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マイファレット嬢が槍を捨て、兄へ駈け寄った。「お兄さま……」
「……ぼくは、よくよく、どくにえんがあるらしい」
ヴェーティヨンさんの口調はぎこちなく、顔は引き攣っていた。ファルさんとエヴィさんが這入ってきて、ファルさんがヴェーティヨンさんに恢復魔法をかける。しかし、効果は芳しくなかった。
「……ふぁるさま」
「ああ、久しいなヴェーティヨン。君と家族は兄さんの支援を断ったらしいが、僕が手を貸しても?」
ヴェーティヨンさんはかすかに笑い、頷く。
バルくんの様子を見ていたマイファレット嬢が、ほっと息を吐いた。
「寝ているだけみたいですわ」バルくんをシーツごと、ひょいと抱え上げる。「バルドネスちゃん、もう大丈夫よ、アエッラがお母さまの許までかならず連れて帰りますから」
ヴェーティヨンさんが、ファルさんに肩をかしてもらって立ち上がった。エヴィさんはマイファレット嬢が放り捨てた槍をとり、長い柄を半分くらいに折る。怪力。
「マイファレット嬢、この長さなら片手でいけるでしょう。どうぞ」
「まあ、ご親切にありがとうございます」
「いやいや、お嬢さんが困っていたら助けないといけませんからね」
「ヴェーティヨン、マイファレット嬢、とりあえずラスターラ邸へ。マオ、君もだ」
ファルさんがいいきる前に、私兵が飛び込んできた。
新手だ。まったく、ちょっとお金のある家って、やたら私兵を雇うのな!迷惑!
しかし、勝負は一瞬で決着した。エヴィさんが天蓋付きのベッドをぶん投げたのだ。かなりの重量があるそれがもの凄いスピードで迫ってくるなんて、交通事故みたいなものである。先頭の私兵ふたりはまともにぶつかり、残りも巻き添えをくった。痛そー。
ベッドの下敷きになった私兵を尻目に、俺達は廊下へ出た。エヴィさんが顔をしかめている。「うえー、手の皮がむけたー」
「後で治療してやる。かわりに剥がれた皮を」
エヴィさんはファルさんに最後まで云わせなかった。軽く頭を小突いて黙らせている。
「ヴェーティヨンお兄さま、バルドネスちゃんがどうしてまきこまれたのですか」
「……ぼくが、かどわかされるのを、みたんだ。それで、ついでに」
「まあ、なんてことかしら、おそろしい!」
「かれにきがいをくわえたら、ぼくはしぬぞと、おどしたら……ぎゃくに、かれをかいほうできなく……ぼくのておちだ……」
それは仕方のない判断だ。ヴェーティヨンさんにとってどうでもいいと思われたら、バルくんは口封じで殺されていたかもしれない。でき得る限りの最善のやりかただったと俺には思える。
ファルさんが停まる。「やあカンザル卿、ご機嫌麗しく。そのあぶらぎった鼻を削ぎ落としてもいいかな」




