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俺の異世界に来て初めての手作り料理はヴェリックに好評だった。魔道具が使えないとこの世界での日常生活に支障が出る、ということで食べ終わった後、俺に魔力があるか測る事になった。
「では測ってみましょうかね。」
「日本だと魔法は作り話でしかなかったんですよ?俺に魔力は無いと思います…。」
「物は試しですね。アツシちょっと私の側に来て下さい。」
「まぁ…そうですよね。あったらラッキーだと思いますし。ヴェルさん、どうやって測るんですか?」
「まず目を閉じて、深呼吸してくださいね。そうです、力を抜いて…私が良いというまで目は閉じててくださいね?」
「わかりました。お願いします。」
ヴェリックの正面に立ち、言われた通りに大人しく目を閉じる。日本人の俺に魔力があると思わないが、有無だけでも確認できるならやってもらった方が良いだろう。ドキドキしながら次の指示を待つ。
「アツシ…驚いても、目は閉じてないとダメですからね?」
「はい…?わかりました。」
何か痛みでも感じるのかと少し不安になり、眉間に皺が寄る。あまり痛くないと良いな、と祈りつつもヴェリックの言うことに従い大人しく目は閉じたままだ。
「では、始めますね。」
ヴェリックが開始の言葉を囁いたと思ったらぎゅっと抱き締められた。
「えっ!ヴェルさん!?」
「アツシ、目は閉じてないと測れませんよ。早く閉じなさい。」
「え…は、はい。」
(ヴェルさんのぬくもりが…前にも感じたけど、ヴェルさんから良い匂いがするから余計に恥ずかしさが…抱き締めないと測れないってどんな羞恥プレイなんだ…。)
恥ずかしすぎて顔から火が出そうだし、鼓動が速まって全身が心臓になったかのようだ。早く終わってくれ、と念じてヴェリックの体温から意識を逸らす事に集中する。
(時間が経つのがものすごく長く感じる。まだかな…。)
「アツシ…ここからが本番ですから、しっかりと目を閉じていてくださいね。」
ヴェリックの言葉が聞こえ、唇に柔らかな感触と熱を感じた。生まれてこの方、経験する事がなかったがこの感触は思い当たるものがある。
(キスされてる…!?)
「っふ、ふぇるふぁん!?はなひてくらはい…!」
「アツシ…静かに。」
静かに、と言われてもいきなりキスするとは思わず驚いた。すぐに止めてもらおうとヴェリックの腕から脱出しようともがく。だがもがく度にヴェリックの腕にも力が込められ逃げられない。そうこうしている内にどんどん口付けが深まっていく。
(な、なんでこんな事に…。ちょっと気持ち良いとか感じるのが余計に困る…!!それになんだか身体が熱くなってきた気がする…。)
初めての経験だということもあってか永遠にこの時間が続くかと思った時、ようやくヴェリックが身体を離した。
「はぁ、はぁ。終わった…。お、俺のファーストキス…。」
「おや、初めてだったのですね。それは嬉しい貰い物をしてしまいましたね。ごちそうさまです。」
「ごちそうさまって…そんな。」
「ところで結果ですが、アツシには魔力がありませんでしたね。」
「えっ!?キスまでされてそんな事ってあります!?」
機会がなかっただけで大事にとっておいた訳ではないが、俺のファーストキスが長い時間かけて奪われただけで終わった。酷すぎる結果だ。身体から力が抜けて床に膝をつく。
「…少しいじめ過ぎてしまいましたかね?ですが安心してくださいアツシ。あなたに私の魔力をわけましたから。生活魔法くらいでしたらしばらくは問題なく使えるはずですからね。」
「え…?わけた、って…そんなことができるんですか?」
「私は魔力が多いので可能ですね。一般的には出来ないようですがね。」
「あ、ありがとうございま…す。」
脱力感たっぷりで落ち込んでいたが、目の前のイケメンはただのイケメンではなかったようだ。ファーストキスは奪われてしまったが、それと引き換えにこの世界で生きていく上で必要な力が手に入ったと
思えば感謝する他ない。気持ちはすぐに切り替えられないが。
「一応使ってみましょうかね。何事も練習あるのみですからね。」
「わかりました。何から練習すればいいですか?」
「では…魔蛇口から水でも出してみましょうかね。」
そう言いながらヴェリックはキッチンに移動していく。俺もその後に続いて歩きだす。
(ヴェルさんはイケメンだし、こういう経験は多いんだろうな。俺は初めてなのに…なんだか俺ばっかりドキドキさせられて気に食わない。でもさっきのはキスというより魔力を移すのに必要だった、って事だよな。ならノーカウントになるかな…?)
先にキッチンに辿り着いたヴェリックの横顔を盗み見る。先ほどのキスのことなんて忘れたような涼しげな顔をしている。
「ヴェルさん男だけど…綺麗な顔してる人とのファーストキスだったから、良かった事にしよう…男だけど…。」
(これが同じパターンでおじさんやおばさんだったなら、男でもまだ若くて綺麗なヴェリックと出来たんだから良かった、と思うことにしよう。なんて前向きなんだろうね、俺。)
「アツシ…こちらを向いてください。」
考え事をしながらもしっかりと俺の足はキッチンに向かっていたので今はヴェリックの隣にいる。
「はい?」
「えーとですね…。」
「はい。」
「…。」
「…ヴェルさん?」
まだ若干の気まずさは残っていたものの、生活する上で必要なことを教えてもらうので表面上は普段通りの表情に戻せたはずだ。だがもしかして俺は気難しい顔をしていただろうか。自分の方を向けと言ったヴェリックに目を合わせるが、何故か口ごもっている。
「ヴェルさん、どうしたんですか?」
「いえ、後にしましょうかね。…ではアツシ、魔蛇口に魔力を流してください。」
「え?あ、はい…。」
少し気になったが、今は目の前にある魔蛇口から水が出せるかどうか試してみるのが先だ。これが上手くいったら魔コンロなど他の家電製品…もとい魔道具が使えるはずなので、そうすれば生活する上で最低限必要なことは出きるようになる。
「…ヴェルさん、初歩的な質問になるんですけど…魔力ってどうやって流すんですか?」
「なるほど。そこからわからないんでしたね。魔石の近くに手をかざして、体内の魔力を分け与えるようなイメージをしてみてください。」
「分け与える…わかりました。やってみます。」
敦の中にある魔法使いを想像する。手のひらから水鉄砲のように水を噴射する黒いローブを着たおじいさん、というイメージを浮かべる。
「やった!水が出た!」
「良かったです。これで一安心ですね。」
「はい!ありがとうございます!」
魔蛇口からは元気に水がドバドバと出ている。日本にいる時には作り話でしか存在していなかった魔法が使えて敦は興奮した。
「ヴェルさん、魔コンロも試してみてもいいですか?」
「どうぞ。この家はもうアツシのものでもありますからね。好きなだけ使っていいですよ。」
「ありがとうございます!じゃあ早速…。えいっ。」
魔コンロも無事に火がついた。これで料理は一人でも作れる。敦は生まれて初めて魔法が使えた事でこの日は就寝するまで興奮しっぱなしだった。