31話「氷の精霊女王」
──長い氷の洞窟を歩きながら、僕は周囲の様子を確認しつつ、誰にも気づかれないように自分のスキル情報を整理していた。
(今のスキルは──)
・視環
目で視たものを解析し、そのまま干渉できる。身体強化や魔力操作も可能。
・視刻
一度視た動きやスキルを、目に刻んで一度だけ再現できる。
・幽霞ノ帳
気配や魔力を霧のように消して隠れるスキル。
・氷護の衣
氷の防御スキル。全身を冷気で包み、外部からの攻撃を防ぐ。
(……一人で戦うには十分な力。でも、使いこなせるかは別問題だ)
だけど──
(……問題は実戦経験がないってこと)
戦いの中では、体力や魔力消費の配分、判断の速さが問われる。今はスキルでなんとかカバーしてるけど、さっきみたいに1戦でほとんど出し切ってしまうようじゃ、継続戦闘は無理だ。
(それに協会には、識環邪眼の“初期段階の能力”しか伝えてないから、いくらB級ハンターっていっても……一人で任務に出るのは難しいかも)
そんなことを考えていたら──
「どした?さっきの戦闘で疲れた?」
不意に安良さんの顔が、ひょいっと僕の視界に割り込んできた。
「えっ、あ、いえ……その!」
慌てて邪眼の情報を閉じて、ぎこちなく笑ってみせる。
「…そ、そうですね。先程は、紫雲さんにサポートしてもらえたので倒せましたけど、やっぱり……もともと戦闘の経験がないので……体力がまだ全然足りなくて……はは……」
こんなダサいこと言うつもりじゃなかったのに、つい口から出てしまった。
安良さんは一瞬キョトンとした顔をしたけど、すぐにポンと僕の肩を軽く叩いた。
「まぁ最初はみんなそんなもんだよ。例えば、スキルは凄ぇのに、毎度ガス欠じゃ意味ねぇしな。いろいろ経験積んでけば大丈夫っしょ」
その言葉に、僕は少しだけ肩の力が抜けた気がした。
「止まれ」
先頭を進んでいた龍炎が、小さく、確かな声で言った。
(……?)
その一言に、誰もが疑いなく足を止め、自然と彼の視線の先に意識が集中する。
──かすかに、音がした。
「……歌……?」
耳を澄ませば、どこからともなく女性の歌声が流れてくる。
それは繊細で、透明で──けれど、どこか悲しげな旋律だった。
「こんなとこで歌声って……不気味すぎる」
薙が小さく身震いしながら、自分の腕をさすった。
「進むぞ」
再び龍炎が低く呟く。
その声を合図に、全員が即座に戦闘態勢へと切り替わり、足音ひとつ立てずに気配を殺していく。
(僕も……)
脳内でスキルを発動する。
【幽霞ノ帳】
瞬間、空気がひそやかに揺れる感覚。
“僕”という存在に向けられていた全ての意識の糸が、ふわりと霧散していくのがわかる。
(……本当に、僕自身が消えたみたいな感覚…)
自分でさえ自分の気配を感じ取れないほどに、輪郭が薄まっていく。
その時、龍炎が手を挙げて小さく合図を出した。
──静かに、慎重に。
僕たちは、そのまま歌声の聞こえる奥へと進み始めた。
先に進めば進むほど、不思議なことに──あの歌声は徐々に小さくなっていった。
まるで音そのものが、空間に吸い込まれていくかのように。
そして、ようやく僕たちはその音の終着点に辿り着いた。
そこは……氷の宮殿のような空間だった。
床も壁も、天井さえも淡い光を宿した氷で形作られていて、天井からはまるで宝石のような氷柱がいくつも垂れ下がっている。
辺りに風ひとつ吹かず、雪の舞いすらない。
しんと静まり返ったその空間は、まるで“時が止まっている”かのようだった。
(……静かすぎる)
大きな城の広間のように、氷の柱が並び、床には反射するような冷たい光が揺れている。
その中心に──
「……っ」
僕の目が吸い寄せられた。
そこに立っていたのは、氷でできた“女性”の像だった。
白銀のドレスのような衣をまとい、まっすぐに前を見据えた姿は、あまりにも静かで、そして美しかった。
(……どこかで……見たことがある……?)
胸の奥がざわついた。理由の分からない既視感に、僕は目を細めた。
この時には、もう歌は止んでいた。
まるで、歌声の主が僕たちがここに来たことを知ったかのように。
「……静かだね」
静寂を裂くように、薙が小さくつぶやいた。
その声が、空間に反響して、まるで誰かの囁きのように返ってくる。
(……一体、ここは)
僕は息を整え、周囲に意識を向けながら、邪眼を開いた。
──ジジ…
視界が一瞬、軋むように揺れた。
「?」
胸の内に微かな緊張を走らせながら、僕はそのまま目を凝らし、氷像の奥へと視線を滑らせた──。
──ジジッ…
視界の中で、ある一点にだけ、異常な密度の魔力が集中しているのが分かった。
僕は思わず、そちらに視線を強く向ける。
(……あれは……)
氷の像──いや、違う。
視界の中心に浮かび上がった文字が、僕の脳に直接叩き込まれるように表示された。
《対象:氷の精霊女王 クライネス》
《状態:封印中(微弱な鼓動を確認)》
《脅威等級:S+++》
「っ……!」
思わず言葉が漏れた。
脳が警鐘を鳴らす。これはただの像なんかじゃない。
あれは……“生きてる”。
僕はとっさに声を上げた。
「龍炎さんっ!あの氷の象です!」
僕の声に、龍炎は迷うこと無く氷の象に向かった。
紫雲も低く目を細め、すでに双剣を手にしている。
その場にいる全員が戦闘態勢に入り
そして──
キィ……
静かに、氷像の目が、こちらを見た。
(……ッ!)




