5話「識環邪眼と幽霞ノ帳」
僕は一先ず森を出て自宅にもどった。
「ただい──…あぁ、誰もいないんだった」
いつもなら寂しく感じるはずの静けさが、
今日だけは、救いのように思えた。
自分の部屋に入って、そっとドアを閉める。
制服の上着を脱いで、乱れたシャツのままベッドに腰を下ろした。
「あ……服に着いた血……。見つかる前に捨てないと」
深く息を吐く。
あのダンジョンでの出来事が、まだ体のどこかにまとわりついている。
ゆっくりと、目を閉じて──
そして、邪眼を開いた。
視界が少し、金色に染まる。
ぼんやりとした光が広がり、空間に文字と線が重なっていく。
「やっぱり慣れないな……視界がブレる……」
まるで、世界の“構造”そのものが浮かび上がってくるようだった。
その中に、ひときわ鮮明な表示がある。
〈識環邪眼〉
分類:神格級スキル
系統:視覚系/複合干渉能力(解析+介入)
付与主:邪神王クトゥル・イグルアス
【能力概要】
対象を視認することで、構造・属性・魔力・精神・空間因子などの情報を“解析”し、
適合度や使用段階に応じて“干渉”を加えることができる。
【段階開放】
•第1段階:視穿
解析特化。視界に映るものの構造・状態・弱点などを可視化。 ※現在使用可能
•第2段階:視操【未開放】
視線を通じて物質・魔力・術式に干渉、構造改変が可能。
•第3段階:視刻【未開放】
一度見た現象・能力を記録し、再現する能力。
•第4段階:視侵【未開放】
精神層に干渉し、記憶・感情・思考へ作用する。
•第5段階:視扉【未開放】
空間や結界の“扉”を創造・開閉する力。
【適合度】:7%
【警告】:長時間使用による視覚・精神への負荷に注意
詩遠は黙って、それを見つめていた。
「……? すでに神格級のスキルなのに、さらにあと四段階も進化できるのか?」
スクロールするように視界の情報を辿っていく。
表示されている能力は、どれも“普通”じゃなかった。
解析、干渉、記録、精神侵入、空間操作──
どれを取っても、一つで国家が動くレベル。
「……第5段階、視扉──空間や結界の“扉”を想像……
ってことは……ダンジョンそのものを、自分で開けたりできるってこと……?」
ゾクリと背中を汗が伝う。
「ええ……こっわ。
一歩間違えたらこの世界ごと崩れるじゃん……」
思わずため息が漏れた。
「……慎重に、使おう……うん……」
目を伏せながら、自分に言い聞かせるように呟いた。
「そして……この“適合度”ってやつ──
使えば使うほど、パーセンテージが上がっていくってこと、だよな?」
〈識環邪眼〉の情報欄には、“現在の適合度:7%”という数字があった。
つまり──
使いこなすことで、スキル自体が進化していく。
「……使っていけば自然と次の段階にも行ける……ってこと、だよな」
今はまだ一段階目だけでも、その先にある能力が全部解放されたら……。
少しゾッとした。
そして──視界の横にもうひとつ、スキルウィンドウが浮かび上がる。
■ スキル名:
〈幽霞ノ帳〉
■ 分類:希少級
■ 系統:隠密・幻影系
■ 効果:一定時間、使用者の気配・足音・魔力反応などを“霞”のようにぼかし、周囲の視認・感知を妨げる。状況に応じて、存在感そのものが希薄になり、“姿そのものが見失われる”こともある。
■ 特性:
•物理的な透明化ではなく、“認識阻害”に近い隠匿効果
•意識を集中させて発動し、集中が切れると即座に解除
•強力な探知スキルや感知系魔眼には見破られる可能性あり
「……存在を“霞ませる”スキル……か」
敵から逃れるだけじゃない。
潜入、奇襲、観察、隠密──
使い方次第で、戦闘にも立ち回りにも化ける力だ。
「これは……実戦でも使えそうだな」
僕は邪眼を閉じて、ベッドに仰向けになった。
シーツの感触が、やけに冷たい。
天井をぼんやりと見つめながら、息をひとつついた。
「はぁ……あんなに、この力に憧れてたのに……
いざ手に入ると、ちょっと怖くなるなんて……情けないな」
あのダンジョンで見たもの。
命のやり取り。裏切り。異形の神。
どれも、“普通の高校生”が直面するものじゃなかったはずなのに──
今の僕は、どこか冷静だった。
(もし、本当に“普通”だったら……きっと、震えて何もできなかった)
「いや、実際には震えていたし、ちゃんと怖がっていた。」
腹も貫かれたし、人間であるならそんな経験をして生きてるなんておかしいよね。
それでも僕は、生きて帰ってきた。
力を得て、こうして、いつも通りの天井を見ている。
それが、少し不思議だった。
(もしかして、僕もこの世界の“異常”に慣れ始めてるのかな)
ダンジョン、スキル、魔物。
いつの間にか、それが“当たり前”になってる。
「……当たり前って……なんだっけ」
誰に向けたわけでもなく、ふっと声に出た。
答えは出ない。
でも、その問いだけが、心の中に静かに残った。
気づけば、まぶたが重くなっていた。
目を閉じる。
静けさに身を預けるように、意識がゆっくりと沈んでいった
なんだか、今日はよく眠れる気がした。




