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幻想水月物語  作者: 安良木 響花
【緋の章】
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第122話 星気

 話を聞きながら闘技大会の試合を振り返っていると、アーシュリーの魔法戦術の幅広さ、抜群の剣技、そして最後の身体強化魔法をまとった銀に輝く姿を思い出した。そしてあの言葉――。


「アシュアさん、試合の最後に言っていたあの言葉、えーと、僅かなって言ってた……」

星気エステラのことですか?」

「あっ、そうそう、その“星気エステラ”っていうのは何なんですか?」

星気エステラというのは“星との親和度”。簡単に言えば、魔法を使うことで徐々に溜まっていく“心の力”のことを言います」

「心の力……?」


 フェルナリーザの方を見ても、同じように首を傾げていた。


「ええ、魔法は通常“魔力”を用いて発動させますが、それとは別に“星気エステラ”を使うことで発動できる強力な魔法があります」

星気エステラを使う魔法……」

「はい。魔法を唱えるとき、星の“ことば”を聞きますよね? 無意識で発していると思いますが、あの言葉の中に、魔法の“強度”を示すものがあります。例えば、大きな技を示す“ウル”、強力な“深奥しんおう――ハイリア”、そして、最上級に位置する“最果さいはて――シーア”」


 その言葉に、頭の片隅に残る響きを思い出した。


「あ、最果て(シーア)って僕サヴィスナージャと戦ったときに一回だけ使えたことがあった。確かにとんでもない力だったよ」

「ええ。そして、星気エステラを最大限まで高めると使える“星凛エステリア”の魔法は、その“最果て(シーア)”よりもさらに強力と言われています」

「そ、そんなに強いの……?」


 想像も出来ない力に、思わずゴクリと息を呑んだ。


「はい。それから、ルィンさんと私が試合中に使った“王化おうか”の魔法。あれも星気エステラの力が関与します」

「王化って?」


 フェルナリーザが聞き返す。


「“王化”というのは、上級身体強化のことを指します。例えば水属性は“絶対蒼華ぜったいそうか”、空属性は“天空奏覇てんくうそうは”ですね。効果は違えどどの属性にも存在すると思います。これらの魔法は星気エステラが高まった状態で使うと力が増し、安定度も上がります。逆に少ない状態で使うと身体への負担が増し、リスクが高まります」

「そんな効果が……全然知らなかった」

「ルィンさんはあの試合で星気エステラが溜まりきっていない状態で“王化”を使ったにも関わらず、爆発的な力を発揮し、身体への負担もそれほどないように見えました。それが私には少し疑問で――」


 あの時のことを振り返る。すると、一つの考えに結びついた。


「あっ、もしかして、“紋章”の力も一緒に使ってたからかも?」

「紋章? ルィンさん、紋章を持っているんですか?」

「はい、ここにあります」


 髪を上げ、額の紋様を見せる。アーシュリーが覗くように顔を近づけ、口を開けたままそれを見つめた。


「本当に紋章が……。そうか……だからあのとき……。そうすると紋章は“王化”の力を……。アル兄さまもそれで――」

「アシュアさん?」


 独り言のように呟いていたが、声をかけると瞬きをしてこちらを向いた。


「あっ、ごめんなさい。……紋章を持っていたなんて驚きました。アル兄さまが認めるのも当然ですね」

「でも、僕の紋章はちょっと普通じゃないみたいなんですけどね。……そういえば、魔界で魔族と戦っていたとき、あのときアルシェも“王化”の魔法を使っていたのかな?」


 当時のアルシェリアスの凄まじい動きを思い出す。


「アル兄さまに聞いた話だと、魔族との戦闘では()()王化を使っていたはずです」

「えっ……!? 常時って……。僕なんて紋章使って数十秒だったのに……。アルシェってやっぱりとんでもない……」


 強いとは思っていたが、自分がようやく使えるようになった力の、そのはるか先にいたのだと知り、改めてアルシェリアスの底知れなさに唖然とした。


「あの方は空の国の歴史の中でも特に異彩を放っていますから。それに、星気エステラを十分に扱えるようになるには、長い年月が必要だと言われています。一般的には十年ほどの修練を要すると。私も最近になってやっと少しだけ感じられてきた程度で……」

「……あなた歳はいくつなの? 私たちより少し年上かしら」


 フェルナリーザが遠慮なしに尋ねた。


「私は十七です。えっと……失礼でなければ、ルィンさんとフェルナリーザさんの年齢も教えていただけますか?」

「僕は、えーと……十四かな」

「私は十五よ」


 旅をしていると自分の年齢があやふやになりがちだったが、時折これまでの旅路を振り返ることで年月を計っていた。


「なるほど。私の妹より少し上ですね」

「アシュアさんには妹さんがいるんですか?」

「ええ。空の国で見かけるかと思います」

「へえ、どんな子なんだろう」


 アーシュリーの妹ということは、その子も王女様だ。アーシュリーの美貌に並ぶ美少女――想像しかけたところで、横からフェルナリーザの肘打ちが飛んできた。


「あ、それと、私に敬語は不要です。呼び方も、よろしければ“アーリィ”とお呼びください。どうか、よろしくお願いします」


 アーシュリーはペコリとお辞儀をした。王女であるはずなのに、とても腰の低い姿勢だった。


「あ、うん。そもそも今まで無礼な態度だったかもしれないね」

「いいえ、お気になさらないで下さい。元々私に原因がありましたので」

「わかった。色々教えてくれてありがとう、アーリィ」


 名前を呼ぶと、アーシュリーは首を傾けてニコッと笑った。銀のカチューシャがきらりと光る。その笑顔に思わずドキリとしてしまった。


「……」


 フェルナリーザが無言でこちらを見ている。心なしか口が尖っているように見える。


「……フェリ、どうかした?」

「どうもしないわ」

「なんか機嫌悪い?」

「なんで私が機嫌悪くなるのよ」

「ほら、機嫌悪い」

「……ふんっ」


 フェルナリーザはぷいっと横を向いてしまった。


「フェリ、せっかく綺麗な海なんだから、そっぽ向いてないでさ。……ってもう見飽きてるのか」


 アーシュリーも海に目を向けた。


「……こちらの海は赤いですけど、魔界の海は()()らしいですね」

「海が青? そんな違いがあるんだ」


 そう聞くと、青い海というのも見てみたいと思った。


「ええ。何でも、海に溶け込む“魔気アール”の濃度の差によるらしいです。向こうはこちらと比べて空気中の魔気アールは濃いけれど、海中はその逆という話です」

「へえー。空の国からも『次元の奔流ほんりゅう』を通って魔界に行けるの?」

「いいえ、空の国に『次元の奔流』はありません。あるのは『深淵のひずみ』です」

「深淵の歪み?」


 初めて聞く言葉に首を傾げる。


「はい。『深淵の歪み』は各地の『世界の果て』に存在するのですが、大陸の各里が守っている『次元の奔流』と違い、歪みはその規模ゆえに封印することができません。なので、常時魔界の魔力が流れ出ています」

「……アシュ……アーリィ、『世界の果て』って何?」

「……そうですよね、大陸にいたルィンさんには馴染みのない言葉ですよね」

「?」


 言葉を濁すアーシュリーだったが、フェルナリーザの方を向いた。


「フェルナリーザさんはご存知ですか?」

「そうね、闇の国にも『次元の奔流』は無くて、代わりに私たちのルーゼリア大陸の南にも同様に『世界の果て』と『深淵の歪み』があるわね」

「フェリ、それって何なの?」


 フェルナリーザがこちらを向いた。


「ルィンは海の先に何があるか知ってる?」

「え? 海がずっと広がってるんじゃないの? 他にも大陸があったりとか?」

「北のことは知らないけれど、南の海には“果て”があって、そこから先は“禁域”とされているわ」

「禁域……?」


 またしても聞いたことのない言葉だったが、今度は何か不穏な気配を感じた。


「北も同様です。このあと空の国へ行くならば、知っておいて欲しいことが一つあります。お二人はこの世界がどのような形をしているかご存知でしょうか?」

「世界の……形……?」


 アーシュリーは海の先、遠くの何かを見つめるような視線をした。


「この世界は、隔絶された一つの円状の空間です」


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