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「わたしが、王太子殿下の護衛官、ですか?」

 紺碧色の瞳を大きく見開き、ブランディーヌ・ダウーはおそるおそる聞き返した。

「そうだ」

 パンテール騎士団団長デュモン・サブリエが渋い表情を浮かべて重々しく頷く。

 その隣に立つ副長のマルセル・ラフィーは、眼鏡の位置を直しつつ口を一文字に閉じて顔を顰めている。

 石の壁に囲まれた部屋の三方には、所狭しと剣や槍、矛や盾が飾られている。どれにも騎士団の紋章が入っており、有事には団長自らが手にする物だ。代々の団長に受け継がれているので、古くなると団長室の壁の飾りとなる。

「嘘……」

 ブランディーヌは驚きのあまり、口元を両手で覆い、呆然と立ち尽くす。

 午後になって突然、団長から執務室へ呼び出されたときはいったい何事かとは不安になったものだが、まさか王都へ赴任する話を聞かされるとは。

 パンテール騎士団は、大陸でも有数の大国ガルデニア王国の西の国境を守る騎士団だ。王都ロワジャルダンから遠く離れた辺境の地にあるが、歴史ある騎士団としてその名を国内外に轟かせている。

 女の身でブランディーヌがこの騎士団に入ることを許されたのは、ひとえに団長が彼女の伯父だからだ。縁故入団以外のなにものでも無い。十三歳で入団し、団長の従騎士として研鑽を積んできた。十六歳になった先月、ようやく騎士として叙任されたばかりだ。

「これは国王陛下の要請であって、命令ではない。お前には拒否権が与えられている」

「やります!」

 団長の執務机に勢いよく両手をつくと、派手な音が響いた。

「お前ね。これは先々代の団長が、国王からぶんどって……もとい、下賜していただいた執務机なんだから、大切に扱ってくれないか」

 ヒビが入ったのではないか、とブランディーヌの手で叩かれた机の表面をデュモンは気にする。

「まったく聞こえていないようですよ」

 頬を紅潮させたブランディーヌの表情を観察していたマルセルが、背後からぼそぼそと告げる。

「やりますやります! やらせてくださいっ!」

 嬉しさのあまり頬が緩むのを抑えきれないまま、ブランディーヌは勢い良く身を乗り出し捲くし立てた。頭頂部で結んだ亜麻色の髪が尻尾のようにゆらゆらと揺れる。

「王太子殿下って、ジュヌヴィエーヴ王女ですよね?」

「そうだ」

 重々しくマルセルが頷く。

「わたしが王女殿下の護衛官……」

 王族の護衛官が務められるなど、夢のような話だ。一応は貴族階級に属するブランディーヌの父はラペリーヌ伯爵位を持っているが、資産はほとんどない。半分没落したような家だ。名ばかりの伯爵令嬢であるブランディーヌは、王宮に出仕することができるようになるなど、これまで考えたこともなかった。

「それも、護衛隊隊長という待遇だ」

「た、隊長!?」

 素っ頓狂な声を上げたブランディーヌは、わなわなと身体を震わせる。

 未経験の新米騎士を王太子護衛隊の隊長に任命するなど、正気の沙汰とは思えなかった。

「王太子となられた王女殿下には、あらゆる場所に同行できる同性の護衛官が必要だろうと国王陛下は考えられたのだ。お前ならば、王女殿下と年齢も近い。まだ騎士になって間もないが、その腕前は我が騎士団の騎士を名乗っても恥ずかしくないものだ。確かに、お前よりも優れた騎士はたくさんいるが、技巧だけで王女殿下のお側でお仕えできるものではない。出自、容姿、年齢なども考慮し、お前が一番相応しいと国王陛下が判断されたのだ」

「……光栄です」

 十七歳になるジュヌヴィエーヴ・アリナ王女は、ほんの二ヶ月前に王太子となったばかりだ。

 国王マルセルの第一王女である彼女は、兄である第一王子ルイ=ノエルがその放蕩ぶりから廃嫡となったため、王位継承権が第一位に繰り上げされた。母親譲りの美貌は諸国に知れ渡っており、他国からの求婚が引きも切らないという話だったが、彼女が王太子になったことで俄然国内の独身貴族たちが王女の婿候補に名乗りを上げ始めた。

 ブランディーヌはラペリーヌ伯爵家という建国以来王家に仕えている貴族の家柄の血筋だが、兄弟姉妹はいない。親戚にも独身の男はおらず、王女の婿選びに直接係わることがないことも考慮されたに違いない。

(お母様、騎士団に入れてくださってありがとうございます!)

 女でも自立して生きていけるように、と騎士になることを勧めてくれた母にブランディーヌは感謝した。

「では、陛下にはそのように返答しておく。支度ができ次第、団を離れ王都へ向かえ」

「はいっ! ありがとうございます!」

 最敬礼をすると、ブランディーヌは身を翻して団長室を辞去しようとした。

「あぁ、それと言い忘れていたが」

 わざとらしく、デュモンがブランディーヌの背中に声を掛けた。

「さすがにお前ひとりを王都に送り出すのは心配なので、お前の副官はうちの騎士団からつけることにしてある。国王陛下には、お前を護衛隊隊長に採用するのであれば、こちらが推薦する騎士を副官として一緒に採用してくれるよう依頼済みだ。これは許可も下りているので、お前が護衛隊の任務を請けるのであれば、そいつが副官になるのは決定だ」

「え? ……それって、誰ですか」

 厭な予感を覚えつつ、ブランディーヌは振り返って尋ねた。

 わざわざ団長が最後の最後になって副官の話を言い出す辺りが胡散臭すぎる。

「ギスラン・クルージェ・アリディだ」

 げっ、とブランディーヌは自分の顔が引き攣るのがわかった。

「本人からはお前の副官になることの承諾を得ている」

「なんで彼なんですか」

 ギスランはブランディーヌの幼馴染みだ。

 新興貴族の家柄であるアリディ家の出身で、オーグ伯爵の弟である。広大な領地と資産を持つという点では、同じ伯爵家でもブランディーヌの実家とは大違いだ。ブランディーヌよりも五つ年上で、ダウー家はアリディ家と以前から付き合いがあるが、いまではほぼ腐れ縁に近い。ブランディーヌが騎士団に入るのと同時期に彼も騎士団に入ってきたが、てっきりギスランは文官になるものだとばかり考えていた彼女は、まさか騎士団で再会するなど予想もしなかった。

 傲慢で辛辣で腹黒い、というのがギスランに対する騎士団内の評価だ。はっきり言って、人望はない。ブランディーヌから見ても、この悪評はほぼ間違ってはいない。

「王宮のような伏魔殿では、ギスランくらい狡猾な者がそばにいた方がなにかと便利だろう」

 部下のことを狡猾だと評する団長も団長だが、誰も否定できない。

「彼が一緒だと、いつのまにかわたしの身に覚えがない敵が増えていそうで怖いんですけど」

「その辺りは自分で対処しろ」

 素っ気なくデュモンは突き放した。

 拗ねたようにブランディーヌは頬を膨らませたが、相手にしてもらえなかった。

「まったく知らない副官よりはましだろう。それにギスランには、兄のオーグ伯爵がついている。あの伯爵は宮廷内の事情に精通した人物だ。いざとなれば頼ることも可能なはずだ」

 励まされているのか助言されているのかよくわからない。

「……兄の方に、反対に揚げ足を取られたりしませんか?」

 ギスラン以上に鬼畜と噂されるのがオーグ伯爵だ。

 ブランディーヌも面識はあるが、彼に冷ややかな視線で睨まれると大の大人でも背筋が凍えるものらしい。

「お前の努力次第だろう。あの伯爵も弟には甘い。ギスランを上手く使え」

(あの冷血漢を上手く扱えるだけの技量があれば、魑魅魍魎が溢れる王宮内もひとりで渡り歩けるような気がするわ)

 崖の端に立っているところを、背後から蹴られて突き落とされた気分になる。

 いきなり不安に胸を締め付けられたが、ブランディーヌはあれこれと悩むのはいったん中止した。ギスランが副官として同行してくれるのであれば、不愉快なことも多いだろうが、職務を遂行する上では助けになる面も多いはずだ。

「善処します。ご助言、ありがとうございます」

 敬礼をすると、ブランディーヌは団長室の扉を開けた。

 空気が冷えた廊下に飛び出した途端、ふっと鼻孔をくすぐる嗅ぎ慣れない香りに気づいた。扉を閉めると、制服の袖口を鼻に近づけて匂いを確認する。

 任務中に制服が香水臭かったりしようものなら副長から大目玉を食らうので、普段からブランディーヌは気をつけていた。もっとも、香水を匂わせているのはブランディーヌではなく他の騎士だしなのだが。

(洗剤の匂いしかしないわよねぇ)

 くんっと鼻を鳴らしてみるが、胴着やシャツからも香水の匂いは漂ってこない。香水は持っていることは持っているが、普段はつけていない。

(気のせいかしら)

 深く物事を考え込まない性格の彼女は、まぁいいか、とそのまま廊下を駆け出し、勢いよく扉を閉める。バタンッ、と激しい音が辺りに響くが、気にせずそのまま自室へと向かう。王都へ至急旅立つため、荷造りに取りかからなければならない。

(王太子殿下付きの護衛官ですって? わたしが? 夢みたい!)

 浮き足立った彼女は、背後を振り返りはしなかった。

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