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幻想水月物語  作者: 安良木 響花
【黄の章】
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第075話 交錯する想い(1)

「――でははじめようではないか!」


 同時に二人の魔族が疾風のように動いた。左右に散った彼らの手から蠢《うごめ》くような魔力が溢れ出す。床一面が鈍く輝き、即座に本能が警鐘を鳴らす。


「咲き乱れる殺意《ハルマール・シャーキ・ウル・グラン》!」


 四人は四方へと跳び散った。自身は水の足場を、レグリスは岩の柱を立ち上げた。フェルナリーザは壁に生み出した闇に掴まり、アルシェリアスは剣を構えて宙で静止した。


 ――直後、床を埋め尽くすほどの無数の岩棘が突き出し、地鳴りとともに部屋一帯を覆いつくした。


 ――フェルナリーザが動いた。棘の間の僅かな隙間に着地すると、腰の武器に手を伸ばし、鞘から漆黒の刀身を光らせた。


「黒幽閃《こくゆうせん》!」


 闇を纏った剣閃が広範囲の岩を空気ごと薙ぎ払う。床を覆う岩が裂け、砕け、四散した破片が飛沫のように広がった。


「ルナ! みんなに強化魔法を! ――悠かなる優風(マイス・リーフ)!」

「えぇ! 月の加護(マイス・ルーナ)!」


 着地するとすぐに皆に魔法をかける。魔力の糸が絡み、仲間たちの身体が軽やかに、そしてしなやかに研ぎ澄まされていく。


「なるほど、“月”の妖精連れか。これは少々手強いな」


 ベルゼロスの瞳が鋭く自分とルナを射抜いた。

 ――次の瞬間、激しく地を蹴り、轟音とともに一直線にこちらへ突進してくる。床が軋み、風圧が周囲に散った。


「行かせません!! フンッ――!」


 進路にレグリスが割って入った。力を込めた両腕で拳を受け止める。衝撃で石畳が砕かれ、破片が弾け飛んだ。

 その背後、死角からヴァーネスが舞い上がった。爪を振りかざして飛びかかってくる。


「させるか――!!」


 アルシェリアスが二本の長剣を閃かせて横から切り込み、ヴァーネスの突進を防いだ。金属の擦れる音が弾け、二人の激しい攻防が中空で始まった。


 ――ベルゼロスの背後にフェルナリーザが低い姿勢で飛び込んだ。


「はぁッ!」


 刀の切っ先が鋭く閃く。ベルゼロスは反射的に大きく後転し、回避した。


 一瞬の間。三人とベルゼロスが睨み合う。両者の気迫が空間を満たし、空気が張り詰める。


 ――足を一歩踏み出した。


「僕の攻撃の後に二人も! 悠かなる水槍《グニール・ウル・アイフィール》!」


 掲げた両手の先で、風を纏った水の塊が細く伸び、空中に巨大な槍となって現れた。

 腕を振り下ろす。槍先が唸りを上げ空気を引き裂きながらベルゼロスへと迫る。


「大地創造《エレーヴァ・グラン》!」


 ベルゼロスは足元に岩の壁を突き上げ防御の構えを取った。

 槍はそれを貫き、弾けた破片が激しく散る。


「む――!」


 ベルゼロスは咄嗟に跳び上がるようにして槍の軌跡を避けた。


「はぁああ――――ッ!!」


 空中で左右から飛び掛かる二人。レグリスの光を帯びた拳が空気を震わせ、フェルナリーザの刀が闇の軌跡を引く。二つの攻撃が同時にベルゼロスを挟むように迫った。


「フン! 守護岩陣《ベリア・グラン》!」


 ベルゼロスは空中で岩の殻を膨らませて両者の攻撃を防いだ。硬質な衝突音が響く。防御を解くとベルゼロスは素早く両腕を振るい、レグリスとフェルナリーザを弾き飛ばした。


「ぐっ――」

「うぐっ……」


 大きな衝撃音とともに砂塵が舞い、二人のうめき声が漏れる。


「二人とも、今回復するよ! 風の優癒(ディア・リーフ)!」


 即座に手を掲げ回復の光を飛ばした。その合間にアルシェリアスの方に目をやる。ヴァーネスの爪と剣閃が火花を散らし、舞うように空中で絡み合っていた。目で追うことも難しく、二人の姿が霞んで見える。


「回復持ちがいると厄介だな」


 ベルゼロスが低く呟いてこちらを睨む。

 ――直後、ベルゼロスが手を掲げた。


「大岩迫撃《マーベル・ウル・グラン》!」


 頭上から巨大な岩が轟音とともに落ちてくる。


「――!!」


 反射的に横へ跳び、地面に転がりながら回避する。

 だが――


「岩陣圧潰《ゼルーガ・グラン》」


 着地の瞬間を狙われた。声とともに足元から岩が隆起し、態勢を整える間もなく身体を取り囲まれる。石同士が擦れる音が響き、わずかな隙間もなく埋められていく。


「ルゥッ――!」

「くっ……!」


 ルナの声が外から響く。一瞬にして闇が広がり、空間は急速に狭まっていく。


「ルィン殿!」

「これは……! くっ、んぎぎ……っ!」


 炎で強化した腕で必死に迫る壁を支える。息が詰まるような重圧が全身を覆っていく。冷たい硬さがじりじりと腕を軋ませ、指先が震えてくる。


「フェルナリーザ様! ルィン殿を!」

「わかったわ――!」


 外から駆け寄る足音が聞こえてくる。フェルナリーザが岩を斬りつける衝撃が硬質な振動となって伝わってくる。


「硬い……!」


 周囲ではレグリスとベルゼロスの激突音、アルシェリアスとヴァーネスの打ち合う金属音が混ざり合って届く。それらが焦燥をより一層駆り立てる。


「腕が……もう限界……っ」


 腕は痺れ、力が抜け落ちそうになる。


 ――そのとき、岩の壁に一筋の光が差し込んだ。間を置かず、フェルナリーザが隙間を切り裂き、穴がこじ開けられた。


「ルィン!」


 差し伸べられた手を掴む。外の光の中へと引き戻された。


「はぁ、はぁっ……あ、ありがとう……」


 震える腕を抱えながら回復の光を流し込む。今の一瞬で体力を大きく削られてしまった。


「私はレグリスの援護に戻るわ。回復をしたら、あなたも状況を見てどちらかに加勢して」


 フェルナリーザが立ち上がり走り去る。その先を見ると、レグリスは苦戦していた。

 魔力を込めた渾身の手刀を放つが、ベルゼロスは無駄のない動きで掌ひとつでいなす。続けざまに繰り出された蹴りも、ベルゼロスは腕を立てて受け止める。二人の身体が衝突する重い音が広間に響き、床が震えるほどの振動が伝わってくる。

 ――その最中、レグリスが体勢を崩した一瞬、ベルゼロスが床に魔力を流し込んだ。


「大地創造《エレーヴァ・グラン》!」


 床を突き破るように岩の柱が噴き出し、レグリスは宙に吹き飛ばされた。


「ぐっ……!」


 ベルゼロスが地を蹴って跳び上がった。レグリスに向け大岩のように迫りながら拳を振り下ろす。その姿は、重さと速さが一体となった獣のようだった。


 レグリスは両腕に岩の防御を張り、前で交差する。


「うぐぉッ――!」


 しかし、ベルゼロスの攻撃の威力は凄まじく、そのまま防御ごと床へと叩きつけられた。


 レグリスの攻めも目を見張る動きではあったが、ベルゼロスの身のこなしと、それを補助するような魔法の扱いはそれを上回っており、圧倒的な強者の風格を見せていた。


 レグリスに回復を施す。息をつく間もなくアルシェリアスの方へ視線を走らせた。


 空中で交錯する剣閃が稲妻のように迸《ほとばし》り、剣と爪がぶつかり合う甲高い金属音が響き渡る。二人の残像が光の線となって軌跡を描いては消えた。


 その激しい攻防に息を呑んだ刹那、アルシェリアスの姿が霞んだ。


「空想四刻《ディヴィザイン・カルテ》!!」


 アルシェリアスの身体が光り輝き四つに分かれ、ヴァーネスを包囲した。


「――!?」


 四方から迫る剣技が一斉にヴァーネスを襲う。


「くっ……」


 ヴァーネスはとっさに岩の殻で身を包み、全方向から迫る攻撃を防いだ。大広間に弾ける金属音が響く。

 直後、四つの分身が滑るように一つの身体に集まる。アルシェリアスは剣を縦に構え魔力を集中させた。


「遥かなる銀空(ライズ・ソア)!」


 剣が銀色に眩く輝き出した。魔力の密度が空気の震えとなって伝搬する。


「はぁ――ッ!!」


 アルシェリアスは岩壁に向かって閃光を伴う鋭い突きを放った。岩を貫く高音とともに、中からヴァーネスの呻き声が漏れた。

 ヴァーネスが岩の防御を解くと、アルシェリアスの剣が片腕を捉えていた。


「“空”か……それも相当な手練れだな」


 ヴァーネスは剣を振り払うと距離を取り、重たい視線をアルシェリアスに向けた。


 アルシェリアスの方は任せておけると判断し、レグリスとフェルナリーザのもとへ駆けつける。レグリスが壁に叩きつけられ、瓦礫の中から立ち上がろうとしている。その前方で、フェルナリーザがベルゼロスの爪を受け止め、必死に食い下がっていた。


「レグリス!」

「ルィン殿、私はすぐに戻ります。もう一度支援魔法をお願いできますか」

「わかった……でも、僕も前に行くよ!」


 レグリスは首を振ると、肩に手を置きまっすぐにこちらの目を見据えた。


「いいえ、あなたは私たちの“生命線”です。私たちが戦えるのは、あなたがいるからこそ。見ているのは口惜しいでしょうが、どうか援護に徹していただきたい」


 言葉の奥に、深い信頼と託された責任の重さが滲んでいた。唇をきつく噛み締め、悔しさを飲み込むようにして頷いた。


 レグリスは再び力を奮い立たせ、ベルゼロスへと向かっていった。


「後ろで見ているだけなのがこんなに悔しいなんて……っ!」


 その言葉に、剣の中のナヴィの気配が強まる。


『ちがうわ、ルゥ。あなたは見ているだけじゃない。みんなを支えてる。とても大きな役割よ』

「大事なのは、またさっきみたいに捕まったりしないことよ。しっかりしましょう!」


 二人の声が、焦燥していた心を落ち着かせる。自分もまた二人に支えられていた。


「……うん、ありがとう、ルナ、ナヴィ」


 目を閉じ、深く息を整えると、再び広間全体に意識を向けた。アルシェリアスが手を離せない今、戦場の全体を見渡せるのは自分しかいない。そう自分に言い聞かせ、祈るような気持ちで三人の戦いを見守った――。


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