柱の波
福城家脱出ミッション開始!
そう簡単に意気込んだのは良いものの作戦自体はクソカスである。
麗の父親を目の前にして如何に大人の対応であしらうか。
作戦はこれだけだ。
もはやミッションでもなんでもない気がしてしまう。
「一颯。頑張れ! 私ここで応援してるわよ」
麗はガッツポーズのようなものをしてニコリと微笑む。
微笑めばなんでも良いというものでもない。
可愛いからすんなりと流してしまうところだった。
「ちょっ……、麗も着いてきてよ。俺だけじゃ耐えられない」
「耐えるも何もどうせ一颯すんなり帰るでしょ」
「どっからその自信出てくるんだよ。当の本人は滅茶苦茶不安なんだが」
「一颯ってコミュ障なのに……コミュ障だからなのかな? 嫌な時スルーっと人な話流す技術持ってるよね。だから、お父さんの話なんて聞かずにスルー出来ちゃうと思うけれど?」
「それでも不安なのは不安なんだって」
「一颯って時々小学生みたいにごねるわよね」
少し冷たい視線を麗から向けられる。
なんだよ、なんなんだよ。
別に悪くねぇーだろ!
堂々と階段を下りる。
コソコソしているから緊張してしまうのであって正々堂々と胸を張っていれば自然と緊張は解けていくはずだ。
特に根拠がある訳じゃないけどそんな気がしてる。
1歩、また1歩と階段を下り、足音を立てる。
その足音がなるごとに麗の父親と対面する確率が上がっていくと考えると少しソワソワしてしまうがその気持ちを心の奥深くに隠しておいて見た目だけでも平然を装う。
階段を下りても誰かが来る気配はない。
「このまま帰れそうね」
麗は分かってか分からずか妙なフラグを建築する。
「麗……。そういうこと言うとな来るんだよ」
「それはアニメとか漫画の話でしょう? ここは2次元じゃなくて3次元なのよ。夢も希望もないし、都合の悪いことは簡単に話が進むのに都合の良い話は消えてなくなるくそみたいな世界よ」
「私恨がたらったらというかダダ漏れなんだけど」
そんな会話を繰り広げているとリビングに繋がる扉が開く。
リビングの方からはカレーの良い匂いがスーッと鼻へと入りそのまま空腹である俺の腹を刺激する。
こんな美味しそうな匂い嗅いだら腹がなっても仕方ないよな。
うん、俺は悪くない。
「……。君が麗の彼氏か」
頭はツルツ……じゃないだと!?
ツルツルとは程遠いフサフサな髪の毛で思わずカツラ何じゃないかと疑いたくなる。
まぁ、要するに見た目が若いってことだ。
それでも状況的にこの人が麗の父親だと言うのは理解出来る。
何せ、真緑の服に「天狗」と赤文字でデカデカと書かれているのだ。
いっその事赤天狗とでも書いてしまえ。
「どうも。初めまして。町田一颯と申します。福城麗さんとお付き合いさせていただいております」
「名前は麗から嫌という程聞いてるからな」
「そうですか。それは嬉しい限りですね」
「そんな社交辞令はどうでも良い。君は麗の何を知っている?」
「何……ですか」
麗の父親から出てきた質問に首を傾げる。
何とは何なのか、抽象的すぎて麗の父親が具体的にどんな言葉を求めているのか推測すら難しい。
「そうか。そうか。なるほどな」
うんうんと頷く。
「ならば――」
「はいはい、お父さん。一颯にだる絡みするのはやめて。お父さんが一颯に嫌われるのは構わないけれど私が嫌われるのは困るのよ」
麗は邪魔だと言わんばかりに目の前にいる自分の父親を力づくで廊下の端へとどかす。
自分の娘からそんな雑な扱いをされるとは思っていなかったのか物凄く悲しそうな表情で麗のことを見つめている。
そんな表情を見せられると「なんだコイツ」と思いたくても思えなくなっちゃうよ。
ほんと、思春期の娘を持つ父親って大変なんだな。
「で、では……。僕はこの辺りで」
「おい、待て!」
どさくさに紛れて帰ろうとすると、麗の父親に服の袖口を掴まれる。
「今すぐだ! 今すぐに麗と別れろ。何も知らない奴に麗と付き合う資格なんかない! そんな時間もない! 今すぐに、今ここで別れろ」
「お父さん! なんで――」
麗の父親の言葉に麗は目を潤ませる。
パッと反論しようとしたが麗のことを何も知っていないという事実は大きく間違っていないなと思うと言葉が口から出てこない。
何も言い返せない自分を悔やんで何か出せそうな言葉はないかと脳内を巡らせていると、麗の父親の方から「バシン」という気持ちの良い音が聞こえてきた。
誰がどう聞いても掌で何かを叩いた音である。
そちらの方に目を向けると頬を赤くして驚いたように目を点にしている麗の父親とカレーの入った保存容器を片手に持った麗の母親が立っていた。
「麗が選んだ子よ。知っていようが知っていまいが麗が自分でこの人が良いって選んだ子なの。麗自身が選んだのだから私たちがとやかく言う筋合いはないわよ。麗だってもう物事考えられる立派な一人の人間なのよ。もう子供じゃないの」
諭すように父親に向かってそう言うと、俺の方へとやってくる。
「ごめんなさい。ウチのバカがとんでもないことをしでかしまして……。こんなバカの居る家庭ではありますが麗とこれからも仲良くして貰えると私も嬉しいです……。あと、カレー小分けして容器に入れたから良かったら持って帰ってね」
「いえいえ、むしろこちらこそ付き合って貰えてるって感じなので……。カレーも有難く受け取っておきます。それじゃあ、僕はここらで失礼しますね」
この空間からいち早く逃げ出したいという気持ちもあり、誰からの言葉を待つことも無く、カレーの入った保存容器を受け取ると玄関をそのまま飛び出す。
ある程度歩いたところで麗の父親が放った『何も知らない奴に麗と付き合う資格なんかない!』という言葉が脳内を駆け巡る。
何も間違ったことは言われていない。
むしろ、付き合った状況が状況である。
なのにも関わらず麗の優しさに甘えて麗のことを知ろうとしてこなかった。
自殺しようとしてた理由から何まで何も知らない。
少しぐらい麗から過去を聞いても良いのだろうか。
まぁ、簡単に聞けるのならこうやって思い悩んだりはしないんだけどな。
「人の過去なんて簡単には探れねぇーよなぁ……」
思わず声が漏れてしまう。
自分の不甲斐なさが心を襲っているのだから致し方ない。




