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「自分では手を下さないくせに、平気で人を殺す発想だけは浮かぶんだから、(たち)が悪いわ」

 (けわ)しい眼差しで男たちを(にら)む。

「ああいう連中は()()きにして(どぶ)(がわ)にでも放り込んでやりたいものだわ」

「あれが宮廷に巣くう貴族だ。サンノール州に領地がある連中かもしれない。王太子の護衛官になれば、厭でもあんな奴らと毎日顔をつきあわせなければならなくなる。その度に腹を立てていて仕事にならないだろう」

 珍しくギスランが貴族を擁護するような発言をしたので、ブランディーヌは唇を尖らせた。

「もしかして、騎士団にいた方がずっとか楽だったのかしら」

「もしかしなくてもそうだ」

 窓枠を跨いで廊下に戻ったブランディーヌに続き、ギスランも中へと入る。

「ここでは権謀術数を巡らすことなど、日常茶飯事だ。人の生き死にだって、あのように雑談混じりで軽く決められる。貴族でも、命は軽く扱われるものだ。あの連中だって、やがては同じ目に遭うんだろうが」

「うん、そうね。いつかはわたしがあんな男どもをこの宮廷から一掃するってのもいいかも」

「お前が言うと洒落にならないからやめろ」

 いざとなると(よう)(しや)しないブランディーヌの性格を知っているギスランは、すでに姿が見えなくなった男たちをまだ睨んでいる彼女を引っ張ろうとした。

 同時に、また進行方向に靴音が響くのが聞こえた。

「忙しないわね」

 ぶつぶつぼやきつつ、ブランディーヌはまだ窓から外へと出る。ギスランもそれに続いた。

 王太子の護衛隊隊長と副長に内定しているとはいえ、まだ拝命もされていない二人が王宮内をうろついている姿を見られるわけにはいかない。

 今度も窓をほんの少しだけ開けて、カーテンはきっちりと閉めておく。

 靴音はまたしても二人分だったが、今度は話し声はなかった。足早に廊下を歩くだけだ。

「ここって結構人通りが多い廊下のようね」

 窓から中を覗き込み、ブランディーヌは辺りの気配を伺う。

「秘密裏に呼んだなら、人が滅多に利用しないような場所に呼び出せばいいものを、なんだってこんな次から次へと人が通る場所に……」

 ちっとギスランが舌打ちしたときだった。

「またきた」

 窓の外に屈み込んだブランディーヌは、ギスランを押し倒すようにして座らせる。その瞬間、彼が腰に帯びていた剣の鞘が石畳にぶつかり、かすかな音を立てた。

(――中まで聞こえた?)

 王宮内は、夜とはいえ静まり返っているわけではない。

 遠くでは馬の蹄の音や馬車の車輪の音が聞こえるし、遠くでは(よび)()(ぶえ)のような音も響いている。(さや)の音くらいなら、よほど(みみ)(ざと)くなければ聞き逃すかもしれない。

 別に悪いことをしているわけではないので身を隠す必要はないのかもしれない。ギスランに任せて適当な理由を捏ち上げさえすれば、簡単に切り抜けられるかもしれない。

 堂々と廊下を歩き、何食わぬ顔をして帰った方が良かったのだろうか、とブランディーヌが迷い始めたときだった。

「こちらでなにやら物音が聞こえたようですが」

 廊下の方で、二十代くらいの青年の声が聞こえた。

 それに対して、低い声がなにかを指示するが、ブランディーヌにはよく聞き取れなかった。

「おや、窓が開いていますね。女官の怠慢ですね。後できっちりと注意しておかなければ。こちらは閉めておきましょう」

 青年は連れの男に向かって話し掛けているらしい。

(窓の鍵を閉めてしまわれると、ちょっと困るんだけど)

 王城内の地理は不案内な二人だ。どこにどういった建物があるかまではわからない。

 錠を掛けられてしまっては、いくらブランディーヌでも窓硝子を割るしか方法がなくなってしまう。音を立てて硝子を割るような派手は真似は注目を集めてしまうので、できればやりたくない。

(どうしよう)

 ギスランにしがみついてうずくまりながら、ブランディーヌは必死に考えたが、良い案が思いつかない。

(早く屋敷に帰らないと、オクタヴィアンも戻ってくるでしょうし、その後からのこのこ帰るわけにもいかないわ)

 もし深夜の外出が見つかれば、どこへ出掛けていたのかと問い詰められるはずだ。

「はい。しかし……」

 廊下では、青年が連れとなにかを相談している。

(さっさと行ってくれないかしら)

 窓の向こう側にいる青年に向かって念を送ってみる。

「あぁ、はい。わかりました」

 なにごとかを命じられたのか、青年は窓を閉めるだけ閉めて、錠はかけずに離れる。

(やった!)

 胸の中でブランディーヌが拍手をしたときだった。

「やぁ、二人とも。こんなところでなにをしているのかな」

 頭上から、聞き慣れた声が響いた。

 ひっ、と思わずブランディーヌは軽い悲鳴を上げた。

 ギスランも声にこそ出さなかったが、びくっと身体を震わせる。

 おそるおそる二人で視線を上げると、建物内の別の窓越しにオクタヴィアンが外を覗き込んでいる。

()(ぐう)だね。二人で仲良くなにをしているのかな?」

 軽く目を細めて微笑むが、オクタヴィアンの目は餌を見つけた捕食者のように鋭い。

「王宮内を探検するには、少し早過ぎるんじゃないかな」

 優雅な仕草でオクタヴィアンは二人を手招きする。

 まるで地獄の(かま)の前に立つ死神のようだ、とブランディーヌとギスランは首を(すく)めた。

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