのだろうか。
「先輩。話途切れてますよ。いつもみたいに話してくださいよ」
「いつもみたいにって……。それじゃあ練習でも何でもないじゃん」
「過去の話探ろうって気持ちを持ちつついつもみたいに話を脱線させれば良いんですよ。話がズレればズレるほど自分のしたい話に話題が移行する可能性が高くなりますからね」
「そんな都合の良い話あるか?」
「疑う前にやってみて下さい。やるだけなら無料ですよ」
「あー、まぁそりゃそうだなぁ」
そういう問題じゃないだろと思いつつも、夏川の言いたいこと自体もある程度理解出来るので反論は出てこない。
「夏川って彼氏とか居たことあるのか? なんか振られた後とか見た感じ無さそうだけど」
「ムゥ。そうですよ。ないですよ。彼氏なんか出来たことありませんよ。何が悪いですか?」
不満そうに頬を膨らませる。
「恋愛話突っ込むのはあまり高得点とは言えませんが話の広げ方としては間違ってないですね」
「そりゃどうも」
早く話を戻して続けろと言わんばかり指をテーブルにトントン叩く。
流石にそれすら分からないほど俺は鈍くないので咳払いを1つ挟んで口を開いた。
「てか、夏川の中学時代ってどんなだったんだ? 全然話とか聞かないけど」
「中学時代はなんとなーくテニス部に所属してましたよ。特に大会とか出ませんでしたけどね。小さな市民大会ぐらいですよ」
「友好関係とかは?」
「先輩……。面接みたいになってますよ」
「あぁ。すまん。それじゃあ小学校の頃は?」
夏川はニヤリと口角を上げる。
待ってましたと言いたげな表情だ。
「これ体育祭の時にも言ったんですけど、小学校の時の記憶って無いんですよね」
「まぁ、確かに。俺も具体的に何したって言われると思い出せないわ」
「あー、いや。そうじゃなくてですね。あの時『運動会の記憶』としか言ってなかったんですけど小学5年生までの記憶そのものが私の脳みそから消えてるんですよね」
夏川は唇に手を当てながら冗談とも本気とも読み取れるような不思議な表情を浮かべていた。




