第089話 ミラス
ミラスへの道中は、ルーシュネスが竜との戦いの様子を身振り手振りを交えて語っていた。
「ドッカーンって大きな壁で竜の攻撃を防いだり、空中で黒い刃物みたいなのをいっぱい出してズバババって攻撃したり、ホントにすごかったんだよ!」
「ほー! 兄ちゃんも見たかったなあ!」
ユーステスは、弟が無事に隣で夢中に話していること自体が嬉しくてたまらないといった表情で耳を傾けていた。
「あのね、にいちゃん、ルィン兄ちゃんたちは魔法使いなんだよ……! ユース兄ちゃんになら話していいよって……! ねえ、すごいよねっ……!」
周りに聞かれないよう声を落とすルーシュネスに、ユーステスは目を細めてみせた。
「ふふ、ルーシュ、実は兄ちゃんも前にルィンと会ったことがあってな。その時も兄ちゃんを魔法で助けてくれたんだ」
「えっ、そうだったの!? そうだ、ぼく兄ちゃんの旅の話聞きたいっ!」
「ああいいぞ。そうだな、俺がミラスを出てから最初に着いたのが――」
兄と弟は歩きながら、互いの声に声を重ねるように話し続けた。ときおりルーシュネスが笑い、ユーステスも笑い返す。そのやり取りは、しばし前までの不安や恐怖を忘れさせるほどの温かさに満ちていた。二人の声は夜道に溶け込み、再会の喜びを語り続けていた。
ミラスの街へ入ると、明るい街灯が規則正しく並び、夜更けにもかかわらず人々の声と活気が満ちていた。道の脇を流れる水路はさらさらと澄んだ音を立て、橋の下の水面が街灯の光を映してきらめいている。あちこちで回る水車の音が心地よく耳を撫でた。
その光景に、すぐに王都ハイルグントの賑わいを思い出した。水の国に隣接しているこの街ならではの涼やかな光景も重なり、胸の奥に不思議と懐かしさを呼び起こした。
「報告やらは俺がやっておくから、お前らはユーステスと一緒にルーシュを家まで送ってやってきてくれ」
「わかった、ありがとうライリー」
ライリーに野盗や攫われた人々の対応を任せ、ユーステスの後に続いて大通りを真っ直ぐに進んでいった。
「親父、お袋! ルーシュが見つかった!」
大通りに面した壮麗な建物――ユーステスとルーシュネスの家でもある「ハルツ商館」に着くと、ユーステスは迷わず扉を押し開き、声を張り上げた。
「本当か!?」
「ルーシュが……!?」
廊下の奥から、男女がバタバタと慌てた様子で駆け寄ってくる。一人は自分も見覚えのある男、ベルナークだった。隣にいた夫人と思われる女性はルーシュネスの姿を目にした途端、小さな身体に飛びつくようにして抱きしめた。
「ああ、ルーシュ、よかった――!」
「ルーシュ、乱暴されなかったか!? 怪我は――」
ベルナークも心配に満ちた表情で顔を覗き込む。ルーシュネスはそんな両親に向かって笑顔で頷いてみせた。
「大丈夫だよ、パパ、ママ。このお兄ちゃんたちが助けてくれたんだ」
「――!! まさかルィン君か!?」
ルィンたちの姿を見てベルナークは目を見開いた。
「ベルナークさん、お久しぶりです。ルーシュネス君が無事でよかったです」
「なんと……私やユースに続いて、ルーシュまでもが君に助けられるとは……」
ベルナークと夫人はこちらに向き直ると、安堵と嬉しさに目に涙を浮かべたまま深々と頭を下げた。
「――ありがとう、この恩は決して忘れない」
その日は既に夜も更けていたため、後日また訪ねる約束をして商館を後にした。ベルナークの手配してくれた宿を借りることになり、受け取った地図をもとにミラスの街を進んでいった。
やがて辿り着いた宿泊施設は、外観からしてこれまで利用してきた宿とは比べものにならないほどの豪華さを誇っていた。白い石造りの壁面には繊細な彫刻が施され、窓には金色の縁取りが輝いている。玄関前でフェルナリーザと並んでその荘厳さに思わず見とれてしまった。
「ハルツ様からお話は伺っております。お部屋までご案内いたしますので、お荷物はこちらにお乗せください」
中へ入ると、整然と並んだ従業員たちが一斉に頭を下げた。磨き上げられた床は光を映し、天井から下がるシャンデリアが室内を柔らかく照らしている。
慣れぬ丁寧なもてなしに、二人とも落ち着かない気持ちになりながらも足を進めた。
「わぁ……すごい立派な部屋」
案内された先は、それまで見たこともないような部屋だった。大きな窓には深い藍色の厚手のカーテンがかけられ、窓辺には花を活けた透明なガラスの花瓶が置かれている。柔らかな絨毯は足を沈み込ませるほど厚く、壁には海や森を描いた絵画が並んでいた。部屋の片隅には上質な寝台が二つ備えられていた。上品な木枠に白いシーツが張られ、掛け布団には緻密な刺繍があしらわれている。
「よしっと」
一通り落ち着いた頃、ポーチからあるものを取り出した。竜の背に突き立てられていた剣の柄だった。
「その柄、かすかに魔力の気配がするけれど――」
「うん、それに僕にはこの中にいる精霊の気配も感じられるんだ」
「精霊?」
床に座ると柄を置き、目を閉じて目の前に集中した。
「……」
すると、間もなく光とともに精霊が現れ、その輪郭があらわになっていく。
思っていたよりもすぐに反応を示したことに驚きながらも立ち上がる。どのような精霊が現れるのだろう――と心待ちにしながら、固唾を飲んでその様子を見守るのだった。




