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異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない  作者: 弓良 十矢 No War
気ままなリッター、ジーナの秘密
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狐死首丘☆彡 キャラコ


 四滝伽羅子は川に体を浸していた。


 じりじりと日が照りつける。太腿まで水に浸かって、キャラコはじっと動かない。ばあちゃんは云っていた。川魚は警戒心が強い。すぐ勘付かれる。

 大きなますが泳いできた。キャラコは目だけでそれを追う。一時間くらい、動かしているのは、内蔵と目玉くらいだ。 

 ますはキャラコのあしにぶつかり、すーっと居なくなる。キャラコはまだ、じっとしている。

 じいちゃんの言葉を思い出した。魚も猪も生きもんやから、意思がある。それが解らんと失敗する。よう考いい。

 キャラコは忘れていない。もとの世界も、家族も。


「キャラコ先生」

 岸から声が聴こえたが、キャラコは振り向かないし、返事もしなかった。キャラコは考えている。キョウスケは、アルニーズの書庫で、まだなにも見付けていない。でも、契約は更新した。ほかのところへ行って、戦士の割に高すぎる戦闘能力についてとやかく云われるのは、いやだ。村の利益の為、という側面はあっても、ふたりを庇ってくれている、ナッシェート=フェベルラ村は、居心地がいい。

 あの声、モールやろう。なにしに来たんかな……。

 キャラコは細く、長く、息を吐き、吸う。契約内容はほぼ同じ。雇い賃は上がった。あんまり上げると不自然だからと、キョウスケが値切っていた。お金と安全をひきかえにはできない。戦士ふたりの長期護衛でもらっておかしくない金額であることが大切だった。

 やることは同じだ。

 もう三十分くらい経ったろうか。大きな影が泳いでくる。キャラコはゆっくりと、安定した呼吸を繰り返す。水に浸かっているあしが冷たいし、足裏が水の所為でふやけてきた。くつははいていない。キャラメイクでもらったスカートとノースリーブに、契約更新でまちへ行った時に買った、恢復魔法の効果がわずかに上がるペンダント。いよいよ見苦しくなってきた髪は、やはりまちで、調髪士に切ってもらった。一緒に行ったモールは、髪結いに髪を結い上げてもらってご機嫌だった。

 焦ったらいけん。

 息を吐き、吸う。近付いてくるまで、一日でも突っ立っているつもりだった。それが、一時間ちょっとで来てくれたのだから、ほっとした。

 キャラコは無言で自分に水花をかけながら、間近まで近寄ってきた巨大な影の、下顎と思しいところを蹴り上げた。


 キャラコの蹴りで魚が水面を突き破る。水柱が立った。降りかかる水にキャラコは目を瞑らず、宙を舞う相手へ向かって飛び跳ねる。ぱっと、ああこいつ鮎やん、と思った。

 繰り出した右拳が空を切る。相手が空中でぐいと体を捻ったのだ。キャラコは間髪いれず、勢いを殺さずにまわし蹴りに移行する。

 しかし、掠っただけだ。

 上流ではキョウスケが張り込んでいるし、下流にも一応戦える職業と能力値の人間を集めている。だが、そちらへ逃げられるのは勘弁願いたかった。何故って、人間くらいならまるのみできそうなサイズと口の魚だからだ。

 ぱちゃあん、と川に落下した。相手もだ。川底の石で足裏を切った。キャラコはもう一度、巨大鮎を蹴る。えらはあったし、水から出したら弱るだろう。

 キャラコは自分に水花を数回かける。足裏の傷が塞がる。先程は不意打ちだったから、すぐに水から出せたが、今度は攻撃されることを相手も予測している。芯をとらえることができず、二度、三度と蹴り上げ続けた。

 五度目はフェイントで、おかげで六度目が芯を食った。もう一度鮎が宙を舞う。うるかにしちゃろうか。

 殴ってもだめな気がしたから、キャラコは跳び上がって両手を伸ばし、鮎の上顎を掴んだ。おそろしげな歯が並んでいる。これにかじられたくはない。

 そのまま背負い投げの要領で、川岸へ叩きつける。モール含め、キャラコが稽古をつけている少年達や、まだ稽古に参加していないその弟や妹達が、川岸に数人集まっていた。キャラコは叫ぶ。「邪魔じゃ!」

 モール達は、蜘蛛の子を散らすようにばーっと散らばる。キャラコはそれを確認して、ありったけの力を込めて鮎を振り上げた。

 ばん、と、川岸へ叩きつける。片手で握り込めない大きさの石がごろごろしている川岸だ。体のサイズに相応の、大きな鱗が、ぱらぱらと舞う。

 その後も、キャラコは追撃の手をゆるめなかった。びちびちと跳ねるのを、やわらかそうな腹部を狙って数度蹴り、殴る。間違っても水のなかへ戻らないように、川から遠ざけるように。

 幾らかダメージを与えると、鮎は抵抗しなくなった。しっぽだけがぱたっ、ぱたっ、と、散発的に動く。キャラコはスカートの水をしぼり、手の甲で額を拭った。


「キャラコ先生?」

 30m前方、木立に隠れていたモール達が、ひょいと顔を出した。キャラコはひらっと片手を振る。それから顔をしかめた。

「危ないから、近寄ったらだめやろ」

「だって、俺達も手伝いたいのに」

 モールが云うと、同年代の少年達が次々頷いた。キャラコは首を傾げる。その気持ちは解る。けれど、邪魔になっては意味がない。今回はたまたまなにもなかったからよかったものの、誰かが怪我をしていた可能性もある。もしかしたら、命を落としていたかもしれない。

「俺達、キャラコ先生のおかげで、強くなってるし……」

「実際に魔物と戦ったことはないでしょう。初めからこんなのと戦うのは、だめ」

 強めに云って、キャラコは鮎に近付く。モール達が木立から出てきたが、キャラコは手で制した。モール達は素直に停まる。

 頭を潰す、のは、ばあちゃん直伝のやりかただが、この大きさでは容易でない。キャラコはモールへ顔を向ける。「誰か、キョウスケさん呼んできてくれる?」

「はい!」

 速歩を持っている女の子が走っていった。


 キョウスケはすぐにやってきて、「小鳥」で鮎の頭を落としてくれた。山刀の思いがけない切れ味に、少年達から歓声が上がる。

「おおきに……」

「うん。キャラコさんもありがとう。お疲れさま」

 キョウスケのねぎらいに、キャラコはこっくり頷く。鮎の死体から魔がたちのぼりはじめた。色は濃く、量も多い。口許を覆った少年達がぱっと逃げていった。魔を吸いこんだり、体に浴びたりすると、魔につかれると考えるひとは多い。実際のところ、魔につかれるのは、そんな単純なことではない。キャラコもキョウスケも魔を浴びたことはあるが、つかれてはいない。傭兵の間では、迷信と断じられる。

 だが、日常的に魔物と戦う訳ではない者らは、魔そのものをおそれる。

 少年達に伝糸で知らされた、下流に張っていた大人達もやってきた。早速解体作業だ。鱗はなにかの材料として売れるから、丁寧に洗って乾かすらしい。日持ちしない身は食べる。という訳で、少年達がいそいそと焚き火をはじめた。こういう手伝いをできるのが嬉しいのだろう。


 キャラコは水を飲み、川の水に浸かって冷えた体をあたためる為に、村へ戻る。お湯に浸かりたかった。

 川に巨大な魚が居るのは、モールが気付いた。大きさからして明らかに魔物だ。だから、キョウスケとキャラコが倒すと決まったのだが、相手は相当な警戒心で、一回目は失敗した。上流へ逃げられたのだ。戻ってこないのかと思ったが、そんなことはなく、すぐにあらわれて刀剣研ぎの女の子が襲われた。落とした刃物を拾って逃げ、掌に切り傷を負っただけですんだが、下手をしたら命が危なかった。だから、とっ捕まえて殺す、と決めた。

 くしゃみが出る。キョウスケがローブを着せかけてくれた。「ありがと……」

「ううん」

 キョウスケはにこっと笑う。日の光に髪が金色っぽく光った。最近知ったのだが、キョウスケは髪を染めていたらしい。茶色が抜けてきて、今ではオレンジに近い色合いになっている。

 八月も終わりだが、冷たい川に一時間以上も浸かっていたのはきつかった。体が芯から冷えている。

「……どうやった? この間、云いよったの」

「うん。昨夜、先生から聴いた。何日かしたらこちらへ届くって」

 キャラコは頷く。例の、不名誉職の研究家が、「荒れ地ふうの文字が書かれた資料を見付けた」と、アルニーズへ連絡してきたのだ。キョウスケもキャラコも、今度こそなにかのてがかりになるかもと、それを聴いた夜は暫く話しこんだ。

 これも、村にとどまる理由のひとつだ。アルニーズは、ロア内の在野の学者達と、つながりがある。資料の貸し借り、やりとりは当たり前で、キャラコが運搬したことも多々あった。

「読ませてもらえそう?」

「うん」

「じゃあ、内容、後で教えて……」

 キャラコは立ち停まる。突然、近くで声が響いたからだ。〈キャラコちゃん?〉

 これは……。

〈きこえてるかな。コマなのだ。ちゅうけいしてるのは、アーニズのくらふぃーとちーちゃんだよ。ふたりとも、コウカンシュ、みたいなことができるのだ〉

 キャラコは耳に手をあてて、周囲の雑音を遮る。伝糸は直接耳だか頭だかに届くものだが、キャラコはこうやってまわりの音を遮断しないと集中して聴けない。

 コマの声は元気で、キャラコはちょっと安心する。

〈ほんだいなのだ。コマ、ビックリすることがあったよ。えーがばんの悪霊小学校に出てたマオちゃんをみつけたのだ! コマこわいはなしだいすきだから、ゲンサクの本はとしょかんでぜーんぶ読んだのだ。マオちゃんかっこいいおにーさんとでえとしてた。四月の雨ていっていうおやどで、おりょうりしてるんだって! コマ、おかしもらったよ。さいんたのみたかったけど、マオちゃんにこにこしてて、云えなかったのだ。マオちゃんがもとのセカイに帰りたがってるか、コマきいてみるね。もし帰りたいみたいだったら、キャラコちゃんのことおしえるのだ〉


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