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4.これからの話

 髪と身体を拭き、服を着せながら話してくれた話はこうだ。


 妖精姫はこの世での命を失い、他の妖精と同じく名前と共に空に還った。葬儀を急いだのは遺体がないからだ。正妃として国民とのお別れ会など開いたら、彼女が人でなかったことが明るみに出てしまう。

 穢れである葬儀から間もなく王子の結婚式を行ったのは、宰相の発言が原因だ。

 宰相は王に対しこうなった以上は絶対に君を逃がさないように王子の正妃として婚約を結ぶようにと、慌てて進言した。だが王妃はそれが気に入らず、王を魔術師の傀儡だと責めた。侮辱と感じた怒りで衝動的に王は魔術師を殺した。魔術師には力があったが本人も焦りから冷静さを欠き、防げずに刃に倒れた。


 人間は感情で何かを為し、急に冷静になることがある。王も急に不安に襲われた。宰相亡き今、自分の判断が何を招くかわからないからだ。結界の効果も確認できない。

 怯えた王は宰相の最後の提案を実行することにする。しかし残されたあの王一人でろくなことができるわけがない。

 その通り、何も君を正妃に迎える必要はないと思い直し、王妃のご機嫌取りであの愚息と婚約者の結婚を決め、そのあと宰相の意見通り、君を捕まえるために名前だけの側妃として婚約者に据える事にする。式などなく、口先だけで公表もしない。

 君を始末するつもりの王妃の望みらしいが、これは私にとっては嬉しい誤算だ。国民に公表され式を挙げられてしまうと、他者から見れば私が盗人になるだろう。後ろ盾を失い怯える王はともかく結婚式を急いだ。穢れである葬儀から間もなく結婚式を行うなど、まともではない。


 婚約者は君の存在を不快に思い、呪われた拾い子の噂を流す。君を逃せない理由を知らない王妃はどさくさに君を殺そうとする。宰相を失い己の判断で物事を考える王はそれらに気付かない。愚か者の巣窟だ。


 王が危惧した通り、魔術師がいなくなったことで結界にほころびができ、一部の妖精は国に出入りできるようになった。しかし思うように力を使えず、君を連れ出すことは難しい。

 私の元に伝令が来るより早く今日を迎えた。妖精たちは襲われている君を助けたくても、魔力を抑えるあの腕輪のせいでどうにもできずにいた。彼らはあれに触れない。だが魔力が暴走したときに崩壊した壁の破片からは君を守ってくれた。許してやってくれ。

 あの暴走の瞬間、自衛の気持ちで君の魔力が働いた。急に膨大な量の魔力を感知した腕輪はサイズがおかしくなり、腕を痛めてしまったけれど……もう大丈夫そうだね。

 怖い思いをさせ申し訳なく思うが、あの乱暴者どもが君から腕輪を引きはがしてくれたおかげで、私は君に会えたという訳だ。




 着せられている服の肌触りが気持ち良くて懐かしい。あの国の衣服と違い必要以上に締め付ける事がなくふわりとまとうだけだ。胸から首に掛けてを薄い布で飾り、そのリボン状の布を持った手が首の後ろに回る。

 私が扱われていた状況は理解できたが、実りの娘だ婚約者だと、わからない事はまだある。

 布擦れの音とともに首の後ろで布を結ぶその手が私の首に触れる。



 ふっと首に息がかかったように感じた。笑ったのだろうか。


 「さて、始めに運命を告げる神が妖精姫のところへ訪れた時、同時にこの国にも神は訪れた。神は父上に告げた。実りの娘が生まれたらお前の息子にその姫を授けようと。実りの娘の正体は、特別な妖精と人間の合の子だ。滅多に生まれない上、生まれてすぐに妖精たちが幽世に連れて行くのが慣習だ。娘は国に財をもたらし豊かにしてくれるありがたい方とされる。財と言ってもお金に限らない。力も大地も心も、それは求めるものにより、その笑顔は見る者の心すら豊かにするとされる。実りの娘を求める者は多いが、手に入れられる者は少ない。稀に現世で人に見つかり攫われることがあったが、神も妖精も娘が汚い欲に利用されることを善しとしない。その手を取れるのは選ばれた者だけ。私は父上から婚約者の話を聞き、幼い頃から会える日を楽しみにしていた。だけどすべてが魔術師と愚かな王のせいで台無しになった。竜が番に贈る宝石とおくるみを託した妖精姫は自由を奪われ、僕らは君を見つけられない。世界中が妖精姫と君を取り戻そうと味方してくれた。妖精姫には申し訳ないが、君を助けられただけでも良かった。すまない。ずっと辛い思いをさせた」

 彼は器用に髪を結い始めている。髪を梳く指の感覚が気持ちいい。


 「あの王子が変な事を言うせいで誤解が生じていないことを祈るが、私は君の容姿や魔力や実りの力ではなくて君を求めている。君は私の番として生まれてきてくれた唯一の命だ。番の魂は何より心地いいものだ。君に触れると心が繋がる。今はまだ心がざわめいて信じられなくてもきっと君にもわかる」

 頬に触れた時の彼の表情を思い出す。彼に触れられた指の温かさも。そういえば――

「私たち竜はね、たったひとつの番だけを愛して番だけに尽くす。だから君を洗うのも私の愛情の一つだし、こうやって身支度をするのもそうだ。必要であれば常に側に控え、食事だって食べさせる。逆もまた受け入れる」

「竜……」

 そういえば聞いたことがある。あの国のもっと上の火山の近くに竜が住む国があり、竜の力は強いからどこの国も敵に回さないように神経を使っていると。それがここなのか。竜というのは恐ろしい程大きなトカゲだと記憶しているけれど、彼はどう見ても人間だ。

「でもあなたは人間に見えます……」

「竜の形で生きていくには世界が狭くなりすぎたからね。急に敵に出くわしても応戦できる戦にも有利な最小のサイズだと考えられ、この国の民は普段はこの姿だ」

人間が戦に適しているサイズというのは何とも皮肉なことである。

「君の想像通りここは竜の国だ。火山に近いから温泉も湧く。建物は燃えにくく竜の振動にも耐えられる涼しい石で造られる。見た目を優先した一部の石材は傷つきやすいのが難点だがね。」

 髪が結上がった。これまでずっと私の後ろにいた彼が正面に回り、跪いて私の足元にサンダルをはかされる。

「やあ、すっかり元通り、綺麗になった」

元通り……私には違和感のあった髪の色も、元通りなのだろうか。

「こっちへおいで」

連れられて歩いた先に鏡のように磨かれた石がかけられていた。別人のような自分が映っていた。

 あの国でくすんでいた髪色も瞳の色も鮮やかに光り輝いていた。肌も滑らかに柔らかい光を弾き、彼と同じ薄手の衣は幾重にもドレープを刻み美しく揺れた。

「この布……あなたの服と、私のおくるみと同じだ」

「覚えていたの?」

「忘れかけていたけど、騎士様のおかげではっきりと」

大事に取っておいてくれたあの布。燃えてしまった瞬間も鮮明に覚えている。

「君が覚えてくれていたのなら彼も報われる」

 穏やかに笑って私の手を取った。

「この宝石は君に贈るものだ。どこに着けるアクセサリーが良い?」

差し出されたあの宝石は腕にはまっていた時よりずっと綺麗に輝いている。

 ふとお世話になった人たちの顔が思い浮かんで身体が硬くなった。私の為に傷ついてしまった人たち。

「騎士様も、正妃様も、きっとあの侍女も、幸せになっていないのに、私があなたに幸せをもらっていいのかしら」

「僕は彼らが幸せじゃなかったとは思わない。もしそう思うなら君はその分幸せにならないといけない」

ためらいなく彼は私を見つめる。握られた手が熱い。私はあの人たちに何も返せなかったのに?

「すべての物事に表立った反射事例は必要ない。見返りを求めない行為はたくさんある。勿論愛にも。彼らは君に幸せになってほしいと思っていても、何か返してほしいとは思っていない。そうしたいと思えば、それでいい。幸せになるのに前提や条件などない」

実際は震えていないが、つないだ手の指先に震えるような不思議な感覚がある。

「それに私は君を手放すつもりはない。苦しい思いをさせてしまった分、幸せにしたいと思っている」

「……あれは、あなたのせいではないです」

首を横に振り目を伏せて彼は言った。

「私のせいだ。妖精姫に甘え、世界中に手伝ってもらうなんて竜にしては情けないことだ。何をおいても自分で行き守るべきだった。本当は私こそ、君の手を取る資格がないのだと思う。だが、もう手放したくない。他の誰かに幸せにされる君よりも、私がたくさんの幸せを渡す立場で側に居たい」

 この人は本気だ。理由はなくて感覚だけど、私もこの人と居ると心地いい。優しさを受け取ることに慣れていないからわからないけど、きっと、私もずっと待ってくれていたこの人を幸せにしないといけない。そうしたい。

 返事を口にする前に、彼はそれを指輪に変え私の指にはめた。

「ありがとう。君にこの石を贈れて良かった。空の光の娘にはこの色の石が似合うと思っていたけれど本当に良く似合うよ」

「空の光……」

「そうだよ。君は空からの贈り物だ。父上に挨拶をしたら、君の事を話そう」

そういえばここに来た時にそう言っていた。これまでこんなにたくさんの言葉を聞いた事もなかったから少し疲れているのかも知れない。大事な事なのに忘れていた。

「あなたのお父上……」

「そうだよ、父上はこの国の王だ。私と同様に君に会えるのを楽しみにしているよ」

「あなたのお父上は王様なの?」

そういえばさっき私が王妃になると言っていた。思い出して息が詰まった。

「じゃぁ、あなたは王子……?」

「そうだね。いつか王位を継いで君とこの国を治める」

 頭が真っ白になる。そんな事自分にできるだろうか。いくら実りの娘だと言われても、読み書きもできず、人との会話もこんなにままならないというのに。揺れる私の目を見つめて彼は言う。

「私もまだ、自分が王に相応しいとは思わない。君を取り返すのだってままならない。本当に王になれるかはこれからの私の努力次第だ。だけど君をくれた神や妖精やこの手を取ってくれた君に応えたい。必ずや平和をもたらすよう精一杯努めようと思う。一緒にいてくれたら嬉しい」

 大人になろうと決めた、瞳には強い光が宿っているけど、この人もまた不安に思ったりするのだろう。つないだ手の指から伝わった震えはきっとこの人の心の震え。ぼんやりとでも指から感じる気持ちがいつかの強くなろうと思っていた自分と重なる。


 そっと手を握り返すと突然恥ずかしそうな顔をした。

「……君が感じたのが弱いところでちょっと恥ずかしい……まだ、()は弱いから」

「……そんなこと、ないです。私、今が人生で一番幸せだと思います。まだ全然自信はないですけど、私も頑張ります」

一緒に大人になりたい、この人を大事にしたいと思って笑ったつもりだが、騎士様と別れて以来一度笑ったことがない。うまく笑えただろうか。

 彼は何も言わなかったけれど、目を輝かせてくれる。つないだ手はものすごく温かかった。


「行こう、父上が待っている」

 私の手を引いて先立って歩き出そうとする彼にずっと聞きたかった質問をする。

「あの、お名前を……」

私は名前を持っていない。そして誰の名前も知らない。今まで誰かの名前を呼んだり呼ばれたりすることがなかった。知りたいとも思わなかった。だけどもし本当にこの人と一緒に生きていくことが許されるなら、この人の名前を知りたい。呼んでみたい。


 振り向いた笑顔がとびきり優しくて、胸がしびれた。

「私の名前はまだない。君がつけるんだよ、私は君のものだから。ゆっくり考えてくれ。私は君の名前を持っている。もうずっと決めていた名前がある」


そっと抱き寄せた私のおでこにキスをして彼は私の名前を囁いた。

人生はこれからですが物語はここで終幕です。

読んで下さってありがとうございました。


9/18追記:

誤字報告ありがとうございます!

神も妖精も が重複しており一部削除しました。

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