第074話 闘う理由
「ミルグレイアは、普段はマーズナリュア様の部屋の中で自由が許されていたけれど、今は広間に移されているわ」
サザリーの案内で皇魔二人がいる部屋――そこに捕らわれたミルグレイアのもとへ向かった。
建物は複雑に入り組んでおり、来た道を覚えることすら困難だった。廊下は広く、天井は高いが窓は無い。黒い壁は触れると脈動するような、不思議な気配を感じさせた。壁の低い位置に白い石がはめこまれてあり、足元を薄く照らしていた。
ときおり魔族とすれ違うこともあったが、ファガーのマントの保護もあったものの、それ以上にサザリーの結界の力が大きく、一行は気配を隠しながらやり過ごした。一同は改めてサザリーの力に目を見張った。
「この先の突き当りよ。私が魔力を流して扉を開けるから、その隙に中に入って」
人の気配がない瞬間を狙って、一行はサザリーの後を追って扉へ向かった。
サザリーが魔力を流して錠を解く。
それを待つ時間がルィンにはとてつもなく長く感じられた。固唾を呑み、じっとその様子を見守る。
「開いたわ、中へ!」
一行が中へ飛び込むと、そこはハイルグントの玉座の間に似た広間だった。だが、その広さは桁違いで、眼前には広大な空間が広がっていた。
広間の奥に置かれた巨大な三つの椅子。その二つに座る強い気配がこちらを見据えていた。
そしてその脇には――
「レグリス!!」
長い栗色の巻き髪を揺らす、ルィンと同じくらいの年頃の少女が半透明の膜の中に閉じ込められていた。
「姫様!! お待ち下さい、今お助けします!」
レグリスは魔力をまとわせながら低く構えた身体を震わせ、今にも飛び出しそうだった。他の三人も武器を抜き放ち、戦闘の体勢を取った。
そのとき、目の前の魔族の一人が立ち上がり、口を開いた。
「サザリー、ご苦労だった」
低く、それでいて通る声が広間に響く。
サザリーは俯き、黙っている。
「サザリー?」
「その者にはお前たちをここまで連れて来るよう命じていたのだ」
もう一人の魔族が座ったまま告げる。
その言葉に、四人の視線がサザリーに集まる。
「そんな――じゃあ、罠ってこと……?」
「違うわ、サザリーにも事情があるの!」
ミルグレイアが遠くから訴える。まるでかばうような言い方だった。
「君は静かにしていたまえ」
立った魔族がミルグレイアの檻に手をかざすと、膜の濃さが強まり、声が聞こえなくなった。
「サザリー、この部屋の気配遮断をしておけ。ここのことは外に漏らしたくない」
皇魔が重みのある声で言うと、サザリーはほんのわずかに躊躇うような表情を見せたあと、伏せた視線のまま両手を左右に大きく広げた。
「断絶創導」
震えるような脈動とともに、広間全体が淡い光に包まれ、巨大が結界が部屋を覆った。
「さて、君たち。よくここまで来たな。まずはその熱意を称賛しよう。ひとまず自己紹介といこうじゃないか」
「自己紹介? 私たちはそんなことをするためにここに来たわけじゃないの」
フェルナリーザが鋭く言い放つ。
「そう怖い顔をするな、“闇”の娘。我らには必要なのだ」
「必要?」
眉をひそめるアルシェリアスに、一人が頷く。
「そうだ、私はヴァーネス。ハッカーソンの標」
先ほど立ち上がった背の高い細身の魔族――ヴァーネスが名を告げる。
「俺はベルゼロス。同じくハッカーソンの標。お前たちにも名乗ってもらわないとだめなんだ」
座ったまま身を前に乗り出した大柄な魔族――ベルゼロスは何か含みのある言い方をした。
「一体どういう……」
「――見られているの」
サザリーがこちらだけに聞こえるように声を落として言う。
「見られてる? 誰に?」
「……ザームよ。この部屋はザームに監視されている」
ざわりと背筋に冷たいものが走った。
一行は一歩退き、辺りを見渡した。
「でもザームの気配はしないよ。もし近くにいるなら、僕すぐ分かる」
ルィンは室内に視線を巡らせるが、あのおぞましい魔力は感じられなかった。
「おそらく……あいつの影魔法」
サザリーが低く呟く。
「前にも話が筒抜けだったことがあった」
「……そういうことでしたか」
レグリスが構えたまま険しい顔で正面を向く。
「サザリー、余計なことは言うな。我らは“侵入者を全力で排除する”、それだけだ」
「君たちの王女を返すわけにはいかない」
ゆっくりと立ち上がったベルゼロスの身体に淡い光が灯る。ヴァーネスもそれに続き、広間全体に軋むような音が満ちていく。
ルィン以外の三人が構えを取った。
両者は睨み合い、場に張り詰めた緊張が走った。
――そこで、ルィンが一歩前へ出た。
「……ねえ、あなたたちも同じなんでしょう! 皇女様を連れ去られて! 話し合おうよ! 一緒にザームを――」
「少年、私たちには『守るべきもの』があるのだ」
ヴァーネスが静かに告げる。
「守るべきもの……? 皇女様のこと……?」
ルィンの声は震えていた。
「我らの『誇り』だ」
ベルゼロスの低い声が響く。
「ならその誇りに従って王女を返しなさい」
フェルナリーザが鋭く告げた。
「――たかだか数十年しか生きていないお前たちには理解し難いことかもしれない。人質は付随した『結果』だ。理由はどうあれ、守るべき『誇り』と『信念』があることには変わりない」
その言葉に、レグリスが構えを崩さずに皇魔二人をまっすぐに見据える。
「その誇りとは、つまりあなたたちの皇女のことですか」
「マーズはその一部に過ぎん」
「それなら、もっと話し合って――っ」
ルィンはなおも引かずに訴えるが、皇魔二人の表情は静かで、変わらないままだった。
「話し合いか。君はあの男と同じようなことを言うんだな」
その言葉に、サザリーが身体をぴくりと反応させた。
「あの男……?」
「我らの中にもそのようなことを言う甘いやつがいた。かつて共に肩を並べた皇魔、そこの侍女の連れだ」
「ファガーが……?」
サザリーは口を引き結び、俯いていた。
「奴には奴なりの誇りがあったようだが、それではだめなんだ。私たちはこの娘を使って人間の国の神殿を解放させなければならない」
「こうして言葉を交わすことはできるのだがな。残念だがこれ以上は意味がない。さあ、名乗ってくれ」
「っ――!」
ルィンは立ち尽くした。
これ以上言葉を重ねてもだめなのか。同じような状況で、同じような気持ちなのに、戦わなければいけないのか――ザームのせいで――――
「――僕はルィン・アイルレーヴィだッ」
「ミルグレイア様にお仕えするレグリス・グランレーヴィと申します」
「フェルナリーザ・ザームレーヴィよ」
「アルシェリアス・シエルレーヴィだ」
他の三人も同じ気持ちなのか、魔族の申し入れに応え、はっきりと名を告げた。
するとその瞬間、広間全体に薄闇が広がったかと思うと、何かがはまったような鋭い音とともに一瞬だけ部屋が光り輝いた。
「これで整った。“奴”も満足だろう」
皇魔二人はその言葉とともに並んで前に出た。
「でははじめようではないか――!」
広い空間に声が響く。
ルィンは震える拳を固く握りしめる。
どうしようもない無力感と悔しさに、目尻には滲むような涙が薄く浮かんでいた。
部屋の中央を境にして、互いの視線と想いが交差した――




