逃げの一手
目の前には部屋が広がる。
白くシワひとつないベッドがあり、本棚には推理系漫画が微妙に巻数を飛ばしつつ入れられており、色の薄目なカーテンから光が差し込む。
本棚の下の方へ視線を向けるとそこには黄色い電気ネズミのぬいぐるみが置かれている……というかほったらかされている。
「……? 私の部屋変かしら?」
麗は俺の顔を下からフィッと覗き込み、少し不安そうな表情を浮かべている。
「変ってなんでだ?」
「いや……、私男の子部屋にあげたの初めてなのよ、一颯に変って思われてないか不安で。それに一颯が変なこと考えてないかも不安なのよね」
「後者は余計だ。余計!」
せっかく可愛いなと思ったのに余計な一言で全てが台無しだ。
相殺どころか圧倒的に上書きされてしまっている。
「でも、あれだな」
「うん?」
「なんか女の子って感じはしないな」
「どういうことかしら? 売られた喧嘩は買う主義よ」
強めの野太い声が響く。
背筋が冷っとしてしまう。
「いや、悪い意味じゃないからな。マジで、本当に、ガチで!」
慌てに慌てまくった俺は同じ意味の言葉を重ねに重ねる。
文法としては最悪だが、俺の思いは伝わる……はずだ。
伝わるよね?
まぁ、思わず出てきちゃった言葉でそんな深いこと何も考えてないんだけどさ。
「ふーん。そう。それじゃあどう意味だったのか説明してもらおうかしら」
麗は腕を組み、胸の谷間を強調させてベッドに座る。
無意識のうちに胸の方へ視線を向けていたので、そっと視線を逸らす。
「いやぁ……。ほら、あれだよ」
「あれって何よ」
至極真っ当な返答である。
「……。親しみやすい部屋だなって」
ちっぽけな脳みそをフルに回転させ、それらしい答えを提出する。
男っぽさのある部屋だとか、簡素な部屋だとかそういう悪い意味に捉えられてしまうような言葉を綺麗に避けた結果こうなった。
正直な話、俺の放った言葉そのものも誤解を生む可能性は大いにあると思う。
でも、これが俺の限界なのだ。
これで怒られてしまうのならこれ以上に対応する術はない。
「そう……。良かったわ」
背中を妙な汗が伝う中、麗の口からは優しくこちらにもホッとした感情が伝わってくる口調の言葉が出てきて俺自身も気持ちが軽くなる。
「何する?」
「何も無いのか?」
「お母さん居なきゃ……さ? でも、居るから……。そうだ。ボードゲームとか? ウチ簡単なボードゲームならあるのよ。一颯がやりたければだけど」
麗の提案に頷かない理由もないので素直に頷く。
「よいしょ」とおっさんのような声で立ち上がると、茶色い扉のクローゼットへ向かい開いた。
そして、口元に手を当ててマネキンのように動きを止めること数秒、何かを思い出したかのように手を動かし、しゃがんでそこまで大きくない四角い箱を手に取った。
「それがボードゲームか?」
「この中に何個か入ってるのよ」
麗はそう口にするとその箱をこちらへ持ってくる。
箱を開けると中には数字を並べるニ〇トや領土拡大ゲーのカ〇ン、コードネームを持った仲間を探すコー〇ネーム等有名どころのボードゲームがかなり取り揃えられていた。
「結構色々あるな」
「ふふ。これだけあればずっとやってられるわね」
ダラダラと俺たちは、日が暮れるまでボードゲームに勤しんだのだった。
長い時間麗の家に滞在するということは、麗の父親が帰宅するリスクが向上するということとイコールになる。
もちろん俺だってそれぐらいのことは理解しているが、ボードゲームを1度始めてしまうと中々帰宅するタイミングがない。
タイミングを逃しに逃した結果が今である。
刻一刻と時間だけが過ぎていき、時間が流れるにつれて更に帰宅しにくくなる。
誰がそういう雰囲気を作り出しているという訳でもなく、単純に俺自身が勝手にそういう雰囲気を作り出して、感じてしまっているのだ。
「一颯くんはご飯食べていく?」
知らずのうちに部屋へ侵入していた麗の母親はおたまを片手に持ち、笑顔で声をかけてくる。
麗は眉間に皺を寄せているが致し方ないだろう。
せめてノックぐらいして欲しいと俺が麗の立場なら思うし、何なら招かれている側の現状ですらモヤッとしてしまうぐらいだ。
「そこまで迷惑はかけられないので大丈夫ですよ……」
帰る理由付けになるななんてことを思いながら口走らせる。
ただ、本当に迷惑だろうなと思っている。
というか普通に気まずい。
他人の家でご飯を食べるなんて機会そのものが片手で数えられるぐらいなのに夜ご飯となれば想像しただけで食欲が無くなってくる。
「そんな遠慮しなくて良いのよ。今日はカレーライス! 麗の好きなやつよ」
「匂いで分かるから」
「もう、麗もそんなにカッカしないの。頭に血昇っちゃうわよ」
「分かってるから……。それに一颯とお父さんを合わせる訳にも行かないでしょ」
「それなら今帰っても同じよ。あの人もう帰ってきてるから」
「は!?」
「ふふ。一颯くんったら中々良い反応するわね」
意地悪っぽい表情を浮かべた麗の母親は麗からの攻撃を事前に避けるかのようにササッと扉を閉めてその場を去った。
「うわぁぁぁ。すげぇ面倒なことになってねぇーか?」
「ほとんどの確率で顔は合わせることになるわね。挨拶をするかは別だけれど」
「だよなぁ……。あー、だよなぁ」
「1つだけ避ける方法はあるわよ」
「マジで!? 教えてくれ!」
俺は麗の肩を思いっきり掴む。
藁にもすがる思いとはまさにこの事なのだろう。
話を聞く前だったらちょっと面白いのかもしれないという謎めいた好奇心に駆られてこんな思いしなかったのだろうが、話を聞いたあとだとただただキツい時間を送ることになることが目に見えてしまってこの場から今すぐ立ち去りたくなる。
「一颯……。顔近い」
麗は頬を紅潮させ、視線を左の方に泳がす。
「あ、あぁ……。すまん」
焦ってしまっていた俺は軽く咳払いをして、調子を整える。
「そこの窓から飛び降りるってのはどう? 2階だし死にはしないと思うけれど?」
「アホか。そんな所から飛び降りたら死ぬわ。良くて骨折だぞ。それなら辛い時間少し耐えた方が楽だわ」
「じゃあそうした方が良いわね」
何か丸く言いくるめられたような気がしてならない。
麗の父親に合わせる作戦なのかと一瞬過ったがそもそも父親を遠ざけてたのも麗と麗の母親によるものだと考えると敵ではない。
つまり、ある程度の援護射撃はしてくれると想定して良さそうだ。
なら、サッサと帰ろう。
話がややこしくなって食卓を囲むという居心地の悪い状況が出来上がる前に帰ってしまおう。
俺はそう強く決心した。




