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幻想水月物語  作者: 安良木 響花
【黄の章】
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第077話 交錯する想い(3)

 ぎらりと目を光らせた二人の皇魔が浮かび上がる。

 四人は身を低く構え、張り詰めた空気の中で一瞬たりとも視線を外さず、その動きを追った。


 ――二人が飛び出した。爪が鋭くきらめき、空気を裂くような勢いで迫る。


「フン――ッ!」


 レグリスが真っ先に前に出た。全身に力を込め、仲間を庇うように腕を広げると、襲いかかる爪をがっちりと受け止めた。皮膚を裂かれ、手が震え、血が滲む。それでもレグリスは一歩も引かず、皆の前に立ちはだかった。


 フェルナリーザが咄嗟に横へ跳び出すと、黒いマントが翻った。


「黒戒《こっかい》!」


 闇の軌跡が残像のように走り、大きな斬撃が縦に空気を裂いた。

 魔族二人は素早く跳躍し、攻撃をかわした。


「闇沼《ダーヌス》!」


 着地の瞬間を狙ってフェルナリーザが闇の沼を生成し、ヴァーネスの足元を捉えた。


「今です!!」


 レグリスが拳に魔力を込め、追い打ちをかけようと飛び込む。

 だが、ベルゼロスがその間に飛び込み、激しい地鳴りを轟かせてそれを受け止めた。ベルゼロスは赤い目を光らせてレグリスへ迫り、再び二人の攻防の応酬が始まった。


 ベルゼロスの攻撃は先ほどまでよりも力を増しており、レグリスは徐々にダメージを蓄積させていく。顎を、腹を、胸を――何度打たれようと、骨の軋《きし》む音を堪《こら》えながらレグリスは懸命に身体を張った。


 それまで以上に消費の激しさを増した魔力を補うために、魔力石を固く握りしめ、歯を食いしばりながら必死に回復魔法をかけ続ける。


 鋭い魔力の気配が走った――。

 ベルゼロスの後ろで、ヴァーネスが生成した岩の槍が淡い光をまとって震えていた。ヴァーネスが手を振りかざすと、槍はレグリスめがけて一直線に飛んでいく――


「翠流顕現《ベナリアル・アイフィール》!!」


 すかさず水と風の壁を展開し、飛来する槍を打ち消した。


「空砲《バ・ソア》!!」


 直後、アルシェリアスが反撃するように、間隙《かんげき》を縫い乾いた音とともに圧縮した空気の砲弾を放つ。だが、ベルゼロスが防ぐようにして立ちはだかり、少し身体に窪みを作るだけで硬い音を立てて弾き返された。


「螺旋岩穿《グランメルザイン》」


 次の瞬間、ヴァーネスがルィンに向けて再び螺旋の光線を放ってきた。咄嗟に水の壁を張り防ごうとしたが、光線は容易に貫通してきた。防ぎきれず身を固くした瞬間――アルシェリアスが移空で飛び込み直撃を回避した。


「あ、ありがとう、アルシェ」

「あの攻撃は避けることに徹するんだ」


 アルシェリアスは戦場を睨み、冷静な声で三人に声を掛ける。


「攻撃主体のヴァーネスを、ベルゼロスが守っている形だ! まずは一点集中してベルゼロスを崩すんだ!」


 声の直後、フェルナリーザが闇に溶け込み、死角からベルゼロスの背後を取った。一瞬の静止――鋭い一閃がベルゼロスを襲う。岩の防御を張って反応したが、全てを受けきれず、ベルゼロスはバランスを崩した。フェルナリーザはさらに手を掲げ、闇の力でベルゼロスの動きを鈍らせた。


「はァ――ッ!」


 レグリスの拳が、空気を裂く音とともにベルゼロスの腹部に渾身の一撃を叩き込んだ。ベルゼロスの口から呻《うめ》き声が漏れ、巨体は空中に投げ出された。


 吹き飛ばされたベルゼロスを追うようにアルシェリアスが移空で回り込み、二本の長剣を交差させ、斬撃とともに床に叩き落とした。


「雷神の鉄槌《ヴァニアス・ウル・ゼフィア》!!」


 落下した身体に雷撃で追い打ちをかける。瓦礫と共に光と火花が辺りを散らす。


 四人の猛攻を受けたベルゼロスは、砂塵の中から立ち上がろうとしたが――すぐに膝をつき、震える腕で地を支えた。

 レグリスとフェルナリーザが追い打ちをかけようとすぐに跳び出す。


 ――そのとき、空気がひきつれるように変わった。奥でヴァーネスが魔力を収束させている。


「鳴動する岩人形《ガルガンディール・ウル・グラン》」


 直後、ヴァーネスが力を解放させると、地響きを伴って部屋を埋め尽くすほどの無数の岩の人形が生成された。それらが地を揺らしながら一斉に迫り来る――


 アルシェリアスが即座に反応した。


「固まれ! 数を減らすんだ! ルィンは左右に壁を! レグリス、出来る限り食い止めてくれ! フェルナリーザはそれをカバーだ! 漏れてこちらへ向かってきた奴は俺とルィンでなんとかする!」

「承知しました!」


 指示された通り大きな水の壁を作り、人形の進路を前方に限定させた。レグリスが大きな身体で行く手を阻み、フェルナリーザが刀を振るって砕いていく。間を縫って抜けてきたものは、アルシェリアスが寸分の隙なく砕き、戦場のリズムを繋いだ。その間も仲間たちの動きを必死に捉え、支援する。


 散り散りに舞う岩の破片が床を叩き、空気が重く乾いた音を立てていく。人形たちの数は確実に減りつつあったが、それでも油断できる気配は一切なかった。


 ――一瞬、空気に違和感が走る――。


 不穏な気配を感じ取り、神経を研ぎ澄ませる。気配の先、ベルゼロスが片手を広げ、魔力を込めた腕をフェルナリーザの方へ向けていた。目の前の人形に集中していた三人は気づいていない。


「フェルナリーザ――ッ!」

「――ッ?」


 叫びにフェルナリーザが振り向きかけた刹那――。

 フェルナリーザの足元から岩の柱が突き上がり、彼女の身体を打ち上げるように襲った。


「きゃぁあ――!!」


 悲鳴を上げて宙を舞うフェルナリーザの身体に、ヴァーネスの放った岩の塊が続けざまに打ち据えられる。衝撃の全てを生身で受けた身体は、重力に引かれるままに落下し、硬い地面に叩きつけられた。

 フェルナリーザは力なく転がり、動かなくなった。


「くそっ……! ルィン、状態の確認と回復を――!」


 アルシェリアスが即座に前へ出て、フェルナリーザに襲い来る人形たちを迎え撃つ。その声に初めて焦りの色が滲んだ。

 胸の奥を締めつけられるような焦燥を覚えながら、倒れたフェルナリーザのもとへ駆け寄る。顔は血の気が引き、目は閉じられたままで、呼吸の気配も薄い。


「息はしてる……! でも――!」

「回復魔法をかけて、ルィンはフェルナリーザの守りに集中するんだ!」

「わかった――っ!」


 震える手を伸ばし、回復魔法を発動させる。指先に魔力が集まるが、呼吸が乱れ、心臓の鼓動が耳を打つ。


 ――そのとき。


 横たわるフェルナリーザの身体から黒い煙が立ち上った。


「――っ!?」


 思わず一歩距離を取った目の前で、フェルナリーザの身体がまるで糸に引っ張られるかのように宙に浮かび、そのままゆっくりと地に足をつかせた。


 フェルナリーザがゆっくりと瞼を開く。目は虚ろで、深い霧に覆われたように曇っていた。肩口から黒い影が滲み、まるで身体を這うように広がっていく。


「フェルナリーザ……?」


 震える声で呼びかけた瞬間、フェルナリーザが感情のない顔のまま、無言で斬り込んでくる。咄嗟に剣を抜いて受け流した。


「フェルナリーザ……やめて……!」

「ルィン、どうしたんだ!?」


 アルシェリアスがヴァーネスの攻撃を受け流しながら横目で叫ぶ。


「わからないよ! フェルナリーザが突然操られたように動き出して……!」

「なんだと……!?」

「どういうことですか……!」


 混戦の中、混乱する一同。しかし、その間もフェルナリーザは斬撃を繰り出してくる。反撃することも出来ず、防戦一方のままなんとか刃を受け止める。


「闇縛《ザイス》」

「――!!」


 闇が足元に絡みつき、身動きが取れなくなった。

 フェルナリーザの次の一撃が迫る――剣を縦に構えて辛うじて受け止めたが、力の差に耐えきれず衝撃で身体が宙に浮き、地面に叩きつけられた。


「ルゥ!!」


 視界がぼやけ、転がった剣が僅かに光を弾いているのが見えた。必死に手を伸ばそうとするが、押さえつけられたように身体が重く、思うように力が入らない。


 靴音が石畳を叩く音がゆっくりと、重たく響いた。フェルナリーザが近づいてくる。必死に顔を上げるが、そこにあるのは無表情なままこちらを見下ろすフェルナリーザの瞳だった。


「くっ……フェルナリーザ……!」


 フェルナリーザの手がゆっくりと、まるで夢の中の動きのように遅く、左手へと伸びてくる。

 狙いは――指輪。


 どうして……?

 なんで、フェルナリーザが、

 こんなに悲しい目で――


 床に押さえつけられ身動きが取れない中、フェルナリーザの手が指輪に触れようとする瞬間を、ただ見つめることしか出来なかった――。


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