12話 ヴォルフの名前
「イシェル!」
リュウゼがそう言いながら、ドアを乱暴に開けた。
リュウゼの姿をみた賊達はすぐさま、リュウゼの方へと行った。
やっぱり、リュウゼ狙いか。
私は素早くリュウゼの前に立ち、剣を軽くさばいてから、風魔法を発動。
風を軽く吹かせるだけなので、怪我はしないはず。で、体勢を崩したところに、首チョップ。これで、終了。
私は残りの4人を気絶させ、手を払った。
「終わったよ。」
私は2人の方へ振り向くと、ヴォルフは少しの間驚いていたようだが、すぐ元に戻って、リュウゼは喜んでいるような、悲しんでいるような、なんともいえない顔をしていた。
「やー、姫さんがそこまで強いとは思わなかったよ。」
人間形態のヴォルフが頭をかきながら言った。ヴォルフも強いのに。
リュウゼは未だになんともいえない表情のままだ。
「……リュウゼ?」
私が名前を呼ぶと、リュウゼは顔を上げた。
「その……女子に守られるっていうのは……助かるんだけど……」
なんだか、男の矜持が……ってことか。
「でも、今回はリュウゼが狙われてたわけだしさ。」
私がリュウゼに言うと、
「まあ、そうだね。僕も君に負けないように頑張るよ。」
ライバル宣言?今の所は断然私が優勢だけどね。
あと、私の強さは人外の強さだから、それに勝つってことはリュウゼは私以上に人の枠から外れてしまう。
人外が増えるのもね……
ほどほどにしよう。
私達は賊を縛って拘束した後、衛兵に引き渡した。
「そういえば、リュウゼは何で私をここに?」
ふと思ったことを私は部屋の中で口にした。
「ああ、そうだね。話し合いっていう理由もあるんだけど、アランについてなんだ。」
アランか……
そういえば、アランは『マーク』が『マリー・ヴァレンシュタイン公爵令嬢』であることも知らないね。
だから、マリーが処刑されたのは知ってるはずだけど、それがマークと同一人物なのは知らないはずだ。
けど、念のため、リュウゼにも確認しておこう。
「リュウゼ、アランは、マークの正体も知らないんだよね?」
「アランは知らないよ。」
ですよね。色々説明するとややこしくなりそうだ。
けれど、アランに嘘をついていることは変わらないし、いつか真実を話したいと思っている。
けど、ここで私が話したい、と言ったら、アランがこちらにやってくる、もしくは、私が連行されるかのいずれかだろう。
だったら、自然にくる時を待ったほうがいい。
いつか、また、会えると思うから。
「アランは、また会えた時に話したい。それまではマークは家に戻ったとでも言っておいて。」
私がそう言うと、リュウゼは顎に手を当て、少し考え始めた。
「……こうすれば、いい……」
何やらブツブツと呟いているが、怖い。さっきから寒気が止まらないんだけどな。
「そういえば、姫さんはリュウゼの何なんだ?」
ヴォルフが私の耳元で訊いた。少し、息がかかってくすぐったい。
「友達……かな?」
友達だと私は思っている。リュウゼがどう思っているかは検討もつかないが。
「へえ、友達ねえ……あいつの態度は友達ってもんじゃなかったけどな……」
ヴォルフがニヤリと笑った。面白がっているようだ。何を面白がっているのかは知らないが。
最後の方はよく聞こえなかったし。
とりあえず、リュウゼを元の世界に引き戻そう。あのモードに入ったら、永遠にこの部屋から出させて貰えない気がする。
「リュウゼ!」
私は彼の肩を掴み、体を揺さぶった。
「え?」
やっと、我に返ったようだ。
「リュウゼ、話もついたことだし、そろそろお暇させていただくね。」
リュウゼが何か言う前に私は自分の言いたいことを全て言った。こうしておかないと、いつの間にか、やりこめられてしまうのだ。
「あ……うん。どうぞ。」
リュウゼは少し戸惑ったような顔を一瞬したけど、そのあとすぐいつものリュウゼに戻った。
それに、了承をもぎ取れたので、遠慮なく退出させてもらう。
「じゃあね。ヴォルフもついてくる?」
「んー、そうだな。姫さんと一緒に行かせてもらおう。」
ヴォルフもついてくるようなので、街でもまわろうか。ヴォルフ用のものを買う必要はなくなったけどね。だって、ヴォルフが獣人ということも判明したし。
***
「……ヴォルフの本当の名前は?」
街を人間形態のヴォルフとぶらぶらしながら、訊いた。
なぜなら、ヴォルフは私が勝手につけた名前。本当の名前がヴォルフにあるはずだ。
「……そうだな。姫さんには教えても良さそうだ。俺の本当の名前は『ハジメ』。マスターが俺につけた名前だ。」
ハジメ、ねえ。随分と和風な名前だ。名前をつけたマスターとやらは、もしかして転生者なのかも。
……マスター、って何処かで訊いたことがあるような気がする。
私は頭をひねるが、全く出てこない。後でまた考えよう。
「じゃあ、これからはハジメって呼ぶべき?」
「いや、個人的にはヴォルフのほうが気に入ってるし、姫さんにとっては、俺はヴォルフだ。ハジメじゃない。」
つまり、ヴォルフ呼びでいいってことなのかな?
「そっか、宜しくね。ヴォルフ。」
私がそういうと、ヴォルフは歯を見せて笑った。
「ああ、宜しくな。姫さん。」
そう言われた後、ヴォルフが私の髪をワシワシと乱暴に撫で始めた。
髪が乱れるのでやめてほしいが、ヴォルフの大きな手で撫でられるのは少し心地がよかった。
「ん、じゃ、俺はちょっと冒険者登録をしてくるが、姫さんは?」
ヴォルフも冒険者登録するんだ。というか、してなかったんだ。
私は……
「私は森の方へ行くよ。」
昨日、散々荒らしまくったので、その後の様子を見に行きたいのだ。それに、魔物暴走がなくなって、森が元の状態に戻ったか確認したいし。
「そうか。じゃあな、姫さん。また明日。」
ヴォルフがそう言いながら手を振ったので、私も小さく手を振り、別れた。
そして、森の方へと一歩、踏み出した。
登場人物紹介のところにヴォルフを追加する予定です。
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