神聖公国にて 4
「おふたりとも、明日は下でお食事ですよ。忘れないで」
ジーナの母親はそう云って、ミューにもう一度頭を下げ、馬車にのって丘を下っていった。
馬車が見えなくなると、ジーナの体から強張りが消えた。
「明日着るドレスを、持ってきたのね」
「君の母上が直々にお出ましとなりゃ、もの凄い衣裳なんじゃないか」
「そうかも……」
ミューは、ジーナの手を掴み、燕息をかけた。体から毒や病を追い出す魔法だが、精神状態を安定させる効果もある。ただし、ジーナにはあまり効かない。
事故などの酷い光景を目にした、とか、近場で魔法が炸裂した、とか、衝撃が短い間ならばそれなりに効く。ジーナの場合は、エンバーダート家の娘であることが精神に多大な悪影響を及ぼしている。それは詰まり、原因のひとつはミューということだ。なおかつ、ジーナ当人は、逃れられないと考えている。
「まあ」ミューはジーナの手をひいて、邸の玄関ホールへ這入った。「君ならなんでも似合うよ」
「わたしは、剣を持てるのなら、なんでもいい」
なんでもいい訳がない。ミューは厨房へ針路をとる。「でも、君はくらい色が似合うな。いや、白もいいし、淡い赤ってのもいいね。それから、桃色だろ、若草色に、赤土の色、海の青、空の青」
「あなたには白が似合うわ。清廉潔白」
「すぐ血で染まるのに?」
冗談だったのに、ジーナに睨まれて、ミューは肩をすくめた。
ふたりはかごに布を敷き、マドレーヌを山盛りにして、中庭のやわらかい草の上に座って食べた。ジーナの料理の腕は日々向上していて、料理人もお追従でなく旨いと認めるものをつくっている。マドレーヌは今日もおいしい。
ミューは寝転がる。ジーナがこちらを見もせずに云った。「さっきの話だけれど」
「うん?」
「あなたの……」
ジーナが手を動かしたので、ミューは承知して、くすっと笑った。
「ああ。あの、嬉しくもなんともない特殊能力が、なんだい」
「それを……活用するのは、よさない?」
「是非そうしたいものだね」
本音だ。「けど、相手が居ないと意味のない特殊能力だ。そうだろ?」
「……あなたを傷付けようとする相手が居ないと、ね」
「その通り。ならそれは、俺の責任とは云えない」
「危ないことをしないでほしいの」
ミューは上体を起こす。ジーナの帽子を奪って、右手の人差し指でくるくるまわした。
「俺から手を出した訳じゃないさ」
「それでも。……今度、なにかあったら、わたしの後ろに居て」
「いやだね」何故だろう。こういう時、笑顔になって仕舞う。「君を傷付けさせる訳にいかない。俺と違ってか弱いんだから。それに、傷付いたってなんの得もないだろ」
帽子を両手で持って、軽く曲げてみる。かたく織られた絹には、型崩れの心配はなそうだった。
「そんなことより君、明日の心配だ。うちのくずどもと同じテーブルに着かなきゃならないんだぞ。流石にあいつらの汚い言葉から、完全に庇うことはできない」
「平気」
「嘘はよくないな。まあ、君に対してあんまり失礼だったら考えがあるとは云ってある。うちの親がなんとかするか」
「また、そんな、あなたらしくもない脅しを」
「いいじゃないか。地元に帰ったらまた、気弱な癒し手みならいに戻った、なんて、マオさんに見せられない姿だし」
「それは……」
「とにかく、同じ過ちはくりかえしたくない。九月になってサキ達に笑われっちまうのはいやだ。……ところで、ジーナ?」
「なあに?」
「君、この帽子ほんとに気にいってるのか?下手したらそのかごよりも大きいぜ」
顔をしかめて云うミューに、ジーナはふふっと笑う。
「まったく、あなたったら……なんてひとかしら」




