普遍的な思考
「ハーレムは、やめとけ」
友達の一人がかなり悩んでるみたいだったから、話を聞いてみようと思って誘いだしたら、いきなり言われたのがそれだった。
ハーレムっていうのはもちろんわかってる。ただ人によって意見が違っていてどれが本当なのかはわからない。男友達の一人は“男の楽園だ”と言うし、小さい頃から知ってる幼馴染は“忌むべきものだ、絶対やめとけ”って言うし、本当のことを言うと何が正しいのかはわかっていない。人によって物の見え方が違うんだな、ってことはわかったけど。
ハーレムっていうのは、女の人に囲まれてる男の人のことらしい。
アメリカにそういう地名だか地区だかがあるらしいってことも聞いてるけど、語源はそれだろうか? 違うって言われたこともあるけど、よくわからない。
男の人に女の人が囲まれていると逆ハーレムになるらしい。つまりハーレムは男が囲まれる状況らしい。
それをやめておけと言われたんだけど、どういう意味だろう?
別に僕はハーレムを作ろうとは思っていないし、そりゃもちろん、モテたいという気持ちはずっとあるんだけど、幼馴染にすごく止められていて、“かっこいい大人は一人の女性を徹頭徹尾愛するものだ”って教え込まれたもので、そうなんだ、と思いながら、でも本当にそうなんだろうか? なんて思ったり。
最近騙されることが多くて、なんでも疑わなきゃだめだな、と思うことが増えたわけである。周りのみんなには“そんなのだめだ! そのままでいろ!”って言われるんだけど、今まで散々騙されてきたわけで、釈然としない気持ちがある。
自分で確かめなきゃ、本当のことはわからないんじゃないか?
最近はそう考えるようになってきた気がする。
ハーレムはやめろ、って言われたから、何ぃ? って思うし、やってみたらどうなるんだろう? とか思ったりする。実際どうやったらいいんだろうとか、ハーレムってなんだろうって問題はあるんだけど、だからこそ知りたいというか。
普段社交的じゃない彼が自ら言うのだから意味がない発言なわけがない。
僕が彼に抱く印象は、クールで、物静かで、なんとなく頭が良さそうで、ほんの少しだけ近寄りがたい雰囲気もあるんだけど、実は優しい。そんな感じ。
きっと僕を心配して言ってくれてるんだろうけど、僕はと言えば、そこまで言うならむしろやってやりたい! くらいに思っていて、それは少し申し訳なく思ったりする。でもみんな僕に嘘をついて面白がってるわけで、もう同じ手には引っ掛からないぞ! って何度決心したことか。
彼は疲れているみたいだった。ハァって溜息をついて、気付けば俯いて肩を落としている。顔を上げようとするのにほとんど勝手みたいにそんな姿勢になってしまうみたいで、ずいぶん辛そうにしていた。
ひょっとしてこれがハーレムによる影響だろうか? そう思うと少し怖くなってしまうけど、余計に興味を持つ部分もある。
「突然どうしたの? ハーレムに殺されそうなの?」
「いや、むしろ守られてる。守られ過ぎて逆に死にそうなくらいに」
「守られてるのに死にそう……刑務所?」
「どういう思考回路でそうなったのかわからんが、違うと思う。ただとにかくそこまで良いもんじゃないって思っといた方がいいってことだ。まぁ、これはあくまでも俺の場合かもしれないんだが」
男友達の一人は“ハーレムこそ男の一番の幸せだ!”と言っていた。
幼馴染は“ハーレムは人間をダメにする一番の悪だ”と言う。
どっちが正しいのかはわからないけど、ここで新しい証言が出て、“そこまで良いもんじゃない”っていうのが彼の言い分だ。なんだか本人が体感したみたいな言い方だけど実体験なんだろうか。
「それって田中くんの実体験から?」
「いや……」
当たり前のことを聞いたつもりだったんだけど、なぜか黙ってしまった。
言いたくないことがあるのかもしれない。何でも教えてもらえると思ったら大間違いだというのは前の経験で知ってる。気になるけど、多分教えてもらえないんだろうな。そう思ってたら溜息をつかれた。
「俺は何が普通なのかわからなくなってきた……でも普通が一番だなって思ったりするんだ、最近」
「なんだか疲れてるね」
「人付き合いって難しいな。最近特に思うよ。自分の思い通りになることなんて何一つない気がする」
「へぇ~、ちょっとらしくないな。田中くんもそんなことあるんだ」
僕のイメージでは、彼は頭が良いって思ってて、大体自分のプラン通りに人生が動かせるんじゃないかって思ってたけど、そうじゃないみたいだ。でも人を勝手なイメージだけで判断しちゃいけないって言われたこともあるし、イメージと違ってたって問題はないんだけど。
彼が落ち込んでいるのは珍しいからなんとかしてあげたい。
普段あまり笑わないけど、僕は彼の笑顔を知ってる。いつもとは言わないけどできればあんな顔を見せてほしいなと思った。
「僕にできることある?」
「大丈夫だ。お前は自分のことを心配しろ」
「僕? 僕が何かしたっけ?」
「とりあえず俺みたいにはなるなって言いたいだけだ」
溜息をついて念を押すように言われた。
よっぽど疲れているみたいで全然違う人にも見える。でも顔色が悪いかと言われればそんな風にも感じないし、気持ちの問題かもしれない。
彼が僕の顔を見てきて、目を合わせた。
「お前、モテるだろ?」
「モテないよ。みんなに馬鹿にされてるもん」
「馬鹿にされてるわけじゃないんだって。あれはあれで愛されてるんだから」
「そうなのかな? うーん、でもなぁ」
みんなそう言ったりはするんだけど、体感したことがないから言えるんだ。日常的に嘘をつかれて騙されて笑われて。僕の周りで、僕と同じそんな体験をした人が一体何人いるんだろう。した上で言うんなら聞く耳だって持つけどみんなどんな気持ちになるのか知らないんだ。
なんだか釈然としない。器が小さいとか思われるかもしれないけど、これだけは子供の頃から大勢の人にされてきたことだし、そのままでいてほしいなんて言われても、勝手な意見だ。みんなのせいでこう思うのにそのままでいろなんて。
幸い、彼は僕を騙したりしない。だから仲が良いんだと思う。
僕にとっては大事な部分だ。もう馬鹿にされるなんて嫌だし。
「俺から見るとお前ってモテるみたいだから、周りの人間には注意しとけよ。突然豹変するかもしれないし、自分の時間もなくなるから」
「そうなの? それはちょっと困るかな……」
「まぁ、必ずってわけじゃないけど。そういう危険性を孕んでるから」
「ハーレムが?」
「そう」
「ところでハーレムって何?」
「……そこからか」
どうやら呆れてるみたいだ。
僕だってわかってるつもりだけど、改めて正しい意味を確認したいと思っただけで知らないわけじゃない。そこは勘違いしないでほしいな。
そう言おうと思ったんだけど、彼は僕の返事なんて待ってなかった。
「簡単に言えば複数と同時に付き合うみたいなことだよ」
「ああ。やっぱり」
「普通が一番だから、普通がいいよ」
「やっぱり田中くんってハーレムなの?」
そう尋ねるとやっぱり無口になってしまう。きっと彼はハーレムなんだ。
忠告はされるけど、彼が言えば言うほど気になってくる。
そもそも、彼と僕では見た目も性格も考え方も違うわけだし、忠告してくれるのはありがたいけど同じ感想になるかはわからない。
複数の女の人と付き合うっていうのはもちろん悪いことだと知っている。幼馴染に口を酸っぱくして“浮気はダメだ”って言われてるし。でも僕の考えが正しければハーレムというのはみんなが納得して完成するものらしいし、状況によっては良いのではと思う。
もちろん、そのためには僕を好いてくれて、尚且つハーレムを認めてくれる女の子が必要なわけだけど。
僕を好きな女の子……いるのかな?
ハーレムをやってみたいなんて思い始めているけど、僕は恋愛というものがよくわかっていない。今まで経験はないし、好きな人もいれば嫌いな人もいる。だけどそれが恋なのかどうかはわからない。手を繋ぎたいとかハグしたいとかキスしたいとか、そういうのはあまり思わないから。好きな人たちは男の子も女の子もいて、学校の先生も含まれてて、近所のおじいちゃんおばあちゃんだってそうで。結局、これは恋ではないんだと思う。
恋愛ってなんだろう。
ハーレムの前にいきなりつまずいた気がした。
友達に聞いてみようかと思ったけど、彼は疲れてる様子だし、あんまり引き止めるのは悪い気がした。早く帰って寝た方が良いと思う。
「疲れてるみたいだし、今日は家に帰って寝たら?」
「寝られないんだよ。家に帰っても」
「どうして?」
「いるから……家に」
どうやら本格的に追い詰められてるみたいだ。
何かしてあげたいと思ったけど僕にできそうなことはない。
とりあえず今日は別れることにして、僕は逃げるように去る友達を見送った。髪の長い女の子が電柱に隠れながら見ていたけど知り合いかな?
ひょっとしたらハーレムかもしれない。そう思うと羨ましくなった。
僕は、自分が他人より優れているなんて思わない。モテるとも思わないし、むしろ劣ってると思うことの方が多かったりする。
身長は低いし、筋肉はないし、力は弱いし、記憶力は良い方だと思うけど理解力があるわけじゃないし、よく騙されるし、可愛いとか言われるけどかっこいいとは言われない、ってことは男として頼りにならないってことだし。
自分について考えてみるとダメなところはいくつも見つかる。ただ悲しいことに僕はバカだから、よく忘れるし能天気で何も考えずに行動したりする。冷静に自分を顧みることが極端に少ないから成長がないんだ。
家に帰ろうと思って一人で歩き出す。
一人は寂しい。だからいつも誰かに話しかけたりして、友達が多いね、なんて言われるんだけど、友達ってなんだろう? 一人になると考えたりする。
いつも僕から話しかけて、笑顔で会話してもらう。だけど誰かから僕に話しかけてくれることってあったっけ、って思った時、あんまり多くなかったりする。別にそれくらい大したことじゃないかもしれないけど、ちょっと気になったりする。
僕を必要としてくれている人っているのかな?
ゼロではないと思いたい。でも僕がみんなに話しかけなかったらどうなるのかなと思って、少し遠くから見てたりしても、気付かれないことが何度かあった。チビだし、見えなかっただけかもしれないけど。
友達だって思ってるのは、実は僕だけなんじゃないかって。
そんな考えがぽかんと浮かび上がってきたりすることがある。
一人でいるのが嫌なのは、なんか、こういうことを考えてしまうからで。
僕って実は暗い奴なのかな? とか思ったりする。
一人で歩いていると色々考えてしまう。僕は考えるのがあまり好きじゃない。誰かがいると会話とかして考える暇がなくていいんだけど。
何かないかな、と思って周りを見渡していると、道の端でくたびれているタンポポを見つけた。なんだか気になって足を止める。
誰かに踏み潰されたのかもしれない。可哀そうな状態に見えた。
なぜか無視できなくて、しゃがんで手で触れてみる。
辺りを見回して誰も見てないのを確認してから、僕は手に力を集めた。
小さな光が生まれて、タンポポを包み込んだ後、タンポポは見る見るうちに元気を取り戻していく。
これで大丈夫。元気になって、可哀そうだなんて思われない。
僕の勝手な想いだけど、本人もこっちの方が良いんじゃないかと思って、満足したから傍を離れる。動物も植物も元気な方がいいから。
僕は生まれつき、不思議な力を持っている。
何をするためのものなのかよくわからないけど、手で触れたものに、元気を与えたり怪我を治したりできる。
知ってる人はじいちゃんだけ。じいちゃんが死んじゃったから、今はもう誰も知らないんだけど。誰にも教えちゃダメだって言われたから誰にも言ってない。だから今は僕だけが知ってる秘密。
優しい人間になりなさい。じいちゃんが言ってた。
何をしてもいい、自分の生きたいように生きろって言って、何も強制させようとしなかったじいちゃんが唯一僕に言い聞かせた言葉。
傷ついた人や悲しんでいる人がいたら助けてあげてほしい。もしかしたら、誰かを傷つけるのは自分かもしれない。そんな時もその人を見捨てたりせずに、手を差し出して助け起こせる人になってほしい。
だけど僕は、優しい人間がどんな人か、今もわからない。今の自分が優しい人間になれているのかもわからない。
優しい人間ってどんな人なんだろう。
「なれてるよ」
突然、後ろから声が聞こえた。
振り返ってみると羽場さんがいた。なんだか悲しそうな顔で僕を見てる。いつもとは違う感じに思えて、不思議な気分だった。
「君は優しいから、なれてるよ、優しい人間に」
唐突で不思議な発言だ。なんか、僕の考えてることがわかったみたいな。挨拶もされずにいきなり言われた感じはちょっと気になる。
ただ僕を褒めてくれてるみたいだ。
何がなんだかわからないけどちょっと嬉しくなってきた。
「ありがとう、羽場さん」
「うん……私も、助けられてるから」
「そうなの?」
「うん。必要としてるよ。君を」
羽場さんはいつになく真剣な顔だった。きっと本心からそう思ってくれている。僕はそう信じようと思った。
なぜか嬉しくなって僕は彼女にお礼を言う。
「ありがとう羽場さん。そう言ってもらえると嬉しいや」
「そう……よかった」
「一緒に帰る?」
「うん」
僕が誘うと羽場さんは隣へやってきた。
一緒に歩き出す。
「ねぇ羽場さん、相談があるんだけど、いい?」
「いいよ。何?」
「僕さ、ハーレムをやりたいんだけどどうすればいいかな?」
「ダメ」
「え?」
「それはやらない方がいい。優しい人じゃなくなっちゃうよ」
「えーそう? でもハーレムって――」
「考えなくていい。忘れて」
誰かと一緒にいるとやっぱり何も考えなくていい。自分が優しい人間になれているのかはわからないけど、なんでもないことを話して、一緒にいる人が笑顔になればいいと思う。
僕は誰かを必要としていて、今日、僕も必要とされてることがわかった。それでいいのだと思う。
ハーレムの話をすると羽場さんが笑顔じゃなくなったけど、僕は諦めない。話せばわかってもらえるんじゃないかと思うからだ。
みんなが笑顔になった方がいいんだから、きっとハーレムっていいものだ。




