6話「ハンター登録」
呼吸が荒い。
鼓動が早くて、全身の血が熱い。
どこへ向かっているかも分からないまま、僕はひたすら闇の中を走っていた。
お腹が痛む。
でも、それどころじゃなくて、何かを、誰かを、探してるような気がした。
──お腹の痛み?
ああ、そうか。
僕は……腹を、貫かれて──
「……ハッ!」
目が覚めた。
天井。
見慣れた、自分の部屋の天井だった。
「夢……か」
昨日の出来事が、ありありと脳裏に残っている。
僕はゆっくり上体を起こして、手のひらを開いたり、握ったりを何度か繰り返した。
(……ちゃんと、動く。温かい)
「うん、生きてる」
その事実だけが、少しだけ心を軽くした。
ベッドから降りて、軽くシーツを整える。
ドアを開けると、リビングにはいつも通り誰もいなかった。
静かな家。
でも今朝は、その静けさがやけに心地いい。
僕は冷蔵庫へと向かう。
ここからが、僕の朝のこだわりタイムだ。
オクラ、とろろ、なめこ、きゅうり、ワサビ、醤油、お酢。
すべてを丁寧に刻んで、混ぜて──
「じゃーん! ネバネバサラダー!」
1口、口に運ぶ。
「ん~~っ、このお酢が効いてるのがいいんだよ!」
最近、妙に酸っぱいものにハマってしまった。
きっと脳が疲れてるんだと思う。いろいろありすぎたし。
(……うん、でも。こういう時間があるだけで、まだ“普通”に戻れる気がする)
テレビをつけると、ちょうどニュースが流れていた。
『昨日、B級ハンター・山田 大地を含む5人のパーティが、指定任務外の行動中に消息を絶ったと報告があり──』
「うわ……これ昨日の……」
『現在、協会は彼らの行方を追っているが、最後に残された痕跡を後に、現場にはダンジョンの反応や痕跡は確認されておらず、一切の魔力反応も残っていないという──』
(ダンジョンが完全に消えたから痕跡が見つからないのか…)
ダンジョンの等級確認もされないまま、無断で踏み込んだ未鑑定領域。
協会に発見される前に発生した“未登録のダンジョン”だったから、痕跡が消えれば、そこに何があったかなんて誰にもわからない。
僕が生きて帰ったことも、邪神のことも、スキルのことも。
全部、誰にも証明できないまま、闇に沈んでいく。
テレビから流れるアナウンサーの声が、室内の静けさを重くした。
『今回の捜索には、特例として“水蓮ギルド”が協力に乗り出す方針──』
「……水蓮ギルド?」
一瞬、耳を疑った。
『ギルドマスターはS級の連水 琥珀ハンター。
国家に所属しない“個人創設ギルド”でありながら、
いくつものダンジョン制圧任務や国境問題に関与し、
現在、国家と同等の実力と判断されている唯一のギルド──』
「え、あの水蓮ギルドが直接調査するの!?」
連水 琥珀。
誰もが名前を知る、生きる伝説のような存在。
そしてその彼が築いたギルドは、ハンターたちの中でも“頂点”に近い場所にある。
(……よりにもよって、そんなギルドが?)
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
(……僕が関わったあのダンジョンのことが、
水蓮ギルドの調査対象になってる……?)
実力派ギルドが今まで解決できなかったことなんてなかった。彼らが動くときは、必ずモンスターの討伐も、ダンジョン攻略も、事件すら解決してしまうという──
僕しか生き残ってない。
それを黙っている──という事実だけが、静かに喉元を締め上げてくる。
(……バレたら、どうなるんだろう)
とりあえず僕はテレビを消して、立ち上がった。
向かう先は──ハンター協会。
昨日の出来事の真偽はともかく、
今の僕にはスキルがある。
それを登録して、正式に“ハンター”になる必要がある。
(……ここで止まってるわけにはいかない)
そう思いながら、僕は外へ出た。
──そして、たどり着いた。
「……」
目の前にそびえるハンター協会本部。
大きなガラス張りの壁と、鋼の柱が空に向かって伸びている。
(……何度も来た場所だ。
でも、そのたびに、何もできなくて……引き返してばっかりだった)
胸が少し締めつけられる。
でも今日は違う。
今日は、ようやく──“ここに立つ理由”がある。
僕はぎゅっと拳を握りしめた。
深く息を吸って、吐く。
「……よし」
足を一歩、踏み出す。
⸻
ハンター協会は、日本では東京都に本部があり、大阪に第二拠点がある。
ハンター登録を行うには、そのいずれかの大都市圏協会で、
スキル・体力・精神・倫理の各試験を受けなければならない。
地方の人間にとっては、交通費だけでも大きな負担だ。
だからこそ、“登録されているハンター”というだけでも、
この国では一種の“権威”として扱われる。
そして、今──僕は、その登録所の入り口に立っている。
(……始まるんだ、ここから)
建物の中は、綺麗なオフィスのようになっていて、区役所みたいにいくつかの受付が分かれていた。
フロアをふらっと歩いていた若い受付のお姉さんが、そんな僕に気づいて声をかけてくれる。
「お困りですか?」
「あ…その、ハンター登録をしに来たのですが、場所が分からなくて……」
思っていたより緊張していたせいか、声が上ずってしまった。
「ハンターとして再登録ではなく、ご新規のご登録でよろしかったですか?ご案内しますね」
まだ若そうなお姉さんだったけど、僕のことを一人の“登録希望者”として丁寧に接してくれた。
案内に従って進んでいくと、入口から一番奥のカウンターに辿り着く。
「こちらは受付番号です。呼ばれましたら、あちらのカウンターへどうぞ」
そう言って手渡された番号票を受け取ると、僕は小さく会釈をして椅子に腰かけた。
(……なんだか、本当に区役所みたいだな)
(ハンター登録に必要な書類とか、ほとんど知らないまま来ちゃったけど……今日、ちゃんとできるんだろうか)
不安と緊張が入り混じる中、しばらくして僕の番号が呼ばれた。
「こんにちは。本日はハンターのご新規登録でよろしかったでしょうか?」
カウンターの向こうには、糸目でにこにこと笑うお兄さんが座っていた。
「は、はい……」
返事をすると、お兄さんは用紙を差し出した。
「では、こちらの項目に当てはまるものに記入をお願いします。まずはスキルの系統からです」
僕は手元の用紙をゆっくり読み始めた。
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1. スキルの系統について、当てはまるものにチェックを入れてください。
•□ 強化系(身体能力や武器などを強化するスキル)
•□ 操作系(物体や属性を操るスキル)
•□ 知覚系(感知・視覚・解析などに関するスキル)
•□ 干渉系(精神・記憶・空間などに影響を与えるスキル)
•□ 具現系(物質を創り出すスキルや装備を出現させるスキル)
•□ 不明・複合(上記のいずれにも明確に分類できない、または複数に該当)
⸻
(……これ、どれにもはっきり当てはまらない気がする)
僕のスキル、〈識環邪眼〉は、解析もできるし、精神や空間にも干渉できる。
対象を改変したり、視たものを再現したり──一言ではとても説明できない。
(複合……ってことでいいのかな)
僕は迷いながら、最後の項目にそっとレ点を入れた。