第088話 谷を抜けて
「ハァ、ハァっ――ヨッシャ――ッ!!」
竜の姿が消えた空き地にライリーは仰向けに倒れ込んだ。胸で息をつきながら拳を強く握りしめて空へと突き上げる。
「や、やったっ!」
「フゥ、なんとかなった」
ナヴィとゼルも竜が消えたのを確認すると、それぞれの武器へと光に包まれて戻っていった。顔には疲れの色を残しつつも、満ち足りた表情が浮かんでいた。
「ッはー! すっげーっ! 魔法使いの戦いってのは凄まじいもんだなー!!」
「なんとかなってよかったよ。ライリーもありがとう」
竜のいた場所まで行き、地面に残された剣の柄を拾い上げた。
「ん? そんなモン落ちてたのか」
「あの竜の背中に刺さってたんだよね」
手に取った瞬間、それがただの武器の亡骸ではないことに気がついた。使い込まれた柄の感触、かすかに残る“魔力の気配”、そして――。
「ルィン」
フェルナリーザの声に振り向くと、視線の先――横穴から続々と男たちが現れた。
「おいおい、静かになったと思ったら本当にあの化物がいなくなってやがる」
「お前たちが追い払ったのか? どうやったか知らんが、こりゃあ助かったぜ」
表情はどれも荒々しく、感謝とは程遠い様子で周りを取り囲む。
「お、おい――お前ら――」
「あなたたちは?」
ライリーの不安の籠ったような言葉を遮り、フェルナリーザが問う。
「俺たちゃただの荒くれの集まりさ。今はここでとある事業を生業としているがな」
「事業?」
眉をひそめるフェルナリーザに、男は肩を竦めてみせる。
「ああ、だがあの化物のせいで身動きが取れなくなってな。雇い主との契約ももう破棄されちまっただろうな」
「その事業というのは? こんなところで真っ当なことをしているようには思えないのだけれど」
脳裏に先ほどの子どものことが浮かぶ。
「それはお前たちのようなガキんちょが知るようなことじゃない。荷物を置いてさっさとどきな。俺たちゃ早いとこミラスへ行かなきゃなんねぇんだ。へっ、それともお前らも一緒に売られたいか?」
男たちはおもむろに武器を取り出した。金属がチャキリと鳴り、鈍く光を反射する。剣、ナイフ、そして銃。さらには見たことのない武器もあった。
フェルナリーザと一瞬だけ目を合わせ、無言のまま頷いた――。
五分後――。
「――ずびばぜんでじた」
縄で縛り上げた男たちの前で、フェルナリーザは埃を払うようにパンパンと手を叩く。
「それで? あなたたちはここで何をしていたの?」
フェルナリーザが腰に手を当てて男たちの前に立つ。
「……それは言えねえ……契約だ……」
フェルナリーザの足元で闇がぞわりと湧き上がった。
「ひ、ひぃ……」
「もう少し痛い目みたいのかしら? それにさっき契約なんてもう破棄されてる頃だって自分で言ってたじゃない」
「うぐっ……」
フェルナリーザが男たちに一歩近づいた。冷たく見下ろす視線とともに、踏み出した左足に闇がゆらりと絡みつく。男たちは悲鳴を上げながら必死に後ずさった。
……もし自分が男たちの立場だったら――想像してもその威圧に耐えられる自信はなかった。同じように震え上がっていただろう。
「わかった……! ぜ、全部話すから! 止まってくれ!」
フェルナリーザが歩みを止めると、焦りと恐怖の中にあった男たちの口から小さな安堵の吐息が漏れた。
「……俺たちゃミラスの商人に雇われてたんだ」
「ミラスの商人? それってもしかしてベルナークさんのこと?」
ライリーの言っていたベルナークの話を思い出した。以前から広まっていたというよからぬ噂が頭をかすめた。
「ベルナーク?」
「うん、ベルナーク・ハルツ。その商人っていうのはハルツさん?」
「いや……あんな真っ当な大商人じゃねえよ。俺たちの雇い主は商人のホークだ」
「ホーク?」
ライリーの方を見る。
「……ん? 確かにミラスにはハルツに引けを取らない商人のホークはいるが……。もしかして噂が流れる内に誤って伝わったのか?」
フェルナリーザは大きな溜め息を吐いた。
「はぁ、これだから“裏情報”や“噂”なんて信じられないのよ」
「やっぱりベルナークさんのことじゃなかったんだね」
最初から信じてはいなかったが、それでもほっと小さく息をついた。
男たちをライリーとフェルナリーザのリスに見張らせたまま、二人で彼らのいた横穴へと足を踏み入れた。奥の厚みのある扉には頑丈そうな錠前がかけられていた。
扉を壊し中に入ると、そこには拉致されたと思われる人々が怯えた表情で地面で身を寄せ合っていた。涙ぐむ者もいれば、悲鳴を上げる女性の姿もある。
「もう大丈夫です。あの男たちは捕らえました。安心してください」
人々は混乱したような表情を浮かべる。だが、徐々に安堵や喜びの声が湧いてきた。
その中から一人の男の子が駆け寄ってきた。
「お兄ちゃんたち! 助けに来てくれたの!?」
歳のころは自分の五つほど下の、快活そうな少年だった。そっとしゃがみ、安心させるように目の高さを合わせた。
「うん、無事でよかった。君の名前は?」
「僕はルーシュネス! ありがとう、お兄ちゃんお姉ちゃん! さっきの戦い、すごかったねっ!!」
少年――ルーシュネスは目をきらきらと輝かせながらこちらを見つめた。
「見ていたの?」
「うん、僕だけこっそり上から見てたんだ。空中に壁を作ったり、雷を落としたり、お姉ちゃんは刀でズバズバッてすっごい攻撃したり――!」
興奮したように腕を振るう。そんなルーシュネスの頭に、ぽんと手を乗せた。
「ふふっ。でも、みんなには内緒にしていてくれる?」
「えっ、内緒? うーん、友達に話したかったんだけど……。僕のお兄ちゃんにならいい?」
「うん、それじゃ、お兄さんにだけね」
「わかった!」
人々を穴の外まで連れ出し安全を確かめた後、再び内部の捜索に戻った。さらに奥の部屋で袋に詰められた白い粉、武器の数々、盗品と思われる品々が見つかった。
「これが密輸されていたっていう麻薬や武器ね。持ちきれないからミラスへ着いたら通報して回収してもらいましょう」
「うん、僕もこれをアーシェに貰ったポーチで運びたくはないかな……」
洞窟内を確認したあと、一行は攫われていた人々と縛られた男たちを連れ、谷の出口を目指した。後ろからフェルナリーザが目を光らせていたため、男たちは怯えたように黙り込み、反抗する素振りすら見せなかった。
「谷のこっち側はこのまま平地になっててミラスへ行けるんだ」
ライリーの案内で来た道と反対へ進んでいく。その間、ルーシュネスと手を繋ぎながら歩いた。道中はライリーも交えて先ほどの戦いの話をしたり、ルーシュネスから兄の話を聞いたりしていた。ルーシュネスは攫われて捕らわれていたとは思えないほど明るく、逆に自分も元気を貰うほどだった。
「僕のお兄ちゃんは旅をしているんだけど、きっと助けに来てくれるって信じてたんだ!」
「ふふっ、頼もしいお兄さんなんだね」
「うん、すっごくかっこいいんだよ!」
そんな会話をしながら進んでいると、やがて視界が開け、目の前に平原が広がった。谷の中では時間の感覚が曖昧だったが、空はちょうど夕暮れの色に染まり始めていた。後ろの人々からも安堵の声が広がる。
「ふーっ! やっと明るいところに出たね」
「ああ、さすがにずっと谷底は肩が凝っちまうな。あとはこのまま道沿いに下って行けばミラスに着く。暗くなる前には到着するだろう」
そのとき、視線の先――道の向こうから、武装した集団がやってくるのが見えた。
「なんだろう、こんなところに」
「あ、アレ! 兄ちゃんだ! にいちゃーん!」
ルーシュネスが手を振りながら走っていく。集団の中の一人がルーシュネスを見て真っ先に駆け出した。
「ルーシュ!! よかった、無事だったか――!」
男はしゃがみ込み、ルーシュネスをしっかりと抱きしめた。
「うん! あのお兄ちゃんたちが助けてくれたんだ! すっごく強いんだよ!」
男が身体を離すと、ルーシュネスは振り返りこちらを指差した。
「そうだったのか――」
男はルーシュネスの手を握り、こちらに歩いてきた。
「どうもありがとう。攫われた人々の捜索を続けていて、この付近では残ったのはこの谷だけだったんだ。その中に弟のルーシュネスもいて……。本当に無事でよかった――」
男は頭を下げながら安堵の表情を浮かべた。
――その男に見覚えがあった。三年ほど前、旅に出てまだ間もない頃――あのとき水の国で出会った――
「――ユース!? もしかして……ルーシュのお兄さんって……ユースだったの――!?」
「!? ……まさか……ルィン、なのか!?」
水の国で握手を交わして別れを惜しんだひと時の旅の仲間、ユーステス。まさかこんなところで再び顔を合わせることになるなんて、夢にも思っていなかった。
二人は信じられないといった表情で、しばらく無言で見つめ合うのだった。




