第064話 王都への道(3)
マイズを背負って戻ると二人が振り返った。
ミヌエットが駆け寄ってきて肩越しにマイズを確認する。
「ルィン! 無事に捕まえたんだね!」
その言葉には安心が滲んでおり、ミヌエットの表情が緩む。
「うん。ダレン、傷はもう大丈夫?」
マイズを地面に降ろすと、ルィンはミヌエットから縄を受け取り、手足にしっかりと巻きつけた。
「あ、ああ。助かった、ありがとう」
ダレンは肩を軽く動かしてみせるが、その目はまだルィンに向けられたままだった。
「だがあれは一体……?」
「うーん、と……」
ルィンが言葉を探しながら視線を泳がせていると、その曖昧な返事から何かを察してミヌエットが割って入った。
「いいじゃん! ルィンも困ってるし、それ以上は聞かないでおこうよ!」
ミヌエットは上下に軽く腕を振りながら笑みを浮かべる。
「そうだな。すまない、気にしないでくれ」
「うん……ありがとう、二人とも」
小さく息をつき、ルィンは二人に向かって微笑む。
捕らえた二人を抱えて、ダレンがもと来た道を振り返った。
「馬車も無事だし、二人を連れて街道に戻ろう」
街道へ戻ると、結界の中で待っていたベルナークがこちらに気づき、ルィンたちに向かって「おーい!」と手を振った。
ルィンが結界を解除すると、二人はこちらへ駆け寄ってきた。
「マイズとその仲間の男は捕らえた。このままハイルグントで憲兵に引き渡そう」
ダレンが簡潔に状況を説明すると、ベルナークは安堵の表情を浮かべた。
「本当にありがとう。荷物も取り戻せたし、命を救ってくれて感謝している。ハイルグントに着いたら是非礼をさせてほしい」
「気にしないでくれ。護衛の役目を果たしたまでだ。それに礼をするならルィンにしてやってくれ。一番の功労者はルィンだ」
「あ、でも!」
ミヌエットが隣でひょこっと身を乗り出す。
「ルィンの不思議な力についてはあんまり聞かないであげてね。きっと何か事情があるんだから」
その言葉にベルナークは一瞬考え込むが、すぐに頷きルィンの方に目をやった。
「そうか、わかった。私たちも余計な詮索はしないし他言もしない。助けてもらったのだしな」
「みんなありがとう」
「礼を言うべきなのはこちらの方だよ。本当に感謝してる」
ベルナークの言葉に続き、御者も頭を下げた。
「さて、日が暮れる前にハイルグントを目指そう」
夕日が街道を染める中、一行は馬車を進めていた。
後ろの荷台には、縛られたまま気絶しているマイズたちが横たわっている。
警戒を怠らないようにしつつも、荷台に座るルィンたちには落ち着いた空気が戻ってきていた。
「詮索するつもりじゃないけどさ、ルィンの動き、本当にびっくりしちゃった」
隣に座っていたミヌエットがルィンの方を見る。
「二人が大怪我しなくて良かったよ。矢は間に合わなくてごめんね」
ダレンは小さく首を振った。
「いや、あれは俺が悪い。あんな騙し討ちに引っかかるなんてな、情けないよ」
「ルィンはフランとも意思疎通が取れてたみたいだしねー。私がフランとここまで心を通わせるのにどれだけかかったことか……」
ミヌエットが息を吐き、肩をすくめる。
「フランは賢いからね。気持ちが伝わってきたんだ」
「そういうもんかなー」
「まあいいじゃないか。だがおかげでいい目標が出来たよ。高すぎる目標かもしれないがな」
ダレンは握りしめた拳を見つめる。
「そんなことないよ。僕だってちょっと前まで本当に何も出来なくて、あたふたしてばっかりだったんだ」
ルィンはどこか遠くを見るような表情をした。
「へぇー、さっきの戦いぶりを見たらそんなの信じられないけどねえ」
ミヌエットが目をぱちくりさせながらルィンの横顔を見つめた。
しばらくの沈黙の後、ダレンがふいにルィンに視線を向けた。
「……魔法、なのか?」
「えっ?」
唐突な言葉に、ルィンは顔を上げてダレンの方を見た。
「ちょ、ちょっとダレン――」
「すまない、だがそれだけは聞いておきたい」
「えっと……」
ルィンは口を開きかけて、また黙り込んだ。けれど、ダレンの真っ直ぐな眼差しに、ごまかすことはできなかった。
「うん……でも、あんまり人には言ってほしくないんだ」
隣でミヌエットが小さく息を呑んだが、ダレンはすぐに頷いた。
「そうか、もちろん他言などしないさ。お前にはお前の事情があるんだろう」
そう言うとダレンは視線を落とし、しばらく考え込むように間を置いてから再び顔を上げた。
「――大地の国の王族と城の中枢にいる者たちはな、みな魔法を使うらしいんだ。もしかしたら、お前の旅の手助けになるかもしれないと思ってな」
「えっ!? そうなの……!?」
「うん、王様たちは代々魔法使いの家系なんだよね。普段は表立って使うことはないけど、そう伝えられているよ」
ミヌエットが補うように続けた。
「そうなんだ……ちょっとびっくりしたけど、教えてくれてありがとう」
「友達、見つかるといいな」
「うん!」
魔法使いが支えている国。今まで訪れた国々では、魔法を使う人々は隠れるようにして暮らしていた。だが、大地の国はちがう――ルィンは驚きとともに小さな期待が湧いてくるのを感じた。
夕暮れが空を赤く染める中、ついに一行はハイルグントの城門に到着した。
ルィンは街全体を囲む城壁の巨大さに圧倒された。
門では兵士たちが検問を行っており、少しばかり緊張感が漂ってくる。
「私は行商人のベルナーク・ハルツだ。この街も何度か商いで訪れている。これが身分証明の書状だ。こちらの三人は道中護衛を努めてくれた旅人のお方たちだ。身分の保証は私がする」
ベルナークが毅然とした態度で門番とやり取りを交わす。
「それから、護衛のフリをして襲撃してきた賊も捕らえた。憲兵に引き渡したいのだが、対応をお願いできますかな?」
「賊、ですか」
兵士は書状を確認し、その後マイズたちに視線を向けた。
「分かりました。確認が取れるまでこちらでしばらくお待ちいただけますか」
兵士の指示に従い、一行は門の端で待機することになった。
空は紫色に染まりつつあり、巨大な城壁がオレンジ色の光を帯びて浮かび上がる。門の周囲の地面は磨かれた石畳が広がり、そこには無数の旅人が刻んできたような歴史の凹凸が感じられた。目を向けると、その道は街の奥へと吸い込まれるように延びている。
「ハルツ……」
ふとベルナークの家名を呟く。どこかで聞いたような気がする――そんな感覚が胸の奥で引っかかる。旅の中でたくさんの人々と会った……その中で聞いたことのある名前……商人のハルツ――
――俺はユーステス・ハルツだ。よろしくな、ルィン。ユースと呼んでくれ。
「ユースだ!」
突然はっきりとした記憶が蘇り、ルィンは声を上げた。
「ん? ユーステスを知っているのか?」
ベルナークが意外そうにルィンを見つめる。
「うん! ユースと水の国で会って、少しの間一緒に旅をしたんだ」
ルィンは目を輝かせる。徐々に記憶が鮮明になり、当時のことを思い出し自然と笑みがこぼれた。
「ほぉ、そうだったのか。私に続いてユースまで世話になったのか。まさかそんな巡り合わせがあるとはな」
ベルナークは感慨深そうな表情を浮かべる。
「お世話になったのは僕の方だよ。ユースには色々教えてもらったんだ。それに僕の旅の話を聞いてもらって、詩にしてもらう約束もしたんだ」
ルィンは懐かしそうに語る。
「なるほど……あいつはあいつの道をちゃんと進んでいるようだな」
ベルナークは微笑み、嬉しそうに頷いた。
「ルィン君、もしミラスという街に来ることがあれば、ぜひ私の館に立ち寄ってくれ。水と大地の国の境にある街で、私やユースの故郷だ。できる限りの礼をさせてもらうよ」
「わぁ、ありがとう!」
そこで門の奥から兵士が戻ってきた。
そして、書状を手にしてベルナークに向かって一礼する。
「お待たせしました。確認が取れましたので、ハルツ様、そのままお入りください。この二人は憲兵の方で引き取らせていただきます」
兵士たちは捕らえられた二人を荷台から降ろした。
「護衛の旅人の方々、街の警備と安全のため、出入りする方々の名前を控えております。お名前を教えていただけますか?」
兵士は帳面を取り出し、小さな羽ペンを手に取った。
「ダレン・スラーグだ」
ダレンが短く答える。
「ミヌエット・フォンだよ」
ミヌエットが軽く身体を傾けながら名乗った。
「僕はルィン・アイルレーヴィです」
他の二人に倣ってルィンが名を告げると、兵士は驚いたように目を見開き、ペンの動きを止めた。
「す、すみません、もう一度お名前をお願いします……!」
確認するような口調で、兵士は再びルィンに問いかける。
「ルィン・アイルレーヴィです」
ルィンが再度名乗ると、兵士は明らかに動揺した様子で周囲に合図を送り、急いで門の中へ駆けていった。
「こ、こちらでお待ち下さい……! あとのお二人はどうぞ中へ!」
別の兵士に促され、ダレンとミヌエットは心配そうな表情を浮かべながら街へと入っていった。
ルィンがその場で待っていると、徐々に周囲がざわつき始める。
『ちょっと、何よこれ、なんか嫌な予感がするわよ』
『ルゥ、何かした……?』
「えっ? 僕何かしたの……!?」
ルナやナヴィと小声でやり取りをする中、しばらくすると街の中から長身の年配の兵士が石畳を踏みしめて現れた。堂々とした歩き方とその威厳ある佇まいは、ただの兵士ではないことをはっきりと示していた。
「お待たせして申し訳ない、ルィン殿」
ルィンの前に立ち、年配の兵士は低く重みのある声で挨拶した。
「私は王国騎士団団長のレグリス・グランレーヴィ。どうぞお見知りおきを」
レグリスと名乗った男は、柔らかな微笑を浮かべながらルィンに手を差し出す。その大きな手は力強さを感じさせた。
「き、騎士団団長……!? それにグランレーヴィ……て、えっ!?」
突然の事態にルィンは動揺し、握手に応じながらも戸惑いを隠せなかった。
「こんなところで立ち話も失礼でしょう、どうぞ王城へ、王がお待ちかねです」
「お、王様が……!?」
ルィンの頭の中はさらに混乱した。
「さ、行きましょう、ルィン殿」
レグリスに促され、ルィンは仕方なくその後についていく。
門をくぐった先に、夕闇に浮かぶ大きな城のシルエットがそびえていた。ルィンはごくりと息を呑む。何が何だかわからないまま、ルィンの心拍はどんどん速くなっていった。
「僕ほんとに何かしたのかな……?」
『わたし吊るし首なんて嫌よ!』
『あたしへし折られちゃうかも……』
それぞれがあれこれと思いを巡らせる中、ルィンは王城へと向かって歩を進めていくのだった。




